第188話 甘いひと時とプロポーズ

 荒廃した大地。廃れたビルと瓦礫に囲まれ、砂が混じった風が吹く。

 その中心に立つ日向は、戦闘用魔装の裾をはためさせながら相変わらず現実味があると感心した。

 この荒野は。頭では理解していても、何度も本物だと思ってしまう辺り、現代の科学と魔法の融合技術は完成度が高すぎる。


 飽きずに感心していると、青い空に数字が浮かび上がる。

 10から数字が減り始め、右手首の腕輪が白銀の剣《スペラレ》に変わる。前世では手に馴染むほど握った柄の感触を味わいながら、臨戦態勢を取る。

 数字が3……2……1…START! と表示されると同時に消えた瞬間、日向は勢いよく駆け出す。


 ビルからナイフを持った魔導人形が飛び出してくる。プログラム通りの動きとはいえ、反対から何かが飛び出してくるというのは心臓に悪い。

 振り下ろされるナイフを《スペラレ》で弾き、切っ先を無防備になっている首を突き刺した。貫通された喉元からコードと疑似血が溢れだし、偽者の血が刃を汚す。

 その光景が、かつて殺した『レベリス』に属した者達の血と重なるも脳裏に浮かぶ記憶を消すように首を横に振る。


『レベル1クリア。レベル2に移行します』


 女性に近い合成音声のアナウンスが聞こえると、喉元を貫通された魔導人形は一瞬で消え去る。

 破壊された魔導人形は内蔵された魔石ラピスの一つである空間干渉魔法の魔石ラピスによって自動回収され、その後は修復魔法の魔石ラピスで自動修復される。

 一体作るだけでかなりのコストがかかるため、こんな便利機能をつけた辺りを見るに、当時の魔導具技師の努力が垣間見えた。


 レベル2になると、魔導人形の数が二体になる。

 一体は目の前に現れ、もう一体はビルの最上階。それぞれ自動拳銃と狙撃銃を持ち、銃口を日向に向けている。

 目の前の自動拳銃を持った魔導人形が発砲するも、迫りくる銃弾を紙一重で躱し、低姿勢で接近すると躊躇なく自動拳銃を持つ腕を切断した。


 疑似血が溢れ出すのを横目に、回し蹴りで胴体に叩き込みビルに向けて飛ばす。

 ドゴンッ!! と轟音と共に魔導人形が壁に直撃した音を聴くも、すぐさま後退する。

 下がった場所に銃弾が撃ち込まれ、連続して発砲音が響く。素早く撤退し、別のビルの影に隠れながら、顔についた疑似血を袖で拭う。


(レベル2の敵……とくにスナイパーは半径一キロ未満の敵を狙撃銃で応戦する。なら、目くらましの魔法を使えば問題ない)


 頭の中でイメージを思い浮かべながら、詠唱を唱える。


「『隠者エレミタ』」


 使い慣れた魔法を使い、姿を消した日向は一気に駆け出す。

 スナイパーの魔導人形はサーモグラフィー機能が搭載されていない目では確認できず、無闇に発砲してこない。

 敵のいるビルへ入り、一気に階段を駆け上がる。

 強化魔法が付与されている魔装とはいえ、使い続けてしまうと日向自身の身体能力が低下する。この魔装の強化魔法発動時間は一〇分で、インターバルは三〇分。この設定時間こそが身体能力低下を防ぐ機能となっている。


 一気に最上階までたどり着き、ひしゃげたドアが風で何度も左右に動きバンバンと音を鳴らす。

 動くドアの隙間を通り、足音をなるべく鳴らさないように接敵する。

 狙撃銃を構えたまま動かない魔導人形の無防備な背を無感動に見下ろしながら、日向は白銀の刃を振り下ろした。



「お前の戦い方普通に怖いわ」

「なんで!?」


 個別訓練場から出て、シャワールームで汗を流して制服に着替えた日向に待っていたのは、悠護からのドン引きした一言だった。

 向き合うように床に座り、タブレットで戦績を見ている二人の周りは、さっきまでの荒野ではなく白一色の空間だ。個別訓練場はVRバーチャルリアリティと空間干渉魔法を融合させた技術を使い、現実味のある風景と倍の空間を生み出すことができる。


