第196話 再会は突然に
『――この者には天をも轟かせる
ローゼン・アルマンディンが生誕してしばらくした頃、偶然国に立ち寄った予言者らしき老人がそう告げられた。
ローゼンが生まれた時にはすでに次期国王として目されていたカロンと平凡なサンデスがいたため、誰もが予言者の言葉を信用していなかった。
だが、ローゼンが子供とは思えないほどの高い頭脳を持ち、後に四大魔導士の一人として数えられた際には、あの予言が本物であると思い知らされた。
ローゼン自身も物心をついた頃にはその予言を知っていたし、外れているだろうと思っていた。
日が経つにつれて予言の真実味は増し、『落陽の血戦』後からしばらくしてローゼンは新たな国王として即位。
カロンが死に、サンデスが行方不明になった以上、最後の王族であるローゼンが王になるのは当然の結果だった。
だけど、ローゼンにとってそんなものはどうでもよかった。
『落陽の血戦』でアリナとクロウがこの世を去り、ベネディクトも国の復興と育成などやるべきことを終えると、わずかな荷物を持ったまま一人で巡礼の旅へと出てしまった。
かつて志を共にした者達の喪失はローゼンの心を蝕み、最愛の王妃の間に四人の王子と二人の王女に恵まれ、数々の艱難辛苦を乗り越えて八三歳で大往生を遂げても、喪失感だけは永遠に埋められなかった。
後に、かの国王に仕えていた大臣は語った。
ローゼン・アルマンディン王は、イングランド王国を繁栄に導いた偉大な国王であると同時に、友を失って嘆き悲しむ友想いな御方だったと―――。
☆★☆★☆
「――前世の君って、こんな風に言われてたんだね」
「そうらしいな。まあ、否定はせんが」
放課後の学習棟。
学園祭が近づき、外では舞台や出店の設営で勤しむ学生が多く、この部屋でも日向達は己に与えられた作業をこなしていた。
後輩組はもくもくと学園祭で出す商品の製作をこなしており、見ているこっちが分かるほど楽しげだ。
三年である怜哉達は学園祭より就職活動およびIMF採用試験に向けての準備に専念しており、思い出作りや余裕がある者達は出し物に参加している。
怜哉はその参加できる生徒なのだが、同級生の目を気にして教室より気楽でいられるこの部屋に避難した。
七色家は卒業後、次期当主として現当主から少しずつ仕事を任され、面倒な引き継ぎを終えられたら当主として認められる。
その間は試用期間としてIMFの各部署のどこかに配属され、世間に揉まれながら当主として未熟な器を育てるのだ。
すでに進路が決まっている怜哉の存在は他の同級生にとっては目障りらしく、必ず皮肉を言われることがある。大して響かないが何度も言われれば煩わしく感じ、事情を知っている後輩が集まっているこの場所に避難することが多くなった。
その時に暇つぶしで『四大魔導士について』を読んでいて、ちょうど目の前にローゼンの生まれ変わりであるギルベルトがいたからこそ冒頭の質問を投げかけたのだ。
ちょうど作業を終えたギルベルトが道具を置くと、ガーネット色の瞳を怜哉に向けた。
「かつてのオレが心を許した友を生死問わず失っていたのは事実だし、最後の文はまさに言い得て妙だ。それを否定する理由もなければ訂正する理由もない」
「ふぅん……そっか。ところで話が変わるけど、ローゼンの王妃様ってどんな人なの? 名前しか書いてないから分からないんだけど」
「本当に話が変わったな……」
あっさりと話題転換した怜哉に苦笑するも、ギルベルトは「まあいい」と言いながら懐かしそうに目を細めた。
「ローゼンの王妃になったのは、フィーレンス辺境伯の三番目の令嬢、カメリア・フィーレンスだ」
「フィーレンス?」
王妃の名字を聞いて、真っ先に反応したのは日向だ。
次に悠護も反応し、心菜と樹はクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。
「フィーレンスって、もしかして【細工のフィーレンス】のこと?」
「そうだ。よく覚えていたな」
「【細工のフィーレンス】?」
「昔、イングランド王国の中で随一の腕を誇る細工師がいたんだ。彼が作った装飾品は貴族のみならず王族の目に留まり、数代前国王に嫁いだ王妃のティアラを作り上げた功績から辺境伯を叙爵された。それでついたあだ名が【細工のフィーレンス】ってわけだ」
【細工のフィーレンス】の血脈は今も続いており、時代を経て装飾品メーカーとして成長。今ではイギリス一の装飾品メーカーとして名を馳せ、世界中のセレブからオーダーメイドの装飾品を作り続けている。
なお、イギリス王室で用意されている装飾品の数々は全てこの【細工のフィーレンス】から発注されており、王室御用達としても有名だ。
