第226話 魔力と視線の持ち主

「達人級の隠密魔法が使える生徒、か……さすがにあの人数の中から特定するのは難しいぞ」

「やっぱりそうだよね」


 翌日。HRを終えてジークに昨日のことを話した日向は肩を落とした。

 この学園は全学年生徒数が五万人になるよう調整されており、それぞれ得意とする魔法がある。

 無論隠密魔法が得意とする生徒も十単位でいる可能性もあるため、そこから一人を絞ることなどほぼ不可能だ。


「それにしても新学期早々ストーカーとは……相変わらず面倒事に好かれてるな」

「言わないで。自覚してる分キツい」


 かつて、自分の前世である【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムは、魔法を広めるために多くの面倒事をこなしながらやっかみ受け続けた。

 もちろんどの仕事も依頼した相手が文句も言えないくらい完璧な仕上がりにし、やっかみも全て持ち前の鋭い舌鋒と処世術で蹴散らした。

 今世でも諸事情があったとはいえ、面倒事を引き受けたこともあるせいで強く否定もできない。


「やっぱり互助組織関連かな?」

「それもあるだろうが、無魔法を使えるお前を疎ましく思う輩は少なくない。これを機に消すことを考えるアホがいてもおかしくない」

「ですよねー……」


 ため息を吐きながらそう言った直後、日向とジークはバッと背後を振り返る。

 二人がいる場所は東校舎と西校舎の間にある渡り廊下で、両端にある出入口しかない。件の魔力を感じたのは全学年の教室がある東校舎の出入り口だ。


「……一瞬だがいたな」

「朝だけで三回目だよ。どうしよう」

「とにかく今日は普通にしていろ。三年生は歓迎パフォーマンスがあるだろ」

「そうだった! 教えてくれてありがとうジーク!」


 ジークの言葉に今日の予定を思い出し、日向は慌てて渡り廊下を走った。

 毎年入学式の翌日は新入生が学園内を見て回る校内見学がある。授業の様子を見たり、部活動の体験をしたりなどあるが、三年生は五つある訓練場や校庭で新入生歓迎パフォーマンスを披露する。

 これは派手に魔法を使うもので、クラス全体でやるのではなくチームで行う。もちろん日向はいつものメンバーでするつもりだ。


 日向達が用意された舞台は第一訓練場で、出入り口にいる警備員に頭を下げて中に入ると、フィールドにはすでに披露する魔法の練習をする生徒がおり、どれも己の特技を生かした動きをしている。

 光や水、火を使った魔法のパフォーマンスが繰り広げられる中、ようやく現れた日向を見つけた悠護が声をかけた。


「遅ぇよ日向! そろそろ練習するぞ!」

「ごめん! 今行く!」


 声からも表情からも全然怒っていない様子のメンバーに謝罪しながら、日向もパフォーマンスの練習をする。

 このパフォーマンスで日向達がやろうとするのは、それぞれが得意とする魔法を最大限に生かしたモノだ。

 もちろんこのパフォーマンスはどのチームも同じだが、それでも自分達がやるものは一味違うと自負している。


 順序はまずギルベルトが派手に雷魔法を発動させ、そこからリリウムが登場。リリウムが雷を全て切ると、切られたそれは粒子となって全体に降り注ぐ。

 次に日向と樹が自然魔法で色んな形をした動物や植物を見せて、最後に悠護が得意の金属干渉魔法で作った大きな木を立て、全員でその木を魔法でクリスマスツリーのように飾ってフィナーレだ。


 少し大がかりだし、他のチームのパフォーマンスもどのようなものになるか分からないが、それでも精一杯やるつもりだ。

 魔法の練習中は例の視線を感じず、タイミングや形状を何度も確認しながら頭の隅で考える。


(ここで感じないってことは少なくとも同学年じゃない。でも二年生は去年あらかた片付けたし……新入生の中にいるってこと?)


