第225話 新たな日と謎の魔力
桜が満開に咲き誇る四月四日は、聖天学園の入学式の日。
新たに入ってくる新一年生達は制服が真新しく、憧れた学校で学べる嬉しさに顔を輝かせている。
日本では珍しい銀髪をなびかせる彼女は、コスモス色の目を使って周囲を見渡す。
やはり世界中から集められていることもあり、髪も目も肌も自分と色が違う。制服もリボンが七種類の内どれか一つを選べるから、色鮮やかな花が咲いているように見える。
楓華も自分の首元で結ばれている紫色のリボンを軽く弄っていると、視界の端で金色に輝く何かが通った。
(あれは……)
金色の正体は、通りかかった女子生徒の髪だ。
腰まで伸ばした琥珀色の髪。光の反射で金色にもオレンジにも輝いていて、右手首には六芒星にカットされた琥珀がついた白銀の腕輪。
自分と違いすっかり着慣れた制服姿さえ、見る者を魅了する不思議なパワーを感じる。
その女子生徒が黒髪とルビー色の瞳をした男子生徒に駆け寄ると、何か楽しそうに談笑し始める。
話す彼女らの顔はとても幸せそうで、互いの想いが通じ合っている恋仲だということが一目で分かった。
その後も真相の令嬢のような女子生徒や兄貴肌な男子生徒、さらに一部の生徒の頭を下げさせた金髪の男子生徒などここにいる者達の目を引く個性的な面々が揃い始める。
誰よりも目立つ集団に、楓華は最初に見つけた琥珀色の髪をした女子生徒を静かに見据えた。
(あれが……世界中でただ一人無魔法を使える魔導士候補生、豊崎日向……)
無魔法。
全ての魔法を無効化にする、イレギュラーな魔法。本来なら存在してはならないモノ。
何故、その魔法を三年近く前まで普通の人間だった彼女が使えるのか楓華は知らない。
当主である祖母から渡された日向の情報は、調べなくても分かるくらいの基本情報だけ。
本当なら詳しく知りたいところだが、他の情報が渡されないところを見ると、未熟で出来損ないの自分には分不相応なものなのだろう。
そう納得しながら、楓華はぎゅっとスカートの裾を握りしめた、
(とても綺麗で、可愛い、太陽のような人。私は……あの人を…………)
――この手で殺すことができるのだろうか?
「はぁ~~、疲れた~~~!」
色ガラス棟の通称を持つ学習棟の一室、日向は中央に置かれた長テーブルにもたれかかる。今日は午前しかないことと食堂で新入生歓迎会をしているため、この部屋で昼食を摂ることにしたのだ。
簡易キッチンにはコツコツと蓄えた食材が豊富にあり、一品料理ならば簡単にできる。今日の料理担当である悠護が大きなフライパン、樹がコルク鍋敷きと人数分の食器とフォークを持って来た。
「おい、メシにするぞ。起きろー」
「いい匂いがする。もしかしてカルボナーラ?」
「いや、樹が購買でもらってきクラムチャウダーの缶詰を使ったパスタ」
「どういう経緯でもらってきたのよそんなの……」
「購買のおばちゃんが在庫処分で困ってて、
悠護が作ったクラムチャウダーパスタは、チーズも入れたのかとろりと溶けて食欲がそそられる。ゴリゴリとミルで黒コショウを挽き、半月切りにしたレモンをぎゅーっと絞る。
全体に味を馴染ませるように混ぜてから食べると、缶詰とは思えないほどのあさりの旨味を感じた。ホワイトクリームとチーズの相性は抜群で、レモンの酸味と黒コショウの辛味が程よいアクセントとなっている。
フライパンから食べたい分をよそっていると、サイダーを飲んでいた心菜が言った。
「ギルくんはどうしたの?」
「ああ、あいつはちょっと遅れてくるってよ」
「実家に何かあったの?」
「いや違う。あー、その…………新入生達だ」
新入生。その単語に全員が今はここにいないギルベルトに激しく同情した。
魔導士はIMFに就職すると、部署によってチームで仕事をする場合があるが、基本は
しかしそれは表面上の理由で、新たな魔導士を増やしたいという政府の思惑が絡み、実際は将来の結婚相手を宛がうための口実になっている。
しかし、魔導士といえど元が人間。やはり相性が悪い相手というのは存在する。
パートナー変更は卒業後でなければ受け入れられないのだが、よっぽどの事情がある場合は変更も可能になる。それ以外の場合ではパートナー変更は実質不可能だ。
ギルベルトは一年の二学期に留学してきたため、人数的問題で彼にはパートナーがいない。もちろん本国に帰れば次期王妃になる婚約者がいるが、彼の愛人になるために媚び売る女子生徒は後を絶たない。
これは日向達も無関係ではなく、去年は下の学年からパートナー変更を申し込まれたことは何度もある。
「やっぱ今年もいるのかー。よく相手に失礼な真似できるよな。俺には理解できねー」
「こればっかりはしょうがねーよ。新入生ってのは、ここに来るまで良くも悪くも周囲の影響を受けてる。学園の決まりなんてどうとでもできると思ってるバカをどうにかすること自体無駄だ」
樹の言葉に悠護が冷たく切り捨てる。
出会った当初、魔導士でありながら『魔導士嫌い』だった彼のそれは今では緩和されているも、やはり自己中心的な考えをする同胞に嫌悪感を抱いているようだ。
それを見ていた日向が皿の上に残っていたアサリをフォークで刺し口に放り込んだ時、ちょうど部屋のドアが開き、顔に疲労感を滲ませたギルベルトが入ってくる。
「はぁ……全く、どいつもこいつも……」
「お疲れ~。お前の分はちゃんと残してあるから食えよ」
「そうか。助かる」
樹が簡易キッチンからギルベルトの分のパスタを持ってくる。
そのまま椅子にもたれかかるように座るギルベルトに、心菜がサイダーを注いだコップを彼の前に置いた。
「新入生達の子、大変だったでしょ?」
「ああ……去年もそうだが、今年は凄かったぞ。出会い頭に『愛人でもいいので置いて! じゃないとここで死ぬ!!』と言って目の前で自分の首にナイフを添えていたぞ」
「うわぁ……」
ギルベルトの話を聞いていた悠護がドン引いた声を上げた。
それは日向も同じで、自身の命すら顧みない頼み方をした新入生の思考回路が理解できなかった。
「結局、魔法でナイフを全部回収させて説得して終わらせてきた。……これがしばらく続くと考えると憂鬱になるな……」
「分かるよギル……多分あたしもそろそろだから……」
ため息を吐きながらサイダーを飲むギルベルトの肩を、日向は同情をこめて優しく叩く。
日本最強の魔導士集団『七色家』の一つである黒宮家の次期当主である悠護のパートナーである彼女も、ギルベルト以上に新入生達からの猛攻を受ける側の人間だ。
もちろん前世から想いが通じ合っている悠護を手放すことなどさらさらなく、毎年この時期になるとどう対処すればいいのか頭を捻らせる。
二人が憂鬱なため息を吐いた時、ドアがコンコンと二回ノックされる。
すぐさま心菜がドアの方に行き、ドアノブを捻って開けると数人の女子生徒がどこか緊張したような顔つきで立っていた。
制服も日向達のより新品感があるので、恐らく新入生だろう。
「あの……何かご用?」
「ここに、豊崎日向先輩ますか? ……少し、話がしたくて」
(ああ、来たかぁ……)
固い声をした女子生徒の言葉に、日向は頭痛を堪えるような顔をする。
次は自分の番になったと落ち込む彼女に、数分前まで同じ目に遭っていたギルベルトが同情した顔で肩を叩いた。
☆★☆★☆
女子生徒達によって連れてこられたのは、学習棟の裏だ。
なるべく学習棟から離れた場所じゃないのを条件に呼び出しに応じたため、薄暗くあまり人のこないここになった。
彼女達はまだ幼さ残る顔立ちを険しくさせており、つぶらな瞳を鋭くしている。それに対しすでに経験済みである日向の態度は余裕を感じさせた。
「……それで、話って何?」
「単刀直入に言います。黒宮先輩とのパートナーをやめてもらえませんか?」
もう耳から
「あのね……あなた達も知ってると思うけど、パートナーは本来卒業まで解消できないものよ。自分がどれだけ非常識なことを言ってるのかわかってるの?」
「そ、そんなのなんでアンタみたいな一般人上がりに言われないといけないのよ!」
「そうよそうよ! 偶然黒宮先輩に選ばれたかって調子に乗らないで!」
すぐさま敬語を消して暴言を吐く女子生徒達に、日向はまたため息を吐いた。
こういう人の話を聞かない場合、相手にするだけ面倒だ。ひとまず好き勝手言わせてあげて、足元に群生しているシロツメクサでも数えることにした。
相手の話を聞き流すには、草花や雲の数を数えてやり過ごすに限る。
「大体、いくらアンタが【五星】の妹だからって調子に乗り過ぎなのよ! 私、知ってるんだから。アンタが無魔法を使えるのを理由に好き勝手してること!」
(一二三四五六七……あ、四つ葉発見。こっち数えよう)
「黒宮先輩は七色家の次期当主になる高貴なお方。アンタみたいな庶民が彼と話すことすらおこがましいのに、さらにパートナーだなんて……一体どんなことをしたのよ!」
(お、四つ葉三枚目発見♪ 意外と多いなぁ)
