第207話 決戦に向けて

 魔装というものがある。

 魔導具のように魔法を付与した衣服類のことであり、王星祭レクスの選手が着ているユニフォームや『クストス』が支給している軍服はこの魔装に該当する。

 基本、魔装に付与できる魔法は三つまでと決められており、それ数を超えてしまうとロクに魔力を流すことができず、無駄に消費してしまう。


 魔装は魔導具と同じで国家の許可を得た専門店で購入できるが、魔装専門店自体が魔導具専門店より少ない。そもそも「魔装」という大袈裟な呼称をしているが、魔法付与をしただけの服なので、正直着ている服をそのまま魔法付与すれば問題ない。

 しかし、魔法付与はあくまで一時的な効果しかない。

 魔装は付与の効果を永続的に保つため、服の裏地に微小サイズだが魔法陣が縫われており、専門店では自分の好きな魔法を付与するためにあえて付与されていない状態の魔法陣が縫われている。


 微小サイズの魔法陣は大きな円の中に規定数である三つの小さな魔法陣があり、この小さな魔法陣一つに魔法を一つ付与できる仕組みになっている。

 学園の実習棟の一室で、その魔法付与する前の新品の魔装を前に、樹はうんうんと唸る。

 魔導具と魔装について明るい樹が作戦に必要な魔装を用意するには適材だが、それと同時に責任もあるためプレッシャーが全身にかかる。


「いてっ」

「いつまで固まってるつもりだ。さっさとしろ」


 ドスッと樹の脳天にチョップを落としたのは、補助としてそばにいたイアンだ。

【魔導士黎明期】から魔導具の発展を実際に見続け、魔導具の造詣が深くなっている彼が魔装の付与についてのアドバイザーとして選ばれた。

 しかし、中々作業に進まない樹に痺れを切らした。


「はぁ……いつまで考えているつもりだ。作戦まで時間がないんだろ?」

「分かってる! 分かってるけど……でも、どれが一番いいのか分かんねぇんだ」


 魔法耐性、自動治癒、物理無効……イアンがリストアップした魔法はどれも魔装にとっては最適だが、本当に必要なのかと迷ってしまう。

 樹の考えが理解できたのか、イアンは突然リストを樹の手からひったくるとそのまま魔法で燃やした。


「ちょっ!? 何してんだよアンタ!?」

「どうやらお前は余計な先入観なしじゃないとできないタイプの人間だ。今のリストの内容は全部忘れろ。その魔装には、お前にとって必要だって思う魔法を付与すればいい」

「俺にとって……?」


 首を傾げる樹。しかしイアンはそれ以上何も言わず部屋を出て行く。

 残された樹は人数分ある魔装になる前の服をじっと見つめた。

 怜哉や香音を含む聖天学園生には魔装の着用が義務付けられ、成人組は『クストス』の魔装を借りる方針になっている。


 今回、イアンが作戦のためにと用意した魔装になる服は、白のラインが入った黒いコートとグレーのズボンとキュロットスカート、そして黒のインナーだ。

 全体的に地味な装いだが、潜入の観点から見てもなるべく目立たない色の方がよく、オーダーメイドで発注されている魔装は赤や黄色などの派手な色ではなく、黒や紺などの落ち着いた色の方が多い。


 しかし、色合いやデザインは店側のカタログから選ぶが、付与する魔法は購入者自身が選ばなくてはならない。

 もちろん店側も人気のある魔法をリストアップしてくれるが、肝心なものがさっきイアンに奪われた。


(俺が付与したい魔法、か……)


 自分が言えないことだが、樹の友達は全員個性がある。

 見た目も性格も得意な魔法も違う。そう考えると、付与する魔法はなるべく彼女らが得意としない魔法を補助するものがいいだろう――……と、考えて目を丸くした。


「…………そっか。そうすればいいだけなのか」


 友達が苦手とする魔法を補助する魔法を付与する。

 樹は友達の苦手とする魔法は知っているし、不得意な魔法を補助する魔法も頭の中に入っている。

 友達思いであり、魔導具に明るい樹だからこそ、魔装の魔法付与という大役を任された。だからこそ、イアンはあのリストを捨てたのだ。樹の独自性オリジナリティを損なわせない、自由な発想を生かすために。


「……うっし! やるか!」


 気合いを入れ直すために頬を強めに叩き、指先に魔力を集めさせる。魔装の魔法付与は指先に魔力を集中させ、そのまま付与したい魔法を文字として描く。

 しかし集中力と緻密な魔力操作が必要とされているため、一瞬の気の緩みさえ許されない。


 作業に入り、真剣な面立ちになった樹を透視魔法で部屋の様子を伺っていたイアンは、安堵したように息を吐いた。



 生魔法。呪いの浄化や治癒をまとめた魔法だ。

 しかし魔力がない状態での治癒は不可能になった場合を考え、一滴分の魔力さえあれば効力が発揮する魔法薬も存在する。

 魔法薬の材料となるのは一般の医薬品でも使われている素材で、そこに魔力を練り合わせることで魔法薬が出来上がる。


 ただ、この魔法薬製作も魔導具や魔装と同じく技術が入り、【魔導士大戦期】では不良品の魔法薬使用による傷病悪化が出たほどだ。

 心菜も西校舎にある魔法薬学室と呼ばれる部屋を借り、ノエルの指導のもと魔法薬を作っていた。


「次にこの傷薬は市販のものと同じ成分を使う。クロルヘキシジングルコン酸塩液、ジブカイン塩酸塩、アラントイン、ビタミンE酢酸エステル、酸化亜鉛、その他数種の添加物を加え、魔力を練り合わせる。やってみろ」

「は、はいっ」


 三脚と金網の上に置かれたビーカーの中に入れられる液体や粉末が下で燃えているアルコールランプの火で溶け、粘着性のある黄白色の液体に変わる。

 指先に魔力を集中させ、慎重な動作で魔力を液体の中へ沈める。そのままゆっくりガラス棒で音を立てずゆっくりと混ぜる。


 混ぜられた液体は粘着性と色合いはそのままに、だけど薄っすらとペリドット色が混じった。

 魔法薬の類は作った術者の魔力の色と混じり合う傾向があり、自身の魔力の色が混じっていれば、それは成功の証だ。


「できた……!」

「喜ぶのはまだ早い。今日中に人数分の傷薬を作らないといけない。今のペースじゃ六人分が限度だ」


 ノエルの指摘を受けて、心菜は小さく唇を噛む。

 魔法薬自体が三年になって受ける授業であり、魔導医療が発展している今ではあまり需要がない。それでも緊急時の際には重宝するため、今も魔法薬が生きているが、まだ二年である心菜には少し難しい作業だ。

 しかしまだ二年生を理由に作業のペースが遅いというのは言い訳にはならない。


「大丈夫です。絶対に、間に合わせます」


 今回の作戦で必要とする傷薬は、作戦に参加する面々と陽とジークを入れて九人分だ。

 ビーカー一つに一人分しか作れないせいで時間はかかるが、それでも明日の作戦には絶対に間に合わせる。

 後方支援を任せることが多い心菜にとって、この魔法薬の製作は貴重な役目だ。


(目を見ただけでもやる気を感じさせる……陽、お前はいい教え子を得たな)


 のほほん面の教師を思い出しながら、ノエルは新たに傷薬を作る心菜の指導に熱を入れ始めた。



☆★☆★☆



「うーん……これは【魔導士革命期】中期の魔法なのかぁ。威力はもし分ないけど、発動時間が少しかかるし、応用するにしてもちょっと魔力消費量が多いよねぇ……」

「なら、こっちの物理法則干渉魔法はどうだ? 【魔導士大戦期】の後期にできたらしいけど、汎用性があるんじゃないか?」

「いやダメだ。汎用性はあるが、威力は初級魔法がまだマシって言われてるくらい威力がない。それなら、こっちの初級魔法の方が汎用性も威力も申し分ない」


 図書館の自習スペースは、長机を二つくっつけ、八人分の椅子を並べさせただけの簡素なものだ。

 閲覧ブースもあり、そこは長方形の箱のような空間が一人分用意されていて、防犯のため利用者一人にカードキーが渡される仕組みになっている。イメージとしてはインターネットカフェのリクライニングブースが近いだろう。


