第14.5章 未来への一歩

第216話 新たな組織

 三月二五日。『新主打倒事件』から一ヶ月も経った頃、日向は自室で勉強に勤しんでいた。

 もちろん、ただの勉強ではない。前世での日課であった魔法の研究と新しい活用方法の模索だ。

 春休み中は帰国しているギルベルトに無理を言って、かつてアリナを含む四大魔導士とその補佐がまとめていた研究資料のコピーを送ってもらい、図書館で借りた本と比較しながらの作業は非常に集中力がいる。


 そろそろ集中力が切れ、休憩を挟むためにシャーペンを文字や魔法陣がびっしり書かれたノートの上に置く。

 窓の外を見ると、近所の家の庭に植えられている桜の木は蕾を出しており、そろそろ開花まで間近という具合に膨らみ始めている。

 高校三度目の春の訪れを感じ、日向はぼそりと呟く。


「あたしたちも四月になったら、三年生か」


 来月の四月六日、日向たちは聖天学園三年生に進級する。

 三年生ではIMFや大手企業、自衛隊や『クストス』などに就職希望先の試験勉強を主な授業内容になってくる。

 王星祭レクス出場希望の生徒には、特殊な戦闘訓練がカリキュラムに入っており、志望者数もあることからかなり競争率が高い。


 樹はインターンで入った東京魔導具開発センターへの就職を希望し、心菜は実家の神藤メディカルコーポレーションの次期社長となるべく生魔法関連の授業を選択。

 ギルベルトは次期国王としての帝王学をすでに習得しているため、自分の好きな授業を選択し卒業までのんびりするつもりだ。

 悠護はIMF日本支部長となるべく、魔導士の免許証を取った後は支部長としての勉強を徹一の元で見習い秘書として下積みをする予定らしい。


「あたしは……普通にIMFに就職かな」


 大半がIMFへの就職を目指すため、各部署の採用枠はそれなりにある。

 だが、どの部署に入りたいかとなると話は別だ。


「魔導犯罪課は多分陽兄が反対するよね。魔導士生活課は正規雇用者より非正規雇用者の方が多いし、情報課は……論外」


 正直、IMFには日向が入りたいと思える部署がない。

 向こうは無魔法+黒宮家へのパイプ目的で日向を虎視眈々と狙っているだろうが、肝心の本人が入りたいと思える部署がなければ意味がない。

 というより、日向狙いの部署に入ることなどあの兄と従者が許すはずがない。


 気分転換にリビングに行き、心菜からお裾分けしてもらったハーブティーを淹れて、お行儀悪く手作りのマフィンを齧りながらソファーに座る。

 そのままリモコンを手にしてテレビの電源をつけると、魔導士関連のニュースが流れる。


『現在、東京都内各地で『差別派』による魔導士排斥活動が活発化しております。他にも準魔導士に対する風当たりも強くなり始め、国際魔導士連盟日本支部は問題解決のために対策を講じていますが、依然と打開策は発見されておりません』


 ニュースの内容を聞いて、日向は複雑な表情を浮かべながらもぐもぐと無言でマフィンを頬張った。

『新主打倒事件』によって選民主義・血統主義の魔導士家系の勢いが収まり、イギリスでは『伝統派』の力が強くなってこれからは正しい政策を取っていくことが決まっている。

 しかし、一般社会にいる魔導士や魔導士家系出身の一般人――最近になって『準魔導士』と位置付けられた者達の風当たりが強くなり、学校や会社ではひどいいじめが多発し、魔導犯罪者や魔導士崩れは社会のゴミとして扱われつつある。


