第218話 会議の行方
会議室は緊張感で包まれている。
それは当然だ。今回の議題が半数以上もいる魔導士至上主義にとっては目の上のたんこぶであり、庇護する価値すらないと考えている準魔導士のための組織を創立するか否かを決めるのだ。
ここにいる大半が、金の無駄使いになるだろう組織の創立に反対する気満々なのだが、目の前にいる少女の存在感のせいで普段より緊張感が増す。
綺麗に梳かれた髪も、大人びているも可愛らしいワンピースも、メイクした顔ですらまだ一七歳の少女とは思えないほどの美しさだ。
いや、それよりも……あの琥珀色の瞳に自分の姿が映ると、どういうわけか背筋が震えてしまう。まるで見透かすような双眸に、ここにいる誰もが息を呑むのは仕方のないことだ。
「……では、会議を始める。議題は『準魔導士のこれからの処遇および互助組織創立』についてだ」
徹一が議長として口を開くと、誰もが手元にある資料を読む。
現在の準魔導士に対する世間への扱い、『差別派』による活動の増加、他国での魔導士の人身売買……読むだけで気が滅入る内容ばかり記されている。
同じように読んでいる日向達も軽く眦を動かすだけで、周囲のようなあからさまな反応を見せていなかった。
「ここ一ヶ月で準魔導士と呼ばれている者達による迫害が強まっている。彼らは一般社会で決めた者、聖天学園に入学できず落ちてしまった者、家の都合で社会に放り出されてしまった者など……本来ならば庇護するべき彼らを私達はずっと見捨てていた。今回を機に、私は準魔導士の保護を目的とした組織を創立し、人も魔導士も問わず暮らせる世界を作ろうと考えています」
徹一の言い分に賛同する者は、彼の言葉を聞いて深く頷いている。
だがそれも少数で、ほとんどが難色を示したり、嘲笑ったりと否定的な態度を取っている。
「しかし黒宮支部長。準魔導士は我ら魔導士の仲間になれなかったはずれ者です。これまで何もしなくても問題はなかったというのに、今さら保護など無意味では?」
「だが、現に準魔導士による迫害があるのは事実だ。IMFの問い合わせメールからも『息子が魔導士だと言うと親戚から強い風当たりを受けている』や『魔導士を理由にいじめられています。どうか助けてください』と、同じ内容のメールが多数送られています。これまではよかったかもしれないですが、今はそうはいられない事態です。このままでが、魔導士界の秩序すら保てなくなってしまう」
「ならば、準魔導士はそのまま差別派連中の
「そうだそうだ!」
「準魔導士など魔導士になれない面汚し! 彼らを庇護する理由などない!」
魔導士至上主義者達が声を上げるのを聞いて、徹一は彼らの浅慮さに呆れるように深くため息を吐いた。
魔導士というのは、人々に必要とされてこそ存在意義がある。準魔導士も力があまりないとはいえ、魔導士にはない専門知識や技術を兼ね備えている者もいる。そう言った人材は、将来この国のために尽くしてくれる国民として成長することができる。
だというのに、彼らは魔導士になれないという事実だけで準魔導士の存在を否定し、あまつさえそのまま切り捨てるとまで言っている。
これには息子も白石の二人も顔をしかめており、日向は無表情を貫いている。
このままでは会議が続けられないと思い、徹一は呼び鈴を使って場を鎮めた。
「静粛に! ……あなた方の考えはよく理解した。だが、すでに時代の流れが変わりつつある。このまま放っておいても、魔導士の肩身が狭くなるのは時間の問題です」
「ならば、民衆に魔導士が如何なる存在が認識を改めさせればいい。そうすれば、我らの偉大さを周囲に知らしめるいい機会になるでしょう」
男の言葉に、徹一の頭に頭痛が走ったような気がした。
魔導士至上主義者達の会話は、毎回一方通行になる。どれだけ案を持っても、彼らが良いと選ぶものは自分達に利益しかない案ばかり。
