第203話 研がれ始める刃

 例の殺害未遂の件により、学園の風紀はより一層厳しくなった。

 毎朝校舎の昇降口前で荷物検査が行われ、不審物は問答無用で没収される。空間干渉魔法を使って隠しても陽の力で発見されたため、事が起きる前に無事に回収。

 一部の生徒はプライバシーに関わると反論するも、教師陣の圧と舌鋒によって悉く潰された。


 放課後にはあった血統主義・選民主義のデモも、厳重化された風紀指導によってなくなるも、学園の裏掲示板では密かに支持者を集めている。

 その掲示板の地下にいる管理者によって削除されているが、毎日飽きずに新しい掲示板を立てているせいでイタチごっこをしているみたいだとぼやいた。

『新主派』の活動も日に日に被害件数が増し、ついには『新主派』を批判するデモ集団とぶつかって二〇〇人近い負傷者を出したというニュースも報じられた。


 このニュースによって『差別派』の動きも大きくなり、IMF前では『新主派』や魔導士に対しての批判が殺到。一部の職員は入る直前に石を投げられたりしていると聞いた。

 魔導士と非魔導士の関係に亀裂が走る中、いつもの実習棟室に集まった日向達は悠護の話を聞いて動揺を隠せなかった。


「えーと…………つまり、七色家次期当主と俺達が協力して『新主派』をどうにかしろってことか?」

「ああ……」

「……悠護、『無責任』って言葉、知ってる?」

「それくらい知ってるわ! 文句は親父達に言ってくれ!!」


 シャウトしながら頭を激しく掻く悠護の横で、怜哉はいつもの無表情を貫きながら先を進めた。


「今の情勢が非常に危ういのは知ってるでしょ? いくら七色家存亡の危機とはいえ、『新主派』は宗教の一派の枠を超えた不気味な集団だ。現当主達はもしもの事態のために日本を守る役目を背負っている。なら、次期当主である僕らが当主の代わりに問題を解決するのは道理でしょ?」

「そうかもしれませんけど……ですが、これはさすがに……」


 七色家の現当主達にも個人に割り振られた役割があることは理解するも、目の前の問題を子供に押し付けるなど親として失格な行為だ。

 しかし、それは勘違いだと知るのは次の怜哉の発言だ。


「言っとくけど、これは父さん達が決めたんじゃなくて日本政府のお偉方だよ。次期当主とはいえ、半分が学生なんだ。そう考えると、僕らに日本の守護を任せられないと思うのは当然だけど」

「でもそれって、あんたらが死んでも別に構わないって言ってるのと同じだろ」


 いくら魔導士が貴重な国家の宝と言われても、一部が魔導士を兵器として見ていることは事実だ。

 もちろん政府側もそういった意図で命令を下したつもりはないだろうが、それでも悠護達を軽視していることは否めない。


「とにかく、僕らで解決しようにも敵の勢力が分かっていない以上、達成するのは難しい。……こんなこというのは本当に悪いと思うけど、君らにも協力して欲しい」

「そりゃ俺らも連中のことは無視できないし、協力だってしてぇよ。でも『新主派』は気味の悪い連中だ。なんの策もなしに立ち向かえるわけねぇよ」


 樹の言い分に怜哉も押し黙る。

『新主派』についてはこちらもあまり情報を持っていない以上、無作為に動いても反撃される可能性は高い。

 それ以前にこの主力メンバーでも敵う相手すらも分からない。


 協力は取りつけたものの、相手の素性が分からないせいで動くことを躊躇っていると、ふと日向がスマホを取り出して操作し始める。

 どこかに電話したのかプルルルッ、プルルルッという発信音が微かに聞こえた。


「あ、もしもし。ティラ、ちょっといい?」

「ぶぅっっ!?」


 まさかの人物への電話に、樹が思わず噴き出す。

 樹の反応は分かりやすすぎたが、他のみんなも一様に驚愕を浮かべている。【紅天使】の二つ名を持つ魔導士であるティレーネに、電話一本で情報を入手しようなど普通は考えない。

