第246話 水晶玉探し<下>

 水晶玉探しは、水晶玉の数が減っていく度に苛烈さを増していく。

 白水晶玉一個を狙うだけで五つのチームが鉢合わせると、乱闘騒ぎに勃発。大怪我をする前に試験官の他に控えていた教師達が止めに入り、再び水晶玉を探して……そのループを繰り返す。

 この実技テストではよくあることとはいえ、昨日も同じように仲裁に入った教師達からすればうんざりしてしまう。


 そんな教師の苦悩を余所に、日向は迎賓館にある客室で黒水晶玉をゲットしていた。

 この黒水晶玉周辺にも魔法陣が張られているが、無魔法によって砕け散る。このトラップにかかっている同級生達には悪いと思いながらも、黒水晶玉をウエストポーチに入れる。


「これで黒水晶玉は三個ゲットしたね」

「ああ。白水晶玉も六個手に入ったし、合計で三六〇点。時間も考えるとこれくらいでいいだろ」

「心菜達も同じくらい水晶玉手に入れたし、終わるまで待ってよっか」


 白水晶玉も黒水晶玉も個数が限られている手前、これ以上手に入れてはルールとして成り立たない。

 この行為が舐めプだとしても、他のチームの評価を下げてまで水晶玉を探すのは個人的に許せない。


 迎賓館を出て、水晶玉奪取を目論む他のチームに会わないように森の中へ進む。

 最初に来た時は灰色一色だった裏聖天学園だったが、時間の経過によって色がついている。前まで灰色だった木や芝生のせいで、現実での森の色の認識の差異で脳がバグったことのある身としては嬉しい変化だ。


 どこか隠れそうな場所を探して森を歩いた時、どこからが話し声が聞こえてくる。

 他のチームが作戦会議を開いているのかと思ったが、時々痛みをこらえるような声も出していて、不思議に思い声のする方へ向かう。

 そこにいたのは、明らかに軽くない傷を負った同級生達だ。


「だ、大丈夫!?」


 思わず飛び出すと同級生達はびくっと肩を震わせるも、日向が傷の様子を確かめる姿を見てほっと安堵する。

 どうやらこの隙に水晶玉を狙っていると勘違いしていたようだ。


「これはひどいな……心菜に診てもらった方がいいかもしれないな」

「分かった。連絡してみる」


 すぐにインカム型無線機で心菜に連絡すると、数分後に樹とギルベルトを連れてやってきた。

 心菜はてきぱきと相手の症状を見て、それに適した治癒魔法をかける。

 傷が癒えていく彼らの顔が良くなったのを見計らい、ギルベルトは訊いた。


「……それで、貴様らをあそこまで怪我させた下手人は一体誰だ?」

「………………D組の、鈴木恵美子……あいつがやったんだ……ッ!」


 同級生の証言に、彼女と関わりのある一同は息を呑む。

 話を聞くに、鈴木は評価など気にしていない様子で反則行為を繰り返している。同じ白水晶玉を追っていたチームに魔法で攻撃を仕掛け、抵抗する者には暴力を振るという。

 しかもチームメイトも彼女には逆らえず、仲のいい山本の言葉すら耳に入らないほどらしい。


「山本とは同じクラスなんだけど……あいつの魔法、いつもより強くなりすぎてんだよ!」 

「強くなりすぎている? 魔導具か?」

「ああ、多分。あいつの使ってる専用魔道具は腕輪タイプのなんだけど、今回使ってたのは短剣だったんだ……」

「短剣……どんな感じのだったんだ?」

「えっと、なんか中世とかで出てくるアンティークみたいな感じだったな。でも……なんか、言葉にすると難しいんだけど、すっげぇ嫌な魔力を感じて……」


 短剣。嫌な魔力。

 同級生達の話を聞くにつれて、思い出すのは希美が使っていた氷の槍。

 恋に狂い自ら炎に焼かれて死んだ戦乙女の名を関したそれは、かつて日向を殺すためだけに猛威を振るい、最後には所有者すら絶望の淵へと堕とした。


 異形となった彼女を魔導士として殺すことで救うも、最後は狐の魔女によってその命を奪うだけでなく、肉体すらも消し去られた。

 もし、もしも鈴木が持っているその短剣が、あの狐の魔女によって渡されたものなら……鈴木に待ち受けるのは、友と同じ末路だ。


「――――!!」

「あ、オイ! 日向!!」


 ノーモーションで踵を返した日向が、身体強化魔法をかけると猛スピードで離れていく。

 悠護の制止を聞かぬまま、短剣に宿る魔力を探りながら走る。


 もし話に出てくる短剣がフィリエから渡されたものなら、鈴木の命が危ない。

 希美を死なせてしまった彼女にとって、自分の手など死んでも取りたくないだろう。

 それでも。そうだとしても。


(今度こそ……今度こそ、救ってみせる!!)


