第16章 予兆の期末試験
Prologue 悪夢と動き出す時
夢を見る。
何度も何度も、あの日を悪夢として。
毛足の長い絨毯に倒れ、視界が朦朧とする中、薄茶色の地球儀がカラカラと回る。
胸から生温かい液体が溢れ、反射で押さえた指先が真っ赤に染まる。
そして、目の前で美しい女が呪詛を吐きながら叫ぶ。
『あなたは……あなたの魂は、何度生まれ変わろうと二七で生涯を終える。何かを為すことも、何かを企てることもできず、二七で死ぬ理由を知らぬまま命を終える……!
――これが、私があなたにした最初で最後の復讐! 何千、何億、何兆年と続くこの星で、永遠の短命を味わうがいい!! それがあなたとその魂に科した『罰』と『贖罪』なのだから!!』
ああ、そうだ。これは、女――【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムに永遠の短命を決定づけられた日。
何度生まれ変わっても、二七歳になった瞬間、自分は理由も知らないまま死ぬ。
己が魂に刻まれた『罰』と『贖罪』。
アリナが踵を返す。
芋虫のように這いつくばる自分に目もくれず、まるで用が済んだとばかりに部屋を立ち去ろうとする。
今まで善人の塊と称されていた彼女が見せた、最初で最後の無慈悲で冷酷な態度で。
――待て。
――行くな!
――私を置いていくな!!
『ア、リナ……アリ、ナ……アリナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
その言葉を最期に。
イングランド王国国王カロン・アルマンディンは、この世を去った。
どんな魔法でも決して解けない、永遠の短命の呪縛に囚われたまま――――
「……はぁっ!? はぁ……っ!?」
目を開ける。全身を痙攣させて飛び起きたカロンは、荒い息を吐く。
豪奢の天蓋ベッドで、カロンは息をゆっくりと吐きながら、隣で眠るフォクス――フィリエ・クリスティアを見る。
昨夜、散々堪能した艶めかしい肢体が白いシーツに絡まっており、自分の手では収まり切れないほど膨らんだ乳房から上が真っ赤な印で染まっている。
煽情的な姿を晒しながら寝息を立てるフィリエを見つめながら、カロンはサイドテーブルに置かれたガラス製の水差しを手にし、そのまま中の水を一気に飲み干す。
ひどく乾いた喉が潤っていき、ようやく一息を吐く。
「くそ……早くしなければ、私はまた……っ!」
最初に死んだ後、それ以降の自分がどう死んだのか分からない。
ただの人間として平穏な生活をしていたかもしれない。悪党として悪事に手を染めまくっていたかもしれない。はたまた聖職者として迷える者を導いていたかもしれない。
商人として、兵士として、パン屋として、良家の子息として……様々な生き方を自分はしてきたのだろうか。
イングランド王国国王の時の記憶しかない以上、確認することなどできない。
けれど、どの自分もこの呪縛で死んだのは間違いないだろう。
理由も原因も分からず、やりたいこともできないまま。
カロンのタイムリミットは、残り数ヶ月。
その日まで、アリナ――日向を手に入れなければならない。
ガーネット色の双眸を濁らせながら、手の中にある水差しを握り潰す。
手から血が流れるのも気に留めないまま、カロンは低い声で告げた。
「――そろそろ動く時だな」
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