第248話 守るべきもの

 裏聖天学園にテロリスト達が侵入した。実技テストを受けていた生徒達は突然現れた武装集団に襲われ、大なり小なり傷を負う。

 魔法で応戦しても、ただの学生で本格的な戦闘訓練をまだ学んでいない候補生など、魔導士崩れとして蔑まれても血を吐く思いで戦い方を独学で習得したテロリスト達の敵ではない。


 だけど、一つだけ誤算はあった。

 数百年の時を生き、誰よりも人を殺すことに長けている白い悪魔の存在を、彼らは見落としていた。

 その結果、由緒正しき学び舎にいる雛鳥せいと達を襲った害鳥わるものは、みな等しく殺された。


影の茨インブラ・スピナム』。影を茨に変異させ、相手を殺す殺傷ランクSに相当する上級闇魔法。

 影は相手や木々などの植物に自然と生まれる。ジークはその影を利用し、テロリスト達を一掃した。

 ある者は胴体を貫かれ、ある者は首を括られ、ある者は串刺しにされた。


 地獄を具現化したような光景。だが、こんな光景は『落陽の血戦』で何度も見たジークにとっては、あまりにも見慣れた光景。

 それを偶然にも目の前で目撃してしまった生徒達は、みな恐怖で染まった顔をした。中には失禁をした生徒もいたが、それでもジークを見る目は同じだった。


 生徒達の視線を受けながらも魔法で返り血を落とし、そのまま無言で死体を一ヵ所に集める。軽い山ができた頃になると、生徒達の姿はなかった。

 しかし、それが当然の反応だとジークは他人事のように思った。


「ジークッ!」


 慌てた様子で走って来る陽が、目の前の惨状を見て顔を歪める。

 だけどそれは一瞬で、顔つきを変えると状況を説明し始める。


「今、現実でも聖天学園がテロリスト達に襲われとる。今は教師や有志達がなんとか守ってくれとる」

「目的は、日向か」

「……せや。テロ行為はそれを悟らせんための陽動や」

「だが、陽動の方にも目的がある」

「まさか……!」

「ああ。魔導士候補生とゲストの拉致と殺傷……テロリストの方の目的だ」


 三年生の期末試験期間は、来年卒業する生徒にとって貴重な日。

 ゲスト達は自他国の魔導士の実力を確認するためにわざわざ学園にやってくるのは、毎年恒例の行事となっていた。

 もちろん各国の要人達が一ヵ所に集まるのを見逃さない魔導犯罪者はいる。学園側は彼らと生徒の身の安全を全力でサポートしており、結界も警備も万全のはずだった。


 しかし、その結界が内側から魔法攻撃によって破壊された。

 半分を機械に任せているとはいえ、元は魔法で生み出したもの。内側から結界を壊されてしまったら、修復まで時間がかかる。

 そして、そんな真似をできるのは一人――フィリエ・クリスティアしかいない。


 陽がフィリエの存在に気付いたのは、結界を破壊した時に襲った感覚だ。

 まるで狐のような生き物が爪で結界を破るような強さと感覚を感じ、直後爆発が起きた。窓を見てテロリスト達が続々と侵入してきた時に、陽はこの目ではっきりと見た。

 哄笑を上げながら、裏聖天学園に足を踏み入ったフィリエの姿を。


 その姿を見て頭に血が上りながらも、他の教師達に避難指示を出した陽はテロリスト達をなぎ倒し、今ここにいる。

 テロリスト達とフィリエ達の目的は違えど、学園を襲っているのは事実。

 もし学園がなくなってしまったら、魔導士は世界にとって必要のない迫害される存在に変わる。それは魔導士が必要不可欠な社会において、かなりの大打撃だ。


 そして、日向をカロンの手中に落ちることは、世界が彼の思い通りになるということ。

 カロンの真の目的が一体なんなのかは分からない。

 だが、あの悪魔の思考などすでに常識の域を逸脱している。世界平和などというまともな理由に使うわけがない。


「けど、ひとまずワイらがすることは―――」

「――――目の前の敵の殲滅だ」


 陽が裏聖天学園を閉じるまで時間がかかったせいなのか、武器型魔導具を持ったテロリスト達が現れる。

 その数は目視だけで数十人は超えているが、こんなの二人の敵ではない。

 むしろ、足りないくらいだ。


 片や、数百年にもおよぶ復讐と叛逆を抱き続けた白い悪魔。

 片や、【記述の魔導士】の前世を持った世界王者五連覇を達成した【五星】。

 この場で蹂躙されるのは彼らではなく自分達の方だと、テロリスト達は察したが時すでに遅し。


「さあ、楽しい戦いの時間だ」

「簡単に潰れとんてくれや?」


 その言葉を最後に、テロリスト達の命は終わる。

 敵を見逃すという慈悲は、彼らの中にはとっくの昔に消えているのだから。



「いやぁ~、それにしても参ったね。まさか聖天学園がここまで破壊されるなんて……僕が在籍していた頃を考えるとあり得ない事態だ」

「話している暇があるなら、さっさとテロリストを倒してください!」


 未だ炎と黒煙が広がる敷地内で、呑気にしているデリックをメリアは怒声を飛ばした。

 地下シェルターにいる生徒やゲスト達は運よく傷はなかったが、テロリストの数が多いせいで戦える者は戦場に問答無用で駆り出された。

 中にはいい年の大人なのに駄々をこねた者もいたが、結局は戦闘に参加している。


 デリックもメリアも同じ経緯で戦場に赴き、未だ狙ってくるテロリスト達を倒していく。

 かつての異形の姿ではない、本来の姿であるハーピーとなったメリアは、茂みの中で手榴弾を投げようとするテロリストを上空で見つけると、躊躇なく羽根を飛ばす。

 ハーピーの羽根は薄いが鋼のように鋭い。羽根がテロリストの腕にナイフのように突き刺さり、痛みに呻く間にピンを抜いた手榴弾が手から落ちる。

 仲間を巻き添えにした爆発は、容赦なく自分達の命を奪った。


 武器ではなく魔法を使うテロリスト達が詠唱を唱えようとするも、デリックが無詠唱で魔法を発動させる。

 戦闘より研究の方に興味があったデリックは、他機関からの勧誘を蹴って魔法研究所に入所した。そこで好きな魔法の研究三昧の日々を送りながらも、彼は自分の魔法の腕を磨くことにも余念がなかった。


 現に彼の使っている魔法は『業火の刃フェッルム・イグネ』と言う、千を超える炎の刃が襲いかかる、殺傷性ランクSに入る広域攻撃魔法。

 あれを無詠唱で発動させるのは彼の努力の賜物によるもの。

 炎の刃で焼きながら斬られたテロリスト達が倒れるのを見ていた時、パシュッと空気が抜ける音と共に翼と付け根の間を撃ち抜かれた。


「うあ……っ!?」

「メアリッ!」


 翼を傷付けられたメリアが空中から墜落するのを目撃したデリックは、すかさず風魔法で受け止める。

 風のクッションで受け止められたメリアは墜落せず地面に着地し、すかさずチョーカーに手を添える。

 魔力を流すと琥珀色の石は輝き、ハーピーの姿から元の人間の姿に戻る。


 チョーカーについている石は、日向の魔石ラピス。陽がIMFと秘密裏に交わした契約によって世界中の概念干渉魔法使いに配られており、この魔石ラピスについては一切の情報はない。

 しかし実際に日向の無魔法で救われたことのあるメアリにとって、魔石ラピスの持ち主のことは知っている。心の中で感謝を告げながら、駆け寄って来たデリックの手を取って立ち上がる。


「すみません、油断しました」

「仕方ない。君を撃ったライフルは消音器サイレンサー付きだった。いくらハーピーの『概念』を持っていようと、五感や身体能力には個人差があるんだから」


 概念干渉魔法は選んだ『概念』によって強化魔法を使わず身体能力や五感が向上する。

 メアリの場合、『ハーピー』は人にはない飛行能力を得たせいで身体能力の向上が他の魔導士と比べてなく、せいぜい人よりちょっといいくらいだ。

 魔法の性質的に仕方ないとはいえ、ここで撃ち落とされてしまったのは最悪だ。現に、デリクのメアリの周りをテロリスト達が囲んで銃口を向けている。


「……全く、ハイエナみたいにしつこい連中だ」


 デリックが忌々しそうに呟き、テロリスト達が引き金を引こうとした直後。

 銀の一閃がテロリスト達の首を通り過ぎる。それからすぐに、彼らの首はまるで木から落ちた果物のようにゴロッと落ちる。

 首から血の噴水をまき散らしながら倒れる体の向こうで、一人の少年が現れる。


「君は……ミスター・シライシ……?」

「そうだよ。わざわざ自己紹介してくれてありがとう」


 少年――白石怜哉は、日本刀型専用魔導具白鷹を鞘に納めながら言った。

 魔導犯罪課の職員である彼が何故母校にいるのか、それはIMF日本支部が職員の一部を学園の警備として回したからだ。

 いくら学園の警備システムが万全でも、万が一の事態に備えなければならない。


 そのため、毎年魔導犯罪課を中心とする実戦向きの魔導士が多い部署から選ばれた人材を派遣する。ゲスト達が入国し帰国するまでの間、彼らは二四時間体制で警備に勤めるのだ。