「カメリアは気立てのいいしっかりした娘でな、当時のオレにはもったいない女だった」
「へえ、そんなにいい子だったんだ」
「ああ。なんせこのオレの尻を本当に蹴飛ばして喝を入れた女だ、いい女ではないわけがない」
かつての思い出を語るギルベルトの顔は、小さく笑みを零しながらも楽しそうだ。
確かにこの本に出てくるローゼンは、国王として国を導きながらも友を失った悲しみを死後も抱えていた。
不敬になるが女々しい男だったローゼンが死ぬまで王として君臨したのは、ひとえにカメリア王妃の存在があってこそだったのだろう。
「そういえばギル、卒業したらそのまま国王になるのか?」
「いいや。しばらくは父の仕事を手伝ってから即位するつもりだ。無理を言ってこの学園に入ったからな、しばらくはコキ使われるつもりだ」
樹の質問にギルベルトは苦笑しながら答えた。
そもそもギルベルトが聖天学園に来たのは、日向に一目惚れして王妃として迎えることだ。その時にはすでに婚約者である【月の姫巫女】ルナ・ヴァン・プリシアがおり、婚約者を持つ王子でありながら他国の庶民の女に求婚を申し込んだ。
もちろんその話は夏休みの件で問題になったが、前世を思い出した日向が悠護を選んだことによって、結果的にギルベルトは元鞘に収まった。
だが、学園在籍中は王族としての仕事もほんの一部しか関われないことから、卒業後はしばらく国王として勉強する日々を送るらしい。
そのあたりは七色家と共通するものがあるな、と怜哉は他人事のように思いながら開いていた本を閉じた。
☆★☆★☆
学園祭が近づいていることもあり、ほとんどのクラスはその準備に明け暮れている。
去年と同じくクラス全員で出し物することもあるが、A組は一度クラスでやったこともあり、今回はグループごとで研究発表や手作りの商品販売をすることになった。
いつものメンバーでグループを作った日向達は、設営場所である校庭の一画で長テーブルを置き、机のサイズに合わせて切った布を被せた。
「樹、準備は大丈夫?」
「ああ。ばっちりだ!」
部屋からダンボールを抱えて出てきた樹がにかっと笑みを浮かべた。
今回、日向達が販売するのはお手製のレジンアクセサリーだ。UVレジンを主材料にパーツや着色料を使って思い思いに作っているが、このアクセサリーの半分はフレーム部分に小さな魔法陣が刻まれている。
これに魔力を篭めれば光だしたり、音が鳴ったりとおもちゃのような効果しかないが、見た目が手作りとは思えないほどの完成度がある。
半々に作ったのも魔導具の方のアクセサリーは消費魔力も抑えめだから魔法が不得意な子供に、魔力のない普通のアクセサリーは招待した一般人に向けて作っているため、誰もが自由に買える商品として狙っているためだ。
「こうしてみると本当に手作りとは思えないな」
「そうだな。売れ行きはどうなるか分からねぇけど、学園祭が終わるまで精一杯売ろうぜ」
ダンボールからアクセサリーを取り出して並べ終えた直後、開始のアナウンスが鳴る。
校門で入場を待っていた人達が押し寄せ、校庭は人でごった返し始めた。
やはり学園祭ということもあり校庭に出ている出店は飲食系が多く、去年と同じようにソースや炭の匂いがあちこちで広がっている。
「やっほ~、様子見に来たよ~」
「怜哉……お前、いくら出店不参加だからって真っ先に来るなよ……」
「しょうがないじゃん。ウチのクラスもほとんどが不参加だし、それに僕はどこにいても問題ないから」
「てことは……怜哉先輩は暇ってことですね?」
嫌そうな顔をする悠護の背後から現れた日向が、にっこりといい笑顔をしている。
だけどその笑顔を見て、嫌な予感を察した怜哉が逃げ出そうも時すでに遅し。がっちりと腕を掴まれ、逃走を阻止される。
「暇なら一緒に出店を手伝ってください。『三年生が後輩の手伝いをしてはいけない』なんてルールはないですし」
「……別にいいけど」
特にすることもなかった怜哉は、このまま寮に戻って時間を潰そうとしていた。
暇つぶしとして後輩の手伝いをしてもいいかと思った怜哉は、日向に腕を引っ張られながらそのまま店の手伝いを始めた。
開始してから数時間、途中で昼休憩を入れたが売れ行きはよかった。
魔法を習ったばかりの魔導士の子供はもちろん、招待客もこのアクセサリーがお手製だと知って驚くも出来映えの良さに感動して購入してくれた。
さらにリピーターが続出し、新規の顧客も現れ始め、店は午前と比べて忙しくなる。
「はい! こちらのキーホルダーですね、ありがとうございます!」
「こっちのネックレスは四〇〇円です! 二つですね。かしこまりました!」
「このピンバッヂは少しの魔力を入れるだけで音がなるので、防犯グッズとしても役に立ちますよ!」
「樹! 学習棟にまだ在庫はあるか!?」
「二箱くらいはまだある! 猛ダッシュで取ってくる!」
予想以上の売れ行きでバタバタしながらも動き回る後輩達。
呼び込みとしてお手製看板を持っていた怜哉も売り子として参加しようと悩んでいた時だ。
「――ここか! パクり商品を売っている店はッ!」
校庭の一画に怒声が響き渡り、客達はざわりと騒ぎ始める。
客の間を通ってくる三人組は、着崩した制服と顔を見て同じ三年であると同時に物作りクラブの部員であることが分かった。
物作りクラブは魔法を使った刺繍やアクセサリーを作り、学園祭やフリーマーケットで売る活動をしている。彼らが今年の学園祭で出店するのは分かっていたが、怒鳴り込んでくるのは予想外だ。
「あの……何かご用で?」
「ご用だと……? お前ら、俺達の店の商品をパクって売りつけるとは随分と卑怯だな!」
「はぁ!? 何言ってんだよ、ここに出ている商品は全部俺達が作ったものだ! 似た商品が出ちまうのはしょうがないとして、なんで俺達がパクったことになるんだよ!」
確かに祭で似た出店が出ることはある。焼きそばも歩けばいくつもあり、味付けは具材もその店によって違う。
だが、日向達も偶然物作りクラブと同じものを作っただけであり、一方的にパクり扱いされる筋合いはない。
「ふん、どうだかな。七色家だけでなく神藤メディカルコーポレーションの令嬢もイギリス王子もいるんだ。金でスパイを雇った俺達の商品を真似したんじゃないのか?」
「そんなことは一切してません! 言いがかりはよしてください!」
「言いがかりなものか! 現にお前達のせいで俺達のクラブの売上に影響を及ぼしてるんだ! 今すぐ店を閉めろ! 閉めないというなら、実力行使をするまでだ!」
クラブの部長らしき男子生徒が魔力を可視化させるのを見て、周囲の客は慌てて逃げ始める。
学園祭という特別な行事で普通とは違うため、こういった諍いがあってもおかしくはないがそれにしてはあまりにも横暴だ。
後輩達は物作りクラブの売上事情なんて知らないし、完全に向こうの都合による行為だ。
「さっきから聞いていれば……貴様らこそ卑怯ではないのか?」
だけど、ギルベルトだけは鋭くなったガーネット色の双眸を向けていた。
王子の怒気に当てられ、物作りクラブの連中は息を呑んだ。
「そちらの商品とこちらの商品の性能が同じだったのは偶然だが、売上についてはオレ達は一切関与していない。なのにこちらの事情を聞かず、一方的に犯人扱いとは……貴様ら恥ずかしくないのか?」
「僕も同感。そもそもそっちの売上なんて知らないし、フリーマーケットに参加してるなら売れ残った
ギルベルトに続き怜哉の援護射撃が入ると、物作りクラブの連中は羞恥で顔を赤くしながら黙り込む。
無言で反論しない様子を見て、彼らの行動が横暴だと察した野次馬がひそひそと囁き合う。
「何? あの子達、売上が悪い理由を後輩のせいにしてるの?」
「ひどいな。さすがに引くぞ……」
「やってること陰湿すぎ」
野次馬の会話を聞いてさらに顔を赤くした物作りクラブだったが、部長は地団駄を踏みながら一気に捲し立てる。
「ええい、うるさいうるさいうるさい! 俺達の売上が悪いのも! こんな晒し者扱いされたのも全部! お前達のせいだ!! 今すぐ店を畳んでそっちの売上を全部こちらに寄越せ! そうすればこの話はなしにしてやる!!」
「はぁあああ!? ふっざけんな! なんだよそれ!?」
物作りクラブの横暴すぎる要求に樹だけでなく悠護の堪忍袋の緒が切れ、彼らの体から可視化された魔力が溢れ出す。
相手も同じように魔力を可視化させ、一触即発の状態になったその時。
「――あら、なんの騒ぎですの?」
その一声だけで、周囲から音が消えた。
優雅な仕草で靴音を鳴らしながら近づいてくるのは、気品と美貌を併せ持った女性。
紅色のドレスが似合う女性の顔は、怜哉だけでなく日向達すら見覚えがあった。信じ難い事実に誰もが絶句する中、日向が現れた女性の愛称を呟いた。
「ティ、ティラ……!?」
【紅天使】ティレーネ・アンジュ・クリスティア。
イギリス最強魔導士集団『時計塔の聖翼』の長であると同時に【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムの侍女であった【魔導士黎明期】の生き証人であり、英国屈指の女傑。
イギリス本国にいるはずの女性の登場は、学園全体に激震を走らせた。
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