Epilogue それでも魔導士は走り続ける
『新主打倒事件』から数日後、聖天学園は平和を取り戻した。
『新主派』を擁護していた生徒は今回の事件を機に軒並み大人しくなり、学園も長期休学が解除されて通常登校が始まる。
今回は異例の事態であるため、普段厳しい期末試験の範囲もなるべく優しいものになった。
「ティラはもう帰ってるかな……」
屋上にいる日向が、夕暮れの空に描かれている飛行機雲を見つめながら呟いた。
今日、事件の後始末としてしばらく日本に残っていたティレーネがイギリスに帰国する。
本当ならもっと話したいこともあったし、お別れくらい言いたかったのに、日向の学業を優先させるためにわざと告げずに帰国することを決めたとギルベルトから聞いた。
相変わらず主人思いの彼女に苦笑を漏らしていると、屋上のドアが開かれた。
「日向、こんなところにいたのか」
「悠護」
二月中旬が終わる頃とはいえ、まだまだ寒い。
夏生まれで寒さが苦手な悠護はきっちりと防寒着を来ており、自分の分のコートを持ってきてくれた。
「風邪ひくぞ」
「ごめん。ちょっと外の空気吸いたくて」
コートを受け取り羽織っていると、悠護は屋上からでも遠くにある市街地を見つめる。
『新主派』の騒動が落ち着き、街も以前と変わらない生活を送っているだろう。しかし、それでもあの事件でたくさんの人の心に深い爪痕を残したのは覆せない事実だ。
「……ねえ悠護、クリスマスの時に言ったこと覚えてる?」
「ん? ……ああ、互助組織の話か? 覚えてるぜ。この前、親父もその組織を作るってニュースで言ってたな」
「うん。……でさ、その組織作りの手伝いしてもいいか、徹一さんに聞いてもらっていいかな?」
突然の申し出に悠護は目を丸くするも、すぐにその意図を理解した。
今回の件で魔導士崩れだけでなく一般社会にいる魔導士、そして魔導士家系出身の一般人の立場がひどく微妙なものになっている。
魔導士差別主義者達のいじめの対象としては格好の的になり、特に魔導士家系にいる一般人の扱いもさらにひどくなっていると社会的問題になりつつある。
そのことを誰よりも憂いていた日向が、そんな申し出をしても不思議ではなかった。
だけど、それを聞いた悠護はにやりと笑みを浮べていて、思わず首を傾げた。
「そういうと思って、昨日ちゃんと話しといたぜ。親父もぜひ頼むってよ」
「……!!」
自分の思考など簡単に読める悠護が、すでに頼んでいると知って日向は目を輝かせながら、勢いよく抱き着く。
突然の衝撃に足がふらつくも、なんとか立て直す。重みに耐えきれず尻餅をつくという恥ずかしい思いをしなくてよかったと内心安堵したのは内緒だ。
「ありがとう、ありがとう悠護! 大好き!!」
「ははっ……そりゃどうも」
熱烈な告白を受けて、悠護は恥ずかしながらも苦笑したが、恋人の嬉しい様を見て微笑んだ。
二人はそのまま顔を見合わせ、自然と唇を重ねる。
その時、タイミングよく鳴った学校のチャイムが、まるで二人の未来を応援するかのように高らかに敷地中に響いた。
魔導士は走る。
様々な困難、真実、絶望を味わっても、その足を止めることはしない。
その先に待つ未来がどんな結末になるのか、まだ誰もわからない。
それでも、たった一粒の幸せを掴み取るために。
それでも魔導士は走り続ける――――。
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