 怜哉もその臨時警備員として派遣され、業務が予想より多忙で日向達に顔を見せることはできなかった。


 ようやく時間が取れそうと思い始めた時にテロ行為が起き、水を得た魚の如くテロリスト達を悉く鏖殺した。

 現に怜哉に支給されたIMF職員用魔装は返り血で染まっており、もはや元の生地の色すら分からなくなっている。


「ところで、裏聖天学園の入り口はどこ? さっきまで分かってたんだけど、消えちゃったんだ」

「……あなたも、裏聖天学園にいる生徒を救いにいくのですか?」

「まぁね。それが、僕の仕事だから」


 まるでついでとばかりに言う怜哉に違和感を覚えるも、デリックは装飾が施されていない鍵を投げ渡す。


「それが裏聖天学園の即席鍵インスタントキー。こっちは予備でもう一本持っているから、それはあげるよ」

「どうも」


 軽くお礼を言って、怜哉は裏聖天学園の入り口がある場所へ向かう。

 その後ろ姿を見送りながら、メアリはあることを思い出す。


「そういえば……彼も、豊崎さんと一緒に行動していましたね」

「その前はギルベルト殿下に求婚されたって話もあるし……どうやら彼女、とんでもない人を引き寄せる才能があるみたいだ」


 日向の周囲を取り巻く人々の顔を思い出し、普段どんな内容でも笑顔で流せる大物のデリックすら苦笑を禁じ得なかった。



☆★☆★☆



「みんな、急いで聖天学園に行くよ! 救護班は指定人数より三倍は大至急用意して! 鎮圧班はなるべくテロリストを生け捕りで!」

「「「はっ!」」」


 国家防衛陸海空独立魔導師団『クストス』の基地は、今緊迫した空気に包まれていた。

 世界各国から来訪したゲスト達がいる聖天学園でテロが発生。なんとか地下シェルターへと非難させたが、テロリストは異界から出現しているのか数を減らす様子がない。

 教師と有志だけでは手に負えないと考えたIMF日本支部長黒宮徹一は、『クストス』に緊急出動を要請。


 それを『クストス』最高指揮監督であり母の琴音が了承し、アリスは出動に追われていた。

 軍事用魔導具や治療道具の用意、鎮圧班・救護班の人員配置、さらには自立型戦闘機の手配。

 特に最後は使わないよう願うしかないが、状況から見て難しいだろう。


(そもそも、こんな数のテロリストというか魔導犯罪者を揃えたわけ!? もう上も下も無差別じゃん!)


 聖天学園にある監視カメラの映像から該当人物を照合した結果、全員が世界各国で悪行を働く魔導犯罪組織の一員及び世界指名手配の魔導犯罪者ばかりであった。

 ここ一年の間であまり活動しなくなって気にはなっていたが、全ては今回の下準備のために隠れていたに過ぎない。


(それに加えて最新鋭の魔道具や武器の調達……いくら裏商人とつながりがあるとしても、この数を揃えるには相応の人脈と資金が必要だ)


 アリスだって『クストス』に入隊してから、裏での生き方くらい熟知している。

 どの魔導犯罪組織や魔導犯罪者でも、それなりのツテや金がなければ活動などできない。特に今回のような大規模なテロなどもってのほか。

 考えられる可能性は、彼らの後ろ盾にできるほどの強大な組織の存在。その筆頭こそが―――


(『ノヴァエ・テッラエ』―――『レベリス』よりも凶悪で危険な組織。彼ら以外にこんなことができる連中はいない!)


 正直なところ、アリス自身も『ノヴァエ・テッラエ』のことは詳しくはない。

 分かることはかつて『レベリス』にいた幹部三人が主を裏切り、さらには『新主派』を上手く利用するほどの悪魔のような切れ者がリーダーとなっているくらいだ。


 何故、彼らが聖天学園を狙ったのか。

 アリスの中ではいつくかの推測が立てられているが、どれも信憑性が低いとしか考えられない。

 少なくとも、今のアリスにとって必要なのは、相手の手の内を読むのではなく、今も学園で命を脅かされている生徒とゲスト達、そして大切な友達を救うためだ。


「ボクは国家防衛陸海空独立魔導師団『クストス』陸軍第一部隊隊長赤城アリス中尉――聖天学園を悪しきテロリスト共から取り戻す。それが、ボクがすべきことだ!」


 己に一喝を入れたアリスは、大切な学園と友達を『ノヴァエ・テッラエ』の魔の手から取り返すべく、その一歩を踏み出した。

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