 日向に『鈴木を救わない』という選択肢はなかった。



「……ったく! また一人で突っ走りやがって!」


 見えなくなった琥珀色の背中に、悠護は木を殴りつけた。

 いつもそうだ。彼女は誰かの命に関わると、自分達の制止など聞かずそのまま走って行ってしまう。

 そして、目を離している間にボロボロとなって、一人で己の不甲斐なさを後悔しながら泣くのだ。


(もう、あいつを悲しませるような真似はしたくないって思っているのに……!)


 思えば前世の頃から、自分は日向を泣かせてばかりだ。

 どれほど彼女の涙を見たくないと思っていても、自分はいつも一歩手前で間に合わない。

 己の中にある後悔と自責の感情に苛まれていると、治療をしていた心菜がいきなり立ち上がって日向が行った方向に歩き始めた。


「こ、心菜? お前どこに……」

「決まってるよ。日向のところに行くの」


 樹の問いにそう答える心菜。

 その様子は普段の控えめな態度はなく、樹だけでなく悠護やギルベルトも目を丸くした。


「ど、どうしたんだよ……? お前にしちゃ随分と積極的だな」

「だって……だって日向、また私達を置いて行こうとしてるもの」


 その怒りと悲しみが混じった声に、悠護は息を呑んだ。

 よく見ると心菜の顔は普段あまり見ない憤怒を浮かべており、拳を強く握りしめている。心菜自身があまり怒らないせいもあり、今の彼女の顔は恐怖を抱いてしまう。

 今まで溜まりに溜まった鬱憤が爆発している様子に、男子陣は口を挟めず黙り込む。


 それを好機に、心菜はこれでも思いの丈を全て吐き出した。


「日向はいつもそうよ。自分で解決しようとして、私達にはなんの相談もなく進めている。それで自分が傷ついても自分の責任だって言って、『気にしないで』って笑うばっかり!

 確かに私達は四大魔導士じゃないし、専門的分野では力になれないかもしれない。……でも、それでも! 私は、日向の親友として力になりたい! 今までずっと間に合わなかったけど、今度こそは絶対に間に合わせてみせるっ!!」