過去に準魔導士に対する処遇について、前々から何度会議に出しても無用だと一刀両断させられてきた。
だが、今回ばかりはここで決めなければ魔導士の立場がさらに狭まるのは一目瞭然だ。
『新主派』の件で差別派に加入する者が増加傾向にあり、このまま準魔導士の問題の件も放置すれば差別派の力がさらに強まる。
そうなれば、『落陽の血戦』のような大規模抗争が日本で起きることになる。
なんとかして、話をこちらに運ばなければと思った時だ。
「――すみませんが、少しよろしいでしょうか?」
ここに来て、まさかの日向が控えめな挙手をした。
誰もがうら若い少女の言葉にぴたりと動きを止めるも、警戒心を浮かべながら様子を見る。
「おやおや……なんでしょうか? まさか、あなたも我らの考えに口を挟むのですか?」
「ふん、なんと身の程知らずな! お前が黒宮支部長のご子息の婚約者であることは、ここにいる誰もが知っている。成り上がり風情があまりでしゃばらないでもらおうか!」
あからさまに小馬鹿にした者や、身分を盾に押し黙らせようとする者。
その反応にここまで落ちたのかと思う一方、日向は毅然とした態度を貫く。
「それは申し訳ありません。ですが、今の私は黒宮家とは関係ない一個人として参加していますし、成り上がりだろうと発言権は持っています」
「ぐ……」
「それに……でしゃばらない方がいいのは、そちらの方では?」
「……どういう意味だ?」
日向の言葉に裏があると察した参加者が、鋭い眼差しを向けるも、日向は平然かつ衝撃的な発言を口にする。
「私はすでに先の『新主派』の加担および援助していたあなた方々の情報、これまで上手に隠していた汚職・収賄のこと、そして現在も不当な扱いを受けている関係者とのことも把握済みです」
「な……なんだとぉ!!?」
「あら、何か心当たりが?」
日向の発言に誰もが絶句する中、一人が感情のあまり椅子から立ち上がって叫ぶと冷ややかな目で見下ろした。
その目を見て当の本人もそれ以上何も言えず、そのまま椅子に座り直す。
もちろん、徹一も予想外だったため、誰よりも一番驚いている。
困惑と動揺が走っている中、悠護と怜哉は互いの目を見て苦笑を浮かべる。
この二人はジークが『新主派』のアジトからかなり危ない裏情報を入手していたことは知っていたし、その中でも今回会議に参加する面々の情報を日向に渡していたことも知っている。
最初、手渡された日向が「なんでこんなのあたしに渡すの!? ジークのバカッ! アホンダラッ!」と渡してさっさと消えてしまった従者に幼稚な罵声を投げていたが、なんやかんや言ってしっかり活用しているのはさすがだ。
前世でもこういった甘言を弄する連中には清純な正論を持って叩きのめしたことがあるし、容赦ない言葉を投げかけて相手を撃沈させたこともある。
さすがに今世では立場云々があるため、昔のような舌鋒を繰り出すことはない……と思いたいが、注意深く見ていた方がいいだろう。
室内にいる何人かが青ざめた表情や息を呑んでいる表情を浮かべるも、日向は、前世で何度も見た四大魔導士としての顔をしたアリナを彷彿とさせる笑みを浮べながら言う。
「……では、互いの今後のために、有意義な会議をしましょうか」
日向の爆弾発言は、少なくとも好き勝手言っていた周囲を黙らせるほどの威力を持っていた。
ほとんどの人がひそひそと話をする中、一部が顔を青ざめたり汗をしきりに拭いたりと分かりやすい反応をしている。
もう少し隠す努力をしろと思いたいが、あのタイミングで投下されれば上手く隠す暇などない。
「と……豊崎殿。貴殿が入手している情報とは、一体なんのことでしょうか? というか、そんなもの一体どこから……!?」
「『新主派』打倒作戦に聖天学園有志として参加していまして……その時、同じく有志として参加してくれた方が『新主派』のアジトで見つけてくれました。とても貴重なものばかりで、卑怯だと思いながらも利用させてもらいました」
悪びれることなく、あっさりと言った日向に周囲の顔色がさらに悪くなる。
やり方はともかく、これで話の流れが日向達の手に渡った。現に今、彼らは彼女の情報によって踊らされている。
だが、それでも日向と徹一は自身が欲する物を掴み取りたいと思っているのだ。
会議というものは、交渉とよく似ている。
相手の情報を入手し上手く自分の利益に繋がる案を生み出し、相手は多少損をしても自分にとって不利になるものを誰かに奪われないように必死に知恵を絞る。
今、この場はその局面に至っている。
「ああ、誤解しないでください。何も私は、互助組織創立に反対する者達を貶めようと思っているわけではありません」
「な、なら、一体何が目的でそんなものを使ったのだ!?」
「単純ですよ。私はただ、組織創立ができればそれでいいのです。あなた方の黒い事情がたくさん記された情報は、お望みでしたら後日返還します」
「ほ、本当かっ!?」
「ええ。もちろんタダでお返しはできませんけどね」
上げてから落とすような物言いに、魔導士至上主義者達が忌々しそうに顔を歪ませる。
要は、自分達の首に関わる情報を交換する代わりに、互助組織創立に賛成させるということだ。
日向の分かりやすい意図に、我慢できなくなったのか中年の男が椅子から立ち上がると、唾を吐き散らしながら叫んだ。
「き、貴様ぁ! 何故そこまではずれ共を気にかける!? 貴様だって我らと同じ偉大な魔導士の一人、無駄遣い組織を立てるよりももっと金と時間を有意義に使った方がいい! ただでさえこんな会議すら無駄だというのに、そうまでして何を得たいんだッ!?」
男の言葉に、日向は静かに目を閉じる。
静かに言葉を吟味し、すっと瞼を持ち上げた日向の双眸はどこまでも澄んでいた。
そして、ゆっくりと静かに言った。
「――私は、誰もが幸せになれる未来が欲しい。ただ、それだけです」
その一言に、誰もが口を閉ざした。
☆★☆★☆
誰もが幸せになれる未来。もちろん、そんなのが日向の夢見がちな理想論だってことくらい分かっている。
だが、かつて前世で幸せになれず、志半ばでこの世を去った後悔は、全てを思い出してからずっと針のように刺さっている。
たとえ実現が不可能に近いと分かっていても、それでも自分が望む未来を欲してしまう。それが強欲だと言われても、決して諦めたくないと強く思う。
「……何を言い出すかと思えば。そんなこと、不可能です」
日向の言葉に反論したのは、髪型を七三分けにしている男――あの情報の中に名があった『
魔導士至上主義の魔導士家系の中では下から三番目にいるらしく、薄暗いことはしていないものの、あまりいい話は聞かない。
「どうしてそう思うのですか?」
「現に差別派がいる以上、彼らが我々に歯牙を向けるのは自明の理。彼らすら幸せにするなど不可能ですよ」
「不可能かどうかなど考えても水掛け論になるだけです。それに、自分が言ったことが理想論だということくらい自覚しています」
「なら――」
「だからこそ、私は実現したいのです。『落陽の血戦』のように誰もが血を流し、血で血を洗う戦いに実を投じる必要もない日々と安寧を守りたい。そのための一歩として互助組織を実現させたいことの何が悪いのですか?」
「それは……っ」
「結局は、自分達が贅沢したいからお金を使わせたくないだけなのでしょう? 今以上に魔導士が肩身の狭い思いをしてまで選ぶ選択肢ではないのは?」
日向の言うことは正論だ。
魔導士至上主義者達は、わざわざ準魔導士に金を使わせること自体もったいないと思っている。ジークが入手した情報では、この会議に参加している何人かが業務上横領をしており、彼らは自分達の懐を寂しくさせるような真似をしたくないのだ。
それ以前に横領が発覚した時点で、徹一はすぐさま降格処分を言い渡し向こう一〇年は昇進はなくなるよう手配する。
