第245話 水晶玉探し<上>

「それにしてもここまで完璧にコピーできてるなんて……相変わらず陽兄の腕はすごいね」

「あの人、前世からこういうの得意だったよな」


 日向と悠護がいる学習棟は、外観だけでなく室内もそのままだった。

 特定エリアの建物をコピーし異界化するのは困難だ。その建物の間取りだけでなく、配置などを覚えていないといけない。

 そのため、異界を作る時は元の建物ではなく術者のイメージで作った建物を思い浮かべることが多い。


「どっかの部屋に黒水晶玉があればいいんだけどねー」

「その前に白水晶玉の方が先かもな。……っと、見つけたぜ」


 悠護が指をさす方向にいたのは、ふよふよと雲のように浮く白水晶玉。

 白水晶玉が浮いて逃げるのを見た日向達に、ジークは追加情報を与えた。


『あの白水晶玉は半径一メートル以上ならばゆっくり移動するが、その範囲内に入ったら車並のスピードで逃げる。そうなる前に素早く捕まえるのがコツだ』


 そうジークは事もなげに言ったが、範囲外からの捕縛となると使えそうな魔法の数は限られていく。

 一応捕縛目的の魔法はあるが、魔法の腕ではなく純粋な射撃練度と空間把握がなければ難しい。


「よし、んじゃちょっくら取って来るわ」


 だが、悠護はまるでコンビニに行くような感覚で言うと、身体強化魔法をかける。

 身体能力が一段とパワーアップしたことにより、軽く床を蹴るだけで超人的なスピードを得た悠護は白水晶玉へ走る。


 白水晶玉は悠護が察知範囲内に入ったことに気付くが、それより前に悠護の手に収まった。

 水晶玉の硬質な感触が直に伝わり、彼が着地と同時ににっと笑った直後。


 ビキッと嫌な音がした。


「「あ」」


 思わず声を上げる。青い顔をしながら悠護はそっと手を開き、頭を抱える。

 どうやら身体能力を向上させた際に握力もパワーアップしていたようで、うっかり力を入れたせいで中に収まっていたはずの白水晶玉は真っ二つに割れていた。


「これ、加点対象になるか……?」

「と、とりあえず修復魔法かけてみよっ!」


 ひとまず白水晶玉に修復魔法をかけてみると、破損部分が直っていく。

 なんとか元の形に戻ったのを見て、二人でほっと息を吐く。


「悪い、ちょっと力入れすぎた」

「でもこれで一〇点ゲットだから結果オーライだよ」


 日向の言葉に無言で頷いた悠護は、白水晶玉をウエストポーチに入れる。

 ウエストポーチの中にはさっき入れた水晶玉だけでなく、ミネラルウォーターが入ったペットボルトと一口サイズチーズが数種類、それとクラッカーが入っている。

 これで小腹を満たせということなのだろうが、ラインナップが些か雑だと思わざるを得ない。


「一応、白水晶玉はゲットしたけど……念のため、黒水晶玉も探す?」

「どうだろうな……白水晶玉は魔法がかかっているから分かるけど、黒水晶玉はなんの魔法も付与されていない。樹の精霊眼があっても見つからないと思う」

「うーん、でも一応あたし達の部屋だけ見てみる? 案外見つかったりして」


 その提案は、日向にとってはただの思いつき。

 さすがにないだろなー、と思いながらいつものように部屋に行くってドアを開くと……中央のテーブルの上で鎮座している黒水晶玉が、目の前にドーンとあった。

『僕をお取りよ!』と言わんばかりに存在感を伝えるそれに、二人は口元を引きつらせた。


「…………あったな、普通に」

「まあ、一つ一つ部屋の中を調べる物好きなんてごく少数なんだよ、きっと……」


 まさかの思いつきが当たってしまい、素直に喜べず複雑な気持ちになる。

 黒水晶玉を手にすると無魔法の自動発動オートモードが起動し、魔法陣が砕け散る音を聴いた。どうやら黒水晶玉入手防止の魔法がかけられていたが、無魔法を使える日向にはなんら意味もない。