ぎゃーぎゃーと騒ぐ女子生徒達を余所に、暢気に四つ葉を探す日向。
その時、彼女の背筋から魔力を感じた。
悪意も殺意もない、ただの観察のために使われている魔力。嫌な感じはしなくても、それが逆に怪しさを伝える。
「――誰?」
日向の問いかけに、背後で何かが動いた。
すぐさま光魔法で作った矢を完全発動で放つと、光の矢は地面に突き刺さる。突然の魔法に驚いて固まる女子生徒達を尻目に、日向はさっきまで誰かがいたと思しき場所に立つ。
(草が踏まれた跡があるってことは、さっきまで本当に誰かいた……。でも、魔力を感じるまで気配はなかった。ということは、相手はかなり高度な隠密魔法を取得してる)
通常、魔導士は魔法を使う相手の魔力を察知することはできる。
中でも隠密魔法を極めると。自身の魔力を察知しにくくする技も自然と身につく。しかし隠密魔法は地味な上に日常生活では全然使わないため、この魔法を取得しようとする物好きはあまりいない。
(つまり、ここにいた相手は隠密魔法を極めた手練れ……諜報や監視を生業にしている。でも、一体なんのためにあたしを……いや、それこそ愚問ね)
無魔法を使え、最近では互助組織の創立に関わっている日向を煩わしく思う輩がいてもおかしくない。
その連中が自分の子供を利用するのも、むしろ自然だ。
新学期早々やってきた面倒事の気配にため息を吐くと、そのままくるっと固まっている女子生徒達に顔を向けた。
「ごめんなさい。急用ができたから帰るね」
「は、はぁ!? 待ちなさいよ、まだ話は終わってな――」
諦め悪く引き留めようとする女子生徒に、日向はすぐさま伸ばしてきた手首を掴み軽く捻り上げた。
「……悪いけど、あなた達のくだらない頼みごとを聞いてやるほど暇じゃないの。それでも引き止めるっていうのなら……こっちもそれ相応の対応するつもりだよ」
目を細めて睨みつける日向に、女子生徒達は怯えた顔をすると一斉に逃げだす。
手首を掴んでいた子を解放すると、彼女も足をもつれさせながら先に逃げた女子生徒達の後を追う。
その後ろ姿を見送った日向は、まだ部屋にいるだろう悠護達の元へ向かった。
楓華は息を切らしながら走っていた。
命令通り隠密魔法を使いながら日向を監視していたのに、どういうわけが気づかれてしまった。
この魔法だけは祖母にも褒められたのに。
(あのままいたら、見つかってた……)
急いで強化魔法を使って逃げてきたが、それでも油断はできない。
できるだけ学習棟より遠い場所にある校舎に逃げ込んで、昇降口に来た時だった。
「楓華」
聞き慣れた声が自分の名を呼び、思わず肩を震わせる。
振り返ると、そこにいたのは桜色の髪をした少年。右目がフロスティブルー、左目がシルバーグレイのオッドアイが強く楓華を見つめている。
少年の名前は
「お前、さっきまで何してた?」
「…………お
楓華の答えに、凛音が厳しい顔つきをした。
楓華の祖母である
だが、楓華と小夜子の関係は良好とは言い難いものだ。
あの老婆は顔色一つ変えず、楓華を殴ることも少女には酷な仕事をさせることも厭わない。
いくら孫だろうと、決して甘えることすら許さない彼女のことが凛音は昔から苦手だ。
そして、そんな祖母の言いなりになっている幼馴染みのことが、今は嫌いだ。
「一体どんな仕事だ。何をあの人から言われた?」
「それは……言えない。たとえ相手があなたでも」
相変わらずの返答に凛音は舌打ちをする。
一〇年も前――正確には彼女の両親が他界してからずっとこの調子だ。昔はどんなことでも話してくれたのに、今ではこの調子。
まるで人形のように感情を宿さない目をした楓華の姿を、凛音はいい加減見たくない。
「……そうかよ。じゃあ、これだけは言っとくぜ。
「っ! 待っ……」
不穏な言葉を聞いて楓華が口を開くも、凛音はそれ以上言わず自分から背を向けて去っていく。
昔は同じ背丈だったのに、今ではすっかり追い抜かした幼馴染みの背中。それが見えなくなるまで立ち尽くした楓華は、そのまましゃがみ込む。
「凛音……ごめんなさい。ごめんなさい……」
何も言えなくてごめんなさい。
何も答えられなくてごめんなさい。
何も教えてあげられなくてごめんなさい。
今の自分には、それすらも許されない。
沈黙。従順。肯定。
その三つしか、楓華には許されていないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます