第250話 寿命と価値
森の中を駆ける。緑の茂みを飛び越え、土を蹴り上げながら走る。
遮蔽物の多い森の一角ならば、学園内の地理に詳しいこっちが有利なると思っていたが、そんな稚拙な思惑はあの殺人鬼には効かなかった。
「待ってよ! もっともっとぼくと殺し合おうよぉ!」
大振りの槍鎌《インフェリス》を持ったリンジーが、樹齢十年以上の木々をバウムクーヘンのように切り裂く。
異界で破壊された建物や植物は時間経過で自動修復されるとはいえ、それ自体は本物と変わりない。
あの木が関係のない生徒にぶつかったら怪我をしてしまう。
《ノクティス》を双剣モードから大槌に変化させ、飛んでくる木を粉砕する。
粉々になった木片に紛れて急接近するリンジーが《インフェリス》を振るい、舌打ちしながらも大槌を回転させて柄で受け止める。
細身に見えて重量のある斬撃。力負けする前に強化魔法で脚力と腕力を強化、そのままリンジーを体ごと押しやり大槌を横に振るう。
リンジーが《インフェリス》で防ぐ前に、大槌が彼の横腹を直撃する。
がふっと口から血を吐きながら、彼の体がそのまま吹っ飛ばされる。回転しながら転がっていくが、空中で態勢を整えると後退しながら着地する。
口元から流れる血を舐めながら、リンジーは嗤う。
「あははは……今の結構キいたよ……。去年の時みたいに、本気でぼくを殺す気なんだね?」
「あの時も言っただろ? お前への情けは、前世でもうかけた」
前世で今と同じ見た目であったリンジーを、彼を追い詰めたクロウは情けをかけた。
単純に殺人鬼となった彼の命を奪うことができなくて、それがリンジーに屈辱を与える結果になろうと改心するのを信じて生かした。
しかし、リンジーはその残虐性に磨きをかけ、もう後に戻れないところまで変貌してしまった。
己の未熟さによって殺人王となった彼を、この手で殺すことこそが悠護が前世でやり残した未練だ。
悠護の目から本気が伝わったのか、リンジーはくつりと笑いを漏らす。
「そっか……なら、ぼくはその本気に全力で答えないといけないね」
おもむろにリンジーは左腕の裾を捲る。そこから出てきたのは、ブラックオニキスをぐるりと取り囲んだ金の腕輪。
その中央には、大粒のグレーダイヤモンドが埋め込まれている。
しかしその腕輪から伝わる魔力に、悠護の警戒心が強くなる。
「『叛逆の礼拝』で、ぼくらが『
『
ジークがイアンと共に作り上げた『
ずっと気になっていた。カロンが何故それを奪取した理由を。
カロンの狙いは日向であることは確実なのに、何故あえて『
『
理由を未だ見つけていない悠護の代わりに、リンジーは腕輪を撫でながら答えた。
「知っての通り、『
「まさか……っ!?」
リンジーの言いたいことを察した悠護が動こうとした瞬間、彼は腕輪に手を添えながら言った。
「『
詠唱直後、リンジーの体がくすんだ金色の光に包まれる。
その輝きが『
腕輪から伸びている長い紙が羽衣のようにリンジーに纏わり、彼の灰色の瞳に同色の光を宿し始める。
『
『
あの腕輪は接続のために必要な鍵なのだと気付いた直後、リンジーの服の下の首元から見える肌が年齢に不相応のシワが刻んだのを見て息を呑む。
「お前っ、それは……!?」
「ああ、これ? 『
リンジーの説明を聞いて、以前日向に『
『え? 『
あたしの場合は魂ごと『
『
魔力が魔導士の生命エネルギーによって精製されるが、それは寿命ではなく精神力だ。
だがもし、精神力ではなく寿命を使って魔力を精製したらどうなるのだろうか?
それは過去の研究者の発表で証明されている。
第一次世界大戦後、魔導士の魔力精製効率化の名目でいくつもの研究チームが魔導士の魔力精製についての研究を実行。
精神力ではなく寿命を使って魔力精製した場合、魔導士自身の様子がどうなるか調べた。
結果、寿命で精製した魔力は精神力で精製した魔力より倍の品質と強度が判明したが、その代わりに魔導士自身は精製した分の寿命を失った。
命を代償とした等価交換による魔力は、魔導士自身の命すら関わる問題として扱われ、当然この精製方法は利用禁止となった。
そして、その研究報告書の最後にはこう記されていた。
寿命による魔力精製を行った魔導士は肉体が急速に老化し、衰弱死と似た死を迎えた、と。
「リンジー! お前の魔力量がどれほどなのか知らねぇけどな、寿命を削ってまで魔力を作るなんてバカげてる! お前……死ぬ気か!?」
この時の悠護は少し気が動転していて、思わずそんな質問をしてしまった。
それを聞いたリンジーは、自嘲的な笑みを浮かべながら答える。
「――――どうでもいいよ、そんなこと」
冷たい声で放ったその答えに、悠護が改めて思い出す。
そうだ、それがリンジーという少年だった。人を殺す才能に長け、殺人の時だけ快感を得て、そして自分の命にはひどく無頓着。
そして――誰よりも死を望んでいる、ちぐはぐな子供。
(……そうだった。そういう奴だった、こいつは)
我ながらバカらしい質問をしたと苦笑しながら、《ノクティス》を大槌から双剣に戻す。
「―――分かった、もういい」
そして、目の前にいる死にたがりの殺人鬼を睨みつけながら言った。
