第200話 結ばれる愛
「着いたぜ、ここだ」
「うっわ、広いね……」
悠護に案内されて用意されたスイートルームは、修学旅行で使ったホテルの部屋より広く四人家族が暮らしてもおかしくないほどの広々とした空間だ。
ソファーなどの調度品も高価なもので、内装も西洋風に整えられている。アニメティも充分すぎるほど揃っており、普通に泊まる分には困らない。
……寝室にキングサイズのベッドがどーんと一台だけ鎮座していることを除けば。
「「…………」」
部屋に入った直後、再び無言になる二人。
悠護のあの爆弾発言のせいで気まずくなり、部屋に着くまで終始無言だった。部屋に入って少しだけ言葉を返した再び無言になり、互いに流れる空気が徐々に重くなる。
当たり前だ。これから自分達は恋人としてのステップアップをするのだ。前世を含めて互いに恋愛経験ゼロのまま恋人同士になった。緊張しない方がおかしい。
「…………あー、えっと……先に風呂入っていいか?」
「い……いい、よ……」
気まずさが限界突破したのか、先に音を上げた悠護の言葉に同意し、お風呂を先に譲った。
用意されていたバスローブを手に洗面所に消えた悠護を見送り、日向は自分の家にあるソファーより豪華なソファーに座る。あまりのふかふか加減におっかなびっくりなったがため息を吐く。
「はぁ……まさか本当に準備してくるなんて……」
他人事のように呟いてみたが、日向自身も期待していなかったわけではない。恋人として一歩を進めたいと思っていたが、恋愛経験ゼロ状態のせいでどう切り出せばいいか分からず、結局ロクな準備もなくデートに挑んでしまった。
こうなるんだったら、スマホのネット情報から色々と参考にすればよかったと心底後悔する。
再びため息を吐きながらソファーにもたれかかるも手持ち無沙汰になり、そばにある房飾りがついたクッションをぬいぐるみみたいに抱きしめる。
家より大きい液晶テレビの電源をつけて、適当に選んだチャンネルでやっていたドラマをぼーっとした顔のまま観る。
ドラマはクリスマス・キャロルを日本版にアレンジした特別版で、原作を齧った程度しか知らない日向でもそれなりに楽しめた。
「…………悪い、待ったか?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
小休止として挟んだCMが始まった頃にようやく洗面所から出てきた悠護は、畳んだ服を片手に持ち、首にタオルを掛けたバスローブ姿のまま隣に座る。
髪はきちんと乾かしてはいるものの、肌に薄っすらと水滴が残っている。頬を伝って落ちる水滴を煩わしそうに拭う姿はどこか色っぽく、思わずばっと目を逸らす。
「このチャンネル、なんかやってんのか?」
「っ、うん……クリスマス・キャロルを日本風にアレンジした特別ドラマがやってたよ」
「クリスマス・キャロルって……確か守銭奴のおっさんが、クリスマスの日に自分の過去・現在・未来を司る三人の幽霊と出会って、最後は心を入れ替えるっていう話だっけ?」
「大雑把だとそうだね」
悠護もクリスマス・キャロルについてある程度知っていたおかげで、共通の話題が生まれさっきまでの気まずさが消えた。
CMが終わりまたドラマが始まるというところで、日向がくちゅんっとくしゃみをする。
「風邪か?」
「ううん、違うよ。生理現象で出ただけ」
「そうだとしても念のために早く風呂入っとけ。湯船には湯が張ってあるから」
「ありがとう。そうするね」
正直ドラマの続ぎが気になるも、悠護に押しに負けてもう一つのバスローブを持って洗面所に向かう。
洗面所は日向のことを気遣ってくれたのか、床に落ちているはずの髪の毛はなく、洗面台の周りは綺麗になっている。恋人の気配りに嬉しくなり、同じように服を畳んで洗面台の上に置き、そのまま浴室に入る。
入った浴室は湿気が残っているも、広々といたユニットバスには入浴剤を入れたのかお湯の色が桜色に染まっていた。シャワーで体の汚れを落とし、ゆっくりとユニットバスに入る。
温度は少し熱めだが冬にはちょうどよく、いつの間にか冷えていた体が芯まで温まる。ユニットバスに入れた入浴剤はほのかに花の香りがして、ふと先に入った悠護からも同じ香りがしていたことを思い出す。
「もしかして、あたしのために入れてくれたのかな」
いくら入浴剤があるからといって、女性が好む香りがするそれを入れる男性はあまりいない。きっと悠護がこの入浴剤を日向が好むと思って入れたのだと思うと、嬉しさのあまり口元が緩んでしまう。
優しい花の香りに包まれて眠ってしまいそうになるけれど、今度は長風呂し過ぎでのぼせてないか心配して様子を見に来る前に気を付けながらバスタイムを楽しむ。
備え付けのシャンプーとリンスで髪を綺麗にし、ボディソープをボディタオルにつけて泡立てたそれで体を丁寧に洗う。
全身がすっきりかつ暖かくなり、満足げな表情で浴室を出てバスタオルで全身についている水滴を拭い、真っ白なバスローブを着る。心地よい肌触りに驚きながらも、ドライヤーで髪を乾かし、洗面所を出る。
リビングルームに戻ると、悠護がマグカップにティーバッグを入れて湯沸かしポットの中のお湯を注いでいた。
ふとテレビの方へ視線を向けるとドラマは終盤間近らしく、ちょうど主人公である守銭奴スクルージが第三の幽霊によって未来に連れて行かれるところでCMが入った。
「あったまったか?」
「うん。いつの間にか体が冷えてたみたい」
「そうか。お茶入れたから、蒸らし終えたら飲もうな」
「……うん」
さっきまで色々と考えていたのが嘘のような普通の会話。
だけど、今のこの雰囲気こそ自分が求めていたものだと再確認し、日向はリラックスモードの悠護の隣に座った。
(結構面白いな……録画しとけばよかった)
クリスマス・キャロルを日本風にアレンジしたドラマは、原作をある程度知っている自分でも楽しめる内容だった。
日本出身の俳優と女優が演じているのもそうだが、日本人のツボを上手く狙ったコメディシーンやシリアスシーンは素晴らしいものだ。録画しなかったことを後悔しながらも、蒸し終わった紅茶を飲む。
日本人向けに調合された味だが、既製品のティーバッグとは思えないほどの味に内心驚きながらちらりと日向を見る。
終盤に入り、未来で死んだ主人公の衣服を使用人として雇っていた男女に剥ぎ取られ、古物商で自分の家から盗んだものを売り飛ばすという醜い人間模様を描いたシーンを固唾を呑みながら観ていた。
すっかり落ち着いた様子で紅茶を飲む姿は可愛らしく、別に先まで進まなくても構わないとさえ思える。
あんな恥ずかしいセリフを言った手前、カッコ悪いと思うがだからといって無理矢理するつもりもない。
そもそも、ああいうのは互いの合意があってこそ意味があると思っている。なら、彼女の意志を尊重して手を出さない方が一番の最善だ。
「……じゃあ、そろそろ寝るか」
「えっ?」
ドラマが終わって就寝にはいい時間帯になり、ソファーから立ち上がった自分の言葉に日向は動揺を浮かべる。
あの言葉の意味を理解していると嬉しいと反面、そんな反応を見せるのは予想外だった。
何か言いたげな表情を浮かべるも、すぐに微笑んで「……そうだね」と答えた日向はそのまま寝室がある方へ向かう。
日向の反応に違和感があると思いながらも、言葉を交わさないままベッドに潜り込む。
キングサイズということもあって、二人が寝るには充分すぎる広さがある。実家と同じであろう布団の感触を味わいながら布団を被ろうとした時だった。
ギシリ、とスプリングが鳴り音をした方を振り返る。直後、目の前で拗ねた表情を浮かべる日向を見て息を呑む。
「ひ、日向……」
「…………本当に寝ちゃうの?」
「え……?」
「あたしのこと……全部もらうつもりじゃなかったの……?」
その言葉に言葉を失うと、日向の目の縁からじわりと涙が滲み出る。
今にも零れそうな涙の粒を見て、悠護は指先で優しくそれを拭う。
「……ごめん、泣かせるつもりはなかった。本当はそのつもりだった。でも、直前になってちょっと怖気ついちまった」
「ヘタレ」
「うぐっ」
グサッと胸に突き刺さるも、本当のことなので何も言えない。
心なしか痛み始めた胸を押さえていると、ふわっと唇に柔らかい感触が落ちる。目の前の日向の顔が一気に近づいたのを見て、キスされたのだと理解する。
だが一拍も置かず再び唇が重ねられる。軽く触れるものではなく、しっかりと唇を合わさったものだ。
「んっ……」
「ん……ふっ……」
唇同士が触れ合う内に自然と舌同士を絡ませ合い、唾液を交換し合うように交わし合う。
キスを交わしながらゆっくりと体を起き上がらせ、自分の上にいた日向の体を反転させてそのままベッドに組み敷かせる。
互いの唇が離れ、乱れた息が溢れ出る。ベッドの上に組み敷かれた日向は頬を紅潮させ、バスローブは襟元がはだけ柔らかな膨らみが少しだけ露出している。下も襟元よりもはだけ、ほどよく肉がついたふくろはぎと太腿が露わになり、ごくりと口の中で溜まっていた唾液を飲んだ。
「……言っとくが、もう後戻りできないぞ」
「うん……」
「泣いても、謝っても、止められないからな」
「うん……」
「きっと痛い思いもするし、苦しい思いもするかもしれない。それでもいいいのか……?」
優しくけれど真剣な口調で諭す悠護の瞳には、確かな熱が籠っているも僅かながら恐怖もあった。
これからしようとする行為は、前世では一度も交わさないまま生を終えてしまった。今世ではやっと叶うようになるも、それでも未知の経験というのは無意識に恐怖心を駆り出される。
本音を言えば恐怖を感じていないわけではない。中学の保健の授業で習ったし、初めは誰でも痛いという知識も知っている。
でも。
それでも。
好きな人と心も体も結ばれたいと思うのは、間違いではない。
「……いいよ。悠護になら、傷つけられても、ひどいことされてもいい」
「……!」
「その代わり……ちゃんと、あたしを愛してね……」
驚きで目を見開いた彼の頬に優しく触れる。
日向の言葉に悠護の真紅色の双眸がくしゃりと歪み、さっきよりも荒々しいキスが交わされた。
「んぅ……はぁ……っ」
「……当たり前だ。最初からそのつもりなんだからな」
再び荒々しいキスを交わしながら、日向の両手は自然と悠護の背中に回る。
それが、二人が愛し合う合図となった。
☆★☆★☆
聖なる夜、二人の想いはようやく成就した。
口付けでは感じられなかった愛を感じ合い。
互いの湿った熱さえも愛おしく感じ。
それでも貪欲に、深く互いを愛した。
琥珀色の瞳が熱で潤み、愛しい少年の愛を求める。
真紅色の瞳が熱を帯び、愛しい少女に愛を与える。
唇から甘い声が漏れ、肌同士が触れ合うたびに赤く染まる。
ああ。ようやく、手に入れた。
ようやく、ひとつになれた。
ようやく、本当の意味で結ばれた。
これほどまでに嬉しいことはない。
嬉しくて嬉しくて、涙が零れる。
涙が零れ落ちる瞳を優しく撫でられる。
苦しそうに、でも嬉しそうに微笑む愛しい人の顔を見つめ、万感の想いを告げる。
「――愛してる、悠護」
「俺も――愛してる、日向」
温かいものが頬を優しく撫でる。
カーテンの合間から日差しが差し込み、瞼裏でも眩しさを感じゆっくりと瞼を上げた。直後、健やかな寝息を立てる悠護の顔がドアップで視界に入り、思わず悲鳴が上げそうになるも昨夜のことを思い出して顔に朱が差す。
(そ、そうだった……昨日悠護と……!)
昨夜のことを思い出し、顔から湯気が出そうなほど赤くなっていく。
いつもとは違う男らしくて色っぽい顔も普段聞かない低い声も鮮明に思い出し、枕に顔を埋める。
ぼふぼふと何度か枕に向かってヘディングをして、チラッと目線だけ動かした瞬間全身が硬直した。
隣で眠っていた悠護は起きていて、にやにやと笑っている。
その顔を見て、今までの奇行を見られたと察し、近くにあった枕で叩いた。
「バカ! ヘタレ! 寝たふりなんてサイテー!!」
「ぶわっ! やめろやめろ、埃が口の中に入って……ゲホッ、ゴホッ!?」
ばふばふと枕を叩いたせいで埃が舞い、それが口に入ってしまった悠護は激しく咳き込む。
すぐさま日向から枕を奪い、布団ごと日向を抱きしめる。逞しい胸に顔を埋められ、ピタリと動きが止まる。そのままそろそろと手を背中に回し、抱きしめ返してきた。
「……背中、痛い?」
「いや、そこまで。お前は?」
「ちょっと……体が辛い、かな……」
「……だよなぁ。ごめん、我慢できなかった」
正直、自分でもやり過ぎたという節はあった。だが、今まで叶わなかった願いが成就して加減できず、結果無理をさせてしまった。
生まれたての小鹿みたいに震えながら必死に起き上がろうとする日向を宥め、さり気なく額に唇を落とした。
「チェックアウトまで時間があるからもう少し寝てろ」
「うん……ねぇ悠護」
「なんだ?」
「キスする場所……違うでしょ?」
寝たふりの仕返しとしキスをねだってみると、悠護は目元を赤くして目線をわたわたと動かす。
期待するように見つめる日向の視線に負け、上半身を屈ませながら軽く唇同士を触れ合わせる。
幸せでにやける顔を見つめ合い、こつりと額同士を合わせながら笑い合う。
「……おはよ、日向」
「おはよう、悠護」
ようやく結ばれた愛を確かめるために、二人はもう一度小さな口付けを交わした。
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