 訓練もレベルは50まであるが、三年生でも30までが限度だ。例外として怜哉を含む七色家の出身者と一部の学生しかレベル50まで到達していない。日向も何度も使ってはいるが、今日はレベル21と過去最高記録を叩きだした。

 二年生の中でも上位まで食い込めたことを褒めるより文句を言う恋人を睨みつけるも、タブレットで映像確認している悠護が微妙な表情をしながら操作する。


「だってさ、戦い方が魔導士っつーより暗殺者とかそういう類の奴だぜ? レベル21の終盤なんて、わざと敵を集めませての風魔法を使った首刎ねとか怖すぎ」

「え、だって変に苦しめたらかわいそうじゃん。そう考えると首刎ねが一番楽だよ」

「……おかしいな、普通首を刎ねる方が一番難しいはずなのに」


 自分と彼女の認識違いにショックを受けながらも、悠護は呆れたようなため息を吐く。


「まあ……お前って見た目と反して意外と物騒だったよな。俺らの悪口言うだけでノーモーションで目潰ししてたな」

「えー、でもあれはまだ生ぬるいよ。ほんとだったら下半身の急所狙おうと思ったのに、ジークが必死なって止めたから仕方なく」

「ああそれはあいつの判断が正しいというかやるなよ? それだけは絶対やるなよ??」


 反射的に座ったまま内股になりかけるも、なんとか思いとどまった悠護はタブレットの電源を切った。


「……念のために聞くけど、相手が魔導人形だからこそあんな戦い方したんだよな?」

「当たり前だよ。さすがに生きている人相手にはできないよ」

「ならよかった。それだけ聞けただけでも安心だ」


 手に持っていたタブレットを床に置くと、悠護が無言で両腕を軽く広げる。

 その動作だけで何をしてくれるのか察した日向は、嬉しそうな顔をしながら思いっきり抱き着く。シャワールームでさっぱりしたおかげで、日向の体からは女子が好むシャンプーやボディソープのおかげでフローラルな匂いがするも、悠護からは彼本来の匂いがする。

 どんな匂いなのか口にするのは難しいが、たとえ言葉にできても言うつもりはない。


 悠護も日向から香る匂いに口元を緩め、サラサラに梳かされた髪を優しく撫でる。

 普段は前世の常識のせいでそこらにいるバカップルのような桃色空間は出さないが、二人きりの時は遠慮なくイチャつくようになった。

 今使っている個別訓練場も、悠護のおかげで貸し切り状態。意外にも穴場である湖を除けば絶好の場所だ。


「あー……こうしてるだけで充分幸せだし癒される……」

「同感。あたしも今、すっごい幸せ」


 抱きしめ合いながら同じ感想を言うと、二人はくすくす笑い合いながら軽いキスを交わし合う。

 ちゅっと小さなリップ音が何度も響かせるも、今は目の前の幸せを享受する。

 本当ならずっとこうしていたが、珍しく早朝から電話してきた徹一から伝えられた内容を思い出し、名残惜しい気持ちになりながらも唇を離す。


「そういえば、今朝親父から電話があったんだ」

「徹一さんから? しかも朝からって珍しいね、いつもは夜とかなのに」


 本当にごくたまにだが、徹一が悠護に電話をかけてくることはある。

 内容が学園生活や他愛のない話ばかりだが、去年まで疎遠だったこともあり話したいことがたくさんあるのだろう。

 それはさておき。IMF日本支部長は日向が予想していたよりも多忙で、時期によっては二週間も電話がないこともある。そんな彼が本来なら仕事よりマシだが慌ただしい朝から電話をするのは本当に珍しい。


「それでよ、その内容なんだが……行きたくない分家のパーティーの参加なんだよ」

「行きたくない分家?」

「ああ、叶うことなら一生行きたくない。むしろよくよく考えたらまだ実家の方がマシだわ」

「そこまで??」


 本家に呼び出された時よりもげんなりとした表情を浮かべる恋人に、さすがの日向も気になってしまう。

 しかしよく考えてみるも、悠護の分家は色んな意味でまともな人はいない。烏羽家なんて論外だ。


「一番本家に近い黒鳶家っていう分家がいるんだけどよ……あそこ、ガッチガチの血統主義なんだよ」

「ああうん、その一言で全部察した」


 その一言で全部を悟った日向は、チベットスナギツネ顔になった。

 魔導士家系の中には、普通の一般家庭の認識と常識を持つまともなタイプと、非魔導士を見下す筆頭である血統主義や選民思想を持つヤバいタイプの二つがある。


 前者はともかく後者は対応どころか会話すら鬱屈になるほどプライドが高い人がほぼ一〇〇パーセントおり、ほんの小さなミスすら見つけては語彙力高めの罵詈雑言を飛ばしてくるのだ。

