第222話 王子と白石の任務

 成田空港。

 日本を代表する空の玄関口で、怜哉は出口付近でカートを引いて現れたギルベルトに手を振った。

 三月三〇日、今日はギルベルトがイギリスから日本に帰国する日。怜哉は今回の護衛として送り迎えを担当している。


「おかえり、ギル。王宮はどんな感じだった?」

「やはり『新主派』の残党がいたな。だがほんの少数だったから、すぐに片付いたぞ」


『新主打倒事件』で待ち望んでいた〝主〟と多くの信者、そしてスポンサーを一気に失った『新主派』の力は地に落ちたが、どの国にも諦め悪い輩は存在する。

 イギリス国内には『新主派』の残党がいて、今回ギルベルトがイギリスに戻ったのは王宮での仕事と残党の処理のためだ。


『新主派』、『非信仰派』が消え、始祖信仰には『伝統派』しか残っていない。

 しかし敬虔な信者が多くても今後も『伝統派』が騒ぎを起こす可能性は捨てきれず、『伝統派』の活動をイギリス王室およびIMF本部の元、円滑に運営するよう決定した。

 最初は反対意見が多かったが、これまでの経緯を考えて変に睨まれるくらいならば管理された方がまだマシ、という上の話し合いによって承諾できたようだ。


「それで、あのアイリスはどんな感じだったの?」

「ちゃんとターラント伯爵家に教育を受けているおかげで、以前と比べられないくらい立派な淑女レディになっいたぞ。……まぁ、ヴィルの過保護がさらに加速したから、それを宥めるのに苦労した」


 かつて【起源の魔導士】の生まれ変わりとして政治的利用されていたアイリスは、偽者が発覚した件と唯一の肉親である母親の失踪によってターラント伯爵家の養女となった。

 以前は夢見がちで自分の理想通りの展開でなければ動揺しまくっていた哀れな少女は、今では元庶民だとは思えないほどの伯爵令嬢として成長を遂げた。

 その際に彼女の婚約者でありギルの弟であるヴィルヘルムは、以前から凄かった過保護をさらに加速し、今では許可ない相手との接近すら許さないという徹底ぶりを見せた。


 これにはさすがにギルベルトもやりすぎたと提言するも、すっかり虜になっているヴィルヘルムは聞く耳を持たなかったらしい。

 会った時から話を聞かないタイプの王子だと思っていたが、未だ健在だと思うと怜哉も呆れてしまう。

 結局、ギルベルトの説得に応じるのに一週間も時間を費やしたらしい。


「元気そうでよかったよ。ところで……今日はこのままホテルに行く? 春休み最終日にならないと学園開かないから」

「本当はそうしたいのだが……怜哉、その前に話したいことがある」

「……いいよ。じゃあ、先にリムジンに乗ろうか」


 どこか真剣な眼差しを向けるギルベルトに、怜哉は頷いて駐車場に停めているリムジンに向かう。

 怜哉は今年聖天学園を無事卒業し、IMF東京支部の魔導犯罪課第一課に就職した。

 しかしすでに新人の枠を超えた実力を持っているため、怜哉は新人に与えられない仕事をいくつも担当することになった。


 もちろん他の新人達からは羨望と嫉妬の視線を受けるも、白石家の次期当主である彼に表立って嫌がらせをしてくる命知らずはいなかったことは残念だった。

 どの仕事も怜哉にとっては簡単な仕事ばかりで、その中には今回のギルベルトの護衛も入っている。

 そして、その護衛対象から受ける仕事も。


 リムジンに乗り出発すると、すぐさまテーブルの上に氷がぎっしり入ったアルミクーラーの中にあるノンアルコールシードルの栓を抜き、ワイングラスに注ぐ。

 林檎の甘酸っぱい香りが広がり、炭酸がグラスの中で小さな気泡をいくつも浮かんで消えていく。

 それぞれ一口飲むと、林檎の果汁が口いっぱいに広がり、炭酸のシュワシュワ感が堪らない。


「それで、君はどんな面倒事を持ち込んだの?」

「持ち込んだとは意地悪い言い方だな。向こうが勝手に持って来たんだ」


 嫌そうに顔をしかめるギルベルトは、舌打ちをしながらシードルを一気に飲み干す。

 空になったグラスをテーブルに置くと、高級感のある革製のトートバッグから分厚い紙の束を取り出す。

 科学技術が発展し、紙の書類が教育機関でしかあまり使われなくなった時代に紙の資料が出てくると言うことは、機密情報の高い情報が書かれているという証拠だ。


 怜哉はそれを手に取り、パラパラと目を通してすぐ書類を返す。

 一見適当に読んだような感じではあったが、あの一瞬で怜哉の頭の中に全部入っている。その後すぐ、怜哉は深くため息を吐いた。


「はぁ……ほんと、こういうバカが消えないから、魔導士らが生きにくい情勢にするんだよ」

「そう言うな。その怒りはバカを増やしているクズ共に向けておけ」


 ギルベルトが持ち込んだ仕事――それは、明日の夜七時にIMF主催のパーティーを襲撃するというものだ。

 六本木にあるホテルの宴会場でパーティーを開催する予定だが、問題はその内容だ。

 今回のパーティーは参加者のほとんどが準魔導士で、同じ境遇を共にする者達との懇親会でもある。今回の襲撃は準魔導士を排除したい勢力が計画した。


 その襲撃として利用されている魔導犯罪組織は、上の連中が私腹を肥やすために雇った魔導士崩れの寄せ集め。

 大した脅威ではないが、数が多いせいで手に余ることは確かだ。

 準魔導士を『使えない道具』と認識しているのは血統主義・実力主義の魔導士家系ばかりで、表向きは友好的に接していても裏では侮蔑と嘲笑を浮かべながら見下している。


 準魔導士にも魔導士を生む可能性があるため、一部の家では準魔導士が法律で結婚可能年齢になると魔導士家系として血の濃い家に強制的に嫁がれる。

 ついこの間創立が決定した互助組織の活動内容には、そういった本人の意思のない婚姻を含む行為すらも禁止にし、本人が望む職業に就けるよう支援するというものがある。

 こういった内容に反対している連中もいる事実に、怜哉は久しぶりに頭痛を感じた。


「それで、そのパーティーの参加者って一〇〇人ちょっとだっけ?」

「そうだな。今回オレ達が請け負う仕事は、その護衛だ。黒スーツとサングラス姿になるから、ちょっとしたエージェント気分を味わえるぞ」

「……遊びに行くわけじゃないんだよ?」

「分かっている」


 口では言っていても、顔はどこか楽しそうだ。

 明日のパーティーはどうか襲撃がありませんようにと絶対に叶わない願いをしながら、怜哉はグラスにシードルを飲み口ギリギリまで注ぎ入れると、そのまま一気飲みした。



 三月三一日。六本木にあるホテルの宴会場は、IMFが主催ということもあり想像よりも煌びやかなものになっている。

 ビュッフェ式で用意されている料理はどれも美味しそうで、場違いじゃないかと錯覚していまいそうなほどの豪華さに目が眩む。


(とてもすごいパーティーね……)


 今回、このパーティーに招待された少女――加賀見真矢かがみまやは、母が用意してくれたドレス姿できょろきょろと辺りを見渡していた。

 手にはノンアルコールシャンパンが入ったグラスを持っているが、あまりの緊張で食事に手をつけていない。会場にいる者達は料理や飲み物を片手に談笑しているが。真矢にはそんな勇気はとてもじゃないがなかった。


 真矢の家である加賀見家は、魔導士家系の中では中流階級の一番下に位置する家で、魔導士至上主義とはなんら関りを持たない民主主義の家だ。

 真矢はその家で生まれた普通の人間の子供で、魔導士ではないことを両親も親戚も誰も責めなかった。普通の家のように温かな愛情を注がれ、周囲からは『大和撫子』と呼ばれるまでに成長した。


 しかし、魔導士家系というのは上下関係ない付き合いというものが必ずあり、たまに出席するパーティーに両親は参加するが自分を同伴させたことは一度もない。

 その理由は、真矢が魔導士じゃないからだ。魔導士家系の中には普通の人間として生まれた子供に対して暴言を吐く相手もおり、その類の輩がいる場にはあまり真矢を連れて行かないと両親の間で取り決められていた。


 もちろん真矢もせっかくのパーティーで嫌な気分をしたくないし、家族の気遣いはとても嬉しいが、それでも両親が心のない言葉を言われるのは参加する以上にとても嫌だった。

 そんな矢先、真矢の家に準魔導士を対象としたパーティーの招待状が届いた。

 自分と同じ境遇を持つ子達が集まるという懇親会に近い催しだが、一体どんな風に行われるのか分からない。だけど、いい経験だと思いその招待に応じ、こうしてやってきたが……真矢が予想したよりも華やかなものになっていてかなり驚いた。


「私以外にも、こんなに準魔導士がいるのね……」


 自分と変わらない年頃が集まっており、中には包帯やガーゼだらけの痛々しい姿をした子もいる。

 魔導士家系に生まれた一般人が家族からひどい目に遭わされると聞いていたが、自分の想像の上を行く惨状に思わず絶句したし、激しくショックを受けた。

 ただ普通の子供として生まれただけなのに、それすら罪だと言わんばかりにあんな仕打ちを受けるなどあってはならない。今年に創立が決まった互助組織が早くできあがるように願っていた時だ。


「……あの、すみません」

「は、はいっ!?」


 突然声をかけられて驚いた真矢は、落としそうになったグラスをなんとか受け止めて声をした方を振り返る。

 そこにいたのは仕立てたばかりのスーツを着た少年が立っており、真矢より少し年上だ。


「そこ、座ってもいいですか? ちょっと人に酔ってしまって」

「え、ええ。どうぞ」


 真矢は自分が座る壁際の席の隣にある空席に座るよう勧めると、少年は「ありがとうございます」と言って座った。

 座った直後ふぅっと息を吐き、首元のネクタイを緩めた。


「……少し、お疲れですね」

「え? あ、ああ、そうなんだ……知らない人ばっかりで話しかけにくくて、かといって一人で黙々と食事するほどの勇気がなくて」

「分かります。慣れない場所だからちょっと緊張しちゃって……でもそろそろお腹が空いてきたから何か食べたいけど食べられないっていうジレンマが……」

「そう、そうなんです! 黙って食えばいいと思いますが、やっぱり場所が場所のせいで一人飯できなくて」


 まるで理解者を得たとばかりに話しかける少年に、真矢も同じ気持ちになりながら話し始めた。

 少年の名前は佐伯渉さえきわたると言って、一般家庭出身の魔導士だったが聖天学園の入試に落ちてしまい、四月から普通の高校生として通うと語った。

 今回このパーティーに参加したのは、自分の悩みを打ち明けられる仲間を探すためらしい。その後も二人は意気投合し、一緒に食事ができるほど良好な関係を築いていった。


 家族から虐げられ、辛い境遇を生き抜いた者達が互いに慰め合ったり、真矢や渉のように居心地悪くしていた者同士が和気藹々と話していたりと、最初会場はお通夜のように静まり返るだろうと思っていたエージェント達は今の様子を見て安堵している。

 その中に紛れている怜哉とギルベルトも、目の前の光景に嬉しそうに口元を緩める。


「やはり、このパーティーを開いて正解だったみたいだな」

「うん。……でも、僕らの仕事はこれからだ」

「ああ、分かっている。行動予測はどうなっている?」

「情報通り、このホテルから二〇〇メートル離れた自然公園だよ」

「そうか……では、行くか」


 それだけ言って、二人は会場を後にする。

 その時、事情を知るエージェントは、一〇代とは思えないほどの貫禄と闘志を見せる二人の背を見て無意識に息を呑むのだった。



☆★☆★☆



 ホテルから離れた自然公園、そこには黒づくめ姿の男達が集結していた。

 どこにでも売っている服で統一されているが、膝近くまで長さのあるジャンバーの下には防弾チョッキを着こんでおり、腰には魔導具と自動拳銃を携帯している。

 夜であまり人のいないというのに、彼らの存在はとても異質だ。


 男達は、IMF上層部にいる連中から雇われている魔導士崩れだ。

 魔導士崩れの中には魔導犯罪組織と作って入ったり、裏社会で情報屋として活動したり、彼らのように悪事を働く魔導士家系に雇われている者もいる。

 今回、彼らに依頼された仕事はホテルで行われている準魔導士の親睦パーティーの襲撃。これには普段損得勘定をする誰もが二つ返事で承った。


 ここにいる者達は、様々な理由で家を追い出され、それまでの何不自由のない生活から一変しホームレス生活を強いられてきた。

 裏世界で生きる道しか選択肢がなく、どの仕事もいつも命と危険が隣合せ。それなのに、パーティーに参加している者達は自分よりも幸せな生活を手にしようとしている。


 準魔導士に向けるこの感情が逆恨みであり嫉妬であることは理解している。

 だけど、これまで共に行動してきた同胞を失い、厳しい世界で生き抜いてきた自分達のこれまでが報われない。

 せめて、彼らにも同じ苦しみを味あわせてやりたいと強く願うのは自然の流れだった。


 魔法で足音を消し、会場であるホテルに向かう。

 すぐさま裏口に回り、電子ロックのハッキング等の犯罪目的で使われる違法ツールで開錠。その後も魔法で姿を消して階段を使って会場に向かう。

 簡単な魔法しか使えないとはいえ、この時ばかりは役に立つ。この力のおかげで、彼らはあの過酷な環境を生き抜けたのだから。


 ホテルの従業員に一度も会わず、目的の会場までたどり着けた。

 今回の作戦のリーダーを任された男がドアの近くに張り付き、静かに他のメンバーに向けて頷く。

 バンッ! とドアを蹴破り、魔導具を構えて宴会場に突入した。


「なっ……!? これはどういうことだ!?」

「誰もいないだと……!?」


 しかし、彼らに待っていたのはシャンデリアがキラキラ輝く空の宴会場。

 料理も綺麗な服を着た準魔導士もいない。情報と違う光景に困惑するも、ドアが一人で閉じられる。

 音に反応し振り返ると、そこにいたのは黒いスーツ姿の少年二人。サングラスを外し紅と蒼の双眸が彼らを射抜くように見つめた。


「残念だったな。貴様らの入手した情報はダミーだ。会場は二日前に秘密裏に変更してある」

「ちなみに、ここは会場だけ異界にしている。どれほど暴れても、通信を飛ばしても増援は来ないよ。もっとも……その増援もとっくにお縄についているだろうけど」

「だ、誰だお前らはっ!?」


 現れて早々ぺらぺらと喋る二人に、魔導士崩れ達は警戒心を最大にしながら魔導具を構える。

 それを見て二人の少年――ギルベルトと怜哉は二ッと悪い笑みを浮べた。


「オレ達は貴様らを倒す者だ」

「殺されたくなければ大人しくしときなよ」


 ギルベルトは片腕を竜に変え、怜哉は《白鷹》を抜く。

 明らかに年不相応の魔力と殺気を見せる二人に、魔導士崩れは本気で死の覚悟をすることになった。

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