第204話 緊急合同会議

「――そろそろ一月が終わるというのに、異教徒の粛清は未だに終わらないのですか?」


 拠点である聖堂内の執務室の一つから、扉越しでも声が廊下にまで響いてくる。

 偶然そこを通りかかった瞬間、またかと嘆息した。

 この執務室の主であるあの少女の声は鋭く、かなり怒りを抑え込んでいるようだ。


 少女の狙い通り、〝宣言〟の効果で異教徒を炙り出し、新たな信者やスポンサーを増やすことはできた。しかし異教徒はどれだけ排除しても増え続け、いくら捕まえてもすぐに現れる。

 そんなイタチごっこに、少女はいい加減痺れを切らしているが、自分からすれば最初から分かっていたことだ。


 異教徒を排除するのは簡単だが、人一人の持つ思考は千差万別。

 それ全てを排除するには時間と労力がかかるものだと幼子でも分かることを、少女は今一つ分かっていない。

 そもそも、少女の生まれも育ちもこの『新主派』の拠点なのだ。一般教養はあるが常識が欠けているのは、ここでの生活による弊害だ。もっとも、こんなことは口が裂けても口にしてはいけないが。


「で……ですが、これ以上連れ去っては、いずれ拠点を特定されてしまいます。準幹部が数名ほど『クストス』に捕縛され今も尋問を受けていると報告が……!」

「準幹部の席はすぐに埋まるから構わないわ。問題は、異教徒の数が減らないことよ。連れ去って教えを叩きこむより、私達に逆らうことが罪であることを何故広めない? あなたには頭がないの?」

「……それは……」

「あなたがすることは、こんなくだらない報告をすることではなく、異教徒をゼロにすることよ。毎日毎日つまらない報告書の確認のためだけに、私の貴重な時間が削られているの」

「はっ……申し訳ありません……」

「その言葉も聞き飽きたわ。いいからさっさと仕事に戻りなさい」


 少女の一言を最後に会話が終わり、意気消沈した信者が執務室から出て行く。

 こちらのことを気づかないほどこってり絞られた信者を見送り、少女の執務室に入る。落ち着いた色合いをした調度品が置かれ、少女の背後から差し込む日差しは偽物だと分かっていても優しい温かさがある。

 わざわざ外の天候そっくりに設定した甲斐があったものだ。


「……聞き耳なんか立てないでちょうだい」

「あそこまで大声出してちゃ、『聞いてください』って言ってるようなモンだぞ」


 少女の声は年相応に高い上によく通る。しっかり扉を閉めていても、感情の度合いによっては大きくなったり小さくなったりする。聞き耳を立てるつもりはなかったと言外に伝えると、少女はふんっと鼻を鳴らしながら花型の小皿に盛られたチョコレートを一粒つまんだ。

 執務机に広げられている書類は、これまで連れ去った異教徒の改造教育の成果がグラフや文字で記されており、しかし異教徒の増減率についての報告書では、グラフを一目見るだけで増加率が日に日に右肩上がりしている。


「異教徒が減らないのはしょうがねぇよ。元々、日本は始祖信仰がイギリスよりも浸透してねーんだ。多宗教を受けいれている国ってのも考えものだな」


 日本は元々仏教が一般的だったが、戦争や国際化の影響によって様々な宗教が入ってくるようになった。始祖信仰も同じように入ったが、仏教の信者が多いことも年々無宗教者が増えたこともあり、日本での信者は予想よりも少なかった。