 最初の頃は日向もそういった連中の餌食になっていたが、そのたびに悠護と陽が睨みを利かせてくれたおかげですぐに鎮火した。


 ……まあ彼らだって、一人のド素人をバカにするだけで黒宮家と【五星】の反感を買いたいほど命知らずではなかっただけだが。

 とにかく。日向ですらあまりいい思い出、というかそのタイプに近い女子からナイフを突きつけられた身としてはあまり関わりたくない。


「それで? その黒鳶さんが悠護達を呼んでパーティー開くって?」

「正確には俺達+お前な」

「えっ!? なんであたしも!?」

「知らねぇよ。まあ……俺のパートナーだからってのもあるだろ。で、向こうはお前が一般家庭組だって知ってるから嫌味の対象にする気だろ」

「オーケー分かった。じゃあ会ったらその人達、今日の魔導人形と同じ目に遭わせてやる」

「気持ちは分かるがそれだけはマジでやめろ!!」


 今ここで止めないと本気でやりかねないパートナーを必死に宥めながら、悠護は脳裏で黒鳶家のことを思い出す。

 元々、あの家は今のような血統主義はなく、温厚かつ善人の鑑のような家だった。今では似合わない魔導士専用の児童養護施設の運営・管理を任されたのは、ひとえの当時の当主の厚意によるものだ。


 だが月日と共に黒鳶家はどこからか血統主義の悪知恵を入れられ、今では非魔導士だけでなく一般家庭組の魔導士すらも見下すようになってしまった。

 一応仕事をきちんとやっているが、パーティーで見る彼らの姿は本家よりも無駄に煌びやかで、明らかに裏で何かやっていると疑わざるを得ないほどの豪華さだ。


 会うたびに浮かべるにこやかな笑みの裏に、本家自分達すら気に入らない感情が丸見えで。会うたびに何度も嫌な思いをした。

 徹一ですらなるべく会いたくない相手として認識され、再婚してからは事務的な連絡しか取っていない。

 そんな彼らが、日向を含む黒宮一家を呼んでパーティーをする。嫌な予感しかしない。


(とりあえず……こいつの堪忍袋の緒が切れるような真似はしないでくれよ)


 堪忍袋の緒が切れて起こした所業の数々(前世含む)を思い出しながら、未だむくれている恋人のご機嫌を直すために唇に口付けを落とした。



☆★☆★☆



「はぁああああ~~~~」

「……ちょっと、何よそのため息は。私との逢瀬がそんなに嫌なの?」


 ホテルのスイートルーム。キングサイズのベッドに座り込んでいるバスローブ姿の陽に、同じ格好をした愛莉亜めりあがじろりと睨みつける。

 今日は久々のデート。久しぶりの日本ということでデートを楽しみ、部屋に戻っても上機嫌だった恋人の気分が下がるのを感じて慌てて首を横に振る。


「いやいや、そんなわけあるか。……ただ、日向にも恋人できたっちゅーんが……」

「あら、やっとくっついたのね」


 可愛い将来の義妹の恋が実ったことを喜ばしく思う反面、やっとくっついたのかと呆れるも「分かっとるけど……やっぱり複雑やー!!」とベッドの上でゴロゴロしながら悶絶する陽は面白いと思った。

 未だ子供みたいに拗ねて唸っている陽の唇に軽く口付けを落とすと、愛莉亜のパープル色の髪がカーテンのように陽の顔の両横に垂れる。


「……ねえ、そろそろ妹離れして私と結婚しない?」

「…………」

「言っとくけど、これは冗談じゃないわ。私は……本気であなたと結婚して家庭を作りたい。あなたとの子なら何人でも産んであげるし、一生あなたの奴隷になっても構わない。……だから、お願い……これ以上私を独りにしないで……!」


