第201話 水面下の出来事

「さて……あのふざけた連中をどう始末するか?」

「初っ端から怖いこと言わないで」


 いつもの集合場所となっている学習棟一室。開口一番に物騒な発言をしたジークを諫めたのは、頭痛を堪えるような表情を浮かべた日向だ。

 いつもの彼女らしからぬ表情だが、それはこの部屋に集まった全員が同じだ。

 理由はただ一つ、あの〝宣言〟だ。


『新主派』にて新たな〝主〟として生み出された新生四大魔導士と名乗った少女のあの〝宣言〟は、血統主義・選民主義の魔導士家系の自尊心プライドをより増長させた。

 この学園一帯は世界各国の企業・団体・組織からの影響を一切受けない完全独立中立地帯。生徒の身の安全のために定められており、たとえ国王を含む国家元首であろうとも学園に介入することは許されない。


 しかし逆に、学園内で起きる不祥事さえも誰も干渉しないと同じだ。

 〝宣言〟の件で、血統主義・選民主義の魔導士家系による学内差別が多発し始め、先日も血統主義の学生が数少ない一般家庭組や無主義の学生を集団で暴行を振るう事件も起きた。

 これにより教師と警備員の巡回が強化され、差別に繋がる内容を発言もしくは暴力行為を起こした生徒は大小問わず風紀委員に取り押さえられるようになった。


 もちろん一般家庭組の一人である日向や樹にもその矛先は向いたが、魔導士界への影響力のある悠護達が目を光らせたせいか表立った嫌がらせはなかった。

 だが、そう悠長にしていることもできない。現に学内による差別は予想より速いスピードで広がり、昨日までこの部屋の利用申請についていちゃもんをつけてくる生徒がやってくるようになった。もちろんこの件も陽とジークを投入して事なきを得たが。


「昔は魔導士の迫害は多かったのは事実や。でも今はIMFや各国の協力があって『魔導士制度』が制定され、魔導士のよる迫害はなくなった」

「でも、水面下では魔導士差別主義者共が騒いでるのは事実でしょ」


 陽の言葉を否定したのは怜哉だ。

 七色家の一つ・白石家は、魔導士界の秩序を保つために汚れ仕事を担っている。

 秩序のために魔導士界に悪影響を及ぼす者の排除を担う彼は、このメンバーの中で魔導差別主義者や血統主義・選民主義の魔導士家系の本質について詳しく知っているのだ。


「特に魔導士差別主義は親から子へ、子からその子へと思想を植え付けるせいでどれだけ潰しても出てくる。血統主義・選民主義の連中も同じようにね」

「だけど……このまま日本が〝宣言〟通りの国になったら、一番被害があるのはその差別主義者と無関係の一般市民だよ」


 経緯はどうあれ、あのふざけた〝宣言〟は明らかに血統主義・選民主義の魔導士家系の影響を及ぼし、無関係な一般市民を隷属化させるほどの危険性がある。魔導士差別主義者は発言次第では不要だと判断され、親子関係なく排除されるだろう。

 魔導士を恐れることは自然に生み出る感情。差別はその恐怖が変に曲がってしまっただけだ。もちろん長い時間は有するかもしれないが、和解する道もあるのにそれすらしない新生四大魔導士の考えは虫唾が走る。