『聖翼の騎士団』の情報量は政府直属の諜報機関よりも多く、信憑性が高い。


 自国のみならず他国の機密情報すら入手しているため、己の国の危機がないか調べるためにわざわざ大金片手にティレーネに交渉し、ようやく情報を買うことができる。

 それをすっ飛ばして、電話だけで情報を聞き出そうとする日向の度胸は目を瞠るものがあるも、ティレーネが日向の頼みを断るわけがなく。

 かなり大物かつ『新主派』を一番知っている人物からの情報をもらえるまで、全員が成り行きを見守ることになった。



 都内にある高級ホテルのスイートルーム。外国の要人向けに西洋風の壁紙や調度品で整えられたその部屋で、ティレーネはルームサービスでブランチを取っていた。

 日本人の舌に合わせた食事は少し薄味だが、イギリス人である自分でも素直に美味しいと思える。

 そもそも日本人が食にうるさい国民性を持っており、『食品を世界に売り出すなら、まず日本で試してみろ』なんていう話もある。そう考えると、彼らの舌や味覚は外国人よりも繊細なのだろう。


 今日はゆっくりしようと思いながら街の外を眺めるも、視界に入った垂れ幕を見て美しいかんばせを歪める。

『魔導士のための国に!』『差別者を許すな!』『『新主派』こそ真の救世主だ!』……文字だけでも不愉快な気分になることが書かれている色とりどりの垂れ幕や看板を持った群衆が一部の道路を封鎖するように集まっている。

 高層階の部屋にいるせいで声までは聞こえないが、内容は想像通りのものだろう。


(『新主派』……やはり前もって潰しておけばよかったわね)


『落陽の血戦』後、心身共に傷ついた国民は心の拠り所を求め、四大魔導士を〝主〟とした宗教を作り出した。最初は戦いに殉じたアリナとクロウ、生き残り国の再興に尽力したローゼンとベネディクトに感謝と畏怖を篭めて彼らを崇め奉った。

 しかし、時代と共に四大魔導士を崇め続ける者、四大魔導士以上の存在を求める者、四大魔導士だけでなく〝神〟の存在すら否定する者が現れ、後に三大派閥が生まれた。


『伝統派』。

『新主派』。

『非信仰派』。


 この三つの派閥は小さな諍いを繰り返し続け、『叛逆の礼拝』ではジークが上手く『非信仰派』を利用したおかげで、蓄えていた勢力を大幅に削減し、今では不特定多数いる『差別派』と変わらない活動しかできなくなっている。

 しかし、これに乗じて『新主派』が一気に勢力を拡大したのは誤算だった。


『伝統派』は慈善活動をしながらも四大魔導士への感謝と祈りを忘れず、もちろん口外できない仕事をこなしながら信者達を増やしていった。

 しかし『新主派』は、四大魔導士以上の存在を貪欲に求め、彼女らの代わりとなる存在を必死に探していた。それくらいならばティレーネも首を突っ込まなかったが、彼らが〝主〟とした者達が新生四大魔導士と名乗った時点で見過ごせなくなった。


(その名は、あんな未熟者に与えるべき名ではない)


