第202話 七色の子達

 外では〝宣言〟のせいで血統主義・選民主義の一派がデモを起こし、『差別派』の家にも被害が出ている話が出ている中、学園の中は皮肉にも平和だった。

 もちろん血統主義・選民主義の生徒はいるが、彼らは『罰則』で一度痛い目を見たせいか、今は大人しくしている。しかし、このまま悠長にしているのも時間の問題だ。


『新主派』の目的が、日本を血統主義・選民主義の魔導士が描く魔導士が優遇される国に作り変えることならば、政府もIMF日本支部も七色家も黙っていない。

 そもそも日本は血統主義・選民主義の思想影響が他国と比べて比較的マシだった。日本人特有の平和主義のおかげで目立ったデモはなかったが、それでもあの〝宣言〟のせいで今はそう言えなくなった。


(なんとかしないといけないけど……そういえば、ティラはどうしてるのかな?)


 出不精の彼女がわざわざ日本に来た理由など、やはり『新主派』の件しかない。

『新主派』は始祖信仰の一派だ。始祖信仰の巡礼地としても名高いイギリスが無関係でいるはずがない。

 スマホを取り出し、人気がない廊下の角で電話をかける。念のため遮音魔法をかけてティラの番号をタップし、スマホを耳に当てる。電話はほぼワンコールで出た。


『おはようございます、日向様』

「毎度思うけど出るの早くない?」

『あら、主人の電話にいち早く出るのはメイドとして当たり前では?』

「あなたはもうあたしのメイドじゃないんだけどなぁ……」


 相変わらずメイド時代が抜けきっていないティレーネに呆れながらも、本題を切り出すことにした。


「さっそくで悪いけど、『新主派』は今どんな感じなの?」

『今も変わらず異教徒と断じた者達を痛めつけていますわ。『クストス』で準幹部を捕縛して現在も尋問中とのことです』

「『クストス』……ああ、アリスさんのところの」

『しかし、相手側も中々しぶといご様子で。『新主派』のスポンサーになっている魔導士家系もいますし、そろそろ鎮圧しなければいけませんね』


 ――鎮圧。


 平然とその単語を口にするティレーネに、彼女もすっかり変わってしまったと実感する。

 かつてのティレーネは暴力で解決することを厭う子だった。しかし、暴力でしか解決できないことだってある。長い時を生きていく内、彼女もかつては嫌っていた行為にも慣れてしまった。

 ……いや、これは慣れというより麻痺に近いのだろう。


「鎮圧するにしても、目星はついてるの?」

『こちらにも頼れる情報網はあります。彼らの〝目〟は、光も闇を問わず、どこにでもある』

「……そう。こっちも血統主義・選民主義の子達が騒いでるよ。今は落ち着いてるみたいだけど、むしろこっちの方が怖いなぁ……」

『そうですか……学内にも『新主派』に入った魔導士家系の子もおります。お気をつけて』

「うん。ありがとう」


 ティレーネの気遣いに感謝しながら、電話と同時に遮音魔法を切る。

 角から出た直後、いつの間にか悠護が腕を組みながら壁に寄り掛かっていた。


「ティラに『新主派』のこと聞いたのか?」

「うん。『新主派』に肩入れしてる魔導士家系も増えてるみたいだし、ティラの方でも本格的に鎮圧に入る話が出てるって」

「そうか……親父の方も『新主派』対策の件で支部でもかなり騒いでるって。異教徒扱いされた連中も一部はそのまま連れられて何日も戻ってないって話も出てる」

「……完全に犯罪じゃない。始祖信仰の一派のくせに」


 宗教一派の枠を超えた所業に日向は頭を抱えた。

 歴史の中で相手を異教徒と断じ殺しを良しと時代があったが、それはもう一〇〇年以上も前の話だ。『新主派』のやっていることは現代では犯罪、しかも全容が明らかになれば死刑判決の可能性さえある。