きっと父の頭の中では、誰が横領をしたのか調べる段取りを企てているだろう。
「それに……このままでは『落陽の血戦』のような大規模抗争に発展するのも時間の問題です。差別派が活動を活発化させ、準魔導士も己の処遇を蔑ろにされた怒りをIMFに向ける。差別派と準魔導士が手を組み、IMFに被る被害が甚大になるのは確実。そうなった場合、東京都内一帯が血に塗れた瓦礫だらけの荒地になるでしょう」
「そんな……それだけのことで……!?」
「それだけのことを、私達はずっとしてきたんです。このまま甘い汁を啜り、胡坐を掻いていてもなんの問題の解決にもなりません。……いい加減、現実と向き合う時が来たのです」
日向の言葉を最後に、誰もが意気消沈としながら項垂れる。
一部が唇を噛み締め、恨みがましい視線を向けるも、準魔導士も差別派もいずれは解決しないといけない問題。
永遠に見て見ぬフリをし続けることは、もうできないのだ。
「……では、準魔導士の互助組織の創立に賛成する方は挙手をお願いします」
徹一が静かに問いかけると、会議室にいる者の大半が挙手する。
やはり日向が持っている情報を返してもらいたいというのが一番の理由だろうが、このまま見て見ぬフリをするのも時間の問題だ。
反対派は賛成派が多いことに驚愕し、悔しげな表情を浮かべているも、徹一は厳かな口調で告げる。
「賛成が多いと判断し、互助組織の創立は決定とする。具体的な事業内容については時間が合い次第、会議を開く予定です。皆様、お疲れ様でした」
徹一の締めくくりの挨拶を聞いて、会議室にいた者達がぞろぞろと部屋を出て行く。
出る直前で日向に恨みがましい視線を向ける者もいたが、日向はそれを無言で睥睨する。そのまま部屋から一人、二人と去り、室内には日向達しか残っていなかった。
「……ひとまず、これで互助組織の創立が決まったな」
「ああ。というか日向、お前一人称変わってなかったか?」
「さすがに人前だからね。あたしだってその辺は気を遣うよ」
いつも通りの一人称に戻る日向に、悠護はどことなく安堵を覚えた。
『私』と言っていた日向はアリナにそっくりだが、人格が日向である以上違和感しかなかった。だからなのか、『あたし』に戻った今の日向がとてもしっくりきた。
「そうだ。徹一さん、これをどうぞ」
おもむろに日向が魔法陣を出すと、そこに手を突っ込む。
出てきたのは紐付き封筒で、中身が入っているのかかなり分厚いそれを徹一に渡す。
「これは?」
「『新主派』のアジトで見つけた、今回の会議に参加していた方々の情報です。あたしでは全て返還するのが難しいので、代わりにお願いしたいのです」
「それは構わないが……これは、私が見ていい内容なのか?」
確かに悠護も怜哉もちらっと読んだが、あの書類に書かれていた内容は自分達すらドン引きするようなものばかりだった。
だけど、日向はあっさりとした口調で言い切った。
「構いませんよ。……それに、徹一さん自身も読んだ方がいいです。それくらいの権利は、あなたにもあります」
「……分かった。きちんと目を通してから、彼らに返還しよう」
「ええ。
その言葉に、悠護と怜哉は軽く口の端を引きつらせた。
確かにあの時、日向は『返還はする』と言ったが『日向自身の手で返還する』とは言っていない。
相手の名前は知っても住所が知らない以上、住所を把握している徹一に頼るのは当然の流れだ。
つまり日向は返還の流れで徹一にあの情報を読ませ、今後の会議でも自分に有利に動くための流れを掴ませたのだ。
さすが鋭い舌鋒で悉く不埒な輩を叩きのめしたアリナの生まれ変わり、無自覚なのにやることがかなりエゲつない。
「…………怜哉」
「何? 父さん」
「意外と末恐ろしいお嬢さんだったんだな……」
「そうだね」
自分の後ろで白石
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