第260話 わがまま
八月も終わり、九月が始まる。
本来なら全世界的に学校が始まる季節なのだが、この情勢のせいでどの学校も一時閉鎖されている。
しかし完全に休校というわけではなく、政府が導入したAIによって自宅でリモート授業できる仕様となっているため、授業に遅れる心配はない。
以前と状況はよくならず、果てにはカロンに気に入られ『理想の世界』に行くために、狂信者集団が生まれてしまう始末。
気に入られるための動機は様々だが、やっていることは犯罪行為ばかりだし、カロンにとっては問題なく切り捨てられるゴミとして認識されているから、やったところで全て無意味だ。
九月に入ると、実習に行った三年生は一度学園に戻り、実習先での評価や現状報告をするのだが、学園が閉鎖されている今ではIMFの部屋の一部を借りてしている。
久しぶりに見る同級生達の顔は、実習先での自分達の評価が気になるのか緊張した面立ちをしていたり、今の情勢が長期化することに不安を抱いたりと反応は様々だ。
日向は互助組織創立に向けての活動が実習の一環と見られており、今の進捗状況はぼちぼちといったところだ。
カロンの影響によって互助組織創立に反対を見せる輩が増えているが、そこは許容範囲による事態なのであまり重くみていない。
そもそも、この現状のせいで準魔導士はさらなる迫害を受けている。
いくら魔導士社会から外れたしまったとはいえ、同胞を見捨てるような真似をすれば魔導士の地位はさらに下になってしまう。
それを防ぐために慈善事業として互助組織創立に関わっている者も多いが、スポンサーは多くいても困らないため存分に利用させてもらうつもりだ。
そうして個別で顔に疲労感を滲ませている教師から評価や現状報告について話をして、後は自衛をしながら黒宮家に戻るだけ……と思っていたが、スマホから陽からメッセージが来たことにより、しばらくIMFに留まることになった。
場所は関係者や業者との面談に使われる談話室。応接室より格式張っていないが、それでも職員でもない学生が利用するには少し気が引ける造りになっている。
中央には革張りのソファーが三人掛け二つと二人掛け二つがローテーブルを囲むように設置されており、左壁側には全自動のドリンクサーバーが置かれている。
しかも紙コップが出てくるチープな物ではなく、ファミレスのようにグラスのコップやティーカップに注ぐタイプのものだ。
先に着いた日向はとりあえず全員分の飲み物を用意し、ローテーブルの上に置く。
飲み物を用意し終えた日向は、しばらくぼーっと窓の風景を眺めることにした。
最近は机に向き合っているか魔法の特訓することが多く、こうして外を見ることは減っていた。
今の自分には外の風景を楽しむ余裕すらないのだと、改めて思い知られた。
(ここに来るまで事件に巻き込まれたりはしてないけど……やっぱり、差別派の運動が段々活発化してる)
差別派はこの騒動に乗じて魔導士の地位を一般市民同等まで降格させ、準魔導士より迫害しやすい対象へと変えさせている。
元々、魔導士を化け物扱いしていた連中だ。今まで敵わなかった相手が自分達と同等もしくはその下に落ち、虐げられ無様に泣く様を妄想するのはきっと楽しいのだろう。
もちろんその連中もカロンの粛清対象に入り、駒である狂信者によって殺されているが、それでも差別派は減ることはない。
集団自体が【魔導士黎明期】から存在しているのだ。完全に根絶させるのはカロンでさえ難しいのだろう。
そう思っていると、待っていたみんなが談話室に入ってきた。
「みんな! 元気そうでよかった!」
「日向も元気そうだね。あれ? でもちょっと痩せた?」
「そうかな? 今日まで外出も外食もしてこなかったからそのせいかも」
「いいなー、俺なんてセンターでの飯ウマすぎて太ったんだぜ?」
電話越しではない心菜と樹と話していると、後ろにいた陽が手を二回鳴らした。
「はいはい、世間話は後や。ちょっとみんなに相談したいことがあるから、ちゃんと聞きや」
「相談……?」
「ああ。私達だけでは判断することができないほど、な」
「それは僕も同感。むしろこれ、厄介案件だよね?」
苦い顔をする