〝宣言〟といい、犯罪行為といい、今の始祖信仰の在り方は随分と変わってしまったと思い知らされる。


 アリナとクロウの死後、誕生した始祖信仰は当時の民にとっては明日を生きるための希望だった。『落陽の血戦』で国土が傷つき、心を癒すための物を欲した民は、国の英雄でもあり抗争の引き金でもある四大魔導士を祀り上げた。

 自分が死んだ後の出来事だし、当時の惨状を思い出せば仕方のないことだ。

 しかし、始祖信仰を使い悪事を働くことは別の問題だ。


 人によって何が正しいのか、何が間違いなのか千差万別だ。

『新主派』にとって今の騒動も彼らにとっては正しいのだろう。しかし、日向にとってはそれが間違いであるとしか思えない。

 何かを為し得るために、無関係な人間の人生を犠牲にする権利など、世界中の人間だけでなく〝神〟にだって持っていないのだから。


「今の状況を考えると、やっぱり学内も安全って言い難いよね……」

「そうだな。なるべく単独行動は控えよう。ま、俺らはその辺問題ないと思うけど――」


 その時だった。

 廊下にいる生徒に紛れ、一人の女子生徒がブレザーの袖からサバイバルナイフを滑らせるように取り出す。

 日向の背後からそのまま刃を突き刺そうとするも、大振りな動きのせいでナイフが視界に入った周囲が悲鳴を上げる。


 しかし、刃は真紅色の魔力を纏って個体から液体に変わる。

 液体になった金属は女子生徒の両手首を拘束し、驚いた彼女は足を滑らせ尻餅をついた。

 可視化された魔力を纏った悠護は冷ややかな目で女子生徒を見下ろし、日向は転んだ拍子に手元から離れたグリップを拾う。


「――内通者はいるよな、やっぱ」

「どっちかっていうとただの使い捨ての駒みたいだけど?」


 逃走防止で手持ちのネジで足枷を作った悠護と、逃げようとするも失敗した女子生徒の憎悪の瞳を向けられた日向は揃ってため息を吐く。

 そのすぐ後、騒ぎを聞きつけた教師陣が駆けつけた。



「――例の女子生徒、やはり『新主派』のスポンサーになった血統主義の魔導士家系の出だった」


 事情聴取という名目で授業免除になった二人は、会議室でジークからの報告を聞いてやはりと思った。

 教師陣が駆けつけた時、あの女子生徒は血走った目をしながら「あいつは異教徒の主犯なの! 殺さなければいけないのよ! 〝主〟のためにぃぃぃ! それが忠誠なのだからぁぁぁ!」と狂ったように叫んだ姿は、日向達だけでなく野次馬になっていた他の生徒達も不快感に眉を顰めたものだ。

 連れて行かれた際も「〝主〟のため、忠誠、〝主〟のため、忠誠」と紡ぎ口を止めないあの時の女子生徒は、信者というより狂信者と呼んだ方が相応しかった。


 例の女子生徒は学園内病院に搬送され検査を受けた結果、微量だが催眠効果のある薬を盛られたと判明した。

 この薬はアフリカで栽培・売買されている特殊な植物から作られた物で、そこに魔法による付与を合わせることで催眠効果の威力を高め、洗脳の域に達せるように調合させられていた。

 しかもこの薬を投与している間、痛覚が一切遮断され、罪悪感を抱かせる効果を極限に薄めるという効能まであった。


「恐らく任務成功のための霊薬として渡されたのだろう。ただ、あの女子生徒は日向の予想通りただの使い捨てだった。使い捨てられるのを前提としていたのか、ご丁寧に薬は一人一錠しか渡されていない」

「その女子生徒はどうなるの?」

「一錠とはいえ、元が副作用の強い薬だからな。しばらくは副作用が抜けるまで入院し、その後検査で問題なければ復学できるだろう」

「……チッ、胸糞悪ぃな。自分達は手を汚さず、別の相手に手を汚させるなんて」


 忌々しそうに舌を打った悠護に、ジークは少しばかり気まずい表情を浮かべる。


「私も同じ手を使っていたから何も言えないが……今回の件で学内の安全も保障できなくなった。職員会議の結果、風紀をさらに取り締まることになった。本当は寮内で待機して欲しいがな」

