第247話 『永久疑似死』
悠護達が第四訓練場に来ると、そこは破壊の爪痕が多くつけられていた。
同級生達が瓦礫の下で呻き声を上げ、頭や腕から流す血を見て発狂し、現実を受け入れられず泣き喚いていた。
目の前の光景は、『落陽の血戦』の時に起きた市街地での戦闘後を思い出してしまう。
あの時も建物が倒壊し、避難できなかった国民が瓦礫の下敷きになって石畳に真っ赤な花を咲かせたことは一度や二度ではない。
天幕の中では呻き声を上げながら治療を受け、医療班が手にあかぎれを作りながら何度も血に染まった包帯を洗っていた。
同じ光景を見ただけで蘇る前世の記憶。
直後、目の前で二つの魔力がぶつかった。
一つは狂気の笑みを浮かべた鈴木の魔力。どこか刺々しくも力強い彼女の魔力は、嫌というほど覚えのあるおぞましい魔力で塗り替えられている。
もう一つは真剣な面立ちをした日向の魔力。太陽のように眩しく、しかし苛烈な輝きを放ち、鈴木を殺す気で挑んでいることが伝わって来た。
「く、黒宮くん……っ!」
その時、泣きそうな顔をした山本が悠護に縋るように魔装の裾を握った。
「と、豊崎さんが、恵美子ちゃんのこと、こ、殺すって……! でも、私じゃ、何もできなくて……っ、勝手なお願いだって分かってるし、どのツラ下げているんだって言われてもいい……お願い、恵美子ちゃんを助けて……!」
きっと山本の目には、日向が鈴木を殺そうとしていると見えるのだろう。
確かに今の日向は鈴木を殺す気で戦ってはいるが、目は救うために必死になっている。それを知っている悠護は、そっと裾を握る山本の手を離させた。
「安心しろ。あいつはちゃんと鈴木を助ける。お前が思ってるようなことにはならない」
「本当……?」
「ああ。ただ……」
悠護の視線が、誰もいない瓦礫の方へ向けられる。
腕輪モードの《ノクティス》を鎖付きの杭にすると、
「――――そこの狐を、先に駆除しないとなッ!」
そのまま悠護が睨んでいた先へ投擲。
何もない場所に杭が通り過ぎるだけと思った直後、ドスッ! と肉が穿つ重い音が響いた。
「ぐっ……がぁあっ……!?」
直後、低い女の悲鳴が聞こえてきた。
空中に浮いた杭から血が伝って滴り落ちると、ぐにゃりと空間が歪み現れたのは、古めかしいドレス姿の女性。
その女性を見て、悠護だけでなく樹達の顔つきが変わった。
「やっぱりお前か、フィリエ」
「こ、これはこれは……随分と大胆なことをしますね、悠護様」
「黙れ。お前にその名を呼ばれるのは、虫唾が走る」
フィリエを見つめる悠護の目はひどく冷たく、憎悪すら滲み出ている。
鎖を引っ張ると、フィリエの左肩の付け根部分に穿っていた杭が乱暴に抜かれる。呻き声を上げながら傷口を押さえるフィリエを見ながら、悠護は血と脂がついたそれを振るって落とす。
突然の血生臭い行為が起きて、山本は状況ができないまま顔面蒼白となる。
「今度は何を企んでいる? 希美の時みたいに、鈴木も殺すつもりなのか?」
「ふふ……希美さん、あの子は本当に使い勝手のいい子でした。最後の最後で失敗してしまうのは少し誤算でしたが……まぁ、それなりに役立ったのでいいでしょう」
悠護の質問にフィリエは答えず、ただくすくすと笑う。
しかし、状況を把握できず困惑することしかできない山本でも、目の前の女性の言葉は無視できなかった。
「……あなたが……なんですか……?」
「?」
「希美ちゃんを……殺したのは、あなたなんですか…………?」
山本の質問に、フィリエは一瞬だけ首を傾げるが、意味を理解したのかもう一度笑う。
今度は愉快そうに、冷酷な笑みを浮かべて。
「ええ、ええ、そうです! 私が彼女を殺しました! あの子の泣き顔、それは見事なものでしたよ。彼女のような美人があんな風に泣き叫んでブサイクな顔になるのは本当に愉快なものでした! あなたにもお見せしたかったですわ、希美さんの死に顔。……ま、彼女の肉体は魔法で分子レベルになるまで消滅させたのでもう無理なのですが」
「―――――――」
何も言えなかった。理解できなかった。分かりたくなかった。
