第210話 手土産

「アリナ……アリナ・エレクトゥルム……? あなたが……かの【起源の魔導士】の生まれ変わり……? ふ、ふふ、ふふふっ、冗談はやめてください。そんなのありえない」

「何故、ありえないと言えるの?」


 少女の笑い声を潰すように、日向が畳みかける。


「あたしが無魔法を使えるのは、あたしの前世がアリナ・エレクトゥルムだから。自分が死ぬまでの全ての記憶も持っているし、なんなら四大魔導士の生まれ変わりが全員揃っているけど」

「それこそ信じられない。四大魔導士の生まれ変わりが全員揃ってる? 嘘ならもっとマシな嘘をついて」

「嘘なんか言ってない。事実しか話してない。それを全て嘘だと断言できる根拠があるの?」

「だって! 私達がいる!!」


 突然、少女が叫びだす。

 綺麗に梳かした紅色の髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、叫ぶ。


「私達は新生四大魔導士! 四大魔導士なんて化石同然の存在なんか目じゃないくらいに強い力を持った選ばれた者! それなのに、今になって四大魔導士の生まれ変わりが登場? ふざけないで!!

 四大魔導士なんていらない、ましてやその生まれ変わりなんて不要! 人間にいいように利用された魔導士達を救い、私達がこの世界の〝主〟として君臨する。そして、魔導士のためだけの世界を作り変えるのよっ!!」


 魔導士のためだけの世界。それが『新主派』の、新生四大魔導士の目的。

 彼女達の目的には、同じ魔導士である日向達も共感できた。

 魔導士は世界にとって国の財産でもあるが、同時に生きた兵器として扱われている。発展途上国などは魔導士の子供を売り飛ばし、犯罪組織や軍の駒として利用され、日常を知らないまま二〇歳になったかならないかくらいで死んでいく。


『新主派』も元は人間に利用され、傷つけられた者達が集まって生み出された集団だったのだろう。

 最初は自分達の始祖である四大魔導士に崇拝していたが、それでも自分達の生い立ちを救ってくれる絶対的存在ではないと思い知らされた。


 どれだけ祈ろうと、どれだけ救いを求めようと、四大魔導士彼女らはこの世にいない故人。

 自分を地獄から掬ってくれることも、幸せな未来を保証させてくれるわけでもない。

 むしろ、自分を不幸にさせて、地獄の苦しみを味あわせた張本人。


 そんな存在を、一生尊敬し、崇め奉ることができるのか?

 答えは、否だ。

 だからこそ、『新主派』は生きた〝主〟を必要とした。

 生きていれば、全てを救い出してくれると信じていたから。


「……あなた達がどれほど高尚な目的を掲げようとも、犯した罪は変わらない。世界を生まれ変われさせるために、無辜の民の命を利用し、潰し、奪った。犠牲で成り立つ世界に待つのは、山のように積もった憎悪と侮蔑の未来。

 そこに望みのものがない以上……は、ここであなた達を殺してでも止める。それだけが、奪われた者達に送る唯一の餞よ」


 その時、日向の意識がアリナの意識に変わる。

 彼女の意識が別のモノに変わったことは、生まれ変わり達だけでなく樹達もすぐに察した。いつもの日向とは違うひどく大人びた、それでも普段感じない冷徹さを覗かせたその顔は、見覚えのないものだ。


 しかし、少女は呆然とするもすぐに渇いた笑みを浮かべる。

 ケタケタと。

 カラカラと。

 双子も青年のその様に目を見開くも、少女のラズベリーレッド色の双眸が強い憎しみを篭めて日向を睨みつける。


「ふふふ……あなたがアリナ・エレクトゥルムの生まれ変わりだろうがどうでもいいわ。私は――あなたを殺すッ!!!」


 直後、亜空間から武器を取り出した少女が神速で接近してきた。

 少女が手にしている武器は、エストック。全長一二〇メートルもあるそれは、少女が振るうにはあまりにも長すぎる獲物だ。

 それでも少女は剣戟を繰り出し、日向も《スペラレ》で捌き受け流す。


 徐々に礼拝堂から離れていく二人を追いかけようとするも、青年が悠護に、双子が陽とギルベルトに襲い掛かる。

 青年の手にもエストックを持っているが、双子は反対にスティレットと呼ばれる斬撃より刺突が向いている短剣を持っている。

 互いの得物で防ぎ、日向と少女と同じように別々に移動させられる。


「悠護!」

「こいつらはなんとかする! お前らはそこの強化魔導士をなんとかしろっ!」


 悠護の言葉に樹が振り返ると、控えていた信者の一人がなんのモーションもなしに樹の頭上から殴りにかかる。

 慌ててバックステップを踏んで後退すると、絨毯が敷かれた床が大人一人は寝転べそうな穴が開く。


(強化魔法……それも筋力強化の方か!)