その理由を話された直後、全員同じ顔になった。
「え――――っと…………話を整理する、前に俺らを襲った『サングラン・ドルチェ』のボスさんが、『カロンを倒す』という利害一致の元、協力関係になろうって誘ってきた……と?」
「大まかだとその通りだ」
こめかみを押さえながら話をまとめてくれた樹に、ジークが深いため息をしながら頷く。
正直、悠護も『レベリス』と同盟を組もうと考えていたことはある。しかし、相手は無魔法独占と自分の子供の結婚相手として日向を狙った『サングラン・ドルチェ』。
過去の所業を考えると、簡単に仲良くなることは難しい。というか生理的に無理だ。
「……でも、『
現に、カロンの方は裏ルートの物資や情報を惜しみなく使っている。
清濁に拘る暇すら、今の自分達にはないのも事実。
みんなもそれ自体は理解しているが、やはり今までなんの交流もなかった敵に対してフレンドリーになることはできない。
「何も完全に仲良くなろうというわけではない。ただカロンを倒すまでの間、協力しようというだけだ。向こうもそのつもりで提案してきたはずだ」
「でもよ、それで向こうが提案を反故したらどうするんだよ。ただでさえ面倒な敵がいるのに、それと同じくらい面倒なあいつらとも戦うのか?」
「そうならないように努力はする。……もちろん、あの女王サマが変な交換条件を出さん限りな」
つまり、協力をするか否かはその条件の内容次第ということだ。
誰もが重い沈黙を貫く中、陽の上着が淡いピンク色に光りだす。
「魔力の気配……?」
「あー、ええタイミングや。この際やから本人に聞こか」
樹が反応を示したのを合図にするように、陽は上着から紅水晶玉を取り出す。
淡く発光するそれに微弱な魔力を送ると、紅水晶玉から聞き覚えのある声がした。
『……あらぁ、随分と早く出てくれたのね。そんなにわたしが待ち遠しかったのぉ?』
「アホ言いなさんな。ちょうど昨夜の話をしとった時から出たんや」
『ふふっ、つれない』
紅水晶玉から聞こえるのは、【ハートの女王】リリアーヌ・シャーロットの声。
彼女の声を聞いたことのある日向とジークの反応を見て、知らない面々はその顔で相手の正体を察した。
『……でぇ? 昨夜の返事はぁ?』
「その前に聞きたいんやけど、アンタは何か交換条件出すんか?」
『交換条件?』
「強欲なアンタのことや、自分が得するために協力を申し出たんやろ。その条件の内容次第では、ワイらはこの提案を却下する。……この意味、分かっとるやろ?」
紅水晶玉越しで話す陽の顔は、
リリアーヌもそれを感じ取ったのか、しばし沈黙する。紅水晶玉からカップを持ち上げる音や液体を嚥下する音が聞こえ、どうやら向こうではお茶をしているようだ。
カップをソーサーに置く音を聞かせながら、リリアーヌはあっさりと言った。
『――――ないわよ、そんなの』
☆★☆★☆
『『『えっ?』』』
紅水晶玉から全員の素っ頓狂な声が聞こえてくる。映像機能はないから分からないが、恐らく間抜けな顔をしているのだろう。
その光景を見られなくて内心残念がりながら、リリアーヌはテーブルの上にセットされているケーキスダントからマカロンを手にすると、それをサクサクとリスみたいに齧りながら言った。
「なぁにぃ? もしかして……わたしが交換条件を出して好き勝手に動く女だと思ったのぉ?」
『い、いや! それがあんさんのイメージやろ!? みんな言ってるで、『【ハートの女王】は欲張りな女王様、たとえ殺しても欲しいモノを手に入れるわがままさん』って!』
「……その謳い文句には小一時間ほど問い詰めたいところだけどぉ、この際横に置いて置くわねぇ」
本人すら知らない話を出されて顔をやや引き攣らせるも、優先順位は協力の件なのでなんとか気を落ち着かせた。
「そもそも、提案してきたのはわたしの方よ? 交換条件なんて出す必要性すらないわぁ。あなたたちはただ返事をくれればいいだけよ」
『そうは言ってもな……正直、信じられへんというか……』
『すまない、横から失礼するぞ』
戸惑う陽から紅水晶玉を奪い、ジークが代わりに出る。
昨夜も思ったが、以前と比べてジークの変化はあまり面識のないリリアーヌでもすぐに気付いた。