目の前の美女が、希美を殺した本当の犯人が、あんなに楽しそうに、面白そうに、友人だった少女を殺したことを語っている。
左肩の付け根を杭で穿れたというのに、その痛みすら興奮剤とする。
自分の常識を超えた、異常者。
希美は、こんな女に利用されて、肉体が消滅するほどの魔法で殺された。
その事実は、山本の脳内処理能力が追い付かず、キャパオーバーを起こす。
脳が理解を拒絶し、拒絶し、拒絶し……。
―――そうして、山本の意識は強制的にシャットダウンした。
「山本!」
ふっと意識を失ってしまった山本を樹が慌ててキャッチし、そのまま安全な所に運ぶ。
彼女の青白い顔を見て、樹はもう一度フィリエを強く睨みつけた。
「あらあら、なんと可愛らしい子なのかしら……あれだけで気絶してしまうなんて……ほんと、健気で哀れねぇ」
「黙れ。そもそも、お前達の目的は鈴木じゃない。そもそも、鈴木自身が囮なんだろ」
「…………」
「お前達の目的は、日向が持っている『
『
悠護どころか日向自身も一方的に切り離すことができない
接続方法は分かっても、問題の切断方法がなければ『
誰もが貪欲に欲する〝神〟の力。
だけど、悠護にとっては日向の幸せを壊すだろう邪魔な枷でしかない。
そして、未だに日向に固執しているカロンにも。
「……はあ。やはり、あなたには騙せませんね。そういう変に鋭いところ、私は嫌いです」
「奇遇だな。俺もお前のことは生理的に嫌いだ」
前世では変な女だと思っていたが、自分達を裏切り『落陽の血戦』を引き起こした元凶を憎んで当然だ。
悠護の真紅色の瞳が憎悪で染まろうとした直後、急速に近づいてくる気配を察知し、《ノクティス》を双剣モードに変える。
直後、ガキィンッッ!! と金属同士がぶつかる音が響いた。
「―――リンジー!」
「やっと会えたね、悠護! さあ、一緒に殺し合おうよ!!」
爛々とした目を向けながら、鎌槍を振るう小柄な少年・リンジー。
しかし前世で多くの仲間を殺した死神。そして、クロウが唯一情けをかけた子供。
情けをかけられ、数百年分の雪辱を果たそうとするリンジーの猛攻に押された悠護の体が数メートル先へ吹っ飛ばされる。
すかさず彼の元へ行こうとしたギルベルトだったが、己を狙ってくる殺気に反応し右腕を竜化させる。
黄金の鱗で覆われた右腕に刺さったのは、鋭い刃を持った槍。
槍と柄の中央に飾られた飾りは、あの男が好きな花である青いヒエンソウ。『自由』の花言葉を持つその花を見て、ギルベルトは槍の持ち主の顔を見た。
「―――オレを襲うとは随分と成長したな、サンデス?」
「こっちだって成長するんだ。いつまでも澄ました顔のままだと思うなよ」
かつてローゼンの兄であり、国を裏切った者として汚名を残した第二王子サンエス・アルマンディン。
そして今は敬愛する
そのサンデスが、今まで見たことのない顔でギルベルトに殺気を向けていた。
「そうそう、言い忘れていました。地上には有志によるテロ活動が行われています。もうすぐでこちらにも援軍が来ます」
「はあっ!? 結界があったはずだろ!?」
「そんなの、内側から壊してしまったら無意味ですよ」
フィリエの笑みを見て、樹はぎりっと歯を食いしばる。
確かに、結界なども防御魔法は外側に対する攻撃に対しては効果を発揮するが、内側から瓦解してしまったら無意味になってしまう。
しかも精霊眼を使って周辺の魔力を探ると、フィリエの言う通り生徒のものではない魔力が一〇〇近くある。
――甘かった。『ノヴァエ・テッラエ』は、自分達の予想を超える戦力を揃えていた。
去年の夏から何もアクションを起こさないことに疑問を抱いていたが、それを呑気にも気にせずのんびりと平和ボケしていた。
彼らはずっと仕組んでいた。『
そして今、その準備が終わり、こうして牙を向けた。
悪意なんて言葉すら甘ったるく感じる、巨大で凶悪な『悪』。
今まで戦ってきた敵とは違うそれは、樹の中で必死に耐えてきた死の恐怖を呼び起こした。
――のちに、この日の出来事を『聖天学園襲撃事件』と呼ばれ、現代史に残る大事件として名を刻んだ。
☆★☆★☆
聖天学園内は混乱の渦に巻き込まれていた。