 強化魔法でも筋肉強化は人体の中でも負荷がかかる魔法だ。

 筋肉というのは骨格だけでなく内臓や心臓にもおよび、刺激を与えるだけで人命に関わる症状を引き起こす。そのせいもあり筋肉強化をする際は、負荷を和らげるために命の危険性のある部分を硬化魔法で付与させてから使用する。

 しかし、この強化魔導士はその付与がされておらず、床を殴った腕がビクンッビクンッと痙攣している。


 このままでは自分がやられる前に、相手が筋肉の負荷がかかりすぎて死に至るのが早い。

 しかし、強化実験により肉体を弄られた魔導士の寿命は驚くほど短命だ。

 精霊眼で見た相手の魔力は急ピッチで生産されており、魔核マギアの蓄積機能すら追いつけないほど。このままでは魔力が暴走し、生きたまま自爆という結末もあり得る。


(なるべくすぐに……でも、確実に殺さないといけない)


 人を傷つけることはあっても、人を殺すことは一度もない。

 日向達は新生四大魔導士を殺す覚悟はしているから、樹もその覚悟をしようと何度も考えていた。

 そう思っても、やはり樹には人殺しはできない。


 今、この状況下では致命的だと分かっている。

 自分が命の危機に瀕した時、最悪の事態も考えなければならない。

 だけど……それでも、樹にはその一歩が踏み出せない。


(クソったれが……!!)


 自分の不甲斐なさと意気地なさに嫌気を差しながら、樹は追いかけてくる強化魔導士とどう戦うか必死に思案していた。



 青年によって追い出されるように、悠護は礼拝堂から離れた第一生活棟だ。

 アリスが得た地図によると、この第一生活棟では準幹部級から白磁・鉄・銅・銀・金の五段階に分かれている信者の中で銅から上の階位を持っている信者しか入ることができない。

 それ以外はこの聖堂から離れた場所にある第二、第三生活棟で集団生活を送っているらしい。普段は多くの信者達が暮らしているのだろうか、今は人気がない。


「ずいぶんと熱烈な攻撃だったな。お前、名前は?」

「……ソムニア」


 ソムニア――『夢』の名を持つ青年の自己紹介を聞き、悠護は《ノクティス》を構えながら言う。


「なら、次はこっちの番だな。俺の名前は黒宮悠護――【創作の魔導士】クロウ・カランブルクの生まれ変わりだ」

「クロウ・カランブルク……本当に四大魔導士の生まれ変わりなのか?」

「ああ。信じられないかもしれないが事実だ」


 この会話も向こうにいる霧彦に聞こえていることくらい知っているが、それでも彼らと会話しないという選択は悠護にはなかった。

 今頃頭を抱えているだろうと思いながら、ソムニアが苦笑を漏らす。


「そっか……本当に本物なのか。ははっ、これじゃ俺たちが道化みたいじゃないか」

「……悪いことは言わない。このまま捕まってくれ。俺達だって無差別に殺したいわけじゃない」

「そんな常套句で騙されるとでも思ってるのか? 仮に言う通りにして捕まっても、俺達の安全がないとは言い切れない」


 ソムニアの言葉に悠護はやっぱりと思いながらも、それでも説得を続ける。


「もちろん絶対安全とは言えねぇし、尋問だってどんな手を使われるか分からねぇ。それでも、俺達は――」

「――うるせぇんだよ!!」


 突如口調を荒げ、ソムニアが襲いかかる。

 休む間もなく乱暴に打ち込んでくるせいで、中々攻撃に出れず防御に徹するしかない悠護にソムニアが唾を飛ばす勢いで叫ぶ。


「そんな言葉に何度も騙されてきたんだ! こんなところ、本当は望んで来たわけじゃない! クズ親に売られて、頭のてっぺんから爪先まで綺麗にされたかと思うと、を名目にすぐ男からも女からも犯されまくった!

 死ぬほどキツい訓練をされて、信者の階位を上げないとバカにされて、なんとか生き延びたと思ったら今度は『新主派ここ』の〝トップ〟? ふざけんなっ! 俺はそんなこと望んでなかったし、メンドーな立場なんかいらない! 俺は……自由になりたいんだよっ!!!」


 剣戟を繰り出しながら語るソムニアの人生は、売られた魔導士崩れと同じだ。

 彼の生い立ちは魔導士崩れならば一度は通る道のようなもので、裏社会では決して珍しくない話題だと、中学の時に参加したパーティーの暇つぶしとして怜哉から聞いたことがある。

 特に『新主派』ならば、他より引けも取らないほどの悲惨な出来事だって待っているはず。


 ソムニアの言葉は本心だ。

 本心では逃げたくて、自由になりたくて仕方がなかった。

『新主派』の〝主〟にならず、普通の子供として生きたかった。

 だけど。


「――なら、どうして逃げなかった?」


 その疑問は、ソムニアの動きを一瞬だけど鈍らせた。

 悠護にとってはその一瞬は充分な隙で、《ノクティス》を大きく横へ振るうとソムニアが体ごと後ろへ下がった。


「逃げようと思えれば逃げれたはずだ。それでも逃げなかったのは……大事なモンがそこにあったからだろ?」

「っ……!」


 ソムニアが息を呑む。それだけで全てを察した。

 この青年には、自由になる欲求以上に大切なモノがある。

 それが己の足枷になると分かっていても、手放すことはできなかった。


 クロウだった頃も、生まれ育った国と愛しい女を手放せず、クソったれな抗争に身を投じた。

 本当は誰も殺したくなくて逃げたかったけど、それでも大切なモノのために必死に我慢した。

 その先に待っていたのが、大切な友人と愛しい女との永遠の別れだったのは、クロウにとっても予想外だった。


 そしてソムニアも、かつての自分と同じモノを抱え、今も抗っている。

 悲惨な過去と大事なモノの存在によって、『新主派』に縛られながらも、必死に生きようとしている。

 その姿を、悠護は決して笑わない。


「俺はお前のその姿をバカにすることも、軽蔑することはしない。……だけどな、たとえ本心じゃなくてもお前らがやったことは許されない」


 悠護の指摘はソムニアの胸にひどく貫いたはずだ。

 複雑な顔を浮かべるかつての自分とそっくりな青年に向けて、悠護は告げる。


「安心しろ。俺はあいつらと違って優しいからな、殺す真似はしねぇよ。……ま、腕と足のどっちかが一本なくなるかもしれねぇけどな」



☆★☆★☆



『新主派』にいる強化魔導士は、この大聖堂の地下深く行われていた強化実験で生み出された存在だ。

 数多くある試練という名の苦行を超え、得意な魔法を最大限まで極めた信者は、最後に強化実験を施され、それまでの記憶も人格も消して完成する。


 強化魔導士彼らの名はその時に奪われ、番号で呼ばれるようになる。

 ジークが相手にしている強化魔導士――〝主〟から二六号と呼ばれている彼もそうだ。

 経歴も抹消され、ただ命令に従うだけのロボットと化した人間。彼が人間だった頃に得意としる氷魔法を放つも、全て《デスペラト》で弾かれる。


 剣身には白い霜がついており、薄く氷も張り始めていた。

 強化魔導士が使う魔法は威力を底上げしたこともあり、中級か上級魔法でした出せない威力も、強化魔導士は初級魔法でもそれくらいの威力を放つことができる。

 その代わり魔力生産が急速化し、魔核マギアの蓄積能力が追いつけなくなり、徐々に体が壊れていく。


(一思いに殺した方がこいつのためだ)


 どうせこの男の寿命は長くても三年近くしかない。

 記憶も人格も失い、拾われた先で人殺しの道具として利用されるくらいなら、ここで殺した方が慈悲というもの。

 強化魔法をかけて脚力を上げたジークが、目にも止まらぬ速度で強化魔導士に迫る。


 強化魔導士が氷を纏った腕を振り下ろそうとする前に、ジークが彼の左胸に《デスペラト》の剣先を突き刺す。

 分厚い肉を貫いた刃をずるりと引き抜くと、血と脂がついていて、それを取るように払った。


 一寸の狂いもなく心臓を貫いたころもあり、強化魔導士は呻き声を上げないままうつ伏せのまま倒れる。

《デスペラト》を腕輪に戻し、ジークは大聖堂の階段を上る。

 誰もいなくなり、不気味に静まり返った中を歩き、ある一室へと辿り着く。


 扉を開いた先にあるのは、四方を床から天井まで本棚で埋め尽くされた書架だ。

 分厚く古い蔵書が多く収められており、現代では絶版されている稀覯本もある。しかし、ジークは貴重な本ではなく手に取ったのは、室内の雰囲気とはミスマッチなファイルだ。

 細かい文字で書かれた契約書を丁寧にファイリングされており、そこに書かれている名を見てため息を吐く。


「……やはりあったか。本来ならこちら側であるはずの上の方々が『新主派』を擁護していたとはな。全く、呆れを通り越して感心してしまうな」


 ファイルに入れられていた契約書は、IMFや政府上層部にいる魔導士家系出身者達のサインと捺印がされており、どの内容も『新主派』に資金援助と擁護をする代わりに、IMFのトップとして君臨させてもあげるというものだ。

『新主派』にとって都合がいい駒欲しさによるものだろうが、それでも選民主義・血統主義の魔導士家系にとっては得がある話だ。


(だが、これは利用できる)


 しかし、この契約書の効果があるのは、契約者自身が生存していることと『新主派』が存在していることだ。

 どちらかが欠けてしまえば、悪事が公になり問答無用で潰される。


「実にいい手土産だ。存分に有効活用させてもらおう」


 鼻歌交じりで次々とファイルを亜空間へ入れるジークを、五感共有していた霧彦は後日こう言っていた。


――ジーク・ヴェスペルムは、見かけによらず恐ろしい魔導士だ。絶対に敵に回したくない男だ、と。

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