「むしろ今家に帰しても、逆に『新主派』の教えを植え付けられる機会が増える。そうなるよりはまだマシだよね……」


 重たい空気が会議室に漂う中、悠護のブレザーの中に入っていたスマホが震える。

 無言のままスマホを取り、通話に出ると二、三回だけ言葉を交わす。最後に「じゃあな」と伝え終えると電話を切る。

 通話に出てから険しい顔をする悠護は、日向とジークの顔を見て言った。


「――今日、次期当主だけの七色会議を開くことになった」



☆★☆★☆



 七色会議。

 七色家現当主と次期当主もしくはその候補が同席し、問題となる議題を話し合う場。そこで決定された案はIMF日本支部だけでなく情報網を持つ魔導士家系に通達させ、その案で決定されたことは従わなければならない。

 しかし、当主を抜きとした次期当主だけの七色会議は前代未聞だ。


 電話で会議を開く場所として指定されたのは、都内ホテルにあるレストランだ。

 制服姿のままやってきた悠護はホテルマンに案内され、レストランの奥にある個室へ案内された。

 こういう場所での個室は他言無用の取引の場として利用されており、防音性も優れているだけでなく、信用に傷をつけないために使用時間前には必ず盗聴器がないか調べているらしい。


 案内された個室でホテルマンと別れ、ノックをしながら部屋に入る。

 真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブルを囲むように、七色家次期当主達が勢揃いしていた。


 濃紺の軍服姿の赤城家次期当主・赤城アリス。

 青みのあるリクルートスーツをびっしりと着た青島家次期当主・青島紗香。

 聖天学園の制服を着た黄倉家次期当主・黄倉香音。

 黒いスーツに緑色のネクタイを結んだ緑山家次期当主・緑山暮葉。

 そして、先に行っていた白石家次期当主・白石怜哉。


 紫原家当主となった霧彦を除く、七色家次期当主。

 最後にやって来た黒宮家次期当主である悠護は、空いていた席をどかりを座ると目の前の置かれている水を一気に飲み干す。

 テーブルの上に飲み干したコップを置くと、カランッと中の氷が涼しげな音を立てた。


「……それで、俺らだけの七色会議ってどういうことだ?」

「電話通りだ。今回の『新主派』の件、当主全員はこの事態を俺ら次期当主連中で解決するようお達しが来た」

「それがどういうことだって聞いてんだッ!」


 乱暴に悠護がテーブルを叩くと、誰もが頭痛を堪えるような苦い顔を浮かべる。

『新主派』の活動が活発化し、魔導士だけでなく一般人にも被害が出ているのは七色家としても見過ごせない事態だ。しかし、この事態を自分達だけで解決しろなどと理由がなければ納得できない。

 悠護の言いたいことが理解しているのか、アリスが口を開いた。


「この前、ボクら『クストス』は『新主派』の準幹部を捕縛し、尋問をした。彼らの目的は例の〝宣言〟通り、日本を魔導士のための、魔導士による、魔導士だけの魔導大国にすることだった」


 あの日のことを思い出し、悠護は腸が煮えくり返る思いをしながら黙り込む。

『新主派』の〝主〟に選ばれた連中が新生四大魔導士と名乗ったことも腹が立ったのに、さらに血統主義・選民主義の魔導士家系が喜びそうな国家に作り変えるなどふざけたことをのたまった。

 二重の意味で苛立つ悠護の前で、アリスはさらに話を続ける。


「彼らのアジトはまだ見つかってないけど、少なくとも手がかりになる物を押収することができた」


 そう言ってアリスが取り出したのは、始祖信仰に入った信者ならば誰もが持つ十字架だ。中央に六芒星が埋め込まれた十字架だが、その裏には筆記体のような英語が彫られているのを見て眉をひそめた。

