第197話 未来を告げる予言

 突然現れた知人の登場に、怜哉だけでなくギルベルトを含む後輩達は全員絶句していた。

 ティレーネの顔は魔導士界では知る人ぞ知る有名人であり、彼女はここ数百年の間イギリスから一歩も出たことがない。

 面会は全てパソコンやスマホを使ったビデオ通話のみで、彼女本人と話すにはわざわざイギリスにまで足を運ばなければならないほどだ。


 加えて数百年も経っているのに未だに老化を感じさせない美貌と魔法は、イギリスのみならず他国の魔導士にとっては脅威で、『彼女の怒りを買ったら最後、悲惨な死が約束される』などと噂が立っている。

 そんな超有名人が日本に、しかも聖天学園にまで足を運んで学園祭を見て回っているなんで誰が予想できようか。


「……久しぶりだな、【紅天使】ティレーネ・アンジュ・クリスティア」

「ええ、お元気そうで何よりです。ギルベルト殿下」


 ギルベルトがわざわざフルネームで彼女の名を呼ぶと、ティレーネは普段のように綺麗なお辞儀をする。

 イギリスの王子が名を告げたおかげで信憑性が増し、再びざわめきが起こる。超有名魔導士の登場は物作りクラブだけでなく周囲の野次馬すら黙らせる効果があった。

 ティレーネは流し目で物作りクラブの方に向けると、彼らは追い詰められた獲物のように体を震わせる。


「それで、この子達は?」

「ただの悪質なクレーマーだ。お前がわざわざ手を煩わせるほどの相手ではない」

「そう……ねぇ、あなた達」

「ひゃ、ひゃい!?」


 少し考えるように目を軽く伏せたティレーネが、物作りクラブに声をかける。

 有名人に声をかけれて驚いた彼らは、上擦った声を上げながらも返事する。


「せっかく楽しいお祭りの日なのに、何がそんなに不満なのかしら?」

「え……だ、だって、そいつらがパクり商品を売ってたので……」

「似た商品が出てしまうのは仕方がないことよ。小さな諍いで楽しい時間を壊してしまうのは誰だって嫌でしょ?」

「それは……そうですが……」

「わたくしもせっかくのお祭りを楽しみたいの。……あまり、不愉快な気分にさせないでちょうだい」


 すっと萌黄色の双眸が細められると、物作りクラブは「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。

 確かに今の会話は傍から見たら気分が悪くなるが、【紅天使】直々のお説教は一学生である彼らには刺激が強すぎた。

 結果、彼女の威圧感に耐え切れなかった連中は「し、失礼しました~!」と泣き言を言いながら逃走。まあ、完全に蛇に睨まれた蛙状態だったから逃げるのは当然の結果だ。


「お騒がして大変申し訳ありません。皆様、引き続き学園祭をお楽しみくださいませ」


 もう一度お辞儀を見せたティレーネに周囲が見惚れる中、彼女は優雅な足取りで迎賓館のある方へ歩きだす。

 よく見ると前方から血相を変えた教師達が走ってきており、その中には陽とジークの姿もある。

 ティレーネは始終微笑みを浮かべたまま教師に連れられていく後姿を、日向達は全員呆然と見送ることしかできなかった。


「な……なんでティラがここに……?」

「さぁな。どうせ陽とジークに事情を伝える。その時に訊けばいい」

「同意。ほら、さっさと売りなよ。お客さん待ってるよ」


 怜哉の指摘を受けて、再び店の前に集まり始めた客の姿に日向達は慌てて接客を始める。

 ひとまず物作りクラブの不当な要求は退けられ、場が収まった。この調子なら終了時間までに全部売りさばけるだろう。


(【紅天使】がわざわざ国を出てまで来た理由、か……)