 確かに『新主派』の起こした事件は多くの人々に暗い陰を落としたが、それを理由にいじめや迫害を正当化していいはずがない。

 IMFは準魔導士の待遇について何度も話し合っているが、良い案が出ないのか長引いている。

 徹一がこの問題について無視していないと分かっていても、やはり半分部外者である自分はこうしてそわそわしながら待つしかない。


「はぁ~……どうしたらいいのかな」


 前世の因縁、進路、この先の未来……高校生が抱えるにはかなり重すぎるそれらに、陰鬱なため息を吐いてハーブティーを飲んだ時だ。

 スマホから着信音が聞こえ、開くと悠護からのメッセが来ていた。

 不思議に思いながらSNSを開き、確認するとこう書かれていた。


『親父が例の互助組織の創立について、色々と考えてるんだけど、中々いい案が浮かばねぇんだって。よかったら明日、一緒に考えないか?』


 そのメッセは、まさに日向が望んでいたもの。

 無言でハーブティーを飲み干すと、日向は意気揚々に返事を送る。


『もちろん!!』


 お気に入りのキャラ『ネコ吉くん』のスタンプを使っての返信を見て、スマホの向こうで悠護が笑っていたことは、もちろん日向は知らなかった。



 翌日。悠護のメッセで指定された都内のファミレスまでやってきた。

 このファミレスはIMF日本支部から一番近く、かつオフィス街にあることもあってかなり賑わっているからだ。別に後ろ暗い話をするわけではないし、特に問題はない。

 ここには日向達のような同年代は少ないが、春休みという時期もあり不審がられない。


 窓際の席を陣取り、適当に料理とドリンクバーを頼む。

 そのまま鞄から取り出したルーズリーフを筆記道具テーブルに広げた。


「……で、まず何を考えればいいの?」

「そうだな……親父が作ろうとしている組織の、一体どんなことを目的としたものかをだな。組織を作る以上、まず目的について書かないとな」

「……なるほど。ひとまず、自分が考えた目的と概要について書いてみよっか」


 日向の提案に乗り、各自ルーズリーフに目的と概要を書いていく。

 以前から互助組織を作りたいと考えていた日向は、前から浮かべていた内容を書いていくが、中々浮かばないのか悠護は苦戦しているようだ。

 途中で頼んだ料理を食べて一息吐いた後、またルーズリーフに書く手を動かす。

 一時間半近く経過し、それぞれ思い浮かんだ案を見せ合うことになった。


 まず、日向の内容はこうだ。


『組織の目的:準魔導士の人権保護及び職業提供

 概要:準魔導士による非軍事的職業訓練事業と非軍事的職業案内事業を展開

    魔導士と同じ『免許証』を発行し、人権保護を確立

    準魔導士は聖天学園不合格者と魔導士家系出身の一般人だけでなく、魔導士崩れと社会復帰可能な魔導犯罪者も対象とする』


 やはり以前から考えていたこともあり、内容がしっかりしていた。

 次に悠護の内容はこうだ。


『組織の目的:魔導士と準魔導士の人権保護

 概要:魔導士と準魔導士の人権保護を確立

    魔導士崩れや魔導犯罪者には、専用の更生施設で衣食住を共にする』


 日向の内容と比べてなんともざっくりした内容だが、何度も書き直した跡もあるためダメ出しはなかった。

 互いに考えた内容を読んで、二人は難しい表情を浮かべた。


「うーん……悠護の言いたいことも分かるけど、これはちょっと難しんじゃない? そもそも魔導士対象の法律はもうできてるよ」

「……だよな、俺も全部書いてようやく気付いた。というか、日向の内容もちょっと高望み過ぎるんじゃないか? こんなの魔導士至上主義者共からの反感買うだろ」

「反感買う可能性があるのは重々承知してるよ。でも、これくらいしないとこの先も良くなる可能性なんてないよ」

「そうは言ってもなぁ……」


 悠護が難しい顔をして頭を強く掻く。

 あの事件で『新主派』の活動が止まり、彼らに援助していたスポンサー達がティレーネによってほとんど処分されたが、それでもスポンサーにならず生き延びた魔導士至上主義者はたくさんいる。