 歴史書でしか四大魔導士を知らない連中が、彼女らを超えたという証明とふざけた名をつけただけだ。

 彼女らが背負った責務は、宿命は自分達の予想より遥かに超えている。

 有名税を得たいがための行為は断じて許さない。


 ティレーネの冷ややかな萌黄色の双眸が眼下の有象無象に向けられた直後、テーブルの上にあったスマホが震え出す。

 ブー、ブー、と震えるそれを冷ややかなまま見つめ、手に取って画面を見るとすぐに眦が和らいだ。


「――もしもし?」

『あ、もしもし。ティラ、ちょっといい?』


 ぶぅっっ!? と誰かが噴き出す音を聴きながら、ティレーネは笑みを浮かべる。

 電話の相手はかつて主人として仕えたアリナの生まれ変わりである日向だ。かつてのように主人に頼られることはメイド時代を思い出し、気分が浮き上がってしまう。

 さっきまでとは違う表情になりながら話を続ける。


「何かありましたか?」

『そうじゃないけど……あのさ、『新主派』についてちょっと話したいことがあるんだけど……時間はある?』


『新主派』の話題が出てきて僅かに眉を動かすも、彼女もやはり見過ごせない事態だと理解しながら持ち直す。


「そうですね…………でしたら、本日わたくしがお世話になっているホテルでディナーいたしませんか? そこでお話しましょう」

『ほんとっ?』

「ただし……日向様お一人だけです」

『……どうして?』

「ふふふ……単純なお話です。主人との二人きりの時間を邪魔されたくないだけです」


 自分の発言に電話越しの日向が低い声も出すも、その後の答えに脱力したように息を吐いた。

 ここ最近、外交や『新主派』への対策についての会議、さらに自分に媚びを売るための会食やパーティーばかりでうんざりしていたところだ。

 最愛の主人と共に食事できるのならば、欲しいものを与えたい。それこそメイドとして本懐だ。


『……分かった。後でメールに場所を送って』

「ええ、お待ちしております」


 苦笑気味に返された返事を聞き届け、電話を切るとすぐさま持ってきたスーツケースの中からお気に入りのドレスを取り出す。

 空間干渉魔法が付与された特注品から出てきたドレスを片手に、くるりとその場を一回転。ふわりとスカートが少し膨らみ、あしらわれたフリルが揺れる。


「ふふふっ」


 綻んだ花のような笑みを浮かべたティレーネは、その美しいかんばせの頬を薔薇色に染めながら、約束の時間が訪れるのをただひたすら待ち続けるのだった。



☆★☆★☆



 放課後になり、正装用のワンピースの上にコートを着込んだ日向がやってきたのは都内有数のホテルだ。

 そこは外国の要人も多く利用しているホテルで、ティレーネはそこの最高級のスイートルームに泊まっているらしい。ホテル代も無料タダでもないのに、長期間も泊まるとなるとかなりの代金を支払っているのだろう。


 かつてのメイドの大出世に改めて驚きながら、日向はティレーネに指示されたレストランに入る。

 入り口で控えるホテルマンに名前を告げると、恭しい態度でティレーネがいる場所に案内される。ティレーネが食事の場として選んだのは、防音性に優れた個室だ。

 絶景の夜景を楽しめる部屋に入ると、白いフリルがあしらわれた真っ赤なワンピース姿のティレーネがにこりと微笑んだ。


「――ようこそ、いらっしゃいました」

「お招きありがとうございます、ティレーネ様」


 人前ということで礼儀正しく挨拶し、ホテルマンに促されて席に座ると、ノンアルコールシャンパンがグラスに注がれる。

 乾杯、とグラスを合わせ飲み始めると、食事が運ばれてくる。メニューを見ると前菜はグリンピースとズッキーニのスープ、メインはローストビート&ヨークシャー・プティング、デザートはアップルタルトと品数は少なめだ。


 しかしその分、付け合わせやパン、ミニサラダもついてくるためこれでも充分お腹は満たせるだろう。

 ホテルマンが部屋から出て行くと、そのままスプーンでスープを掬い、一口飲む。

 グリンピース独特の青臭さはなく、細切りやサイコロ切りされたズッキーニも入っていて食べ応えがある。ミントも入っていおり、その爽やかさのおかげでさらに食欲が増す。


「それで……『新主派』についてでしたわね? 何がお聞きになりたいのですか」

「全部だよ。『新主派』が生まれた経緯とか、そういうのはよく知らないから」

「なるほど。確かに日本は色んな宗教が入っておりますし、始祖信仰のことを知らなくても当然ですわね」


 同じようにスープを飲んでいたティレーネが、唇の端についたスープをナプキンで綺麗に拭き取りながら頷く。


「でしたら、始祖信仰についてはあらかたご存知かもしれませんので、食事が終えましたら『新主派』についてお話しましょうか」

「そうだね」


 この話が長くなると見越したティレーネの提案に日向も同意の意味を込めて頷く。

 その後も他愛のない会話をしながら、メインもデザートを美味しくいただいた。高級ホテルということもあって料理はどれも美味しく、品数のわりに意外とボリューミーだった。

 リンゴタルトもリンゴのしゃきっとした食感をほどよく残しており、タルトは香ばしくクリームも甘さ控えめだ。

 美味しい料理の数々に満足し、食後の紅茶を飲むところで話が再開する。


「『新主派』は元々、『伝統派』に属していた一派でした。『伝統派』と同じようにあなた方を崇め、毎日祈りと感謝を捧げていました」


 ティレーネの説明を聞くも、改めて自分達はそこまでされるほど偉くないと思えてしまう。

 魔法を広めたのはあの大嵐でバレたのをきっかけに、魔法を佳きものとして伝えたいという自分のわがままだ。クロウやローゼン、そして今まで黙っていてくれたベネディクトはそのわがままに付き合ってくれただけだ。


