第244話 期末試験<下>

 期末試験中、学生達は次の日の勉強に勤しむか早めに休んで体調を万全にさせるなどの自分なりの過ごし方をする。

 明日の実技テストを控える中、鈴木は噴水広場にいた。


「クソッ……!」


 鈴木は苛立たし気に吐き捨てると、持っていたスマホを石畳に叩きつけた。

 バキンッと音と共に画面が割れたスマホには、父からのメールが表示されている。その内容は明日の実技テストで黒宮家に当たった場合、手を抜けということ。

 それは、娘である自分の評価など興味がないと同義だった。


「あのクソ親父、こっちのことなんか無視かよ! ああもう、ムカツク……ッ!!」


 先月買い替えた最新機種であるスマホを足で何度も踏み潰す。

 どうせこんなものは婚約者に言えばすぐに買って貰えるが、今はそれすらも煩わしい。

 画面どころか本体そのものがひしゃげて、ブラックアウトしたスマホを見て、鈴木は噴水の縁に座り込む。


 黒宮相手に手を抜くということは、いずれ実家も婚約者の家も黒宮家にもすり寄る気があるということ。

 七色家の恩恵が手に入れば家は安泰だし、婚約者がさらに高い地位に行けば今までできなかった贅沢も力も手に入る。

 しかし、問題はその黒宮家に日向が含まれていることだ。


 父は完全に日向を黒宮家の人間として見ている。

 卒業後は結婚すると発表されたから当然のことだが、鈴木はそれを受け入れることはできなかった。

 日向は希美を殺した犯人ではないと周囲は言うが、他人の証言など信憑性はない。


 鈴木の中で、日向は希美を殺した犯人だと決定づけられている。

 どれだけの人数が否定しても、鈴木だけは絶対に信じない。

 それが、自分の人生を、幸せを壊した少女への復讐となるのだから。


「――あらあら、これはひどい有様ねぇ」


 その時、鈴木の前に美しい女性が現れた。気配も魔力もなく現れたその人物に、鈴木は息を呑む。

 この学園は期末試験ということで警備は厳しく、許可が下りた者しか入ることはできない。

 ならばこの女性は関係者だと思うが……。


(それにしたってどうやって現れたのよ。お化けかと思ったじゃない)