『レベリス』のボスであった彼は亡霊のように一つのことに執着していたが、今は守るべきものを見つけて精神的に安定していた。
(正直、前よりこっちの方が一番素敵ねぇ……)
出会うのがもう少し早ければ、問答無用でベッドで朝まで激しく愛し合っていただろう。
逃した魚は大きかったと内心悔やみながら、スコーンにクロテッドクリームを塗りながら話を続けた。
『何故、あなたは『ノヴァエ・テッラエ』を敵視する? アイツとお前はなんの関係もないはずだ』
「関係? そんなのわたしが気に入らないからよ」
はっきりと理由を告げると、ジークは首を傾げていたせいで反応はなかった。
はむっとスコーンを一口齧ると、口をもごもご動かしながら言った。
「んむ……わたしはね、気に入らないものは徹底的に排除しないと気が済まない
リリアーヌは、フランスという国を愛している。
それこそ、いつか必ず自分が手に入れると思っているほどに。
自分が生まれ育ち、美味しいお菓子と美術品が多くあり、一番美しいと思えるあの国を、カロンは許可なく土足で踏み入り汚した。
「――――わたしは、『ノヴァエ・テッラエ』を絶対に許さない。そのためなら、どんな相手の手でも取ってやるわ」
【ハートの女王】の『ノヴァエ・テッラエ』への宣戦布告。
我儘で向こうは認知していない一方的なものだったけれど、その一言で日向の中で決意が固まった。
「【ハートの女王】リリアーヌ・シャーロット。あたしは、あなたとの協力に応じます」
「おいっ!?」
突然の日向の発言にその場にいた全員がぎょっと目を剥く中、紅水晶玉からリリアーヌの面白そうな声が聞こえてきた。
『へぇええ? 正直意外だわぁ、あなたがそう言ってくるなんて』
「そうかな?」
『そうよ。あなたの第一印象ってぇ、悪いことをしたくないいい子ちゃんだったから』
いい子ちゃん。リリアーヌの言い方は実に的を射ている。
魔導士になる前の日向は、周囲に迷惑をかけず一人で全部問題を片付けるいい子ちゃんだった。
だけど学園に来て、一人では何もできないことがあることも、自分のわがままを貫き通してもいいことを知った。
なら。
たとえ敵を利用してても、彼女のように己のわがままを貫き通してもいいのではないか?
「あたしもあなたと同じだよ。どんな手を使っても、あたしは絶対にカロンを殺す。そのためなら、
思わずアリナの時のように話すと、紅水晶玉からリリアーヌが息を呑む声が微かに聞こえた。
たった数秒の、されど長く感じる沈黙。
それを破ったのは、異位相空間にいる女王様の小さな笑い声だった。
『……まあ、いいわ。それじゃあ、今後の方針はあなたのお兄様方と話して決めることにするわぁ。要件はそれだけだから、もう切るわぁ』
「はっ!? ちょ、待っ」
陽が慌てて制止をかけるが一歩遅く、紅水晶玉から光が消えた。
それが通話が遮断されたのだと理解し、陽は深いため息を吐きながら項垂れる。
「…………ええんか? ホンマに」
「いいよ。それが現状、最も正しい最適解だから」
「最適解……うん、せやな……それはそうやけど………………ああもうっ!!」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きながらシャウトする陽。
そんな彼を、ジークは肩を叩きながら言った。
「荒れるな、陽。お嬢様が決めたことを覆すことはしないほどの頑固者だと知っているだろう? もし万が一覆ったら、それは世界の終わりの予兆だ」
「なんでそんなことで天変地異扱いされるの??」
ジークの言い分に思わず異議を申し立てたがったが、その場にいた全員が頷いたのを見て、釈然としない顔で黙り込んだ。
「…………はぁ、決まったのはしゃーない。とにかく、この件は少し大人組で話すから、子供組は家に帰りぃ。寄り道はアカンで?」
「「「「「はーい」」」」」
学園にいるように話す陽に一斉に返事し、順番に退室する。
陽達が談話室に残って話し始める声を聞きながら、日向達は談話室を後にした。
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