第15章 束縛の呪いは解き放たれる

Prologue 無知で無垢でいられた時間

 どさっ、と音と共に木から落ちた。

 樹齢何十年も経つ木は幹も太く、枝も丈夫。木登りにはうってつけの木だが、少年はこの木を上手く登れなかった。

 それは単純に自分が下手くそなだけ。己の未熟さの問題だ。


「くそ……」


 もう六歳になって、魔法の勉強ができるようになっても、木登りがちっとも上手くできない。

 悔しくて涙が零れそうになると、頭上から声が降ってきた。


「さいしょは……そこにみぎあしをおいて」


 木登りが上手な幼馴染みの少女が、指をさしながらアドバイスしてきた。

 本当なら意地でも聞かないで自力で登ってみせるが、少年は素直に少女の言う通りにした。


「つぎはそこのでっぱり……そこでひだりあしをかけて……」


 少女は少年よりなんでもできた。

 勉強も、運動も、魔法も、木登りだって誰より上手い。


 少女は少年の家に使える家の子供らしいけど、少年にとって少女は大事な幼馴染みでいつか結婚したいと思えるほど大好きな女の子。

 だからこそ、少女の言葉にはどんな内容でも耳を傾けていた。


「のぼれた!」

「おめでとう」


 アドバイス通りに木に登れたことを喜ぶと、少女は鷹揚ない声で言う。

 周りの大人達の少女の声は冷たいと言うが、少年にとっては水のように静かで透き通っていると思った。


「こら! 大人がいない時に木に登っちゃダメよ!」

「「はーいっ」」


 偶然木に登っている自分達を見つけた少女の母親が叱るも、二人は棒読みに近い声で返事をする。

 風で木の葉が揺れ、日陰の心地よさにうっとりしながらも、少年は感心しながら言った。


「やっぱりおしえるのがうまいなぁ。おれより木にのぼれてうらやましいよ」

「……そんなこと、ないよ」


 少年の褒め言葉に、少女は頬を赤く染めながらはにかむも否定する。

 その姿さえお姫様のように綺麗で、少年は愛おしそうにその姿を見つめた。



 それが、少年が少女の笑みを見た最後の日。

 あの日からずっと、二人の間には埋められない溝が生まれてしまうことを、この時どちらも知らなかった――――。

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