『新主派』としても予想外で、日本での布教活動は思ったより手こずりそうだ。


 少女もそれは理解しているのか分からないが、無言で書類と戦い始めたのをみて肩を竦める。

 邪魔者扱いされない内に部屋を出ると、同じ背丈をした双子が現れる。

 自分を含め同じ新生四大魔導士を名乗っている同志だ。


「お、お前らも出てきたのか。そっちの首尾はどうだ?」

「問題ない」

「完了した」

「そうか」


 交互に言葉を発するこの双子は慣れているが、新しい信者達は彼らの言動に惑わされがちだ。

 慣れた様子で労うように二人の肩を叩き、足は地下に向かう道へと進める。

 螺旋階段を降り、に励む信者や拷問を受けている異教徒の声を聞き流し、さらに地下へ向かう。



 分厚い鉄ドアを開き、巨大な空間になっている眼下を見下ろす。

 自分達とは違い、無地の装束姿の異教徒達。彼らは『新主派』が手中に収めた弱みによって縛られ、己の言葉だけで任務を完遂するだけの道具。

 我らの望む理想の達成のためには、多少の犠牲は仕方がない。


「――さあ、始めようか。我らの威光を思い知らせるために」



 その日の夜、都内にある繁華街は大変に賑わっていた。

 繁華街は夜が本番なので、居酒屋やキャバクラなどの夜営業の店はこれから活気溢れるはずだった。

 異変が起きたのは、関東地方にチェーン店展開する居酒屋だ。


 ある一人の男が客として店に入ってきたが、その客の出で立ちが異様だった。

 全身真っ白な装束姿で、目元以外を隠したその恰好は店側に不審な目を向けるには充分だ。店員の一人が満席を理由に追い出そうとするも、男の様子がおかしかった。

 脂汗を流し、ふっふっふっと短い呼吸と繰り返す。あまりにも異常な様子に店員が声をかけるのを戸惑った時だ。


「美奈子……美奈子おおおおおおおおおおおおっ!!」


 男が愛しい人の名を叫ぶと共に、服の下から何かを引っ張る。

 リングがついた短い鉄棒が指から抜け、硬質な音を立てて落ちた。

 瞬間、店内は真っ白な光に包まれると同時に、店があった雑居ビルが炎と黒煙が巻き起こる。


 繁華街に響き渡る爆発音に国民は動揺し、魔導犯罪警報令が鳴るとすぐさまシェルターへと逃げ込もうとする。

 しかし、シェルター付近に立ち塞がる白装束の集団は涙や汗を流しながら、この世へ残す者達の名を告げる。


「英恵、雄太、ひな……すまないっ!!」

「ああ連之助!!」

「お前を置いて逝く俺許してくれ若子ぉ!!」


 愛する家族、愛する人の名を叫びながら白装束達は服の内側に仕込んだ手榴弾のピンを引き抜き自爆する。

 彼らは異教徒として捕らえられ、愛する者達の命を握られ、死兵と化した普通の人間達。

 異教徒の排除と『新主派』の威光を知らしめることを同時に叶える行為だが、死兵となった彼らには選択の余地などなかった。


 逆らえば自分ではなく家族と恋人の命が奪われる。

 彼らの持つ愛情を利用した自爆攻撃は、繁華街にいた者達を恐怖と混乱へと落とす。

 通報を受けた魔導犯罪課と特別部隊として一時配属された『クストス』隊員が駆けつけた頃には、爆破に巻き込まれて火傷で爛れた肌を晒す負傷者やすでに息を引き取った死者で溢れていた。


 死兵達は狂ったまま泣き叫び自爆攻撃を続けるも、すぐさま魔導士達が捕縛する。

 しかし捕まった瞬間、死兵は奥歯に仕込んだ毒を使って命を絶った。中には死兵の一人の手榴弾のピンを引き抜いて、そのまま魔導犯罪課のいる方へ投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた相手の爆発に紛れ、魔導犯罪課からも負傷者が続出する。


 事態が鎮圧するまでの二時間、都内の繁華街にて三〇〇名以上の死傷者を出した。

 二十三区内の病院全てから救急車が駆り出され、警察署からも多くの警官が現場に赴くことになり、高速道路含む車道が一部を除き封鎖。封鎖解除令が出るまで半日以上もかかった。

 現場となった繁華街はシェルター付近が瓦礫で埋もれ、爆発で抉れたコンクリートの地面や崩壊された建物、さらにあちこちに付着した血液は惨状を物語るには充分だった。


 マスコミはこの事態は『新主派』が日本政府からの宣戦布告と捉え、このままではさらに多くの死傷者が出るのではないかと大きく取り上げる。

 その結果、我が身の可愛い者達は命乞いとして真っ先に『新主派』に入信。『新主派』の信者は日に日に多くなり、『新主派』に国を任せるよう訴え始める。


 非入信者には周囲から冷たい目と迫害を受ける現状に事態を重くみたIMFは、遂に秘密裏に進めていた『新主派』打倒作戦の開始を決定。

 学内デモ防止と事態収束するまでの間、聖天学園は長期休学することを通達。学生達は学内から出ることは許されず、寮での生活を強いられることになる。


 IMFの通達を受けた次期七色家次期当主陣は、聖天学園の有志と共に作戦のための会議を開くことになる。

 繁華街自爆事件発生から三日後、二月三日のことだった。



☆★☆★☆



 聖天学園本校舎には、管理者がいるセキュリティールームを含む防音性と機密性の高い地下が存在する。

 この学園の地下は学園のセキュリティーに関わる機材が置かれている部屋や、警備員の報告書や侵入未遂の犯罪者についてのプロフィールなどがファイリングされ管理されている部屋、さらには有事の際に警備員に支給される特殊な魔導具を補完している部屋など公にしていない部屋がいくつもある。


 その地下の中でも、一番利用数が多い部屋は特別な許可が下りて学内へ入ることを許された訪問者との会談の場とされている特別会議室だ。

 薄暗い雰囲気を払拭するべく、壁一面には外の風景と同じ映像を見せるホログラフィ機能が搭載され、小さな給湯室にはシンクと冷蔵庫が置かれている。


 部屋の中央に鎮座した巨大な長テーブルには紅茶が注がれるカップが人数分置かれ、芳しい香りを漂わせるも、この部屋の中は緊張感と殺気で張り巡らされている。

 この状況では、せっかく淹れた紅茶もすぐに冷めてしまうだろう。


「――これより緊急合同会議を開く。僭越ながら私、ジーク・ヴェスペルムが議長として務めさせてもらう」


 今回の緊急会議の議長となったのは、ジークだ。

『レベリス』として組織を率いた長であり『新主派』に関する情報も持っている彼は、今回ではかなりの戦力として認められ、全員の同意の元議長として参加することができた。

 正面の電子黒板には繁華街自爆事件のまとめたものだけでなく、これまで異教徒として『新主派』に連れ去られた者達の顔写真が表示されている。


「最初にこれまでの被害について話しておこう。『新主派』が異教徒として攫ったのは、『差別派』や聖天学園に入学できずIMFからの保護を受けて一般人として暮らしている者達だ。『差別派』はともかく、一般にいる魔導士の魔法は実用化レベルまで達してないが基本魔法は使える。IMFにとっては脅威ではないが、非魔導士らにとっては脅威でしかない」