 そう思いながら、鈴木は改めて女性の方を見る。

 腰まで伸ばした金髪に萌黄色の瞳。服は古めかしいロングドレスだが、むしろ女性の色香を際立たせている。

 同じ女である鈴木ですら直視するのが難しくて、思わず目を逸らしてしまう。その様子を見て女性はくすりとほほ笑んだ。


「どうやら何かお悩みのようね……わたくしでよければ、お話してちょうだい」

「え……?」


 女性からの申し出に、鈴木は戸惑う。

 さすがに見ず知らずの人に自分の愚痴を聞かせるなどできないと思ったが、女性は何故か鈴木の隣に座りながら言った。


「ああごめんなさい、少し言い方が悪かったわね。私、これでもカウンセラーをしていまして……あなたが何か悩んでいるようだったから、つい声をかけてしまったの」

「カウンセラー……」

「愚痴でも誰かの恨み言でもなんでもいいのよ? ほら、私に話してちょうだい……」


 カウンセラーというより妖しげな占い師のような雰囲気だったが、何故か蠱惑的に輝く双眸に抗えない。

 体どころか目すら女性から逸らすことができなくなった鈴木は、静かに口を開き、劇場のまま喋る。


 家庭での立場。

 自分を道具としか見ていない父親への怒り。

 婚約者への罵詈雑言。

 そして、希美を殺した日向への憎悪。


 今まで体の中に溜め込んでいた感情を吐き出す。

 カウンセラーとはいえ初めて会った人にこんな話を聞かせるのは後ろめたい気持ちがあったが、それでも吐き出させずにいられなかった。

 誰かに自分の話を聞いてくれなければ、鈴木は自分の意識を保てない。


 一体どれほど話したのか、太陽が少しだけ西へ傾き始めていた。

 喋りすぎて息切れをする鈴木に、始終顔色を変えなかった女性はミネラルウォーター渡す。

 まだ冷たいそれに何時買ってきたのだろうかと思いながらも、キャップを捻り中身を飲んでいると女性はハンカチを取り出して目元を軽く拭った。


「それはとてもお辛い目に遭いましたね……では、その少女は法的に裁けないということですか?」

「……そうみたい。そもそも死体すらなくなってんだから、犯行を立証するのはまず無理だって」


 鈴木が未だ日向を犯人だと疑う理由は、犯行の立証不可によるものだ。

 希美の死体があれば司法解剖などで正確な致命傷が分かるのだが、彼女の死体は跡形もなく消滅している。

 しかも希美の所持品は全て事件当時に回収されており、特に彼女が使ったとされている魔導具は行方知れず。


 日向を犯人だと証明したくても、証拠がなければなにもできない。

 落ち込む鈴木の言葉を静かに吟味した女性は、ことりと首を傾げた。


「それは……別に立証させる意味はないわよね?」

「えっ?」

「そもそも証拠も犯行も分からないものを立証させるなど時間の無駄。何も考えず、素直に仇討ちをすればいいだけの話じゃない」

「仇討ち……」


 女性のその言葉に、鈴木は目から鱗が落ちる気分になる。

 ……そうだ。彼女の言う通り、最初からそうしておけばよかったのだ。

 父や周囲の言葉など無視して、希美の仇を自分で討てばよかった。そうすれば、こんなに悩む必要などなかったのだ。


 鈴木が今まで悩んでいた自分がバカらしくになってきたと感じていると、女性は萌黄色の魔法陣を展開させる。

 そこから彼女の両手の上に落ちてきたのは、一本の短剣。

 なめした革で使った鞘に収まっており、真鍮の鍔が鈍く輝いている。しかし鞘や鍔には細かな傷があり、それなりに使いこまれていたことが分かる。


「これは……?」

「私が作った魔導具よ。これさえあれば、今まで以上に魔力が格段と上がって、どんな相手でも倒せるわ」

「でも、そんなすごいものをタダでくれるんですか……?」

「ええ。悩める女の子の味方なのよ、私」


 くすりと色っぽい笑みを浮かべた女性に、鈴木は戸惑いながらも短剣を受け取る。

 ずっしりとした重みが直に伝わる。しかし、その重みが短剣の力を示しているようだ。


「ありがとうございました。話を聞いてくれただけじゃなくて、こんなに素敵なプレゼントまで」

「いいのよ。明日の期末試験、頑張ってちょうだい」


 女性が笑顔を見て、鈴木は小さくはにかみながら軽く頭を下げる。

 そのまま噴水広場を去っても、鈴木は自分の異変に最後まで気付いていなかった。


 そもそも、鈴木恵美子という少女は、本来同じ境遇である山本以外には心を開かない。

 希美は親の命令で友人になったに過ぎず、本当の意味で仲が良いとは言い難かった。そこは本人も察していたのか、互いのプライガシーに関わることには一切触れてこなかった。

 なのに、何故鈴木は初対面で明らかに怪しい女性に、己の悩みを打ち明けられたのか?


 その理由は至極単純。

 鈴木は言葉巧みによって見事に操られたのだ、それも無意識に。

 人心掌握を極めた、狐の魔女の術中。

 それを鈴木は、最後まで気付くことはできなかった。


「――――さて、吉と出るか凶と出るか……精々、希美より私の役に立ってくださいね?」



「ダメだ……全然思いつかない……」


 寮の寝室で、学習机と向き合う日向はだらしなく椅子にもたれかかる。

 図書館や学習室から借りた一〇を超える蔵書、ルーズリーフやノートがあちこちに広がり、消しゴムのカスや折れたシャーシンが所々に散らばっている。


 すでに筆記テストを終えているはずの日向が、何故魔法関連の書籍を借りているのか。

 それは、〝神〟ヤハウェに『蒼球記憶装置アカシックレコード』を返還する方法を探るためだ。


 前世でヤハウェに教えられた呪文を使い、『蒼球記憶装置アカシックレコード』とリンクしたが、その逆を教えられていない。

 そもそも本人も『蒼球記憶装置アカシックレコード』が使われる前提で教えたわけではないのだから、返還の方法がなくて当然だ。


 日向も去年から『蒼球記憶装置アカシックレコード』の返還方法を探しているが、これといって目ぼしい情報は見つからない。

 それどころか思考を巡らせ過ぎて泥沼状態だ。


「日向、これホットミルク。それ飲んだら歯磨いて寝てね」

「うん。ありがと」


 寝室に来た心菜からマグカップを受け取り、一口飲む。

 心菜の作るホットミルクは蜂蜜を入れてあって、味がまろやかになっている。日向も自分で作ったりはしているが、心菜のように美味しくできていない。


「……やっぱり、難しいの?」

「うん。本当なら『蒼球記憶装置アカシックレコード』は一生使わないつもりだったものだし、返還方法についても知らないままやったからねー。こればっかりは自業自得だよ」


 あはは、となんともないように笑う日向。だけど心菜は、学習机に積まれた蔵書やゴミ箱に溜まっている紙の山を見て複雑な気持ちになる。

 アリナが『蒼球記憶装置アカシックレコード』を使ってしまった理由は聞いたし、もし自分も同じ立場ならば心菜だって同じことをした。

 だけど……。


(それを全部、日向が背負う必要はないと思うんだけど……)


 もちろん根本的な解決にならないだろうし、手伝えることは少ない。

 それでも、彼女一人に任せるのは気が引けてしまう。

 カロンのことは、心菜と樹を含む現代の魔導士にとっていずれ無視できない。


 そう思いながらも中々言い出すことのできないことに、心菜は言葉にできないもどかしさに襲われるのだった。



☆★☆★☆



 期末試験六日目。日向達は裏晴天学園にいた。

 裏聖天学園は二年前の文化祭で一般客を巻き込まないために陽が作った異界で、緊急避難先や複数のクラスでの合同授業で使用されることが多い。

 いつもと違う点があるならば、魔装を着ていることだ。


 詰襟付きのダブルブレストの紺色の上着にノースリーブの白いシャツ。男子はズボンだが女子はショートパンツだ。

 魔装にしては少し物足りないと思ったが、機能面では問題ないらしい。


「……さて、それでは実技テストを始める」


 試験官として選ばれたジークの手には、二つの水晶玉を持っている。

 片方は小さい白水晶玉で、もう片方は大きい黒水晶玉だ。


「今回の実技で行うのは、水晶玉探しだ」


 水晶玉探し。魔導士の中では一番ポピュラーな訓練だ。

 各所に隠された水晶玉を探し、制限時間内により多く点を手に入れ競うというもの。また相手が手に入れた水晶玉を奪い取ることも可能。

 本来ならば個人戦でやるものだが、今回はチーム戦として利用するようだ。


「この異界の敷地内には白水晶玉が一〇〇個、黒水晶玉は一〇個隠されている。なるべく多くの水晶玉を見つけ、試験終了まで守り切ることだ。制限時間は二時間、過度な暴力や不正行為があった場合そのチームは失格とし、マイナス評価になるから気を付けろ」

「質問です。白水晶玉と黒水晶玉では得点は違うのでしょうか?」

「そうだ。白水晶玉は一〇点、黒水晶玉は五〇点。黒水晶玉は白水晶玉の一〇分の一の数しかない上に見つけにくい場所に隠されている。白水晶玉を地道に探すが、バランスよく黒水晶玉も探すかはチームの自由だ」


 つまり、多く点を得るためには黒水晶玉を狙えばいいが、見つかりにくい場所にあるのならば白水晶玉もそれなりに探さなければならないということだ。


「ちなみに、白水晶玉は魔法によって浮遊移動するから見つかりにくいぞ」

「……え?」


 さらっと重要なことを言ったジークは、白水晶玉をぽいっと上に投げる。

 投げられた白水晶玉はふよふよと浮き、そのままどこかへ行ってしまう。呆然と見送った日向達に、ジークはくすりと笑いながら言った。


「と、いうわけだ。白水晶玉もそう簡単に見つかりにくいから頑張れよ」


 その時のジークを見て、全員は同じことを思った。


 ――それを先に言えっ!!



 そんなわけで、水晶玉探しが始まった。

 時間制限は二時間しかない上に白水晶玉は自由自在に浮遊移動、黒水晶玉はジークの様子を見る限りかなり際どい場所に隠されているのは理解できた。


「とにかく、ここは二手に分かれて効率よく探したほうがいいかもな」

「あたしと悠護、心菜と樹はパートナー同士だからいいけど……ギルはどうする?」


 ギルベルトは一年の二学期に留学してきた上に一国の王子ということで彼にはパートナーが宛がわれていない。

 なるべく二手に行きたいと思っていると、ギルベルトは心菜と樹の方に行く。


「オレは樹達と共に行動する。そっちは任せたぞ」

「分かった。じゃあ何かあったら連絡してね」


 ジークから渡されたインカム型無線機を軽く叩くと、三人は静かに頷いて別の方角へ行く。

 日向と悠護は近場の学習棟へと向かった。

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