 その間、怜哉は作業の手を止めないままティレーネが訪問の意図について推測していた。



「まさか引きこもりのお前が出て来るなんてな、明日は槍でも降るのか?」

「あら、あなたの頭上に隕石を落とさせたいのかしら?」

「やめい。学生だけやなく普通のお客さんまで殺す気か?」


 迎賓館にある一室に案内されたティレーネは、目の前で悪意ある挑発をする笑顔のジークに対し応酬するも、無意識に可視化された両者の魔力を見て陽が間に入って止める。

 この二人、従者としてなら息はぴったりだが人としての相性はあまりよくない。というよりも、ティレーネは幼少期から仕えていた主人をジークに取られたこともあり、その頃の嫉妬が今も続いているのだ。

 まあ、今も日向の従者としてそばにいるのだから、嫉妬したくなる気持ちは分かる。


「……それで、なんでわざわざ出てきたんや? アンタが外に出てまでやる仕事なんてほとんどないで」

「わたくしも本当でしたらそのつもりだったのだけど……少し聞き捨てならない話を耳にしたの」


 優雅に紅茶を飲むティレーネだが、美しいかんばせはどことなく険しい……というか、忌々しいものを目の当たりにした表情をしている。

 こういう時の彼女の表情は本当に嫌なことが起きた時しかしない。どんなことでも鉄仮面のような笑顔で乗り切りかつ流す彼女だからこそ、感情が表情に出る時は本当にごく稀だ。


「最近、『新主派』の動きが変に活発化しているのはご存知かしら?」

「ああ、知っている。非信仰派と違って面倒な連中だ」


『新主派』は『伝統派』と対立しているが、どちらも信仰派として名を馳せている派閥だ。非信仰派と比べて扱いが難しく、それでいて下手に敵に回すと厄介なことになる。

 本当なら『伝統派』だけいてくれればそれでいいのだが、人間の性質上それは難しい。


 そもそも始祖信仰も、最初は『落陽の血戦』の傷が癒えていなかった者達が生み出した新興宗教で、年月と共に他の宗教と同じように信者や司祭を増やしていった。

 しかしその在り方も時代と共に変わり、四大魔導士とは別の〝神〟を信仰する『新主派』と〝神〟そのものすらも否定する非信仰派が生まれた。

 人間というのは意識的にしろ無意識的にしろ、本当に身勝手な生き物だと改めて思う。


「それがどないしたん? 別に目立ったデモはしとらんし、布教活動くらい別にええやろ」

「……ええ、本当にそれだけならわたくしもわざわざ日本にまで足を運びませんでした」

「ということは、お前がご自慢の塔から出なければならないほどのことが、『新主派』にはあるということか」


 ただの布教活動の活発化ならば、わざわざ『時計塔の聖翼』の長が出向く必要がない。

適当に『二四の片翼』の誰かを手配すればいいだけ。

 だが、それすらせず護衛の一人も連れていないティレーネの行動は、本格的に見過ごせない事態なのだと思い知らされる。


「今の日本の魔導犯罪の発生は、恐らくカロンが裏で手を引いています。彼は七色家を潰すことで日本側のIMFの権威を下げ、自分の息がかかった者を七色家の代わりに据えさせる……そうすることで日向様をより捕まえやすくしたいのでしょう」

「……相変わらずやることが悪党やな。あんな王の命令に従っていたなんて、今思い出しても吐き気がするわ」

「なるほど……その代わりが、『新主派』にあるということだな?」


 ジークの予想が正しければ、『新主派』はすでにカロンの手の内と同義だ。

 もし彼らの活動と魔導犯罪が活発し続ければ、日本支部の権威も地に堕ち、七色家も責任を問われる形で解散させられる。

 だが、七色家の代わりなど早々見つかるものではないはずだ。


「はい、その代わりが……これまた人の琴線を逆撫でするほど不愉快なものでして」


 にっこりと微笑むティレーネ。だがその顔は笑顔に見えて笑っていない。むしろ湧き上がる怒りを無理矢理抑え、逆に笑えてきてしまった人間の顔だ。

 ぞわっと背筋が凍る感覚を味わいながら、二人は美しい紅い天使の言葉を待つ。


「七色家の代わりとなる存在、それは――――」



☆★☆★☆



 学園祭が終わり、各々が教室や寮でお疲れ様パーティーをしている間、怜哉は一人外に出ていた。不参加組である自分がパーティーに出る理由はないし、どうせなら一人で過ごしたい。