 手にした黒水晶玉を日向のウエストポーチに入れてそのまま学習棟を出た直後、四人の同級生達に囲まれた。


「黒宮と豊崎だ! この二人は早く倒すぞ!」

「こいつらさえ倒せば、後は楽勝だ!」


 別チームの同級生達の言葉に、二人はその意図を瞬時に察する。

 入学してから二年半以上、日向達は数々の事件を体験した。どの事件も普通の学生が巻き込まれてもいいものではなかったし、実際死にかけるような思いをした。

 しかし、ゲームで敵を倒して経験値を手に入れるように、日向達も事件を通して魔法の腕が上達していた。


 もはや普通の学生の域を超えたそれに、一時期陽の依怙贔屓疑惑があったが、純粋に日向達の実力だと分かるとすぐに沈静化した。

 普通の実技授業では力を競い合うものだが、この期末テストでは違う。

 水晶玉探しでは相手から水晶玉を奪うことが許されている。そして、実技の腕が一線を越えている日向達を狙うのは自然の流れだ。


 同級生達がそれぞれ得意な魔法を放つ。

 日向は《スペラレ》を展開し、剣にするとそのまま横一閃。無魔法で無効化された魔法が霧散する。

 悠護が上着のポケットの中に仕込んでいたネジを数本取り出し、魔法で鎖を作る。


 鎖は生きているように動き出すと、そのまま同級生達を縛る。

 悲鳴を上げながら鎖から逃れようとするも、金属干渉魔法で作り出されたそれは自在に長さを変える。

 結局、日向と悠護を襲ってきた同級生達は全員縛られた。


「それ、三分くらいで解けるから安心しとけ」

「ごめんね!」


 そう言って身体強化魔法を使って猛スピードで離れた二人。

 一気に背中が遠ざかった光景を見て、同級生達は同時に言った。


「「「「……チートすぎるだろオイ」」」」



「ふぎゃっ!」

「ぐえっ!?」

「……ふぅ、このくらいでいいだろう」


 襲い掛かる同級生と魔法を使わず沈めるギルベルト。

 心菜はリリウムで相手の動きを封じ、樹は精霊眼を使って白水晶玉をゲットしている。この同級生達も白水晶玉を追ってきていたらしく、樹達と鉢合わせし撃退。

 樹は白水晶玉をウエストポーチに入れながら、倒れている同級生達を見た。


「にしても、本当になんでもありなんだな。これで何回目だ?」

「三回目だ。どうやら同級生達はオレ達を早々に脱落させたいらしい」

「この調子で襲われ続けられたら、さすがに魔力持たないよ……」


 クラスが一〇もあるマンモス校である聖天学園は、生徒数も多い。

 いくら交代でやっているとはいえ、数が多いことは事実。このまま襲われ続けて相手にしたら、こちらが消耗してしまう。

 その間にゲットした水晶玉を奪われるのは最悪だ。


「……よし、なるべく戦闘を避けて逃げに徹しよう。この様子では、恐らく日向達も同じだろう」


 ギルベルトの提案に頷いた二人は、気絶した同級生達を置いて次の場所へ進む。

 治療院を後にし、ギルベルト達が進んだのは第三訓練場。中に入りステージに向かうと、黒水晶玉が鎮座している。

 これを見ると真っ先に駆け寄るだろうが、樹の精霊眼が黒水晶周辺にかけられているトラップに気付く。


 同じように第三訓練場に入って来た同級生達が、我先にと黒水晶玉をゲットしようとステージに上がった直後、ステージの床にいくつもの魔法陣が展開されそこから蔓が生える。

 蔓は相撲取り一人分の太さがあり、それに捕らえられた同級生達は苦しそうに呻く。

 すぐさまリリウムが蔓の一本を切ると床に設置されていた魔法陣も消え、タイミングを計っていた樹が身体強化魔法をかけて素早くステージに駆け上がる。


 そのまま黒水晶玉をゲットすると、他の奪還者が来ないうちに他の二人を連れてくれん場を後にする。

 そのまま近くの森に行き、樹はゲットしたばかりの黒水晶玉をウエストポーチに入れた。


「あっぶね~! 黒水晶玉周辺に魔法を仕込むとか陰湿だろ!」

「黒水晶玉には白水晶玉のように魔法を付与していない。その代わり、簡単にゲットできないようトラップを仕掛けるのはむしろ正攻法だ」

「……あ、無線に通信が入った。多分日向かも」


 ふと心菜のインカム型無線機に通信が入る音が聞こえ、すぐさまスイッチを入れる。

 今まで無音だったインカムから、聞き慣れた声が聞こえてきた。


『もしもし? 聞こえてる?』

「聞こえてるよ。そっちはどんな感じ?」

『こっちは学習棟で白水晶玉一個と黒水晶玉一個を手に入れたよ。でも、黒水晶玉に魔法がかけられているみたいだったけど……あたしには効かないから簡単に手に入っちゃった』

「ふふっ、日向らしい。私たちは治療院で白水晶玉、第三訓練場で黒水晶玉をそれぞれ一個ずつ手に入れたけど……他のチームからの妨害があるから、そう簡単にはいかないかも」

『そっかぁ……分かった。こっちも襲撃とか気を付けて進むから、そっちも怪我ないようにね』

「うん、分かった」


 必要な情報を交換し合った心菜はインカム型無線機のスイッチを切る。

 このインカム型無線機は旧式のもので、一つのインカム同士でしか通信できないタイプだ。一つのインカムから複数のインカムに通信できる新型を使わないのは、他のチームへの情報漏洩防止なのだろう。


「日向はなんて?」

「日向達も学習棟で白水晶玉と黒水晶玉を一個ずつ手に入れたって」

「それはいい報せだ。では、こちらももっと頑張らないとな」


 ギルベルトの言葉に頷いた二人は、別の水晶玉を探すために走り出した。



☆★☆★☆



 理科室と『工房』で白水晶玉を二個ゲットした日向と悠護は、屋上に続く階段のところで身を隠しながらチーズ乗せクラッカーを食べていた。

 一口サイズチーズはプレーンだけでなくカマンベールチーズ入り、トマト、オリーブ、スモークサーモン風味と味がついているのもある。

 明らかに酒の肴で食べられているヤツだが、クラッカーによく合うので文句は言わない。


「今のところ、一三〇点……他のチームの獲得点が分からないから、どれだけ手にいればいいのかな?」

「かなり難しいけど、黒水晶玉を二個手に入れないと無理そうだよな……」


 トマト味のチーズを乗せたクラッカーを食べた悠護の言葉に、日向は腕を組みながらうーんと唸る。

 無魔法のおかげで不発に終わったが、黒水晶玉は設置場所周辺に魔法陣が仕込まれている。他のチームが見つけ、魔法が起動した隙に狙うのが戦略としては正しいのだろう。


 しかしこの敷地内で数個しかない黒水晶玉を探すというのは、元四大魔導士であっても難しい。

 唸りながらチーズを乗せたクラッカーをハムスターに食べている日向の横で、悠護はじっとその顔を見つめ、おもむろに左手で頬を撫でた。


「っ……何?」

「目の下、くまがある」


 いきなり撫でられてびくりと肩を震わせた日向だが、軽く睨みつける悠護の言葉に黙り込む。

 ここ二ヶ月、日向は『蒼球記憶装置アカシックレコード』の返還方法を探すために夜遅くまで調べ物をしていた。期末試験に入ってからは無理をしない程度に調べていたのだが、体というのは正直だ。


 睡眠不足を知らせるようにできた隈を見て、昨日までは手持ちのファンデーションで上手く隠していた。

 しかし実技テストでは化粧する意味などなく、隈もうっかりそのままにしてしまった。


「……やっぱり難しいのか?」

「うん…………こればっかりは、ね……」

「そうか……」


 本当なら、ここで『無理はするな』と言いたかった。

 でも、『蒼球記憶装置アカシックレコード』は日向にしか分からないモノであると同時に自分達には手を出すことすらできないモノだ。

『力になる』とか『一緒に頑張ろう』とか、何もできないくせにそんな中身のない言葉を言う資格はない。


(何もできなくて役に立ちたい……そう思うことは、悪いことなのか?)


 力になれなくても、彼女の心の支えとしてそばにいられる。

 周りに無意味だと言われても、それだけは絶対に譲れない。


 ――それがたとえ、子供じみたただの我儘だったとしても。



 鈴木は山本を含む四人で構成されたチームにいた。

 慌てるように逃げ惑う白水晶玉を狙って、同じようにそれを追う別チームとレースをしている。

 向こうは運動系を揃えており、こちらはどちらかというと文系が多い。


 身体強化魔法をかけながら移動しているというのに、相手の方が速い。

 背後でぜーはー言っているチームメイトに舌打ちをし、鈴木はカウンセラーと名乗ったあの女性から受け取った短剣を抜く。


「『岩の槍サクスム・ハスタ』!!」


 鈴木が呪文を唱えると、地面から明らかに殺傷性のある岩の槍が何本も生まれる。

 岩の槍は相手のチームに襲いかかり、攻撃を受けた同級生達は切れた魔装の布と共に血飛沫を上げる。

 あまりの痛みに悶えている同級生の一人が、反則行為をした鈴木を強く睨みつける。


「て、てめっ……今のは、ルール違反だろ……!?」

「は? 言いがかりはやめてよ。私はちゃんと手加減したのに、避けなかったそっちが悪いんじゃない。というか、自分の不甲斐なさを他人のせいにしないでよ。ムカつく」

「ぐあっ……」


 鈴木が怒りに任せて同級生の顔を蹴ると、蹴られた本人は痛みによって意識を飛ばす。

 その光景に山本を含むチームメイトは恐怖で顔を歪ませ、静かに黙っていた。

 テスト開始直後から鈴木が魔法で相手を負傷させて、少しでも彼女の気が障るこうして暴力を振るっている。もちろん注意はしたが本人は聞き入れず、それどころか今のように暴力で無理矢理チームを従わせた。


 一番仲のいい山本の言葉すら彼女の耳には届いておらず、鈴木の異常性は時間が経つにつれて過激化していく。

 チームメイトからの畏怖の視線を受けながら、鈴木は短剣の刃を見つめながら薄ら笑う。


(すごい……すごい、すごい、すごい! あの人が言った通り、力が溢れてくる! これが……これさえあれば、あの女を殺せる……!!)


 歓喜。憎悪。愉悦。

 そんな感情をぐちゃぐちゃに織り交ぜた鈴木は、目を血走らせながら歩き出す。

 右手に持っている短剣の刃から感じる、邪悪な魔力に気付かぬまま。

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