 始祖信仰の十字架はどの一派でも共通で、裏にあんなミミズののたくったような英語は彫られていないはずだ。


「この英語が彫られた十字架は、『新主派』のアジトがある異界に繋がる即席鍵インスタントキーだよ。準幹部以上は毎回これを使って外出しているんだって」

「つまり、それがあればアジトに侵入できるってことか」

「けどさ~、なんで私達にやれっていうわけ? 『クストス』使えばいいじゃん」


 香音の言い分も最もだ。

『クストス』は国が認めた独立魔導師団。防衛隊よりも強い権限を持ち、隊員もここにいる者達と比べれば腕は上。彼らを使えば解決する。

 しかし、アリスは困ったような顔をしながら自分の頬を掻いた。


「実は……この騒動のせいで魔導犯罪組織の犯罪も増えて、魔導犯罪課じゃ手が足りなくなって『クストス』の隊員も大半が駆り出されてるんだ」

「『クストス』も駆り出されるなんて……灯と紺野さんは一体何してるよの」


 魔導犯罪課にいる分家の顔を思い出し、紗香が険しい表情を浮かべる。

 あの二人はエリートコースを進んでいる優秀な魔導士だ。あの二人が職務怠慢なんてありえない以上、今の魔導犯罪課の手は『新主派』の問題解決まで回っていないのだろう。


「『クストス』も魔導犯罪課も動けない今、次期当主である俺達に白羽の矢が立つのは当然だ。……でもよ、俺らの戦力でどうにかなる相手だと思うか?」


 暮葉の一言に沈黙が下りる。

 七色家としての実力を兼ね備えているが、『新主派』の勢力がどうなっているのか分からない以上、このまま戦闘になって勝てる自信はない。

 そのことは誰もが痛感しており、重い沈黙が続くと思った矢先だ。


「――豊崎さん達を頼ろう」


 ぽつりと呟いた怜哉の言葉は、この場にいる誰もが目を見開いた。

 五人の次期当主達の視線を受けながらも平然としている怜哉だったが、それが逆に今の悠護の怒りを増幅させる。


「お前……何言ってるか分かってんのか? 日向達を巻き込めってことか!?」

「僕が話を出さなくても、遅かれ早かれ彼女らも巻き込まれるよ。……それに、新生四大魔導士のことは、君も彼女も見過ごせないでしょ?」


 怜哉の言葉にぐっと息を呑む悠護だが、他の者達は首を傾げる。

 悠護が【創作の魔導士】クロウ・カランブルクの生まれ変わりであることをこの場で知っている者は怜哉だけ。何も知らない彼らが不審に思うのも無理はない。

 それに、怜哉の予想は高確率で当たる。


 学内で襲ったあの女子生徒は、洗脳されていたとはいえ確かな憎悪を以て日向を殺そうとした。

 十中八九、新生四大魔導士の命令によるものだ。しかし、何故日向を狙ったのか。


 ――日向が【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムの生まれ変わり、もしくは四大魔導士を語る偽者である情報を、カロンによって入手したから。


 そう考えると女子生徒が日向を狙ったことに辻褄が合う。

 たとえ今は退けられたとしても、同じ手もしくはそれ以上の惨事を起きる可能性がある。

 それに……陽やジーク、ギルベルトも新生四大魔導士のことを快く思っていなかった。


(もしここで俺が何を言っても、あいつらは必ず首を突っ込む……そうなる前に有志として手伝ってもらった方が余計な苦労をかけずにすむ……)


 自分の頭の中を覗いているかのように、じっと見つめてくる怜哉の視線に耐え切れず、深いため息を吐く。


「………………分かった。でも、参加するのは向こうの意志を尊重させる。断ったらそれまでだ」

「いいよ。そうなった時のための戦力もこっちで用意しておくから」


 話がまとまり、緊急七色会議は終了した。

 周りに合わせて外に出た悠護は、心なしかズキズキと痛み始めた頭と胃にもう一度ため息を吐いた。

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