 ぎゅっと彼のバスローブの襟合わせを握りしめながら、胸元に顔を埋める愛莉亜の声は震えていた。

 軽く肩が震える様子に息を呑むも、陽は上半身を起き上がらせてぽんぽんと背中を叩く。


 愛莉亜は、恋人である自分のことになると恐ろしいほど勘が鋭くなる。

 彼女にも前世のことは話していないし、カロンの件も知らない。陽が抱える事情なんて把握していないのに、彼女は『独りにしないで』と言いながら泣くのを我慢している。

 普段が強気で女王の如く威風堂々としている彼女が見せる弱さすら愛おしい。だからこそ、これ以上はぐらかすことはできない。


「…………せやな。そろそろワイも納め時やな」

「……?」


 小さな呟きは聞こえなかった愛莉亜が首を傾げるも、ぴったりとくっついていた体が離される。

 陽が指を鳴らすと、何もない空間からベルベット地の小箱が現れ、重力に従って落ちていくも彼の手にすっぽり収まる。

 そのまま愛莉亜の手に握らされるも、小箱の正体が一体なんなのか察しないほど鈍感ではない。


 震える指先でそっと小箱の蓋を開け、目が大きく見開かれる。

 箱と同色のクッションの中心に突き刺すように入れられた、プラチナリング。

 中心には自分の瞳と近い色合いをしたアイオライトが埋め込まれており、ぎこちない動きで顔ごと動かして陽の顔を見ると、彼は優しく微笑んでいた。


 愛莉亜の手から箱を取ると、指輪だけを取り出す。

 何も反応のないまま左手の薬指にはめられていくのを呆然と眺めるも、そっと頬に優しく頬が添えられた。


「……遅くなってスマンな。愛莉亜、ワイと結婚してくれへんか?」


 一瞬、幻聴かと思った。

 今まで結婚話を出してものらりくらりと躱し続けた陽が、自分の左手の薬指に指輪をはめて、プロポーズをした。

 夢でも見ているのではないかと現状を把握できない愛莉亜に、陽はことんと額同士をくっつけさせる。


「今までごめんな。ずっと先延ばしにして。ワイもいい年やし、日向ももう立派なレディや。頭では分かっていても、今まで家族を優先してきたワイとっては踏み込むのにえらい時間がかかってしもうた」

「…………」

「でも……もう大丈夫や。もうワイが心配することは一つ残っとるけど、それ以外は全部大丈夫なんや」


 最後の心配事――カロンのことはいずれ自分も解決しなければならない。

 あの男の正確な目的は知らないが、向こうが望むまま死ぬ気はない。そして――死ねない理由も、今生まれた。


「愛莉亜、今まで待たせてホントごめんな。こんなワイやけど、いっぱい幸せにしたる。だから……お嫁さんになってくれへんか?」


 自分なりの精一杯のプロポーズに、愛莉亜は一向に反応しない。

 もしかして気に入らなかったのかと不安になるも、それは愛莉亜がヘディングしながら陽の胸元に突撃をかまして再びベッドに倒れ込んだせいで消え去る。


「だっ!? ……愛莉亜、一体何し――」

「…………バカね、そんなの当たり前じゃない」


 震えた声で告げた愛莉亜の顔は、泣きそうになるも嬉しさを隠しきれない笑みを浮かべていた。

 頬を薔薇色に染めて、青紫色の瞳を潤ませながら、万感の思いを込めて返事を返す。


「――私の夫となる男は、あなたしかいないわ。陽」


 その言葉が良い返事だと察した陽は、幸せな笑みを浮かべながら唇を重ねる。

 すぐに離すも想いの丈が溢れ出す今、キス以上を求めるのは本能。深くなる口付けをしながら、コロンと転がりながら態勢を変える。

 シーツに沈む愛しい花嫁のローブの襟が乱れ、細い肩と鎖骨が露わになる。真っ白なそれに軽く噛みつくと、小さな嬌声を上げる。


「………陽、もっとあなたが欲しい」

「分かっとる……あげるから、ワイにもちょうだいや」


 もう一度深いキスを交わしながら、二人は手探りで互いのバスローブを脱がす。

 触れ合う素肌のぬくもりと湿った熱を感じながら、今宵も二人は熱く激しく愛を確かめ合うのだった。

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