 今までずっと己の主張をしてこなかった心菜の言葉に、悠護は自分の情けなさを猛省する。

 そうだ。日向は一人で相談もせず進めて、心配しているこっちの事情なんか知っているのに、いつも笑顔で押し黙らせる。

 悠護達はその笑顔の圧によって引き下がり続けてきたが、もう我慢の限界だ。


 そもそも、悠護達にだって手伝う権利も一緒に戦う権利もある。

 知っていながらもその権利を笑顔一つで奪い続けた日向にはむしろ怒りが湧いてくる。

 初めての怒りに多少戸惑うも、それすらも新鮮味すら感じてしまう。


 迷惑? そんなのどうでもいい。

 そもそも、自分達は日向の都合に振り回されながら付き合ってきた。

 今度は、日向そっち悠護達こっちの都合に付き合う番だ。


「…………そうだな。そうだよな。俺達が待ってやる義理なんか、ねぇよな」


 吹っ切れたように言いながら、悠護は仲間達の顔を見る。

 樹も心菜もギルベルトも完全にその気でいて、相変わらず頼りがいのある彼らには感心する。

 腕輪になっている《ノクティス》に触れながら、悠護は好戦的な笑みを浮かべながら言った。


「――――行くか。俺達の突っ走りバカのところに!」



☆★☆★☆



 山本里香の人生は、生まれた瞬間から決定づけられた。

 魔導士家系という一歩遅れれば存続すら危うい家に生まれ、不幸にも魔導士として目覚めてしまったことで、両親の望みを叶える道具として利用されることになった。

 未来も希望も見いだせず全てが灰色に染まった世界で、鈴木恵美子という少女は同類のような存在だった。


 気の強い彼女は時折親に反抗しては頬を叩かれて叱られていたが、頑固な性格なのか一度決めたことは決して曲げない。

 両親も彼女の性格に根負けするが、一度も親に反抗したことのない山本が鈴木に憧憬を抱くのは自然だった。


 同じ境遇という縁もあり、山本は鈴木と友達になった。

 偶然にも学校も同じだったため、聖天学園に入学してからもその付き合いは続き、親の命令で希美の腰巾着になってからはそれなりに良好な関係は築けたと思っている。

 その希美がいなくなり、新たなパイプとして三〇歳手前の婚約者をあてがわれた時は、両親は自分の子供の幸せすら利用することにショックを受けた。


 しかし幸運にも婚約者になった相手はとても誠実で、むしろ今まで相手がいなかったこと自体不思議ではならないほど優しい紳士的な人だった。

 何度かデートを重ね、去年のクリスマスに山本は婚約者とホテルで一夜を共にした。

 経験がない自分に気を遣ってくれたおかげで痛い思いはせず、むしろ脳髄さえ蕩けるような甘い快感を味わい、今までの人生で最も幸せと感じる時間を過ごせた。


 婚約者は家同士のつながり抜きで幸せにすると言ってくれた時、山本は今までの我慢が報われた気持ちになり、初めて人前で大泣きをしてしまった。

 子供のように泣く自分を咎めることはせず、婚約者はずっと山本のことを抱きしめてくれた。その何気ない優しさが、山本にとってはひどく心地よかった。


 同じ境遇を共にする友人と優しい婚約者を手に入れた山本は、同じ立場にいる子と比べれば幸運だった。

 だけど、鈴木は違った。

 婚約者となった相手は家のつながりのためだけに結婚するという人で、しかも一度反抗するだけで暴力を振るう最悪な男。


 婚約者と一夜を共にした後の彼女の顔は必ず泣き腫れていて、体中には歯型やキスマークだらけ。手首には何かで縛られた跡があるのを何度も見たことがあり、どれほど手荒い扱いを受けているのか分かる状態だった。

 だけど友人の情事など口が挟めるはずもなく、少しでも心安らぐために彼女の好物を作ってあげることくらいしかできなかった。


 思えば、そんな自分の不甲斐なさが彼女を追い詰めたのかもしれない。

 山本自身、希美の死が日向のせいではないことはなんとなく察していた。食堂で騒ぎを起こしたあの日に見せた彼女の顔は、希美を救えなかった激しい後悔が滲み出ていた。

 それを知ってなお鈴木の思い込みを否定せず、放っておいてしまった。

 その結果が、目の前の惨状だった。


 第四訓練場。黒水晶玉があったその場所は、無残に破壊されていた。

 いくら異界化したとはいえ、建物自体は本物と変わりない。鈴木は明らかな過剰攻撃オーバーアタックを仕掛け、第四訓練場をほぼ全壊させた。

 黒水晶玉目当てでやってきたチームは全員瓦礫の下敷きになっているか、鈴木に暴力を振るわれているかのどちら。


「あは……あはは、あははは、あっはははははははははは!!」


 短剣を持ったまま昏い笑い声を上げる鈴木。

 その姿は情緒不安定だった頃の希美を彷彿とさせており、あまりの異変ぶりは山本すら体を震わせるほどの威力がある。

 もう彼女の耳に自分の声は届かない。かつていた友人は、もはや壊れてしまった。


 救いを求めたくても渇いた呼吸しか出ず、逃げたくても体中が痛くて動けない。

 何もできないまま、友人が変貌する姿を見るしかないと諦めかけていたその時だ。


「――――見つけた」


 この場にとって――少なくとも山本にとって、自分達を救ってくれる救世主が現れた。



 日向が到着した時、第四訓練場は全壊だった。

 その場にいた同級生達は瓦礫に埋もれていたり、血を流すほどの怪我を負っている。原因である鈴木は、日向の顔を見て口を三日月みたいに裂けさせながら笑っている。

 その顔は、皮肉にもあの日の希美を彷彿とさせた。


「あはっ、やっぱり来たのね。あんたも希美のように、私を殺すのね?」

「…………」


 鈴木の問いに何も答えず、ただじっと彼女が持っている短剣を見つめる。

 短剣は話通りアンティーク調のもので、しかし前世ではよく見かけたデザインだった。そして、その短剣全体に纏わりついている魔力も、日向にとっては覚えのあるものだ。


(フィリエ……あなたは、またを殺すつもりなんだね)


『落陽の血戦』はカロンが首謀者だったが、事の発端はアリナ達を裏切ったフィリエだ。

 本当なら門外不出として扱うべき魔法を外部に持ち出し、秘密裏に人体実験を行わせ、反魔法組織が生まれた。

 そして、その罪を全てジークに被せ、彼を叛逆者としての道を歩ませた。


 全ての元凶であり、永遠に許すことのできない狐の魔女。

 希美を殺した張本人が、今度は鈴木を利用し殺すために再び現れた。

 その事実は、日向の怒りを増幅させるのには十分だった。


「…………あなたがあたしのことをどう思うが、この際正直どうでもいい。だけど、これ以上無関係な人が巻き込まれるのは見ていられない」


 日向の《スペラレ》が華奢なデザインをした腕輪から剣の姿に変わる。

 白銀に輝き、六芒星にカットされた琥珀が装飾された美しい剣。

 その剣先が、目の前にいる少女に向けられる。


 周囲から人生を奪われ、己の自己中心的な思考に囚われ、狐の魔女によって唆された哀れな娘。

 たとえ嫌われていようとも、目の前の惨状を無視することなどできない。


「あたしを憎んでいるなら、全力で殺しにきなさい。あたしもあなたを――殺すつもりでいくから」

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