『落陽の血戦』はそのわがままのツケが回ったようなものだし、やはり自分達は宗教の〝主〟として君臨するような存在ではない。

 周囲にとって英雄として見られた四大魔導士は、一人の少女のわがままに付き合ったお人好し達が集まっただけにすぎないのだ。


「ですが、『落陽の血戦』の件で四大魔導士に対しあまりよろしくない感情を抱いた者がおりまして……その際に口にした発言をきっかけに、『新主派』が生まれたとされています」

「発言って……どんな?」

「『四大魔導士は救国の英雄だが、国を亡ぼしかけた悪者でもある。そんな彼らよりも上の存在がいるはずだ』、と」

「…………まあ、そう思うのは道理だね」


 誰がそんな発言をしたかはともかく、自分達のせいで国が亡びるきっかけになったのも覆されない事実。

 四大魔導士が本当に〝主〟として認められる存在なのか疑問を抱き、新たな〝主〟を欲するようになるのは当然の流れだ。


「それからは新たな〝主〟となる者を探して、何度か〝主〟に選ばれた者はいましたが……芳しい結果が得られず、〝主〟となった者達は古参方の決定により切り捨てられました」

「迷惑な話だね。勝手に祀り上げといて、自分達が望む結果が得られなかったら捨てるなんて」

「ええ。……ですが、新たな〝主〟として選ばれた者達は『新主派』全員が納得し、忌々しいことに新生四大魔導士と名乗りました。〝宣言〟以降、信者は増え続け、その数は一〇万弱です」

「一〇万か……かなり多いね」

「しかも彼らが連れ去った者達は、信者として生まれ変わらせるために、をしているそうです」

「…………………そのって、聖水で身を清めるって意味じゃない方だよね?」

「ええ。選ばれた信者の手によって、体の外も中も文字通りらしいです」


 一瞬、そのの様子を想像して嫌悪感がこみあがる。

 理由はどうあれ、自分達の仲間に引き込もうと女性にとって堪えない行為すらも厭わない彼らのやり方は、どう考えても宗教として恥ずべきものだ。


「もしそれが事実なら……一層彼らを見過ごせないね」

「そう仰ると思いました」


 シュッと、日向の中にある刃が研がれ始める音がした。

 その刃は『新主派』の悪事を断罪するものであり、新生四大魔導士への天罰を下すもの。それが研がれ始めたということは、『新主派』との全面戦争に入ることを決めたという意味もある。

 全てを察したティレーネはかつて自分を置いて全てを終わらせた主人を前に、毅然とした姿勢と口調で告げた。


「わたくし、【紅天使】ティレーネ・アンジュ・クリスティアは、イギリスの国民として、そしてイギリスの守護を任された『聖翼の時計塔』の長として、『新主派』の非人道的行為を見過ごすわけにはいきません。

 豊崎日向、あなたには日本政府が秘密裏に計画している『新主派』の壊滅及び新生四大魔導士打倒作戦にわたくしも参加する旨をお伝えしてください」


 ティレーネの発言に日向は目を見開く。

 彼女がこの日本に留まっているのは『新主派』の件があるためだ。イギリスの国民として『新主派』の活動を見過ごせないわけがない。

 それに、ティレーネも入れれば戦力としては十分だ。


 もちろん過剰戦力だと思うが、それでも自分達の名を好き勝手に利用し、悪逆非道を繰り返す『新主派』を放っておくつもりはない。

 萌黄色の双眸から確固たる意志が伝わり、日向は背筋を正し告げる。


「――分かりました。必ずお伝えします」


【紅天使】ティレーネ・アンジュ・クリスティアの参加は、日向達にとっては吉報であると同時にこれから起きる波乱が予想よりも大事になることを伝える。

 たとえ命を奪い、血を流すことになっても、この戦いは負けるわけにはいかない。

 そう決意した日向の中の刃が、もう一度音を立てて研がれた。

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