 日向の書いている内容は、その連中に真正面から喧嘩を売るようなものだとくらい自覚している。


 だが、二〇三条約では魔導士に関する法律が制定されているが準魔導士が対象に入っていないのは事実だ。

 現に彼らに対する法律がないせいで、今のような迫害を受けている。

 そう考えると、準魔導士が対象に入っていないのも魔導士至上主義者達による圧力のせいである可能性もある。


「……とにかく、この内容は親父に見せるか。話の続きはそれでいいよな?」

「そうだね……あたしもそれでいいよ」


 いくらここで案を出したところで、決定権があるのは徹一だ。

 決定権どころか会議に参加する権利すら持っていない日向達には何もできないと再確認し、かなり頭を使って脳が糖分欲していたため、デザートのケーキを頼んでそのままファミレスを後にした。



☆★☆★☆



 IMFに行く道中、どこかで呻き声が聞こえた。


「……悠護」

「ああ、聞こえた」


 雑踏の音に紛れていたせいで気のせいかもしれないが、可能性がある限り放っておくことはできない。

 すぐさま体育で鍛えられた敏捷な動きで声がした方に近寄り、なるべく気配を殺す。

 そこでは、口が結ばれたゴミ袋の山に倒れている少年とそれを見て嘲笑う不良達がいた。


「ほらほら、どうした! お得意の魔法で抵抗してみろよ!」

「無理だよなぁ? だってその腕輪のせいで魔法使えねーんだろ?」

「ぎゃははは! 社会のゴミのくせに、人間様と同じ空気吸ってんじゃねぇよ!」


 聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせながら、不良達が少年を足蹴にする。

 少年は抵抗できず涙を流し、必死に目の前の暴力が終わるまで耐えており、時折手首にしている魔力抑制具を見て悔しげな顔を浮かべている。

 それを見て、悠護が前に出た。


 彼がしたのは至極単純なことだ。

 強化魔法で脚力を向上させて不良達が気づかない内に接近、そのまま不良の一人に飛び蹴りをかます。

 勢いが良すぎたのか、不良の体が三回ほどバウンドしながら転がっていった。


「だ、誰だぁ!?」

「通りすがりの正義の味方だ」

「はぁ!? 何ワケ分かんねぇこと言ってんだよ!」

「――そこ! 何をしてるんだ!?」


 突然現れた悠護に不良達は警戒心を露わにするも、すぐに青い制服を着た警官達が現れる。運よく巡回中の警官と出会って、日向が頼んでここまで案内させたのだ。

 事前に話をしてくれたのか、警官達は不良達を捕縛し倒れていた少年を保護する。

 事情聴取のため交番に連れて行かれ、目撃証言と聖天学園の生徒であることを証明すると警官はお礼を言いながら解放してくれた。


「ご協力ありがとうございます。最近では一般社会にいる魔導士達の被害が多くて……相手側も事を荒立てたくないのか、黙秘を貫くかそのまま逃げてしまうことが多いんです。幸い、被害者も今回のことでお礼を言いたいみたいですが……」

