第251話 〝神〟になる男

「うふふふ……あはははははははははははっ!」


 狂笑きょうしょうを上げながら、鈴木は迫る。

 踵の高い靴をナイフのように何度も付き出し、回避したところで短剣を仕向ける。《スペラレ》で短剣を弾き飛ばすと、今度は氷弾ひょうだんが飛んできた。

 自然魔法は防御魔法の次に覚える魔法だけあって、この魔法を得意とする魔導士は多い。鈴木もその例に漏れず自然魔法を得意とするだけあって、無詠唱による展開が早い。


 飛び交う氷弾を躱しながら、日向は《スペラレ》の剣身に魔力を纏わせ振り上げる。

風の刃ヴェントゥス・フェッルム』、三日月形の風が数十という数で襲い掛かる攻撃魔法。三日月の風刃によって、氷弾は高い音を響かせながら砕け散る。

 遠距離攻撃が無効かされたことにより、鈴木は舌打ちをして後ろへ飛び退く。


(マズい……堕天になってまだ五分も経ってないのに、魔力がどんどん上がってきてる)


 肌をぴりぴりと刺激する魔力。鶯色の魔力が黒とは違う闇の色に染まっていき、元の色すら分からなくなっていく。

 しかし、それに呼応するように魔力の強度が徐々に強まっている。

 この現象には、ひどく覚えがあった。


(似ている。ストゥディウムの時と)


 ストゥディウム。

 四大魔導士を信仰する宗教・始祖信仰にあった派閥の一つ『新主派』にて新生四大魔導士として作られた、少女という肉の殻を持つ、純粋無垢な亡霊の集合体。

 彼女も己に隠されていた真実を知り、異界であった『新主派』本拠地を『奈落』に落そうとした。


『奈落』は現実世界と異界の間にある、いわゆる出口のないブラックホール。そこに落ちたが最後、どんなに強い魔導士でも永遠に現実世界にも異界にも戻って来ることはできない。

 その『奈落』が発生する条件は、異界の強度を上回る魔力による内部攻撃。

 堕天し今も魔力を増幅させている鈴木がいる以上、この裏聖天学園が『奈落』に落ちてしまう可能性は高い。


(どうする? 『00エラド』か『000カムビアティオ』を使う? でも、そんなことしたら……!)


00エラド』は魔核マギアを破壊し魔導士を人間にさせる魔法で、『000カムビアティオ』は『魂の情報』を書き換える代わりに命を失わせる魔法。

 しかし、『00エラド』を使ったら鈴木は魔導士ではなくなり、家だけでなく魔導士界から追放される。逆に『000カムビアティオ』を使っても来世での転生を約束させられるが鈴木は命を失う。

 どちらを使っても、日向が求める救いができない。


(どうする……どうすればいい……!?)


 二度と同じ過ちはしない。

 しかし、鈴木を救うための最善策が見つからない。

 思考をそっちに巡らせていたせいで、足元に現れた魔法陣に気付かなかった。


「しま……っ!?」

「あはははは! 貫いちゃえ!」


 鈴木がヒールをカツンッと叩いた瞬間、魔法陣から風の槍が出現する。

 白く渦を巻く風の槍を見て体を捻らせようとするも、ドビュッ!! と先に風の槍が発射される。高速回転で放たれたそれは、日向の左脇腹を抉るように貫く。

 尋常ではない血飛沫が宙を舞うも、貫通した箇所に魔法陣が浮かび上がる。


 今着ている魔装に付与された魔法が発動したのだ。

 付与された魔法は『完全治癒ペルフェクトゥス』。生魔法の中で最上級と呼ばれるほどの代物。

 負傷の度合い等問わず、相手の身体に蓄積されたダメージ・疲労を完全に回復させるという、心菜すら未だ使うことのできない魔法だ。


(あっぶな! 今の付与魔法がなかったら確実に死んでた!)


 完全回復した直後に後退した日向は、内心冷や汗を掻く。

 風の槍で貫かれた時の痛みは未だ残っており、あの出血は明らかに致死量だった。

 本気で殺す気で来る鈴木に、日向も気を取り直すように《スペラレ》を握り直した直後。


「いたぞ! まだ生徒が残っている!」

「もう一人は堕天している! 急いで対処しろッ!」


 生徒のもでも教師のものでもない、第三者の声。

 紙も肌も違うけれど、同じ濃紺の制服を着ている。その色は日向も知っているものだった。


(『クストス』!? まさかあそこまで出動されたってこと!?)


