第227話 混色家

「小鳥遊に桜小路か……よりにもよって『混色家こんしょくけ』とは、また面倒なものに目をつけられたな」

「こんしょくけ??」


 昼時間になり、日向達は食堂で昼食を摂っていた。

 今日はパフォーマンスで疲労した体が肉を欲していたため、食堂で一番人気のステーキ定食を全員頼んだ。

 このステーキ定食は脂身の少ない薄切りの牛モモ肉を焼いたもので、七種類あるソースを選べる。その中でも人気なのがレモンソースだ。酸味と甘みのバランスが素晴らしいくらい調和しており、お肉の滋味とレモンの酸味が疲れた体に染み渡る。


 日向と心菜はレモンソース、悠護はにんにく醤油ソース、樹はおろしソース、ギルベルトはタマネギソースを選んだ。

 付け合わせは瑞々しいサラダとコンソメスープ、それとライスもしくはパン。米派の樹以外の全員はパンにした。


「混色家っつーのは……話せば長くなるけど、ざっくり言うと七色家関係者だ」

「ホントにざっくりだな。もうちょっと分かりやすく説明しろよ」


 さすがにそれだけじゃ理解できなかったから、樹がはっきり言ってくれて正直助かった。

 悠護の「だよな」と苦笑しながら言うと、気を取り直すようにステーキを一切れ頬張った後に口を開いた。


「混色家は七色家と袂を分かった、もしくは不祥事を起こしたとかで七色家の分家一族から除籍された連中のことだ。さっき話題に出た桜小路もそうだが、暮葉のパートナーの人もその混色家に入ってる」

「え、金枝先輩も?」


 七色家の一つである緑山家次期当主・緑山暮葉は、卒業して数日でパートナーである金枝奈緒と挙式を上げた。

 日向達もその式には参加したし、ウェディングドレスを着て幸せそうに泣く彼女を間近で見た。今は緑山本家で専業主婦として新婚生活を送っているらしい。


「後者はともかく、前者は単純に魔導士として関係なく自由に生きたいとか、七色家関係者として力になれないとかそういう理由で混色家になる連中が多い。金枝家はその前者に該当するな」

「なら、桜小路家が混色家になった理由はどっちなの?」

「あそこは後者。何回目かの終戦記念日の時に、本家である赤城家の当代当主の首を狙ったけど、失敗して混色家になったんだ」

「赤城家の首を狙ったって……どうして?」

「さぁな。俺は当事者じゃないから分からないが、当時の桜小路家は典型的な血統主義だったらしい。そこから色々あって、赤城家とウマが合わなくなったんだと思う」


 血統主義は魔導士として栄える家の血筋こそ絶対的存在だという思想を持つ者達が多く、人と魔導士を含めて国を守る七色家のやり方には口に出さずとも不満があったのだろう。

 誰にだって共感できる部分とできない部分がある以上、衝突する事態は避けられない。己の目的のために相手を殺すことすら厭わない人間がいることも事実だ。


「それで……その桜小路家を主家として仕えているのが、小鳥遊家ってこと?」

「ああ。小鳥遊家は魔導士誕生以前から主従関係にあって、両家が魔導士家系になってからもそれは変わらなかった。小鳥遊家は元々七色家関係者じゃないから混色家にはならなかったけど……当時は桜小路家同様、風当たりは強かったみたいだ」

「主人の不祥事は従者の不手際によるものである、か……」


 たとえ七色家とは関わりのない家でも、主家である桜小路家の不祥事の影響を少なからず受けた小鳥遊家は、一体どれほどの数の白い目を向けられたのだろうか。

 すでに終わっていることをどうこう言っても解決しないが、当時の小鳥遊家には同情を禁じ得なかった。


「じゃあ、あの子があたしを監視してるのは桜小路家の命令ってこと?」

「いや、それはない。桜小路家は先代当主が民主主義派に鞍替えしたはずだ」

「ならば、小鳥遊家の独断か? なんのために?」

「――それを知っていたら、こっちだって苦労していない」


 ギルベルトが疑問を口に出した瞬間、向かいの席に座る男子陣の背後で不機嫌たっぷりな答えが返ってきた。

 男子陣の背後に立つのは、シャツの上にベージュ色のセーターを着た桜色の髪をした少年。顔立ちはまだ幼さが残るも、右目がフロスティブルー、左目がシルバーグレイのオッドアイだ。


(オッドアイの魔導士なんて初めて見た)