学園内に黒いバンが何台も強引に侵入し、本物の銃火器や魔導具を持ったテロリスト達が銃撃や魔法攻撃を開始。学園内にいた生徒は悲鳴を上げ、我先にと地下シェルターへ避難する。
しかも本来ならば学校関係者以外は入れない裏聖天学園へ侵入し始め、教師達はテロリスト達への対処へ追われることになる。
当然ネオキメラも導入され、食べ放題の肉が現れたことで歓喜するネオキメラ達は容赦なくテロリストの喉元に噛みつき、その肉を美味しそうに食べる。
間近で猟奇現場を見た教師達は思わず吐いてしまい、しばらく肉が食べられなくなったのだが、これは今は関係ない余談である。
サブマシンガン、ライフル、手榴弾、焼夷弾、ロケットランチャー、ミニガン……完全に聖天学園を襲撃するためだけに用意された武器の数々に、筆記試験の試験官でありいの一番に現場に急行した陽は忌々しく舌を打つ。
石突で容赦なくテロリスト二人の意識を刈り取ると、治療院の方からノエルが走って来た。
「状況は?」
「最悪や。数が多い上に裏聖天学園にはヤツらもおる」
「まずいな……目的は日向だ。彼女を奪われたら、カロンの思い通りになる」
「そんなん分かっとるわ!」
こんな真似ができる相手など、フィリエしかいない。
彼女がどうやって学園内に侵入したのか気になるが、今は目の前の問題を解決するのが先だ。
武器を手にして臨戦態勢でいるテロリスト達を見て、陽より先にノエルが前に出た。
「ノエル……?」
「ここから先は俺が引き受けよう。お前は早く裏に行け」
「……スマン、恩に着る!」
ノエルの気遣いに感謝した陽は、裏聖天学園に行こうとするテロリスト達を蹴散らしながら異界へと入る。
入った直前で入り口を塞ぎ直し、被害を抑えた友人の手際の良さに内心舌を巻きながらノエルはテロリスト達を見据えた。
「……さて、しがない医者だが俺も一人前の魔導士だ。お相手願おう、テロリスト共」
正直は話、ノエルはあまり魔法が得意ではない。
医者を目指してあったこともあり、生魔法については四大魔導士と引けを取らないほど造詣が深く、完全なオフレコだが現代に残っている魔導医療の基盤は彼が作り出した技術だ。
目立つことがあまり得意でない彼は、当時一緒に研究をしていた医者仲間と手を組み、技術の提供者は『落陽の血戦』でも活躍をしたイングランド王国医療班によるものだと発表。
その後は姿を消し、途中で虫の息寸前のジークを拾って治療に専念。そして『レベリス』に入り彼の主治医として付き従った。
そんな彼だが、生魔法と同じくらい得意な魔法がある。
呪魔法――生魔法とは正反対の性質を持ち、相手に呪う魔法だ。
誰よりも死を厭う彼らしくない魔法だが、表と裏、太陽と月、そして生と死――相反する存在が離れられないように、生魔法と呪魔法も離れられない関係にあるのだとノエル自身そう思っている。
そして。
その相反の力と『蛇』の名を持つ魔導士は、テロリスト達に向けて魔法を放った。
「―――『
詠唱を唱えた直後、テロリスト達はドーム状の暗闇に閉じ込められる。
誰もが怯え戸惑う中、次々と悲鳴が上がる。その内の一人が目にしたのは――文字通りの地獄だった。
ある者は剣で斬られ、ある者は銃で撃たれ、ある者は毒を飲まされ、ある者は首を吊られて……ありとあらゆる殺しが襲い掛かり、誰もが死と痛みを体感する。
目を覚めると痛みはなくなるも、すぐに別の殺しが襲う。
永遠と思うほどの疑似死の無限ループ。それこそが、この魔法の効果。
展開されたドーム状の暗闇は魔法の範囲内で、術者が目視できる範囲でしか効果が発揮しない。しかし相手は一人だと思い込んで、大勢で押しかけたテロリスト達にとっては悪手だった。
悲鳴、嘆き、慟哭、懺悔。
様々な声が響き渡る暗闇を、ノエルは顔色一つ変えないまま見つめた。
「……『落陽の血戦』では、そんなのは毎日起きていた。精々、そこで思い知るがいい。貴様らがどれほど平和で甘い世界にいたのかを」
その言葉は、あの悲劇を体験した者だからこその重みがあることを、死を体感しているテロリスト達の耳に届くことはなかった。
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