 それ以外のフリースペースでは、友達と一緒に学園側から渡された課題の山を消費している生徒がいるだが、その一角はより異彩を放っていた。

 分厚い書物で壁を作り、ノートにこれまで発見された魔法について詳しく調べ、熱論する日向と悠護とギルベルト。

 二年生ではあるが、彼女らの会話は三年生でも難しい内容を通り越している。


 魔法解析学という魔法の仕組みを解明する学問はあるが、この授業はどちらかというと三年の選択授業、しかも研究職を目指す者たちが学ぶ内容だ。

 それを二年で魔法解析学を選択した上級生すら唖然となってしまうほどの熱論を繰り広げられるなど、本来ならあり得ないのだ。


 しかし、それは日向と悠護、そしてギルベルトが四大魔導士の生まれ変わりであることを知らない生徒達の感想だ。

【魔導士黎明期】から毎日魔法の研究を繰り広げ、時代が経った後でも前世と今世の知識をフル活用している三人にとって、これくらいの弁論は繰り広げられる。

 悠護も前世で魔導具開発の際に魔法解析学のように魔法の仕組みを調べていた時期もあり、日向の前世の知識になんとかついていけられている。


 それでも、前世では魔導具開発に熱中していたせいで、魔法についての知識が他の三人より少ないのは痛手だった。

 今世で不足していた知識をなんとか補充できたが、それでもついていくので精一杯だ。


 しかも魔導具技術も【魔導士黎明期】初期のものしかなく。現代の魔導具については樹に任せるしかない。

【創作の魔導士】なんて二つ名を与えられているのに自分の不甲斐なさを痛感するも、樹が「めっちゃ古い技術とはいえ、お前が魔導具の基盤を作ってくれたおかげで俺達はこうして魔導具を作って、技術を学べてるんだから気にすんな」とフォローされた時は、ちょっと泣きそうになったのは秘密だ。


「――よし。これで一通り必要な魔法は調べ終えたね」

「ああ…………メシ食いに行こうぜ、腹減ったぁ~……」

「む、もうこんな時間か」


 午前から図書館に篭もり、お昼も中二階にある飲食スペースで固形型栄養食品とお茶で済ませたこともあり、互いの空腹がピークを迎えている。

 ひとまず借りた書物を全部本棚に戻し、四冊も消費したノートと筆記用具を鞄に入れて三人は食堂に向かった。



「「「「「「「あ」」」」」」」


 食堂に来ると、六人掛けの席に樹達が集まっていた。

 ここの食堂は食券機で券を買って定食を買う仕組みだが、今回の休校で食堂の利用者が増えたこともあり、食堂の人達の負担を考えビュッフェ形式が採用された。

 テーブルには先に来ていた面々が揚げ物や炒め物、スープやパンなどを乗せた食器が大量に並べられている。


「これ、全部食うのか?」

「腹が減っては戦はできぬってやつだ」


 ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースが入ったコップを持たされる。

 作戦は数時間後、二月六日の午前〇時に決行する。それまでに自分たちは必要な知識を技術を道具を揃え、これからの作戦に立ち向かう。

 この料理の多さはそのための晩餐と考えた方が妥当だ。


「……そうだね。みんな、頑張るよ」


 言葉ない頷きを交わしながら、全員は互いのコップを合わせた。

 好きな料理を好きなだけ取り、飲みたいものを飲んで、他愛のない話をする。これから大きな作戦をしようとするとは思えないほどの穏やかさだ。

 それでも、自分たちはこれから『新主派』を倒さなければならない。


『新主派』のアジトが異界にある分まだマシだが、相手が現実に行ってしまえば場合によっては戦闘による被害で死者が出る可能性もある。

 あの自爆事件のようにまた死者が出るかもしれない。そう考えると憂鬱な気持ちになっていく。


「――大丈夫だ」


 はっと我に返ると、悠護が日向の背中を優しく撫でる。

 たったそれだけをして、鶏肉と豆のトマト煮をよそい始める彼を見て、日向は小さく苦笑した。


(そうだ……『落陽の血戦あの時』と違う。今は頼れる仲間がたくさんいる)


 四大魔導士としての責務を背負い、死んでいく者達の代わりにたくさんの敵を屠った。

 斬って、刺して、殴って、蹴って、何度も何度も敵を斃していった。

 自分の手が血で汚れて、泣き喚く者の喉元を貫いて、賞賛を受けることなく当然のように殺していった。


 何度も逃げたくなって、何度もやりたくなくなって、何度も枕を涙で濡らした。

 でも……前世とは違う。逃げることは許されないのは同じだけど、今は自分に寄りそう仲間も家族も恋人もいる。

 そばにいてくれれば――豊崎日向は、負けない。


(――勝とう。誰かの涙を見ないために。誰かの嘆きを聞かないために)


 気合いを入れ直すように、炭酸の強いジンジャーエールを注ぎ一気に飲む。

 しゅわしゅわとした炭酸が喉の中で弾け、既製品より辛みの効いたショウガは憂鬱で支配されかけた頭の中の靄を消した。

 今も談笑し食事をする仲間を見つめながら、日向はもう一度コップに注いだジンジャーエールを飲んだ。

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