 一学年でもかなり人数は多いが、ある程度絞れたのは僥倖だ。

 しかし、その新入生の誰かがなんの目的のために日向を監視しているのか。血統主義ならば互助組織関連、それ以外ならば自分が知らぬ間にどこかで恨みを買ってしまったか。

 どちらの理由も可能性は高いが、少なくともストーカーの相手を捕まえるまでは気を抜けない。


(ひとまず歓迎パフォーマンスを乗り切ることに集中しないと)


 すぐに頭を切り替えた日向が土魔法で蔓草を生み出すと、樹が光魔法で数種類にも輝く燐光を作る。

 電飾のように輝いている蔓草が銀色に輝く木に飾られていく様を、日向だけでなく他のチームのうっとりとした目で見つめた。



 観客席がほとんど埋まった第一訓練場では、新入生達が他のチームが披露するパフォーマンスを見て目を輝かせ、万雷の喝采を送っている。

 日向達のパフォーマンスも今しがた終え、無事成功して安堵しながらハイッタチを交わす。


「おつかれー。よかったぜ」

「ああ。とくに最後のやつ! あれ、完全にアドリブだよな?」

「うん。ちょっとフィナーレが物足りなくて勝手に無魔法使っちゃったけど……」

「大丈夫だ。むしろあれは良い判断だったと思うぞ」


 そう、最後の魔法の電飾で飾られた金属のツリーで日向は無魔法を使って、今まで使ってきた魔法を無効化させたのだ。

 その結果、無魔法を使用した余波で琥珀色の粒子が訓練場全体に降り注ぎ、無効化された魔法も色んな色の粒子となった。

 虹色の光の雨が降り注ぐ光景は新入生だけでなく他のチームも見惚れており、最後には今まで聞いてきたものより凄まじい拍手が送られた。


「あんな風に使う無魔法使うの初めてだから、ちょっと緊張しちゃった」

「でもすごくよかったよ。新入生達も喜んでたし、大成功だね」

「そうだな。これで俺達の仕事も終わりだし、食堂に行ってメシにしようぜ」

「サンセー。俺もう腹ペコペコ……」


 ぐーっと豪快にお腹を鳴らす樹に笑いながら、日向達は第一訓練場を出る。

 出入り口にはパフォーマンスを見終えた新入生達がぞろぞろと出ており、和気藹々とパフォーマンスの感想を言い合っている。

 自分達もああして話したなぁと思いながら、新入生達とは少し離れた場所を歩いた時だ。日向達の目の前にフラフラとした足取りで集団から離れていく女子生徒がいた。


 日本では珍しい銀髪をツインテールにして、大きな黒いリボンで結んである。肌もどこか青白く、コスモス色の双眸はどこか朦朧としている。

 温かいがまだ肌寒い春だというのに脂汗を流しており、明らかに体調が悪い。

 日向は慌てて駆け寄り、今にも倒れそうな女子生徒の肩を抱きとめた。


「ねぇあなた、大丈夫?」

「…………あ……」


 日向の顔を見た女子生徒は、何かまずいものに見つかったような反応をするも、すぐに意識を失い足元からがくっと崩れる。

 実践授業で鍛え上げられた反射神経でなんとか受け止めるが、同年代の少女の体重を受け止めるほどの力はない。

 生まれたての小鹿のようにぷるぷる震える日向を見かねて、悠護が女子生徒の反対側の腕を掴んで抱えてあげると、そのまま少女の顔色を見ながら言った。


「あー、こいつ人酔いしてるな。顔色も悪し、救護室まで運ぶか」

「そうしよっか。悪いけどみんなは先に戻ってて」

「おう。センセに伝えてとくわ」


 樹達と別れた後、日向と悠護は一緒に女子生徒を第一訓練場の救護室に運ぶ。

 普段あまり使われていない救護室には人はおらず、三台あるパイプベッドの一つに女子生徒を寝かせ布団をかけてあげる。顔色はまだ悪いものの、寝息は比較的穏やかだ。


「それにしても綺麗な銀髪だよな。日本人にしちゃ珍しい」

「だね。それに肌も色もあたしより白いね」


 魔導士の容姿は高確率で両親のどちらかの遺伝を強く受け継いでおり、日向の容姿も母親譲りだ。

 この少女の場合、父か母のどちらかの遺伝を強く出ているのだろう。


(あれ? この子の魔力、どこかで……)


 女子生徒から感じた魔力に首を傾げると、目の前で眉をひそめながら呻き始める。

 日向はそっとハンカチで額に浮かぶ汗を優しく拭った直後、目の前が一瞬で真っ黒に染まった。



☆★☆★☆



 日向が目を開けたら、そこはどこかの庭だった。

 可愛らしい野花が咲くそこに、幼い少女と温和な男性、そしてレジャーシートの上でそれを眺めている綺麗な女性がいた。

 その近くには桜色の髪をした少年がいて、彼は少女に花冠を渡し、受け取った彼女の笑みを見て頬を赤く染め、はにかむ。

 楽しそうにピクニックをしている様は微笑ましくて、見ているこっちも笑みを浮べてしまう。


 だけど、その景色も黒いインクを零したように一瞬で黒く塗り潰される。

 次に現れた光景は、目を腫らしながら泣く少女。そして、その少女の前で杖を手にした一人の老婆が立っていた。

 うなじまで綺麗に切り揃えられた白髪、枯れ木のように痩せ細った体。けれど結膜の部分が黒く、その中に浮かび上がるコスモス色の瞳が老婆の不気味な雰囲気を際立たせている。