 ジークの説明を聞いて、全員が苦い顔を浮かべる。

 IMFの魔導士の魔法は魔導犯罪組織でも対抗できるほどのレベルに達しているが、一般人として生きている魔導士は実用化レベルに至っていない魔法士か使えない。

 しかしIMFの魔導士がサブマシンガンを持った熟練の兵士ならば、一般行きの魔導士は火炎放射器を持った素人だ。


 一般行きになった魔導士が悪事を働かないよう、魔力抑制具にはGPSだけでなく相手の一日を記録する機能が搭載されている。

 プライバシー侵害になるだろうが、過去に一般行きの魔導士が誘拐された事件が相次いでいるため、GPSだけでは心許ないという声も出たこともあり記録機能も搭載された。

 もちろん魔力抑制具提供時に事前に説明もしているし、相手のプライバシーは幻獣に保護されている。


「だが、連中も一向に減らないことに痺れを切らし、逆に異教徒を不特定多数排除できる方法を生み出した。それが例の繁華街自爆事件だ」

「相手の大切な人を人質に取って、自爆を強要させる……悪趣味にもほどがある」

「その後自爆した彼らの人質はちゃんと元の場所に戻ったって報告は受けたよ。でも……やっぱり事の顛末を知ってショック受けてたよ」


 自分のせいで愛する人が亡くなった悲しみは、何度後悔と懺悔を繰り返しても拭えるものではないと知っている日向にとって、この話はとても胸が痛む。

 慰めるように悠護が日向の手を握りしめると、弱々しく握り返された。


「これ以上、『新主派』を野放しにすることはできない。そこで七色家当主陣および政府の命令により、私達で彼らと対峙することになるが……まさかお前も参加するとはな」

「あら、わたくしも自国の人間として見過ごせない事態ですもの。自分の国の不始末くらいつけさせてください」


 誰もがカップに手を伸ばさない中、唯一紅茶を飲んでいたティレーネが妖艶に微笑む。

 日向が覚えている範囲では、ティレーネは心菜と同じで支援特化の魔法しか習得しなかった。しかし【紅天使】と呼ばれるほどの強さを持っているのを見るに、攻撃魔法も習得したと思える。

 実力については詳しく知らないが、少なくとも陽と互角くらいの力を持っているとみていいだろう。


「幸い、『クストス』が『新主派』のアジトに繋がる即席鍵インスタントキーがある。各々準備があるだろう、それを考えると……三日後の二月六日、この日に作戦を決行する」


 三日後。

 長くも短くもないその日が、『新主派』と戦争を繰り広げることになる。

 命を懸けた戦いは何度も経験しているが、これから自分達が相手の命を奪い、その命の重さを痛感させられると思うと不安しかない。


「現状、学園は外出禁止が出されている。その間、お前達には迎賓館に泊まってもらう」


 ジークの言葉に誰もが否定せず頷くと、会議はここで終了となった。

 結局、ティレーネしかカップを空にしておらず、黙々と中身が残ったカップを片付けていると、部屋を出て行こうとしたティレーネが声をかけた。


「日向様、大丈夫ですか?」

「何が?」

「お顔色が少しよろしくないですよ。……やはり、無理はしないほうが……」

「ティレーネ」


 鋭い声が紅い天使の声を遮る。

 かつての主人と同じ重々しい空気を醸し出す彼女を見て、ごくりと唾を呑む。


「『新主派』はもう許されないことをした。それを見逃すことも、許すことももうできない。は――彼らを倒さなければならないの」


 日向の意識が、一瞬だけかつてのアリナに戻る。

 琥珀色の瞳が爛々と輝き、瞳の奥にあまり抱くことのない憎悪の炎を燃やす。

 懐かしくも恐ろしい主の姿を見て背筋を震わせたティレーネは、緊張した面立ちをしながらも笑みを浮かべお辞儀をする。


「ええ……ええ、そうですわね。申し訳ありません、出過ぎた真似を」

「……いいよ。それより早く迎賓館に行きなよ。みんな、あなたを待ってるよ」


 ふっと空気を払拭すると、日向はお盆にカップを乗せてそのまま給湯室へ消えていく。

 ふわりと琥珀色の髪を揺らしながら消えた後姿を見送ったティレーネは、笑みを崩さないまま部屋を出る。

 前髪に隠された額には、粒のような汗がじわりと滲み出ていた。

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