 通常、魔導士の容姿は父親か母親の遺伝を受け継ぐ。五割の確率で髪は父親似だが目は母親似という魔導士もいるが、少年のようなオッドアイを持つ魔導士はとても珍しい。

 オッドアイを持つ魔導士は両親が得意としていた魔法をそつなく使えるが、逆にそれ以外の魔法が不得意になるという特徴がある。

 ジークのようなオールラウンダーはそうそういないのだと改めて痛感した。


「お前、桜小路か?」

「そうだ。俺の名前は桜小路凛音。来年の誕生日で桜小路家次期当主になる予定だ」


 緊張感のある口調をしながら慇懃無礼に自己紹介する凛音。

 ギルベルトが「話があるなら座れ」と促すと、彼はごくりと唾を飲みながら椅子に座る。全員が三年生のせいもあるのか、それ以外に原因があるのか。とにかく、彼は全身の緊張感を一向に解かないまま話を続けた。


「……まず、楓華があなたのことを監視していることについてだが、桜小路家は一切関与していない。小鳥遊家当主の独断だ」

「当主?」

「小鳥遊小夜子……あいつの祖母だ」


 凛音の口から出た名に、悠護は険しい表情を浮かべる。


「今の小鳥遊家当主はとても厳格な方で、主家の意向には従順に従うと聞いている。問題は、その祖母が孫にそんな命令を?」

「それは分からない。代々主従関係と言っても、今じゃほとんど機能していない。あいつとは幼馴染みで、昔はよく一緒に遊んでいたけど……ある日を境にあんな卑屈な性格になった。その原因が小夜子さんにあるのは確かだ」

「で? 俺らにそれをどうしろって? さすがにご家庭の事情に首突っ込む気はないぞ?」


 樹の言い分はもっともだ。誰にだって突っ込まれたくない問題や事情があり、それを無関係な赤の他人に関わらせるのは嫌だ。

 だけど、凛音は小さく首を横に振った。


「俺があなた達に近付いたのは、小鳥遊家がこれから起こそうとするを俺と一緒に阻止して欲しいからだ。……俺は、あいつがこれ以上無様を晒し続けるのは見たくない」

「無様……?」


 凛音の言葉に違和感を抱いたのは、日向だけではなかった。

 小鳥遊家の問題解決のために手を貸して欲しいのは分かるが、何故そこで楓華のことが出てくるのが理解できない。彼女らの疑問に答えるように、凛音は顔をしかめながら言った。


「あいつは昔、俺より色々とできたんだ。木登りも、遊びも、魔法も。……なのに、俺が知らない間にあんな風になっていた。何をやっても負けばかりで、次第に口数も減って……それが俺にはわざとに見えて、イライラして……今のあいつは見るに堪えないくらいの無様を晒していて、失望すら感じている」

「…………」

「だから、俺は今回の件であいつの目を覚まさせてやるんだ。もちろんこっちは個人の問題だし、巻き込むつもりは……」

「――それは、ちょっと違うと思うよ」


 上級生の沈黙に耐え切れずぺらぺらと話し出す凛音に、日向は静かに制止をかけた。

 異なる色の双眸を向けられた日向は、あの追憶夢で見たことを自分なりに解釈しながら言った。


「あの子はきっと、そういう風にしないと生きていけないんだと思う。本人の意思だろうが、そうじゃなかろうが……少なくとも、あたしの目にはあなたの言う『無様』という言葉は間違ってる」

「……………………一応、頭にとめておきます」


 日向の言葉にどこか憮然としながら、凛音は軽く頭を下げて席を立つ。

 そのまま早足でどこかへ行ってしまう凛音の背を見送ると、日向は深いため息を吐いた。


「はぁ…………お節介だったかな?」

「いや。あやつは自分ができることは他人もできると思い込んでいる。ああいうのは、第三者が言わなければ認識を変えん」

「それにしても……今年も面倒事がやってきたなぁ」

「そうだね……」

「むしろこれだけで終わってくれればいいんだけどな……」

「「「「それな」」」」


 悠護の一言に、全員が同意したのは当然だった。



☆★☆★☆



 食堂を出た凛音は、頭の中で日向の言葉を反芻していた。

 彼女の言っていることはあまりよく理解できず、最初はただの戯言だと思って聞き流そうとした。

 しかし、真摯に自分を見つめてくる琥珀色の双眸が戯言ではないと伝えてきたため、あの時はああいって誤魔化すしかなかった。


(豊崎先輩は楓華の今の状況は勘違いだって言った。……だけど、本当にそうなのか? あいつが勝手に手加減したとかじゃなくて?)


 凛音にとって、楓華は大切な初恋の人だ。

 主家に仕える家の子というのは、いずれ主家の当主となる子を守るための道具。少なくとも大人達はそう思っているだろう。

 しかし、凛音にとって楓華は自分ができないことができる目標であり、一目惚れしたただの少女だった。


 木登りはいつも自分より一番早く着いて、魔法も上手い。さらにはどんな遊びも彼女がいつも一番だった。

 ……だけど、彼女の両親が行方知れずになってから、楓華はすっかり変わってしまった。

 自分の顔を見ても笑顔を見せることはせず、陰鬱な表情ばかりするようになった。どんなに話しかけても必要最低限しか喋らず、魔法も勉強も遊びも以前と比べて劣っていた。


 あの枯れ木婆に原因があるかもしれないと分かっていても、何故あんな無様な態度を取る楓華のことが理解できなかった。

 見ているだけでイライラしると同時に心配もして、何度も小夜子に楓華を解放してくれと頼んだ。

 しかし、あの婆の答えはいつも同じだった。


『あの子は桜小路家を守る『影』として生まれた。たとえ出来損ないでも、せめて囮として使えるように躾なければならない。そこにあなた様が口を出す権利はありません』


 周囲からすれば正論だろうが、凛音にとってはただただ腹立たしい言い訳だった。

 あの婆が楓華をどのように扱っているのか、わざと嫌な仕事を回していることも全部知っている。だけど、彼女を救うための手段を、凛音が持っていないことも事実だ。


(……せめて、小鳥遊家の――小夜子さんの野望を止めるのが先だ)


 日向を含む七色家の力を借りられたのは幸先のいいスタートだ。

 あの婆が一体何を企んでいるのか知らないが、これ以上楓華を苦しめるような真似はさせない。


「桜小路家次期当主として、絶対に止めてやる」


 そして――今度こそ伝えるのだ。

 自分の胸の内に秘めた、謝罪と想いを。



 聖天学園は東京都と神奈川県の山岳地帯の一部を開拓し作られた教育機関だ。周辺にはモノレールと高速道路の開通や新たな町の開発などの影響を及ぼし、聖天学園を含む周辺地域を『聖天学園都市』として来年改名する予定になっている。

 四方を山々で囲まれ、まだ朝日も昇っていない闇夜の中、その影は動いた。


 風のような速さで土を蹴りながら疾走する。気配と足音をなるべく殺し、息を潜めながら目的地へと走る。

 影は二つあり、今の時期では少し肌寒いジャケット姿で聖天学園付近に到着する。

 聖天学園は厳しい警備システムを敷かれており、数メートルもある柵には電流結界を張っているため登り超えることはできない。


 だが、その情報はすでに入手済みだ。影は情報通り学園への侵入を始める。

 購買部や治療院の商品・備品を搬送するための専用トンネルがあり、地下で荷を下ろし専用車で運送する仕組みになっている。そのトンネルの前には非常階段があり、地下数メートルの地下通路を通れば敷地内に入ることができる。

 非常通路ということもあり、ここのセキュリティーは敷かれていない上に常に開放されている。影はその情報を信じ、非常階段を下り、オレンジ色の非常灯が点いた地下通路を走る。


 四方をコンクリートと鉄筋で囲まれた通路を走り、いつくもある長い階段の一つを駆け上がる。

 緑色に光る非常出入り口の看板を見つけ、そっとドアを開く。ドアは第一訓練場の非常口であり、影はそのまま近くの森に入る。

 茂みに紛れるようにしゃがむと、被っていたフードを取り、口元のマスクを外す。


 フードとマスクの下に隠れていたのは、妙齢な男女。同じ薄茶色の髪をしているが、その頭部には狼の耳が生えている。

 概念干渉魔法。『伝説級』と『神話級』の『概念』に干渉し、その身に力を宿す魔法。

 彼らは『人狼』という『概念』として選んだ魔導士崩れだ。


 金によって雇われている魔導士崩れとは違うが、それでもこの仕事を請け負った以上、きちんと達成しなければならない。

 二人の手に持っているのは、依頼人から渡された二枚の写真。

 琥珀色の髪と瞳をした少女と、銀髪とコスモス色の瞳をした少女。

 これが、彼らの標的ターゲット。この二人を殺せば――全てが元に戻る。


「……行こう。迎えのために」


 男の言葉に女が静かに頷く。

 朝日が昇り、明るくなる空を見つめながら、二人はもう一度フードを被った。

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