「いえ、これは俺達のお節介ですので」

「それでは失礼します」


 最後に交番の中に残っている少年が深く頭を下げたのを見て、日向達は会釈しながら出て行く。

 だけど二人の間に会話はなく、IMF日本支部を前にしてようやく口を開く。


「早急にどうにかしないといけなくなったね」

「ああ。あんなの見せられて、魔導士至上主義のクソ共がどうとか知ったことか」


 憤怒と覚悟を双眸に宿した二人は、まるで戦場に赴く兵士の如く気迫でIMF日本支部の中へ入っていった。



 IMF日本支部、五八階にある支部長室で日本支部長である徹一は手元にあるルーズリーフを見て息を吐いた。

 パソコンで打った無機質な明朝体の文字ではなく、シャーペンの文字と消しゴムの消した跡があるそれは、一時間半近く前に来た息子とその婚約者が提出したものだ。


『新主打倒事件』で準魔導士による迫害が強まり、これを機に徹一は準魔導士による互助組織の創立を考えていた。

 二〇三条約は魔導士のみ対象としているせいで、対象外とされた準魔導士は相手から何をされても罪に問われないという厄介な立ち位置になっている。

 ここ最近の準魔導士の迫害や『差別派』の活動が過激になってきたことから、互助組織の創立は早急に対応すべき案件だ。


 悠護から聞いた話で日向も将来的に互助組織の創立を考えており、これを機に案を出して欲しいと頼んだのだ。

 その道中に何かあったのか、彼女らはIMFに来た直後、一階のロビーにある休憩所で丸テーブルの上でルーズリーフを広げてわーわー騒いでいた。

 騒ぎを聞きつけてやってきた時には、すでにルーズリーフが数枚も文字でびっしりと埋め尽くされていて、自分を見てそのまま渡してきたのだ。


 その後二人はそのまま帰ってしまい、残された徹一がルーズリーフを確認したらそれが互助組織の案であることが判明した。

 騒がしくしたことを周囲に謝って、支部長室で改めて読んでみたがその内容には徹一すら考えられなかったものばかりで、これには素直に感心してしまった。


(準魔導士を対象とした非軍事的職業訓練と非軍事的職業案内の事業展開、社会復帰可能な魔導犯罪者や魔導士崩れの更生施設の設立、さらには魔導士と同じ『免許証』の発行による人権保護……こんなの一介の高校生が考える内容か?)


 正直、今まで放置にしていた準魔導士達にとっては救済措置と言えるが、魔導士崩れや魔導犯罪者にとっては余計なお世話だろう。

 彼らの大部分が家を絶縁させられ、裏社会でしか生きる道がない者達ばかりだ。それすら救おうとする組織の存在は、傍から見ても偽善だと言い切られる。


 しかし、世界的に見ても魔導犯罪者の増加はなんとしても避けたい事態だ。

 魔導犯罪者の中には発展途上国のスラム街で生まれた魔導士の子供を人身売買によって高値で売られ、魔導犯罪組織によって買われて育成させられた者が六割近くいる。

 金銭問題で子供を売るしか選択肢がなくても、その子供が犯罪者としての道を進むことも、研究機関によって都合のいいモルモットとして飼い殺されるのも許し難い所業だ。


(だが、もし互助組織ができあがって上手く広がりさえすれば、魔導犯罪の増加も減る。今まで魔導士であるのを理由に就職が難しい者達の生活がもう少しだけ過ごしやすくなる)


 魔導士が一般の大企業を就職することはあまりなく、魔導具や魔導医療など魔法関連の会社に就職する。

 しかし準魔導士の中には一般企業に就職を希望する者が少なくなく、魔導士を理由に書類面接すら受けさせない企業もある。

 そう考えると、やはり非軍事的職業訓練事業は準魔導士にとってはかなり大きな利益となる。


「だが……さすがにこれを全て私の案として使うのも、些か難しいな」


 悠護は次期日本支部長として育てるつもりだが、この案は息子と婚約者二人で考えたものだ。

 なら……この案を堂々と使える方法は、一つしかない。


「彼女には重荷を背負わせてしまうな」


 世界唯一の無魔法の使い手であり、【五星】の妹という肩書きを持っている日向は、一介の魔導士候補生として扱われているが、それでも彼女を狙っている部署も組織も人間もいる。

 そんな中、互助組織の件も背負えば不特定多数の敵意と悪意に晒される。

 針の筵になるのは目に見えている。だけど。


「それでも、彼女しか任せられない」


 僅かな葛藤を抱えながら、徹一は私用のスマホを手にする。

 電話帳から息子の名を探し、そのまま通話ボタンを押した。

 数回ほどコールが鳴り、ようやく電話に出た息子に対して口を開く。


「私だ。悠護、互助組織の件だが――――」

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