 この世界で唯一の魔導士学校である聖天学園の襲撃は、『クストス』を導入してもおかしくないほどの事態だと理解している。

 しかし、よりにもよって今この時に現れるなど最悪だ。


『クストス』職員が軍人の名に恥じない動きで鈴木を取り囲み、日向を守るように前に出る。

 普通ならばこの状態はいいタイミングで救援が現れたと思うが、日向にとっては真逆の状態だ。


「下がって。今すぐあなたを保護します」

「待って! 彼女はあなた達の手には負えない! 早くそこをどいてっ!」


 今の鈴木は自分の知る鈴木とかけ離れている。

 他人を殺すことに対する罪悪感が極限まで無くなり、しかも意識すら朦朧としている。だけど自分の方へ飛んだ日向の血を見て、恍惚な笑みを浮かべている。

 その姿はまるで血を求める吸血鬼のようで、彼女と対峙している『クストス』職員が息を呑んだ気配が伝わってくる。


 鈴木の周囲にいる『クストス』職員が武器型の魔導具を構える。

 国家直轄の魔導士部隊というだけあって、どの魔導具も最新鋭の技術によって作られた一級品ばかり。

 銃口が、剣先が向けられているにも関わらず、鈴木はそれをぼんやりと見つめる。自分が向けられているのが魔導具だということに気付いていないのだろう。


 ふらふらと覚束ない姿勢になる鈴木を見て、『クストス』職員の警戒心が強まる。

 今の様子すら日向は嫌な予感がしてならなく、鈴木と対峙しようにも目の間の職員によって妨害させる。


「全員、構え! 相手は堕天している、躊躇なく仕留めろッ!」

「――――だめ! 待って!!」


 指揮官らしき男性の声に日向が慌てて制止するも、『クストス』職員の魔導具から魔力弾や攻撃魔法が放たれる。

 どれも確実に相手の命を奪う強いものだが、鈴木はそれを見つめたまま攻撃の嵐を受ける。

 爆発音と粉塵のせいで何が起きているのか分からず、彼らの攻撃が止むのを待つことしかできない。


 色鮮やかな魔力が飛び交い、爆発音が止んだ。

 粉塵の向こうで薄らと浮かび上がる人影を見て、『クストス』職員たちが再び武器を構えた直後。

 

 ――ゴギャッ、と鈍い音が響いた。


 その音の発信源は、『クストス』職員たち。彼らは音と共に頭部が消失した。

 スイカみたいに地面に転がり、首の断面から血の噴水が湧き出て、そのまま地面に倒れる。日向を止めていた職員達が一様に悲鳴を上げるのを聞きながら、日向は鈴木の両手を見た。

 フィリエから与えられた短剣はどこにもなく、彼女の両手は針のように細くて長い刃で覆われている。目の前の変化に、日向は掠れた声で言った。


「金属……干渉、魔法……」


 愛しい彼が最も得意とする魔法。

 ネジ一本分の金属があれば、どんな武器にも変化するその魔法によって、あの短剣は彼女に恐ろしい力を与えてしまった。

 同時に堕天の進行も速まり、空間全体が震え始める。


「ちくしょうがッ!!!」


 怖気づいてしまっている職員達を押しのけ、日向は急接近し《スぺラレ》を振るう。

 瞬間、鈴木はさっきまでの様子が嘘のように俊敏な動きで左の刃で《スペラレ》を受け止める。そのまま横へ払うと右の刃を振り下ろし、《スペラレ》で弾く。

 二刀流の相手は悠護で慣れているが、鈴木の攻撃は軽くも素早さと鋭さがある。躱した灯った直後に肌に切り傷ができるのを見るに、どうやら強化魔法も全身にかけている。


 堕天になった魔導士の力は、暴走するだけで一都市を一夜で滅ぼすほどの威力。

 その威力を戦闘として使われたら、いくら三〇〇万越えの魔力量を誇る日向でも苦戦してしまう。

 現に、鍔迫り合いになるも互いの攻撃の威力が強すぎて、二人の体が反動で後ろへ吹っ飛ばされる。


(マズい、どんどん魔力量が増幅してる。このままだと本当に殺される……!)


 今までで最大の危機に直面した日向は、静かに冷や汗を流した。



☆★☆★☆



(…………ん? あれ……俺、どんだけ気ぃ失ってた?)


 ふと目を開けたサンデスは、全身を襲う痛みと痺れを思い出し顔を歪める。

 遠くから聞こえる爆音を耳にしながら、自分の今の状況を思い出す。意気揚々にギルベルトと対峙するも、魔法の扱いはサンデスより一枚ではなく一〇枚も上手。

 見事にコテンパンに倒され、攻撃の反動でこの森の中まで吹っ飛ばされたのだ。


 さすがあの生意気な弟の生まれ変わり。

『雷竜』というチートな『概念』を手に入れただけある。

 しかも雷を纏ったまま殴り飛ばされたせいで、全身が痺れて動けない。動くのは口だけだ。


「まさかここまで吹っ飛ばされるとは……少しやり過ぎたな」

「少し、じゃねぇよ。おかげで全身バキバキに痛いわ」


 殴っといて呑気に心配するギルベルトにイラッとしながらも律儀にツッコむサンデス。

 ギルベルトは動けないことをいいことに、そのままサンデスの横で胡坐を掻いて座る(ただし攻撃の隙がまったくない)。

 そのまま昔を彷彿とさせるガーネット色の双眸を向けながら訊いた。


「単刀直入に言おう。カロン――兄上は一体、何が目的で日向を狙う?」


 ギルベルトからの質問は、サンデスも半ば予想していたものだった。

 王子だった頃、ローゼンを含めで誰もがアリナのことを気にかけ、理解者としてそばにいた。友愛、親愛、恋愛……様々な感情を彼女に向けていた彼らが、この質問をしないわけがない。


「……それ聞いてどうすんの? 答えたら納得するの?」

「納得はするだろう。だが、それを許容できるかは別問題だ。『蒼球記憶装置アカシックレコード』の危険性を考えても、ロクなことに使わないとは分かってはいるがな」

「ハッ、それは正論だ」


 ギルベルトの言い分は正しく、敵ながらに感心してしまう。

 しかし、どうせ自分はいつ捨てられても痛くない駒。話したところで問題はない。

 今まで散々利用した兄への意趣返しとして、サンデスは質問に答える選択をする。


「……あの人のしようとしてることは、凡人の俺からしたらとんでもなく大層なものだよ」


 脳裏に妄執に囚われたかつての敬愛していた兄を思い浮かべながら、裏切りの王子は言った。


「――――自分が〝神〟となることだよ。日向を『蒼球記憶装置アカシックレコード』と一体化させ、その力を使って自分が望む世界を作り変える。それが、カロンの最終目的であり最大の悲願だよ」



「この世界を守る価値……?」


 フィリエの問いは、樹とっては縁遠いものだった。

 世界を守るなんて、そんな漫画やアニメのヒーローのような使命なんて背負っていないし、そもそも一国民である自分達にとっては考える必要性がないもの。

 そんな樹の心情を察したのか、フィリエはくつりと小さく笑んだ。


「私にとって世界は、一度滅び作り変える必要があるほど価値のないもの。カロン様は吾人が〝神〟となり、この世界を作り直して素晴らしいものに変えてくださるの」

「世界を、作り直す……!?」

「そのためには、『蒼球記憶装置アカシックレコード』――そしてその動力源となる日向様が必要なのです」

「動力源、だと……?」

「ええ。昔は〝神〟が指先一つ動かすだけで起動しましたが、あの一件のせいで日向様の魂とリンクしなければ起動できない状態になっているようで……そのためには、どうしてもあの方の助力が必要なのです」


 フィリエの話は樹と心菜にとっては初耳で自分達を混乱させる作戦だと考えたが、何故かその話が嘘だと思えなかった。

 むしろ、ひどく説得力があった。


「カロン様が作る世界は、きっと今の世界より素晴らしく、幸福に満ちたものになるでしょうね。ああ、想像するだけでうっとりしてしまいます……」

「だ、だからって、そのために色んな人が犠牲になってもいいと思っているの!?」

「当然でしょう? 誰もが自分にとって理想の世界を作るためには、その下に多くの屍を積み上げてこそ意味があるのですから」


 あっさりと、まるでそれが当然だと疑わない口調で言い切った狐の魔女に、心菜は絶句するしかなかった。

 この女にはすでに常識というものが一ミクロンもなくなり、己が慕う王への重すぎる偏愛しかない。

 それを思い知らされながら、フィリエは艶やかに微笑みながら言った。


「あなた達もカロン様の作る『理想の世界』を聞けば、きっと共感してくれるわ。だから、ほら」


 ――あなた達もこっちにいらっしゃい?


 耳からではなく、脳内から直に囁かれる。

 まるで泥沼にどっぷり浸かりそうな甘さがあり、目の前がぐらぐらと揺れ始める。

 手が、足が、体がフィリエに近づこうとしている。


 見えない糸に操られた哀れな人形のように、妖しく狡猾な笑みを浮かべる狐の魔女の手を取ろうした時。


「―――僕の後輩達を誘惑しないでよ、アバズレ風情が」


 白銀に輝く刀を突きつけた、白の剣士が現れた。

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