「それよりも一番ふざけているのはあの新生四大魔導士だ。真の四大魔導士がいるにも関わらず、あの名を使うなど……不敬を通り越して万死に値する」


 ギルベルトのガーネット色の瞳が憤怒の炎で色濃くなる。僅かに圧を放つ彼に心菜だけでなく樹も息を呑む。

 だが、彼の怒りは日向だけでなく悠護も陽も同じだ。

 自分達四人は、かつて魔法を世界に広めた魔導士の始祖・四大魔導士の生まれ変わり。かつての力と記憶を持つ、正真正銘の本物だ。


 向こうが自分達の存在を知っているか否かは別として、新生四大魔導士など名乗ったことは許されない。

 この名は、向こうが思っているよりも重いものなのだ。


「……なら、なるべくあの連中をどうにかしなければならないな」

「そうなるとやっぱり……殺し、か」


 ジークの予想を先に悠護が言うと、彼は否定しないまま無言を貫いた。

 前世でも今世でも人を殺すような所業をしなければならない事態があることは理解している。もちろん今回の件もそれが避けられないのは重々承知している。

 思わず日向が息を呑んでいると、陽が肩を竦めながら言った。


「さすがにそんな真似、アンタらにさせるわけにはいかん」

「ああ。こういった汚れ仕事は、私達の役割だ」

「同感。僕も白石の人間だからね、そういう仕事はむしろ得意だよ」


 ふっと鋭くも小さい殺意をのぞかせる三人に、日向達は息を呑む。

 日向も悠護も前世では体験したことはあるが、自分も持つ武器で人を刺し、生温かい血を味わうのは二度とごめんだ。しかし、そんな甘い考えは戦いになれば命取りになることも知っている。

 だけど。せめて今世の絆で結ばれた樹と心菜だけには手を血で染めて欲しくない。


(もしそうなったら、あたしはもう一度血を染める覚悟をしないと……)


 机の下で握られる拳を、そっと悠護の手が乗せられる。

 互いに同じことを考えていると分かり、それだけでも心が穏やかになってふっと小さく笑みを零した。

 その光景を、樹は鋭い目つきで見ていたことを二人は知りながらもあえて無視した。



 夜になり、各々が食事を済ませた頃。

 心菜は樹に呼ばれ、最上階の談話室にやって来た。この時間は自室で課題を済ませる者も多く、これなら話しにくい内容もできる。

 窓際のソファーに座っている樹は、どこか呆然と窓の外を眺め、サファイアブルー色の双眸はどこか物憂げな雰囲気を漂わせている。


 そっと隣に座ると、急に体を傾かせて心菜の肩に頭を乗せる。

 突然のしかかる重みに驚きながらも、樹はぐりぐりと頭を心菜の頭に擦りつけた。こういう時の樹は甘えたい時であると知っている心菜は、よしよしと頭を撫でた。


「……あいつらさ」

「うん」

「あの時、絶対人を殺す覚悟しようとしたよな」

「……うん」


 実習棟で日向と悠護が人を殺す覚悟をしたのを、心菜も気づいていた。

 あの二人はかつて、前世で人を殺す道を歩まざるを得なくなった。もちろん二人が率先して人を殺すことはあり得ないが、もし命の危機に瀕した時は己の身を守るために命を奪うことはありえる。


 心菜も樹も人を殺すことは悪だと教わってきた。

 誰かを傷つけることもしてはいけないけれど、何かを守るためには多少の犠牲はつきものだ。

 だけど、自分達の代わりに手を血で染めようとする友人達に甘えることもできない。


「俺、多分人殺すことがあるかもしれねぇ」

「うん」

「もちろんそうしないように努力はするけど、自分の命のための最終手段として取る」

「うん」

「もし……俺が誰かを殺しても、お前は……」


 その言葉の先を予測した心菜は、そっと樹の唇を自分の唇で塞ぐ。

 柔らかい感触にうっとりとしながらしばらく味わうも、その感触はすぐに離れる。


「大丈夫。私は、あなたのそばを離れないから」

「…………そうか」


 ふっと微笑んだ樹は、再び頭を心菜の肩に乗せる。

 愛しい重みを優しく撫でながら、心菜はいつも以上にはっきり見える夜空を見つめた。



☆★☆★☆



 東京都・渋谷。

 新宿、池袋と並ぶ三大副都心であり日本有数の繁華街。ファッション街として今も名を馳せているそこは、夜でも色とりどりのネオンの光が飛び交い、寒空の下でも客引きをする男性やこのまま熱い夜を過ごすカップルなど様々な過ごし方をする中、アリス――国家防衛陸海空独立魔導師団『クストス』陸軍第一部隊隊長赤城アリス中尉はビルの屋上から屋上へ跳び越えながら、ターゲットを追っていた。


 普段の髪型はそのままに、髪色を闇夜に溶け込むように黒に近い藍色に変え、顔半分を蝙蝠に模した黒い仮面をつけ、服も普段の軍服ではなく黒一色の詰襟のコートとジーンズと普段の彼女には似合わない恰好をしている。

 軍人より暗殺者が似合うその恰好と同じように、アリスもターゲットの捕縛という暗殺よりも面倒な任務を押し付けられていた。


 今回、彼女が狙うターゲットは『新主派』の中ではあの新生四大魔導士の情報を有している準幹部。

 宗教の一派の癖に変に情報のガードが固いせいで、ロクな情報をIMFも『クストス』も得られなかった。しかし、ターゲットの持つ情報は裏社会で働く情報屋よりも信憑性が高い。これを逃せば次の機会はほぼない。


 アリスが耳元に装着している通信機を指先で二回軽く叩く。向こうには何かぶつかった音が聴こえているだろうが、それでいい。

 ターゲットが予定到着点であるポイントP-1に辿り着く。ターゲットの足が床についた直後、周囲が六角形をした光の塊に包まれる。


 ターゲットの動きが止まり、破壊しようと雷魔法を放つ。

 しかし雷は壁に当てたボールのように反射し、雷の矛先が術者自身を襲う。強烈な痺れを感じながらターゲットは白目を向きながらうつ伏せで倒れた。


 上級防御魔法『六光檻セクサングラエ』。

 六人の魔導士が連携しなければ展開することすら難しい魔法。防御と名がつくが、これは相手を捕縛する強固な光の檻だ。この中に入った者の魔法は全て跳ね返し、そのまま相手を自爆させる。


 複数人の連携がなくては扱えないこの魔法は、防御魔法を極めた者でも名前しか聞いたことがない。

『クストス』では防御魔法の適性が高い魔導士を選別し、連係プレーが必要な魔法を覚えさせる訓練もある。彼らの腕はこういった捕縛作戦ではかなり活躍するのだ。


「お疲れー。君達、いい連携っぷりだったね。ご褒美に明日の昼食奢ってあげるね」


 仮面を外して元の髪色に戻ったアリスがへらっと笑うと、捕縛作戦に参加した魔導士達は嬉しそうに顔を綻ばせるも、


「いいえ、これも赤城中尉がほどよく相手を追い詰めたからこそ為し得たのです」


 と、謙遜する。

 確かにアリスは彼らより先にターゲットと接触し、魔力切れギリギリまで消耗させ、逃走の手を使わせるように誘導させた。しかし、その後の捕縛はやはりここにいる者達の功績も多い。

 上司である自分に遠慮する彼らを見て、アリスはメンバーの中では年上である兵士の肩を叩く。


「いいや、君達はボクが予想していたより素晴らしい働きをしてくれた。これは君達の功績だ。それは誇ってもいい」

「……はっ、ありがたき幸せにございます」


 そんなやり取りをしている内に、ターゲットの輸送準備が終わった。

 彼らは情報漏洩防止のために奥歯に毒を仕込んでおり、今まで捕まえてきた信者達はその毒で命を絶っている。古典的だが自害方法も魔法に頼りっきりの現代ではかなり痛い手だ。


(準幹部級ならそれなりに情報を持ってるはず……それに期待しないとなぁ)


 屋上の下に広がる日常を横目に、アリスは撤退し始める部下の後を追う。

 自分が愛する日常を守るため、水面下で起きている悲劇を止めるべく、彼女は今日も仮面を被った。



 呻き声が聞こえる。

 地下というのは日の光に当てられないモノを隠すにはもってこいで、公にできない実験を行うには最適な環境だ。

 今日も魔導士を愚弄する愚か者達は裁きの鉄槌が下り、我らの思想実現のために選ばれた同胞は喜びの声という名の絶叫を上げる。


 こういった異教徒は害虫のように湧いてきて困る。

 どれだけ自分達の威信を知らしめても、バカな連中は減るどころか増え続ける。『新主派』の思想を理解した者達が多大な支援を提供してくれても、国側は自分達を潰そうと刃向かう。

 何故、我らの崇高な思想を理解できないのかと何度思ったのだろう。


 一部が窓になっている鉄ドアの向こう側では、俗世に居続けて穢れきった体のが行われている。手術台の上で太いベルトと頑丈な枷で拘束されている女が舌を噛み切らないように猿轡され、担当を任された信者の一人に足を開いている。

 目には生気がなく、ただ茫然と涙を流しているが本心では嬉しくて堪らないはずだ。『新主派』の信者に抱かれることはこの世で最高の誉れなのだから。


「――何をしているの」


 声がして振り返ると、我ら新生四大魔導士のリーダーである彼女が立っていた。

 認識阻害魔法をかけていて白いフードの下の顔は下半分しか見えないが、自分がここにいることを不審に思っていることは雰囲気から伝わってくる。


「信者達の働きを見ていただけだ。いや~、みんな働き者で結構!」

「何を言っているの、ここにいる信者はまだ正規な信者じゃない。ここで五年働いてようやく一人前として認められるの」

「つれねぇこと言うなって。『新主派』に入った以上、たとえ正規じゃなくてもここにいる者は皆等しく愛すべき隣人なんだ。少しくらい優しくしてもいいじゃねーか」

「……あなたの好きにすればいいわ」


 ふいっと顔を背ける少女にやれやれと肩を竦める。

 彼女は『新主派』の〝主〟と選ばれる以前から敬虔な信者として一から這い上がり、特に異教徒の拷問はリストを作らなければならないほど相手をしてきた。

 血の滲む努力の末に得た地位もあるが、彼女の在り方はやはり同じ〝主〟に選ばれた者として、『新主派』の信者としても憧憬の念を抱く。


「そういえば、『ノヴァエ・テッラエ』って連中から何か報告あったか? あいつらの情報網のおかげで異教徒が見つかるのはありがたいけど、限度があるぜ」

「……それなら、かなり重要な情報が手に入ったわよ」


『ノヴァエ・テッラエ』は、先々月辺りに突然『新主派』のスポンサーとして接してきた魔導犯罪集団だ。

 彼らはこの世界の在り方を不満に思い、『新主派』の掲げる思想を一番に理解してくれた。しかし、あのフィリエという女は今まで見た女信者より蠱惑的な魅力をしていたな、と思いながら少女の話を聞く。


「なんでも、四大魔導士を騙っている連中が聖天学園にいるそうよ」

「…………さすがにそれは無理だ。あそこのガードの固さ、お前も知っているだろ?」


 聖天学園は完全独立中立地帯として世界各国の力の影響を受けることができず、警備員だけでなく教師も凄腕の魔導士揃い。

 特別な時しか侵入を許されない学園を入ることは、『新主派』の力を以てしても不可能に近い。

 そんな自分の懸念を笑い飛ばすように、少女はふんっと鼻を鳴らす。


「学園には支援をしてくれる方々の子供もいるのよ? 彼らに頼めば簡単に始末できるわ」

「やめておけ。まだ軌道に乗ったばかりだ、今手を出すのは早計過ぎる。俺の左の親指が疼いてるんだ」


『ノヴァエ・テッラエ』の情報は確かだし、自分も幾分か信用はしている。だが、完全に信頼してはいない。

 それにさっきから左手の親指が疼いて仕方がない。自分の左手の親指は第六感というものを知らせるもので、これが疼く時は総じて嫌な予感がする時だ。


「あなたの直感は信じているけど、偽者がいることは我ら『新主派』に喧嘩を売っているのと同じよ。早急に排除しなくては、我らの威光が世界に広まらないわ」


 話を強制終了させるように少女は空間干渉魔法を使って消えてしまい、思わずため息が出る。

 彼女が言っていることも理解できるが、どうも親指の疼きが気になって仕方がない。


(頼むからバカな真似はするなよ~……)


 脳内で浮かんでしまった面倒事が起きないように祈りながら、止めていた足を進める。

 地下では今も変わらず、様々な人間の声が響き渡っていた。

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