第242話 再会と感謝

 パーティーから数日経ち、三年の教室がある階はピリピリとした空気に包まれていた。

 あれから鈴木と山本の謝罪文を載せた校内新聞は発行されたが、それでも顔を合わせるたびに憎悪を滲ませた顔を向けて無言で立ち去るという場面に何度もあった。

 二人が自分を怨む本当の理由は知ったが、どんなに考えでも希美の死は避けて通れない道だった。


 本当なら早く解決したいと思ったが「今は試験に集中しろ」と言う悠護の言葉に従い、今日まで二人になるべく会わず試験勉強に集中することができた。

 期末式前日、誰もが必死の形相で教科書やノートと睨めっこしている中、廊下から日向と悠護の方をチラチラと見ている同級生達が集まっていた。


「あの子達、なんだろう。ここ最近ずっと見られてて居心地悪いんだけど……」

「愛人志望の連中だよ。パーティーでの話を聞いて来たんだろ」


 悠護の答えを聞いて、パーティー後のことを思い出す。

 あのパートナーでは愛人として紹介された少女が何人かおり、全員丁寧に断ったがそれでも諦めきれない人もいる。現に廊下にいる女子達の中には、断ったはずの少女も紛れている。


 やはり七色家のブランド力は強く、たとえ正式な相手がいたとしてもこうして愛人になることすら厭わない子がいるのは面白くない。

 今でも日向に向けて恨みがましい視線を向ける女子が見て、試しに悠護にぴたっとくっついてみる。


 悠護は一瞬だけ驚いた顔をするも、すぐに理解し優しい笑みを浮かべながらそのまま頭を撫でる。

 思わぬ返しにドキッとしているとそれを見た女子が悔しげに顔を歪ませ、蜘蛛の子を散らすように退散した。


「おいおい、この状況で見せつけるなよー」

「見せつけてないよ、牽制よ」

「はいはいゴチソウサマー」


 否定してもにやにや笑いながらからかってくる樹に、日向は釈然とせず頬を膨らませる。

 そんな二人を余所に、心菜は気にしている様子のない悠護に話しかける。


「悠護くんは卒業後に結婚式あげるんだよね? ドレスとか式場は大丈夫なの?」

「ああ。昔から黒宮家がお世話になってるチャペルがあるんだけど、そこにするつもりだ。ドレスも日向が好みそうなものを選ぶつもりだ」

「そうか……なら、オレはお前の花婿衣装でも用意してやろう」

「えっ?」


 ギルベルトのいきなりの提案に悠護は目を見開く。

 結婚式で着る衣装などタキシードで十分だし、別にそこまで金をかけるつもりはない。

 そのつもりで言おうとしたが、ギルベルトは小さく苦笑しながら言った。


「……前世では、何も用意できなかったからな。これくらいさせてくれ」


 後悔を滲ませたその言葉に、悠護は出かかった声を飲み込んだ。

 そうだ。『落陽の血戦』が起こる前、ローゼンはアリナとクロウのために婚礼衣装を用意すると意気込んでいた。

 結局、彼が婚礼衣装を用意することも結婚式を開くこともできなくなって、それをずっと心残りだったと理解できないほど鈍感ではない。


「………………そう、か。じゃあ、頼むわ」

「任せておけ。お前に相応しい衣装を、オレが直々にデザインしてやろう」


 悠護からの返事にギルベルトはどこか嬉しそうに言う。

 一体どんな花婿衣装が出来上がるのか気になるが、ギルベルトならきっと悠護が好むデザインにしてくれるだろう。

 まだ先の話を楽しみにしている友人達の様子が嬉しくて笑みを浮かべていると、HRを告げるチャイムが鳴る。


「席に着きぃ。HR始めるでー」


 廊下から陽とジークが入ってきて、クラスメイト達が慌てて席に座る。

 出席簿を教壇に置くと、陽は開口一番に言った。


「えー、ついに明日期末試験が始まるんやけど、この期末試験では各国から集まった魔法研究所やIMF関係者が訪れるんは知っとるな?」


 陽の言葉に全員が頷いた。

 世界各国から選ばれた魔導士候補生は、帰化しない限り卒業後は母国へ帰り国のために働く。

 この期末試験では、自国もしくは他国の人間がどれほど優秀なのかを確認するため、各国から集まった関係者が聖天学園に訪れる。


「関係者のほとんどは近くのホテルに泊まっとるけど、中には迎賓館の泊まる方もおる。もしかしたら施設内を歩き回るかもしれへんから、その時はちゃんとご挨拶するんやで」

「「「はーいっ」」」

「いい返事で結構! んじゃ、今日のHRは終わり。ジーク、後は頼んだで」

「ああ」


 陽と代わるようにジークが教壇に立つと、彼は手元にあるタブレット端末を見ながら言った。


「明日が期末試験ということで、三年生のみ今日の授業は午前中だけだ。午後は各自好きなように過ごし、万全の状態で試験に挑めるようにしといてくれ」


 今日は午後まで授業があるが、三年生は特別に午後の授業は免除される。

 その後に勉強に精を出すか、試験のために逆にゆっくり休むかは個人の自由だ。日向も午後は勉強をして、明日に備えて早めに就寝することを決めている。

 陽とジークが教室を出て行き周りがどうするか話しているのを聞きながら、日向達は今日の授業に参加するのだった。



☆★☆★☆



 今日の授業が終わり、日向と心菜が作ったお弁当を持って学習棟で食べようと石畳を歩く。

 途中で警備員や魔導人形が日向達の横を通り過ぎる。この学園で見る毎年の光景だ。


「いろんな国から要人が来るか……毎年の恒例行事だよね」

「ああ。その日は警備も一段と厳しくなって、試験当日だと学園内に張られてる結界の強度も増すみたいだぜ」

「春の事件で搬入口の警備もかなり堅くなったって話も聞いたよね?」

「度重なる事件によって、各国の要人達が今までより倍の援助を出しているらしい。主に警備システムや結界等に充てられてるようだ」

「ま、当然だよな。ここしか魔法を学べる場所はねーんだから」


 未だ他の国に魔導士養成学校を創立させる話は出ていない。

 今のところ魔導大国イギリスと軍事魔導具生産量ナンバーワンのアメリカに分校を創立させようという話はあるが、それが実現するためにはいくつもの課題をクリアしなければならない。


 イギリスは去年の夏の事件、アメリカは二年前の魔導士を使ったキメラ製造の件の影響がまだあるようで、第二の魔導士養成学校創立まで時間がかかるみたいだ。

 そんなことを話しながら学習棟へと向かおうとした時だ。


「――やあ、少し時間いいかな?」


 迎賓館に続く通りから、一人の男性が目の前に現れた。

 夏だというのに長袖の白衣を着た三〇代くらいの男性。群青色の髪と同色の瞳はまるで夜空のようで、顔立ちも男らしいというより中性的だ。

 白衣の下には水色のカラーシャツ、下には黒いズボン。白衣の胸ポケットには数種類のペンを入れていて、首に下げられているパスケースに入っているカードは日本語でこう書かれている。


『アメリカ魔法総合研究所所長 デリック・ドランスフィールド』


 その名を見て、全員が警戒心を露わにする。

 学生ながら修羅場を何度も抜けてきた日向達の殺気に近い気配を浴びて、デリックは平然としていた。


「…………アメリカの研究所の所長様が、一体なんのご用で?」

「んー、用があるのは君達じゃなくて……そこにいる、ミス・トヨサキだよ」


 群青色の双眸が獲物を捕らえた動物のように細められたのを見て、悠護は日向を背中に隠す。

 これも毎年のことだ。日向に興味のある各国の研究者が事あるごとにこうして話かけては、学園内にある研究施設にまで連れて行こうとしていた。


 一年の時に理事長からの苦言によって拉致に近い連行行為はなくなったが、巧く言葉を使ってあくまで自主的に協力させてもらおうと画策し始めた。

 この人も今までの研究者と同じだろうと思い警戒していると、デリックは慌てて首を横に振った。


「ああ、誤解しないで。僕はそこらにいる向こう見ずとは違って、そこらへんの分別くらいついてるよ」

「じゃあなんの用だ」

「別に。ただ挨拶しに来ただけだよ。それと……お礼をね」

「お礼……?」


 デリックの口から出た単語に日向は首を傾げる。

 初対面の相手にお礼を言われるようなことをした覚えはないし、そもそも一体なんのお礼なのだろうか。

 全然理解できずに唸っていると、デリックの後頭部からスパンッ! といい音が鳴った。


「デリック所長、学生相手に何をしているんですかっ」

「いった~……挨拶とお礼をするためにきたんだよ」

「お礼って、一体なんの件で……って、あなたは……」


 突如デリックの背後から現れた女性は、日向の顔を見てはっと息を呑んだ。

 白衣姿の女性は金髪碧眼と外国人の見本のような容姿をしており、首には琥珀に輝く石がついたチョーカーをしている。

 最初は女性を見て首を傾げていた日向だが、その顔を見てようやく思い出し「あっ!」と声を上げた。


「あなた、メリア・バードさんですね!」

「そうよ。久しぶりね」


 女性――メリアが笑顔を浮かべると、悠護達も思い出したのか目を見開いた。

 メリア・バード。『ハーピー』の『概念』を宿す概念干渉魔法使いであり、彼女は一度制御を誤り元の姿に戻ることができなくなった。

 その後アメリカの魔法研究所で非人道的な実験のサンプルとして利用され、二年前に日向達の敵として襲った。


 日向の無魔法によって元の姿に戻ったメリアは、その後はIMFアメリカ支部によって無事帰国したと話に聞いてはいたが、こうして元気な姿を見るとは思わなかった。

 当時いなかったギルベルトは王室の権限でその事件の内容を知っているのか、「なるほど、彼女が……」と呟いていた。


「あの事件の後、私は魔導犯罪課を辞めて魔法総合研究所に転職したの。そこでは私と同じ目に遭った概念干渉魔法使いを元に戻すための研究を主体としていて、今は所長の補佐として働いているわ」

「そうだったんですか……お元気そうでなによりです」


 事件からもう二年も経っている。

 メリアも自分の道を進んでいると分かり安堵していると、おもむろに彼女は深々と頭を下げた。


「あの時、もう二度と人に戻れないと思っていた私を救ってくれて本当にありがとう。それどころかあなたの魔石ラピルをくれるなんて……感謝してもしきれないわ」

「僕からもお礼を言うよ。レッドスター……彼女を実験に使った研究所は、僕も以前から怪しいと思っていたけど、証拠がなくて彼らの悪行を止めることができなかった。本当に感謝しているよ」

「いえ……そんな、あの時は自分のために行動しただけなので……」


 そもそもメリアを救ったのは偶然であり、己の偽善による行動だ。

 ここまで感謝されることはないと言外で伝えるも、メリアは首を横に振る。


「たとえあなたの行為が偽善だとしても、私はその偽善によって救われた。その事実は決して変わらない」

「…………それは、そうですけど……」

「何を意地張っているか知らないけど、感謝の言葉くらい素直に受け取っといてよ。僕も彼女も君には本当に感謝してるんだからさ」


 真摯にそしてまっすぐに見つめてくる二人の視線に、日向は根負けしたように小さく苦笑した。


「……そうですね。あたしも、あなたを救えてよかったです」



「なんだか変だったね、ミス・トヨサキ」

「そうですね……」


 日向達と別れたデリックとメリアは、先の少女の行動に違和感を抱いた。

 彼女の性格について二人はあまり詳しくないが、少なくとも日本人特有の謙虚というか謙遜を過剰に見せるような子ではないと思っていた。

 しかし、あの時の日向はまるで負い目でもあるかのように、自分達の感謝の言葉を素直に受け入れてくれなかった。


「そういえばあの子、『灰雪の聖夜』にも関わってたんだよね?」

「はい。どうやらその時に実行犯である同級生が死んでいます」

「なるほどね。だから校内新聞こんなモノが出ていたのか」


 デリックの手に持っていたのは、新聞部が発行した校内新聞。

 そこには日向を人殺し呼ばわりした女子生徒二人の謝罪文が掲載されており、記事を読み進めるとその女子生徒達は例の『灰雪の聖夜』の主犯と友人関係にいたらしい。

 故意的な情報によって『日向が主犯を殺した』といことになっており、それを信じた女子生徒達が食堂で騒ぎを起こした、と経緯まで書かれていた。


「この事件は私と同じ二年前に起きたことなのに、それをいまさら蒸し返すなんて……」

「むしろ今だからこそ蒸し返したんだろうね。ミス・トヨサキの評価を下げさせて、黒宮家の婚約者取り消しを含めて現在進めている互助組織の件も全部白紙にしたい人がいる。この女子生徒達は、そのために利用された可能性は高いね」


 日本支部が準魔導士のための互助組織の話はメリアも聞いている。

 誰もが何も知らない夢見がちな少女の理想論で作るお遊びだと言っていたが、むしろ未来を見据えて行動に出た者が、理想を追わずして一体何を目指すというのだろうか。


「それにしても……所長が無魔法について聞いてこないとは驚きました」


 ここ二年でメリアはデリックの性格について知っている。

 好青年の見た目をしているが、彼は生粋の魔法バカ。魔法のことになると寝食を忘れて調べ物をし、危険性の高い実験をすることすら厭わない。

 そんな彼が未だブラックボックスになっている無魔法を使える彼女に食いつくかと思っていた。


「いやだな、君は僕が猪みたいに見境ない人だって思うの?」

「当たり前でしょう。今までのアレコレの後始末をしたのは誰でしたっけ?」

「君だったねごめんなさい」


 過去の所業を思い出したのか、デリックは素直に頭を下げた。


「もちろん無魔法について色々聞きたかったけど、この後の予定を考えると時間がなかったんだよねぇ」

「それはつまり、時間がある時に聞くつもりと?」

「当たり前じゃないか! 無魔法の真相に近づくチャンスなんだから!」


 キラッキラした目で即答され、メリアはため息を吐いた。

 完全に調べる気満々のデリックの様子がダイレクトに伝わり、滞在期間中に厄介事が起きないか心配になってくる。


(その時は実力行使で止めるしかないわね……)


 補佐というより世話係のような仕事に、メリアはもう一度ため息を吐いた。

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