第243話 期末試験<上>

 さて、ここで聖天学園の試験事情について説明しよう。

 聖天学園では毎年五月・一〇月に中間試験、七月・一二月に期末試験を行う。

 中間試験は学力診断としての側面があるため基本筆記のみだが、期末試験は筆記と実技の両方がある。


 特に二年生は各機関への実習とIMF入省試験のため一二月の期末試験は免除されるが、その代わり七月の期末試験が重要となってくる。

 しかも生徒数が多いため試験期間は六日もあり、日程の予定としてはこのようになっている。


 一日目 系統魔法学

 二日目 魔法史

 三日目 魔法薬学

 四日目 魔法社会学

 五日目 魔法実技or選択科目

 六日目 魔法実技or選択科目


 試験に選ばれた科目は総合魔法学の中ではIMF入省試験にも使われる重要科目で、一般科目は普段の提出課題によって評価されるため除外される。

 実技も生徒数の問題で二日も使うだけでなく、午前しか使わない筆記試験と違い、実技試験は午後も使う。


 試験当日、記念すべき一日目の科目は系統魔法学。

 系統魔法学は九系統魔法、反系統魔法による作用、さらに初球から上級にかけての分類について等を学ぶ科目で、IMF入省試験の設問でも多く使われている。

 三年も学べばほとんど網羅している過言ではない科目だが、教師陣による性格の悪い問題が九割も占めていた。


(でもこれ、問題を解くというより、生徒個人の考えを書けって感じだよね……)


 魔法というのは同じ使い方をしても術者によって異なる効果が出ることがある。

 むしろテストの問題は『もし自分がこんな魔法を使ったどのような結果になるのか?』を問いかけているようで、日向も問題の内容を読み、自分が魔法を使った場合の結果を書いていく。


 ちょっと反則かもしれないが、前世で試した数々の実験エピソードも交えて書いてみた。

 あの頃の自分は知的好奇心が多かったなぁ、とどこか他人事のように書いてしまったのがまずかったのか。

 試験後、日向の答案を見たジークが「お前、あんなことしていたのか」と過去の所業という名のやんちゃについて問い質される羽目になった。


 二日目は魔法史。

 文字通り、【魔導士黎明期】から現代までの魔導士界の歴史について学ぶ科目。

 最初の問題は過去に起きた事件や四大魔導士を含む偉人についての問題があったが、現代魔法史の問題は第二世代大戦後の世界情勢も混ざっており、一〇行近くの長文で答えなければならない。


 答えを埋めるために全員が必死の形相でシャーペンを動かし、時間が来るまで誰も手を止めることはなかった。

 終了後、全員どこか疲弊しており、明日腱鞘炎になっていないといいな、と他人事のように思った。

 ちなみに、帰寮前に陽からもらった湿布を見て、全員が微妙な顔をしたのは言うまでもない。



 三日目は魔法薬学。

 学園側で用意されている植物や粉末などの薬用効果のある品々と魔法付与の組み合わせや、実際に薬を作る実技問題もある。

 問題として出されたのは、生魔法を付与した傷薬。

 乾燥したドクダミの葉をオトギリソウの草のしぼり汁で煮出し、赤粉末No.2を混ぜて生魔法を付与。これで完成だ。


 傷薬はどろっとしたピンク色の塗り薬で、実際に自分の指を軽く切ってその効果があるのかを確認する。

 左手人差し指をカッターで軽く切った箇所に完成したばかりの傷薬塗ると、傷が徐々に塞がっていく。

 魔法薬のプロフェッショナルで今回の試験管として選ばれたノエルは、じっと塞がった傷口を見て「いいだろう」と一言だけ言った。


 出来栄えに関しては何もコメントしなかったが、ノエルの場合、何も言わないということは良い出来栄えと同義なのだ。

 他にも日向と同じように「いいだろう」と言われた生徒や、「なるほどな」と言われた生徒もいる。


 この場合の「なるほどな」は、出来栄えがあまり良くないという意味だ。

 それを知らない生徒は困惑するだけだったが、日向や悠護、そしてギルベルトは始終肩を竦めながら苦笑した。


 四日目は、魔法社会学。

 魔導士界で起きている社会現象や社会構造、IMF関連の組織について学ぶ科目。

 これまで魔導犯罪組織が起こした事件や魔導士による不祥事についての問題が多く、カリカリと書き進めたシェーペンの手が、最後の問題に差し掛かったところで止まった。


 最後の問題は、テスト用紙一枚を使う生徒自身に問いかける問題。

 その問題文はこう書かれていた。


『現代における準魔導士の待遇について答えよ』


 それは、現代の魔導士が目を逸らしてはいけないと同時に魔導士至上主義者達に喧嘩を売るような問題。

 現にクラス内にいる魔導士至上主義の魔導士家系出身者達の顔が嫌そうに歪められている。


(陽兄の仕業だね、これ)


 ちらっと教壇にいる兄に視線を向けると、彼は小さく笑みを浮かべるだけ。

 その仕草が肯定であることくらい、一八年も妹をやっている日向にはお見通しだ。

 ため息を吐きながら改めて問題に向き合った日向は、以前悠護と互助組織創立のために必要な書類を書いた時の内容を思い出しながらシャーペンを動かす。


 日向自身がこの目で見た、準魔導士の現在の待遇。

 聖天学園の試験に落ちただけで魔導士崩れになった者、魔導士として力を目覚めただけで当然のように迫害される者、そして魔導士家系で普通の人間として生まれただけで政略結婚の駒にさせられる者。

 今の魔導士界では『普通』になってしまった常識。だけど、これから変えなければいけない問題でもある。


 そんな日向の熱意が駆り立てなのか、気づけば裏面にまで回答を書いてあった。

 テスト用紙は陽によって魔法で回収され、封筒にしっかり入れられるとそのまま退室する。

 陽がいなくなり、クラス中が最後の問題について話し始めた。


 どんな内容を書いたのかほとんどだったが、中にはあんな問題を作ったことに対する憤りの言葉もあった。

 二者択一の反応を横目に見ていると、悠護達が日向の席に自然と集まる。


「やっぱ最後の問題の話になったな」

「だよなー。あんなの一部の連中に喧嘩売ってるようなモンだったし」

「あれ用意したの陽兄だよ。試験中に見た陽兄の顔、笑ってたもん」

「そっか。テスト用紙の問題って、担任の先生達が作る決まりだから……」

「どさくさに紛れてあの問題を入れた、というわけか」


 感心しているギルベルトの横で、日向は何故陽があの問題を入れたのか考えた。

 さすがに公私混同で問題を入れるような真似はしないと思うが、それにしたって内容があまりにもストレート過ぎる。

 教師としては生徒の反感を買うような真似はやらないほうがいい。


 でも、もし反感を買う覚悟でやったというのなら、きっと陽は伝えたかったかもしれない。

 現在の魔導士家系の腐敗、そしてこれから先の未来に生きる魔導士達のためにできることを。

 そう考えると陽の行動に説明がつくと同時に、こんな回りくどい真似をした兄に日向は苦笑を浮かべた。



☆★☆★☆



 五日目は選択科目。

 これは二年生の時に選んだ選択科目のテストを行う。日向、悠護、ギルベルトは現代魔法学、樹は魔導工学、心菜は魔導医療学のテストのため別々の場所でテストを受けることになった。


 現代魔法学は魔法をより使いやすく、そして生徒本人が得意とする魔法の腕を磨くための専門学。

 その特殊性のせいでテストは筆記ではなく、実技がメインだ。

 日向達がやってきたのは第一訓練場。観客席には見学者がちらほら座っており、ステージには魔導人形がスリープモードで待機している。無骨な手には剣や銃などの武器型魔導具を握っていた。


「現代魔法学のテストは制限時間一分以内に魔導人形を一体倒すことや。傷を負わせるだけでもええけど、なるべく倒した方が得点大きいから頑張りや」


 陽の説明を聞いて、ほとんどの生徒が困惑の表情を浮かべる。

 魔導人形は特殊金属をベースにしており、攻撃魔法と修復魔法の魔石ラピスが搭載されていても、かなり頑丈に作られている。

 いくら三年間魔法の腕を磨いてきた彼らでも、魔導人形――しかも戦闘用を一体倒すことは難しい。


 だけど、それを平然とやってのけたのは日向達だ。

 ギルベルトは得意の雷魔法による高熱で魔導人形を半分融解させた後竜化した右腕で殴り壊し。

 悠護は得意の金属干渉魔法で体内になる金属を操り、内側から一〇を超える剣で串刺し。

 そして、日向は剣モードの《スペラレ》を使って、魔導人形が放ってくる炎球を斬り捨て、そのまま横一線で首を刎ねた。


 体のどこかに傷をつける、もしくはほぼ無傷までしかいかなかった同級生達は三人の手際の良さに絶句せざるを得なくなり。

 それを見ていた陽は、自分が出した問題にも関わらずドン引きした。

 もちろん、三人の点数は一〇〇点満点だった。



「そりゃちょっとやりすぎたかもしれないけど、陽兄までドン引きすることないでしょ! あたし達はちゃんとやったんだから!」

「まぁ……うん、それは俺でも同じ反応になるぜ」


 昼休み、日向達は食堂の一番日当たりのいい場所で昼食を取ることにした。

 いつものようにテーブルで選択科目でのことを話すと樹は何故か陽の味方になっていた。心菜も苦笑を浮かべて何も言わなかった。

 その反応に納得がいかず、日向は不貞腐れながら焦げ目のついたフランスパンをちぎった。


 今日の昼食はラタトゥイユ。夏野菜をふんだんに入れており、ズッキーニは軽く素揚げしているおかげでシャクッとした歯ごたえを感じる。ナスはとろとろになるほど柔らかく、パプリカはほのかに甘い。

 トマトの酸味がコンソメでまろやかになっており、パンにつけて食べるとまた違った味わいがある。


「そっちはどうだったんだ?」

「俺の方は魔導具作った。工程が多いヤツで、結構難しかったぜ」

「私の方は現代魔法学と同じ実技テストだったんだけど……その、虫の息のモルモットの傷を治す内容で……」

「分かった、それ以上言うな。聞いた俺が悪かった」


 悠護の質問のせいで脳内に腹が開かれて内蔵丸見えのモルモットの姿が浮かんでしまい、食事していた全員の手が数秒ほど止まった。

 今日の夕飯は肉料理はやめて魚料理にしようと思いながら、無言のまま口いっぱいにラタトゥイユを頬張った。


「……さて、明日は実技だな」

「実技って二日かかってやるんだろ? 終わったところはどうなるんだ?」

「実技を先に済ませたクラスは翌日選択科目のテストをやる」

「私達は明日実技だったから、選択科目のテストやったからね」

「実技かー……チーム戦だって聞いたけど、一体どんなのだろう」


 これまでの実技では、IMF側が二人一組ツーマンセルを推奨していたおかけでパートナーと行動してやる内容が多かった。

 社会に出ればチームで行動することもあるだろうが、今までチーム戦でやったことのない生徒にとっては明日の実技試験の内容は気になるところだ。


「今日実技テストした奴らに話聞こうとしたけど、事前に先生に言われたのか内容話してくれなかった」

「実技テストの内容を聞くことはカンニングだと言われたのだろう。前もって聞いてしまえば、どのチームも対策を立てることができるからな」

「はー……徹底してるねぇ」


 毎度ながらこの学園の教師達のカンニング対策は早い。

 どこかに隠しカメラでもあるのかカンニング行為をした生徒は試験後、昇降口前の電子掲示板で名前が表示され数日間の補講を受ける。

 一年の最初の頃はどうやっているのか分からなかったが、地下でのんびり引きこもり生活をしている兄の友人の仕業だと今なら分かる。


「特に実技テストでは各国から集まったゲストが映像越しで試験の様子を観る。試験官は先生だけではないと心がけないといけないぞ」

「あー、そっか。そのためにゲストが来てるもんね」


 この期末試験に訪れるゲストは、自他国問わず現在の魔導士候補生達の力を確認することとその評価のために来ている。

 教師では手が足りない理由の他に、生徒との間に賄賂などの取引で少しでも内申点稼ぎしようとするため、こういった第三者の目も必要となったのだ。


(明日の実技、一体どんなものなんだろう……)


 今までしてきた実技とは正反対のチーム戦。

 領土争い、籠城戦など数人で行う戦いはあるが、この学園では一体どのようなチーム戦が行われるのだろうか。

 情報を入手できないよう制限されているせいで、想像で推測を立てなければならない。


 だけど。

 どんな内容のテストになろうとも、この五人なら怖いものはない。

 この三年間、数々の修羅場を乗り越えてきた仲間の絆がある。


(……明日の実技、頑張ろう。みんなのためにも)


 そして、自分のためでなく仲間のためならば、自分は誰よりもやる気になる。

 目の前で食事をしながら他愛のない話をする仲間を見ながら、日向はスプーンで掬ったズッキーニを口の中に入れるのだった。

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