『返して……返してください、お祖母様。私を……パパとママのところに……!』

『お黙り』


 懇願する少女に、老婆は冷たい声で一蹴する。それどころか杖の持ち手部分で少女の左頬を殴った。

 小さい体が軽く飛ばされ、地面に倒れる。赤く腫れる頬を押させる少女に、老婆はサングラス越しでも伝わるほどの侮蔑を込めた視線を向ける。


『……さすがはあの淫婦いんぷの娘ね。私の後継である息子を誑かしておいて、こんな出来損ないを産むなんて。やっぱりあの時に殺しておけばよかった』


 母を侮辱されて憤るも、老婆の視線が恐ろしくて睨むこともできない。

 ほぼ初対面だというのに老いた見た目とは反対に強さと不気味さを兼ね備えたこの老婆の存在は、今まで普通に暮らしていた少女にとって未知と畏怖の対象になるのは自然だ。

 老婆は恐怖で怯える少女を見下ろしながら、杖でトンッと床を叩く。


『いいこと? お前が親の元に帰りたいのなら、私の命令に従いなさい。お前が魔導士としての素質に目覚めた以上、この小鳥遊家の人間として、そして主家である桜小路家の影として命も人生を捧げることはすでに決定している。

 あなたが少しでも私を満足させるだけの働きをすれば、すぐにでも彼らの元に帰してあげます。……だけど、あなたの母親が犯した罪を抜きにしても、あなたが帰れる日は何年後になるのか分からない。早く帰りたいならば、それ相応の働きをしなさい。――いいですね? 楓華』


 有無を言わせない口調で告げる老婆。

 だけど、少女――楓華は左頬が腫れた顔を持ち上げる。すっかり恐怖で支配され怯えた表情。冷や汗を流しながら、彼女は静かに頭を垂れる。


『…………はい、お祖母様。今日から、よろしく……お願いします………』


 両親という人質を取られ、絶対服従を強いられた孫娘を、老婆はただただ絶対零度の目で見下ろすだけだった――――。



 意識がはっきりと戻った直後、後ずさるように女子生徒――楓華の元に離れる。

 ちょうどそのタイミングで楓華が起き、洗い息を吐く。


「はっ、はっ、は……」

「あ、あの……」

「………………!?」


 近くにいた日向にひどく驚いた楓華は、勢いよくベッドから起き上がるとそのまま脱がせた靴を履く。

 寝転んだ時に皺になっていることに気づいていないのか、それともそんな余裕が彼女にはないのか。どちらにせよ、さっきまで足取りすら覚束なかった彼女を放っておくことはできなかった。


「ま、待って待って! あなたさっき人に酔って倒れかけたんだよ? まだ寝てた方がいいよ」

「も、もう、大丈夫なので……」

「どこかだよ。まだ顔色青いぞ。いいからもう少し寝とけ」


 そう言って悠護が楓華の手を取ろうとするも、彼女の手が触れることなく


「はっ……?」


 悠護が目を丸くしながら楓華を見ると、彼女の手は輪郭すらほとんどないほど透けていた。

透明インビシビリス』。物理法則干渉魔法の一つで、人体を一時的に透明化させる魔法。加減を間違えれば、永遠に透明人間となってしまう可能性のある危険なモノでもある。

 それを咄嗟とはいえ、部分だけを透明化させるなど普通の新入生ではまだ習わないも

のだ。


「本当に、大丈夫なので……失礼しますっ……」


 別の意味で顔色を青くした楓華が、さっきまでとは違うしっかりした足取りで救護室を出る。

 銀色の髪がなびきながら消えていく彼女の背中を、二人は呆然と見つめることしかできなかった。


「なんだったんだ? あれ……」

「分からないけど……でも、間違いない。あの子だよ」

「何が?」

「昨日からあたしのことを監視していた、あの視線の持ち主」


 事情を知る悠護は、その一言だけで察したらしい。

 彼女が去った後のベッドを見つめながら、そのまま言った。


「あいつの追憶夢、見たんだろ? 名前はなんて言うんだ?」


 とても落ち着いているけど拒絶は許さないその問いかけに、日向も静かに答えた。

 あの追憶夢の中で知った、彼女の名前を。


「――小鳥遊楓華」

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