 なので、ぶらぶらと噴水近くを歩いていると、後ろからヒュンッと何かが飛んでくる音がした。


 すぐさま防御魔法を発動し、狙いである後頭部に張るとカンッと音を立てて転がる。石畳の上に転がるのは、ひしゃげた空き缶。そして、何かを投げた動きをしたギルベルト。

 こんな幼稚な真似をした第一王子に呆れ、怜哉はため息を吐く。


「こんな時間に何? 君もパーティーをやっているんじゃないの?」

「ああ、オレはお前を呼びにきたんだ」

「呼びに? なんの?」

「もちろんお疲れ様パーティーだ。学年は違うとはいえ、お前も一緒に参加したんだ。パーティーに参加する権利はある」

「……わざわざ僕を呼びに来るなんて、君らってほんと変わってるよね」


 ただ成り行きで手伝っただけなのに、わざわざ探してパーティーに呼ばれるなんて今までの怜哉の人生の中では考えられなかった。

 七色家の息子と生まれ、他の魔導士家系とはレベルの高い教育を受け、この学園に入学するまで仲の良い友達も慕われる後輩も作らず、一人でのんびりと過ごしていたはずなのに。


 豊崎日向という異分子イレギュラーによって、怜哉の小さな世界は大きく広がった。

 今まで事務的な会話しかしなかった悠護と他愛のない会話ができるほど仲良くなり、樹や心菜、そしてギルベルトなどの後輩もできた。

 白石家の次期当主としての道を歩むために『不必要』と判断したもの――それこそ友達や後輩との関係は全て捨ててきたはずなのに……。


(僕はもうあの子達に絆されたってことかな……)


 昔の自分に言っても信じられない変化に、怜哉は思わず苦笑する。

 本来ならこのような変化は白石家にとっては相応しくないだろうが、そんなものは別にどうでもいいとさえ思える。そもそも、白石家にはそんな決まりはないし、周囲が何言ってこようが問題ないけれど。


「……で、参加するのか? いい加減早くこいと急かされているぞ」

「分かった、行くよ。行くからわざわざ見せなくていいって」


 ご丁寧にSNSのグループメッセを見せてくる第一王子を鬱陶しそうに払いのけながら、怜哉は一年生の学生寮へと続く道を歩きだす。

 ただ後輩の元へ行くというだけで、戦闘とは違う楽しみが沸き上がるのは、きっと怜哉自身が彼女らを大切にしている証なのだ。少しこそばゆく、胸がムズムズしてしまう。

 だけど、その感覚すら心地よいと思い始めた時点で、自分はもう末期かもしれない。


(……ま、絶対に言うつもりはないけどね)



「全く、あいつも素直じゃないな」


 無表情のくせに足は軽やかなのに気づかない先輩に呆れながら、ギルベルトは噴水の縁に腰かける。

 いつも表情が読めないよう装っているが、彼自身が自分達にそれなりの情を抱いているのはあのアイスブルー色の瞳を見れば分かるものだ。


 人の感情を読み取る中で一番判断がつきやすいのは顔だが、その次に目が入っている。

 目というのは人の感情を読み取るには少し難易度は高い。だが、素人が完全に読み取れないわけではない。目の動きや瞼の閉じ開き具合は感情と同調し、表情に出なくても分かってしまう。

 怜哉の様子を見る限り、彼自身は自分の目から伝わる感情には気づいていないようだ。


「さて、オレもそろそろ行くか」


 噴水から立ち上がり、ふと頭上を見上げると今日はちょうど満月だ。

 向こうではすでに満月だったのだろうか……と思っていた直後、ギルベルトのスマホが震えだす。

 画面を見ると『ルナ』と表示されており、すぐに電話に出る。


「……もしもし」

『ごめんなさい、もうお休みだったかしら?』

「いや、まだ就寝時間じゃない……というか、分かって言っているだろう」


 日本とイギリスの時差は八時間。こちらは夜だが、向こうはまだ昼前。そして彼女が時差を知らないわけがない。

 確信犯みたいな行動をする婚約者に呆れながらも、電話口からくすくすと笑いが漏れる。


『ちょっとした悪戯よ。可愛いでしょ?』

「まぁな。で、どうした? 何かあったのか?」

『いいえ。アレックスとベロニカは相変わらずだし、ヴィルヘルムもようやくアイリスとの婚約まで漕ぎつけたわ。……ただ、やはり例の偽物騒動のせいで結婚はまだ時間がかかると思うわ』