「お望み通り、お前を殺してやるよ! リンジー!!」
「あはははっ! そう、それでいいんだよ! さあ、今度こそ本当に殺し合おうよ! 悠護!!」
二人が同時に地面を蹴る。槍鎌と剣がせめぎ合い、金属音が響き渡る。
数百年の時を超えた殺し合いが、再び幕を上げた。
☆★☆★☆
「ほらほら、早く逃げないと氷に貫かれるわよ?」
「クソッ……!」
フィリエが扇を振るうと、地面が分厚い氷で覆われ氷柱が現れる。
詠唱もなしに広範囲に展開させており、巻き込まれた同級生達は必死に逃げるも間に合わず、そのまま氷漬けにされた。
悲鳴を上げながら逃げる同級生達に心の中で謝罪しながらも、樹は心菜の手を掴んで走ることしかできない。
フィリエ・クリスティア。
かつて【定命の魔導士】ローゼン・アルマンディンの補佐に選ばれた宮殿のメイド。
そして、カロンと手を組み、禁忌にされていた魔法を外部へ持ち出し、『落陽の血戦』を引き起こすきっかけとなった、淫蕩な裏切りの魔女。
彼女の繰り出す魔法は、現代においても非常に強力だ。
四大魔導士の補佐として仕えていたからなのだろう。少なくとも場数をかなり踏んだ樹や心菜でも使えない魔法をバカスカ使ってくる。
防御魔法すら容易く破壊してしまう威力。
これが、【魔導士黎明期】から魔法の全てを知り尽くした魔導士の実力。
生まれて一八年になる自分達が敵う通りなどなかった。
「リリウム!」
心菜がリリウムを呼ぶ。
錫杖から剣を取り出し猛スピードで直進。対するフィリエは物怖じせず扇を振るうと、数十ところが数百を超える炎球が現れて機関銃のように発射される。
リリウムは剣で全て弾き、弾き損ねた炎球は非物質化して回避する。
フィリエの猛攻は逆に激しさを増していき、ついには避難中の同級生達に向けて炎球を放つ。
迫りくる高熱量の炎球に悲鳴を上げる同級生達。すぐさまリリウムをその間に滑りこませ盾にする。何度も爆発音が起き、リリウムの身体が赤黒く染まっていく。
ダメージの過剰蓄積によって顕現が難しくなり、リリウムの体は泡のように消える。直後、庇った同級生達が樹と心菜に向けて睨みつけると、そのまま石を投げた。
「お前らのせいで死にそうになったじゃねぇか! 他人を巻き込むんじゃねぇよ疫病神共!!」
心菜を庇うように自ら石に当たりにいった樹は、心を抉る罵声を投げた同級生達を呆然と見つめる。
そのまま逃げていく彼らを見て、フィリエはくすくすと嘲笑いながら言った。
「どうですか? 三年間生活を共にした相手からの罵声は?」
「……胸糞悪いぐらいに最悪だ。テメェ、わざとやっただろ」
「あら、なんのことやら」
樹の睨みを受けながらも、フィリエはいけしゃあしゃあと答える。
そのまま黒煙が何本に上る空を見つめながら語る。
「この世界は私が生きていた時代から何も変わらない……上辺だけの善人、根っからの悪人、弱者を食い物にする強者、強者を利用する権力者。私のような優れた人間ではなく、生きる価値すらない人間が息をする世界があること自体おかしいと思わない?」
「……何が言いたいんだよ」
訝しげな目を向ける樹に、フィリエは言った。
「―――問うわ、現代の魔導士。この世界は、あなた達が守らなければならないほどの価値があるの?」
怜哉は裏聖天学園を走っていた。
あちこちにいるテロリスト達を斬り倒し、一番被害のある第四訓練場へ向かう。
十中八九、あそこに日向達がいると思いながら進んでいると、目の前で生徒達が出てきた。
「あっ! し、白石、先輩……!」
「君達、第四訓練場にいた子だよね? あっちにまだ人いた?」
思わず先輩呼びした後輩を無視しながら問うと、彼らは一様に顔を険しくした。
「……全員は分かりませんが、真村と神藤はあっちにいました」
「そう。で、なんで二人を置いて逃げてきたの?」
畳みかけるように問いかけると、後輩達は一様に怜哉を睨みつけながら言った。
「あいつら……俺達を巻き込んだんだ。侵入者の魔法がもう少し早ければ死んでだ。なら、狙われてるあいつらを置いて逃げるのは当然だろ?」
「……は?」
後輩の言葉に怜哉が低い声を出す。
アイスブルー色の瞳に見下ろされた後輩達は、その迫力によって押し黙る。
「巻き込まれたら何? それで同級生を置いて逃げるのは間違いでしょ」
「なっ……で、でも! あのままいたら俺達じゃ巻き添えになってたんだぞ!?」
「魔導犯罪課じゃどうしても被害者を巻き添えにしてしまう事態だってある。そうならないように魔法があるのに、君達はなんのために魔法を学んでるの?」
「っ……」
容赦ない怜哉の言葉に、後輩達は黙り込む。
それを見てため息を吐きながら、再び爆発音が起きた方向を向く。
「……少なくとも、僕は君らの考えが間違いだとは言わない。自分の命以上に大切なものはない」
だけど、と区切りながら言った。
「それを理由に他人の命を見捨てるのは、間違いだよ」
その一言は、後輩達には強い衝撃を与えた。
彼らの傷ついたような、絶句したような顔を見ないまま、怜哉は第四訓練場に向かって走るのだった。
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