Epilogue 波乱の宣言
長くもなく短くもない冬休みが終わった。
雪が残る石畳を歩き、暖房が効いた教室でHRが始まるのを待つ。最初はぶかぶかだったのに丈がピッタリになり始める制服を見つめながら、目の前に座る友人達の会話に入る。
「そういやギル、ティレーネさんはまだ日本にいるのか?」
「ああ。オレが国に帰ったのは、その件について話すことと今までヴィルに任させていた仕事を片付けるためだ」
「でも、【紅天使】が二ヶ月以上も日本にいるなんて……何かあったのかな?」
心菜の疑問には日向も同じことを考えていた。
ティレーネはかつて自分との約束を守るべく、不老不死になってまで国を出ることを拒み続けた忠誠心の高い女性だ。
いくら主人である自分がいる国の魔導犯罪発生率が高くなったことを気にして、あれほど離れなかったイギリスを出るなんて考えられない。
正直、今の状態では判断材料がないせいで全部推測なってしまう。
夏休みの件で互いの連絡先を交換してはいるが、向こうも気を遣っているのか多忙なのか他愛のない話題ばかりのメールしか送ってこない。
HRが終わったら、入国の理由を聞こうと決めた時だ。
ブツン、と電子黒板が作動した。
この学園の電子黒板はテレビ機能もあり、映像記録を見る時は教壇にあるレコーダーでDVDを入れて起動させている。
普通ならば勝手に電源が点かないそれにクラス中が騒めく中、耳障りな砂嵐の画面から鮮明なものに変わる。
電子黒板いっぱいに写し出されたのは、聖堂に似た空間。
床に赤い絨毯が敷かれ、祭壇の背後には始祖信仰の象徴である中央に六芒星が埋め込まれた十字架が立てられている。裾やフードに金刺繍があしらわれた白いローブ姿の背丈が違う四人が祭壇の後ろに立ち、その内の一人が前に出る。
フードを目深く被っているせいで顔の上半分は見えないが、艶やかな紅色の髪とシャープな曲線を描く頬と口元、それとフード越しでも分かる華奢な体付きから日向達と年が近い少女だと分かる。
彼女は菱形の金のトップスに虹色に輝くムーンストーンを埋め込んだペンダントを揺らしながら、口を開く。
『――これを見ている日本国民の皆様。私達は始祖信仰の『新主派』の者です』
意外と高い声で語り始めた少女に、クラス中が騒ぎ出す。
廊下の向こうでも「何が起きてるの?」「おい、どのクラスの電子黒板も同じになってるって!」と会話が聞こえ、この映像を見ているのは自分達だけでなく全クラスが見ていると知る。
『私達は近年、この国の惨状に心を痛めています。増加する魔導犯罪、魔導士を排斥しよとする差別派の活動……多くの魔導士が力なき者から虐げられ、後ろ指を刺されている。この現状は全てIMF日本支部だけでなくこの国を守るはずの七色家の職務怠慢によるものだと考えています』
戯言だ、と日向は断言する。
魔導犯罪の増加も差別派も、カロンが少なからず裏で手を回していると前世の記憶と可能性からほぼ断定している。
自分を手に入れ、何かを企むあの悪魔の動きは冬休みでも警戒していたが、まさかこのタイミングで動くとは思っていなかった。しかも厄介なことに、『新主派』を駒として使って。
(どこまで卑怯な男なの……!?)
カロンへの憤りを感じながらも、日向の心情を一切知らない映像の向こうにいる少女は高らかに告げる。
『故に私達――いえ、『新主派』の新たな〝神〟と選ばれた者として、ここに宣言します』
映像越しの少女の口元に微かな笑みを浮かべたのを見て、嫌な予感がするも遅かった。
『我ら新生四大魔導士は、本日を以てこの国を魔導大国として生まれ変わらせることを。魔導士の力で力なき者達を平伏す国にすることを――――!』
始祖信仰『新主派』によって生み出された、新生四大魔導士の一人である少女の宣言は、近くにいる血統主義や選民主義の思想を持つ生徒の目に火を点けた。
校舎全体が驚愕で騒めく中、真の四大魔導士達は鋭い目つきで映像を睨みつける。
自分達の敵となり、その肩書を私利私欲のためだけに背負った愚か者達を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます