第13章 謳歌せよ、愛すべき日常を
Prologue 純白の従者の誓い
「――魔法ってなんだろうな」
ある日の昼下がり、定位置となった東屋の椅子に腰かけたクロウがぼそりと呟いた。
この東屋もとい薔薇園の持ち主でありクロウの婚約者でもあるアリナは、実家のエレクトゥルム男爵領に戻っており、屋敷には警備中の騎士達以外では留守番を任された男――ジーク・ヴェスペルムしかいない。
運悪く行き違いになったクロウのために果物の砂糖漬けと水を用意した時、彼の独り言に反応しピクリと耳を動かす。
テーブルに頬杖をついた彼の姿を見ながら、ジークは皿に綺麗に盛られた砂糖漬けと水が入ったコップを置いた。
「いきなりどうした」
「ん? いやさ、魔法がすごいってのは分かるんだよ。それが〝神〟がこれまで人類に授けた『奇跡』をまとめたものだってことも。……ならさ、どうして〝神〟はアリナにこれを教えたのかなーって」
「それは……」
クロウの指摘にジークは言葉を濁した。
アリナが〝神〟によって魔法を伝授した話は、これからの歴史に記されるだろう。だが、その経緯については彼女の口から語られていないせいで様々な憶測が歴史家達の間で飛び交っていた。
曰く、〝神〟はアリナが聖女として名を残すと知っていたからこそ選んだ。
曰く、アリナ自身が敬虔な信徒だったからこそ、〝神〟からの奇跡を授かった。
曰く、そもそも〝神〟はおらず、魔法はアリナが生み出した奇術だ。
上二つはともかく、最後のはさすがに見逃せなかった。
アリナは嘘がつくのが苦手で、社交場で見せる作り笑いすら扇子がなければ保たれないほど下手だ。
バカ正直が似合う彼女が、わざわざ〝神〟の名を使って周囲を偽ることなどありえない。もちろん、彼女の不名誉になる言動をした輩は秘密裏に
「ま、神様の考えなんざ俺ら人間には理解できないだろうなー。なんせ人智を超えた存在だ。どれだけ頭捻らせても向こうの考えなんてわかんねーよ」
クロウが椅子を傾けさせながら、東屋の屋根越しから青空を見上げる。
番らしき二羽の鳥が自由に羽ばたき、空の向こうの先へと飛び立つ。その後ろにいた鳥が残され、必死に追いつこうとしている。
その姿がまるで、いずれ訪れるだろう二人の結婚式で見る自分の姿と重ねる。
白い薔薇の花弁が舞う中、白いウェディングドレスを着たアリナと礼服を着たクロウ。
二人が幸せな家庭を築く未来は着々と近づいていることくらい知っているはずなのに、思うたけでズキズキと胸が痛むのは、恐らくジークの中にある未練がそうさせている。
いきなり無言になったジークにクロウが何かを考える素振りをしながら見つめているのを見て、慌てて我に返る。
だが、クロウは何も言わず椅子から立ち上がると、わしゃわしゃとジークの頭を撫でた。
「ジーク。この先何があっても、お前は俺達の大事な仲間だ。それだけは〝神〟の思考読むより分かってるつもりだ。……お前も、そうだろ?」
年はジークの方が上なのに、こういう時ばかり年上のような貫禄を見せて優しい顔をするクロウは本当に卑怯だ。
ジークの気持ちを誰よりも理解し、中には婚約者がお付きの執事と話すだけで嫉妬を露わにする令息がいるのに、彼はアリナと仲良くするのを咎めない。それどころか自分を交えて仲良くしている。
ジークにとってクロウは、好きな女を奪った男だ。
それと同時に大事な友人で、内心ではジークからアリナを奪ったことを謝罪しているおかしな男。
……だが、それでいい。
変に嫉妬して仲違いよりも、こうして友として接してくれる方がまだマシだ。
その関係を望んでいるのはクロウだけでなく、ジークも同じだからこそ。
「……ああ、そうだな」
誰よりも二人の未来を祝福する。
それだけが、自分にできるせめてものお返しだと信じて。
その数年後。
歴史に名を刻んだあの大抗争『落陽の血戦』で――いいや、あの悪魔の策略と己の愚かな行いによって、二人は幸せな未来を迎えることなく生き別れ。
数百年の時を経て、生まれ変わった二人が再び結ばれた。
だが、その幸せをあの男が再び奪おうとする。
ならば、今度こそは守ってみせる。
あの二人が幸せになる未来を。
そのためならば、ジーク・ヴェスペルムという男はこの命だけなく、全てを投げ打っても構わないだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます