第240話 人殺し
「はぁ~……高カロリーのジャンクフードがこんなに美味しいと感じる日がくるなんて……っ!」
「はは……お疲れ」
無事四時限目を終えた日向達は、昼食を取るために食堂に来ていた。
日向は陽にかなりしごかれたせいでカロリーの消費が激しかったこともあり、今日は奮発して食堂で人気のあるハンバーガーセット(ちなみに値段は一五〇〇円と高校生にとっては少し高めのメニューだ)にした。
パンズの間にはレタス、溶けたチーズを乗せた分厚いパティ、トマト、ピクルスが挟まっており、サイドメニューは揚げたてのポテトとコーラ。
自分の顔半分の高さがあるそれにかぶりつくと、肉汁が口の中でじゅわりと広がった。
パンズはしっかり焼き目が入っているのに柔らかく、汁気の多い新鮮なトマトが肉やチーズにとても合う。ポテトも程よい塩気で、まだ口の中に残っている内にキンキンに冷えた甘いコーラで流し込む。
開始一〇分で売り切れる食堂の人気メニューを食べるという贅沢を味わっている日向を、悠護達は苦笑しながらも見守ることに徹することにした。
「にしてもさっきの授業、結構大変だったな」
「回避はともかく、弾くとか斬るのはムズいだろー。俺、回避しかできなかった」
「目を瞑った状態で回避した奴が何を言っている……」
ある意味一番すごい芸当をした樹に呆れたジト目を送るギルベルトの横で、胡麻だれ冷やし中華をちゅるちゅると食べていた心菜が首を傾げながら言った。
「でも、どうして陽先生はあの授業をしたのかな?」
「まぁ大方の予想はついてる。魔導犯罪者に対抗するためだろ」
悠護の言う通り、ここ一年の間で魔導犯罪は減少するどころか増加の一途を辿っている。
その規模は日本だけでなく世界各国で起きており、差別派のデモも毎日のように行われ、さらに準魔導士の迫害も日常化しているせいでIMFも日々対処に追われている状況だ。
もちろんカロンが魔導犯罪増加に関わっていると確証はないが、新しくできたばかりの魔導犯罪組織がツテもなく軍の武器を入手することなどできない。
少なくとも、いろんな魔導犯罪組織に援助をしていることは確かだ。
「近頃では各国の軍事用魔導具の輸出入が厳しく制限されている。搬送もIMFからの認可をもらい、体内にGPSチップを仕込んだ業者しか許されていない。このままでは、いずれ製造もストップするだろうな」
「生活用魔導具も改造すれば軍事用魔導具に変わるから、製造量もかなり減ったせいで値段も高くなってるって話だ。この前行った家電量販店で売ってた冷蔵庫型魔導具の値段、普通の大型冷蔵庫の倍してたぜ」
「準魔導士もかなり微妙な立場だからか、被害に遭っても警察すら滅多なことじゃ動いてくれない。……そう考えると、年内にカロンをどうにかしないといけないな」
「……そうだね」
この世界で起きている全ての問題には、必ずカロンが関わっている。
準魔導士の迫害は別問題かもしれないが、それ以外の問題も解決すればなくなる可能性は高い。
そう考えながらポテトを食べた時だ。
「――はっ。人殺しの分際で人助けとか随分といいご身分ね」
目の前に現れた鈴木の言葉に、日向達だけでなく食堂全体が静まり返った。
背後にいる山本を連れた鈴木は侮蔑と憎悪を滲ませたそばかすだらけの顔を日向に向けており、その顔が一瞬希美と被ってしまう。
警戒心を見せる悠護達を横目に、日向はいつもの態度で口を開いた。
「こんにちは、鈴木さん。あたしに何か用なの?」
「はぁ? 勘違いしないで。私はただ、あんたみたいな人殺しが人助けをするのが気に入らないから話しかけただけよ。本当ならあんたと関わりたくないのよ」
完全なる拒絶を見せる鈴木に、山本は何も言わないがこくこくと頷く。
彼女が何故日向を『人殺し』と言うのは十中八九、希美の件だ。
何も知らない、第三者から情報を得ただけの鈴木からすれば、日向は希美を殺した犯人だと思うのは当然のことだ。
「……勘違いしているようだけど、あたしは桃瀬さんのことを殺してないよ」
「嘘よ! あんた以外にどうやって希美を殺せるのよ!? あの子は優れた魔導士だった、そんな彼女を殺せる人なんてあんた以外いないじゃない! そのお得意の無魔法で希美を殺したに決まってる!!」
「返して……希美ちゃんを返してよ! この人殺しっ!!」
問答無用で罵声を浴びせる二人に、周囲は戸惑いを見せる。
彼女達の中では日向は希美を殺し、平気な顔で学園生活を送っている憎き殺人犯だと決めつけている。
さすがにここまで話の通じない相手に、日向が頭を抱えた時だ。
「――戯言はそこまでにしろ。何も知らない部外者の分際で、好き勝手に吠えるな」
怒りを湛えた双眸を向けたギルベルトの言葉に、鈴木と山本は息を呑んだ。
「貴様らがどんなガセネタを掴まされたのかは知らんが、桃瀬希美は『灰雪の聖夜』を起こした魔導犯罪組織と協力関係にあった。しかし、組織側が口封じのために桃瀬希美を殺した。あの娘が殺される直前、確かに日向はその場にいたが、その前に駆けつけた悠護も一緒だった」
「……ああ、その通りだ」
悠護の方を見ると、彼の顔は過去を思い出したのか痛みにこらえるように歪んでおり、二人のことを睨みながら言った。
「希美の死は、あいつをあそこまで追い詰めた俺の責任だ。もう二年も経ってるのにその話をいまさら蒸し返して責めやがって……あの事件じゃ何もしてねぇくせに、デカい口叩くんじゃねぇ」
「ひっ……」
悠護の怒気を浴びて怯える鈴木と山本。
周囲も二人の言い分がただの逆恨みだと分かり、ひそひそと陰口を叩き始める。
さすがに分が悪いと思った二人は、最後に日向を睨みつけて足早に食堂を去る。その後ろ姿を見送っていると、心菜が労わるように日向の背中をさすった。
「大丈夫?」
「うん……平気だよ」
「ったく、自分勝手だよな。あいつらだって、桃瀬が死んだ時も何もしていなかったのによ」
「ああ。なんで今になって突っかかってきたのかは知らねぇけど……気にすんなよ」
希美の死の真実を知っている面々は、それ以上は何も言わない。
でも、今の日向にとってはその気遣いすらも十分嬉しいものだと感じるのだった。
「先ほどの騒ぎ、大変だったな。鈴木と山本には今回の騒動の責任として、校内新聞に謝罪記事を載せることにした。今広まっている噂は、これですぐ沈静化するだろう」
「ありがとう、ジーク」
「気にするな。これも教師の仕事の一環だ」
あの後、昼食を終えた日向達は周囲から向けられる好奇の目から逃げるように学習棟にやってきた。
元々、学習棟で試験勉強をする予定だったから予定通りだが、それでも食堂での騒ぎのせいであまり勉強に身が入らない。
このままダラダラと時間を無為に過ごすと思った直後、タイミングよくジークが騒動についての話を持ってきたのだ。
「マジな話、なんであいつら今になって桃瀬の件蒸し返したわけ? というか、あいつらって桃瀬の元腰巾着なだけだろ?」
「それは間違いない。鈴木と山本の家は中流階級の魔導士家系だけど、かなり下みたいだな。父親もIMFの関係者だがポストは平課長クラスだ」
魔導士家系はただ魔導士を多く産めばいいのではなく、その家の人間の実績の評価によっては立場が変動することもある。
七色家のように長年国に仕えている名家はともかく、後ろ盾もない魔導士家系は日々存続のことで頭を悩ませている。
「あの二人の家は、桃瀬家とのパイプを手に入れるために接触したようだ。文字通り腰巾着らしく桃瀬を褒めたたえ、少しでも気に入られようと必死だった。……しかし、『灰雪の聖夜』で桃瀬家は七色家分家としての立場を失い、事実上没落した。
かの家にすり寄っていた連中は、別のパイプを手に入れようと躍起になった。桃瀬家の没落の経緯は他の家々では独自の情報網で入手したが、鈴木と山本の家にはその情報網がほとんどなかったようだ」
「つまり、あの二人はようやく桃瀬の死について知ることはできたけど、それが『桃瀬を日向が殺した』っつー変な内容になっていたってわけか」
「恐らくな。大方、どこかで情報が間違って伝わったのだろうが、ありがた迷惑な話だ」
きっと日向のことが気に入らない人物が、悪意ある情報を多方面に流した結果、あの騒ぎが起きてしまった。
事実無根とはいかないが、日向は希美の
理由はどうあれ、希美の死は自分の過去の過ちのせいなのは否定できない。
「……とにかく、今は期末試験に集中しておけ。内容は言えないが、実技はかなりキツいぞ」
重苦しい空気を払拭させるように言ったジークは、そのまま部屋に出て行く。
結局、そのまま勉強する気になれず、今日は息抜きという名の解散となるのだった。
☆★☆★☆
「ああもう、なんで私たちがこんなの書かなきゃいけないわけ!?」
「しょうがないよ。それが罰なんだから……」
寮の部屋の一つ、鈴木と山本は自分の勉強机の上で食堂の騒動についての謝罪文を書いていた。
あの後、駆けつけた教師によって生徒指導室まで連れてこられ、事情を説明すると担任は深いため息を吐きながら原稿用紙が入った袋を投げるように渡してきた。
『君達の処分は、さっきの騒ぎについての謝罪文を書き、それを校内新聞に載せることになった。本当なら数日謹慎処分を受けるはずだったんだから、期末試験が近いからと便宜を図ってくれた豊崎先生に感謝しろよ』
担任の言う通り、今の時期に謹慎なんて受けたら内申点が悪くなり、父より上の地位を目指すことはできない。
結果、渋々処分を受け入れたのはいいが、謝罪となると何一つ言葉が思いつかなかった。
(というか、なんで私達が悪者なわけ!? 向こうは人殺しのくせに……ッ!)
豊崎日向。
自分達が将来仕えるだろうと持っていた姫を殺した、いけ好かない人殺し。
担任はそのことについて何も知らない様子だったけれど、兄の方に聞かずともきっと結果は同じだ。
脳内に浮かんだ女のことを思い出しながら、鈴木はこれまでのことを思い返した。
鈴木と山本は、物心ついた頃からの付き合いだった。
自分達のような下級魔導士家系はいくつもの家と手を組み、お家存続のために力を合わせるために一種のコミュニティがいくつも存在する。
二人が出会ったのもその時の会合の場で、年も近いということもありすぐ仲良くなった。
やがて魔導士として目覚め、聖天学園への入学の切符を手に入れた二人は、父から同じ命令を言い渡された。
黒宮家の次期当主候補・黒宮悠護の第一婚約者候補・桃瀬希美と仲良くすること――要は彼女の腰巾着としてそばにいれというものだった。
桃瀬家は黒宮家直系の分家で、二番目に力を持った魔導士家系。
その家の娘である希美と仲良くなることは強固なパイプを手に入れるというのは、他の魔導士家系も同じ考えだった。
そのあたりは鈴木も山本も抵抗なく受け入れ、父の命令通り希美の腰巾着になった。
悠護に希美以外のパートナーがついたという予想外があったが、二人の生活は意外と平穏なものだった。
希美は容姿端麗で才色兼備、勉学も運動も魔法も他と比べてダントツ。そんな彼女を持ち上げるという仕事は意外と簡単で、彼女の望む言葉をあげたおかげなのかそれなりに気に入れたと自負していた。
しかし二年前の夏、希美に届いた黒宮家からの通達によってその生活は一変する。
その通達はあの人殺し――日向が第一婚約者候補となり、数日だけ黒宮家で過ごすという旨だった。
最初は理解できなかったが、希美にとっては受け入れ難い内容だったらしい。その時見た彼女の憎悪と嫉妬に染まった表情を、二人は一生忘れることはない。
その日から希美の態度は変わり、自分達を邪険に扱うようになった。
これまで普通だったパシリ当然の買い物も、機嫌が悪い時は怒鳴り散らしながら買った物を投げつけられる。
あまりに態度の急変に困惑する二人を置いて、希美はぶつぶつと呪詛を吐き続けた。
それからも希美の機嫌を損なわないように相手にし、自分達の利益に繋がる付き合いを続けた。
機嫌が悪い時に間違った選択をすると、希美から罵倒を浴びせられ、しばらく近づくことすらできない。
希美との関係を逐一報告すると、父はこちらの事情を無視して、とにかく良縁を築くようにと言うだけ。
次第に希美にも父にも付き合いきれないと思い始めた直後、衝撃的な内容が耳に飛び込んだ。
それは、希美の訃報。
彼女が何者かによって殺され、死体は血の一滴も残さないまま消失したという、信じがたい内容だった。
その後の調査で希美が魔導犯罪組織と手を組み、『灰雪の聖夜』を引き起こした主犯と判明。桃瀬家はその責任として七色家分家としての地位を失った。
事実上没落した桃瀬家はこれまで築き上げてきた地位や権力、そして人脈は全て本家である黒宮家に没収されてしまい、桃瀬家に取り入っていた者達はせっかく手に入れたツテがなくなってしまった。
もちろん二人の家もその影響を受け、希美の変化に気づいていながら死なせた自分達をひどく責め、卒業後はどっかの魔導士家系の妻か愛人なることを命令した。
鈴木と山本にはパートナーはいるが、仮に結婚しても大して家に影響を及ぼさない自分達と同じ立ち位置。卒業後は後腐れなく解消することは決まっていた。
しかし、親の命令でどこの誰とも知らない相手の女になるという事実は、結婚に憧れを抱く女としてはひどく複雑だった。
それから父が見つけた相手とのお見合いを数えきれないほど繰り返し、ようやく条件の合う男性と巡り会えた。
どの男性も自分より年が一回りか二回り離れていたが、文句を言うことなどできず婚約関係を結んだ。
時々その相手とデートし、肉体関係を求められたら足を開き、ベッドの上で満足させるように
二人の相手は三〇歳を超えた男性で、顔立ちと性格は悪くないが若い娘が嫁として入ったことの優越感が目を見て分かるほどだった。
そんな婚約者の相手をし続け、心身共に疲弊してきた時だ。
一週間前、父が時間をかけてようやく入手した希美の死についての情報が届き、その内容を見て愕然とした。
――希美を殺し、今の境遇を作り上げた諸悪の根源が、豊崎日向であることを。
その後は知っての通り、日向を人殺しと責めた瞬間、パートナーである悠護やギルベルトからの反論を受けた。
今は書きたくもない謝罪文を書くことを強要され、鈴木は手に持っていたシャーペンにヒビを入れた。
(きっとあの女のことよ。色んな男に媚びを売って、希美を殺したことを揉み消した。そうに決まってるわ)
鈴木にとって、希美の死の真実の信憑性などどうでもいい。
どんな事情があるにせよ、日向が希美を殺したことに否定していない以上、その考えを曲げることはない。
明日は黒宮家主催のパーティーがある。時期的に考えて、悠護の結婚についての報告だろう。その場に日向は必ず現れる。
(見ていなさい。あなたの化けの皮、この手で引き剥がしてやるんだから……!)
真実が暴かれ、仲間に見捨てられる日向を想像し悦に入る鈴木。
それを隣で見ていた山本は、ひゅっと息を呑む。
見慣れたそばがすのある顔に浮かんでいたのは、奇しくもあの時の希美と同じ
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