「こちらの不手際で巻き込んだというのに、本当に呆れる連中だ。心配するな、オレが即位したらすぐに結婚できるよう後押ししよう。なぁに、小うるさい臣下の声くらい止めてやろう」

『ふふっ、そのセリフを吐きながら極悪面してるあなたが想像できるわ』


 まさにそういう顔をしているギルベルトは図星を指され「うっ」と呻くと、ルナはさらに笑い声をあげる。

 淑女としてはあげるべきではない笑い声だが、人を貶す言葉と共に漏れる囁き笑いよりこちらの方がギルベルトは好ましかった。


「恐らくそっちは満月だっただろう。予言はきたか?」

『いつも通りにね。特に大きな災いを呼び出す予言はなかった。……ただ……』

「――未来を告げる予言があった、か?」

『ええ……』


【月の姫巫女】であるルナが満月を通じて下される予言は、害にも得にもならない予言だったり、吉兆を知らせる予言であったり、逆に凶事をもたらす予言だったりと様々だ。

 その中でも一番厄介なのは、だ。


 この予言が下されると、未来が高確率でその予言通りになってしまう危険性があると同時にイギリスのIMF本部も無視できないモノだ。ギルベルトの予言と日向の予言がそれに該当する。

 しかしこの未来を告げる予言は出現率が極めて低く、数年もしくは一〇年単位で下されるはず。なのに、今年は数ヶ月という短いスパンで未来を告げる予言が下されるのは異常だ。


「その内容はもう告げたのか?」

『ええ、今日の朝にはすでに。だから伝えることはできるわ』


 原則、【月の姫巫女】の予言は予言が下された翌日の朝にならなければ王室およびIMFに伝えることはできない。

 もし翌日より先に予言を他言してしまったら、予言が暴走し内容以上の結果を招く。朝にすでに伝え終えているのなら、電話越しでもギルベルトに話しても問題はない。


『『――赤き悪魔の手から偽りの始祖が生まれる。偽りの始祖が血の狂宴を生み出す月の出ない夜、真の始祖は英雄として再び現る』』


 電話越しでも厳かに、そして神聖な声がギルベルトの耳朶を打つ。

 だが、その予言の内容に静かに息を呑む。


「…………おい、その予言、もしや――」

『私もあなたと同じ考えよ。国王もこの予言だけはどうしてもあなたに伝えなさいと言われていたから……』

「そうか、伝えてくれて感謝する」

『ギルッ!』


 変にうるさい心臓の鼓動を宥めようと平静を装った直後、ルナが自分の愛称を呼んだ。

 そういえばルナが『白の聖園せいえん』 に行ってからこの愛称を呼ばれてないな、と他人事に思っていると震えた声が耳に入る。


『どうか……無事に戻ってきて』

「……心配するな。オレはそう易々と死ぬつもりはない」


 この予言がもたらす未来は、恐らく最悪の部類になるだろう。

 もしかしたら傷つくかもしれないし、死ぬ可能性だってある。

 だが、まだ男としての幸せを掴んでいないのに死ぬつもりはさらさらない。


「ルナ、お前は安心してオレの無事を祈ってくれ。それだけあればオレは生きられる」

『っ……はい、どうかご武運を――』


 その言葉を最後に、通話が切れる。ツー、ツーと無機質な音が耳の中で響かせる中、ギルベルトは静かに電話を切ってスマホをポケットにしまう。

 そのまま満月を見上げたギルベルトは、敵を目にした戦士のような胆力と鋭い目つきで言った。


「――貴様の思い通りにはさせんぞ。覚悟しておけ、カロン」

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