Epilogue 躍動する『悪』、見守り願う〝神〟
「ほう……中々にいい趣味をしていたのだな。実に私好みだ」
かつて『レベリス』の居城として使われた異位相空間は、フォクスの裏切りによりジークから所有権を簒奪した。
今やこの城の主と降臨したカロンは、満足気に回廊を歩く。
水晶のように透明な水を流す噴水、綺麗に整えられた薔薇の生垣。書庫もかつての城よりも多い蔵書で溢れ、家具も調度品も落ち着いている。
あのジークと趣味が同じというのは少々嫌な気分になるも、どれもがカロンの好みだ。
だが、今はのんびりと散策している場合ではない。
何せ今日は、『ノヴァエ・テッラエ』の産声を上げる盛大な祝祭なのだから。
たった数年しか玉座に座っていなかった頃の豪奢な服を身に包み、ダイヤモンドの留め具がついた黒いマントを翻しながら、大広間の扉を開ける。
一〇〇人近く収容できそうなその場所には、荘厳かつ美麗な城には相応しくないならず者達が揃っていた。肌も髪も瞳の色も体格も性別も違う彼らは、世界中にいる魔導犯罪組織――その中でも一級や二級に入る極悪非道な連中だ。
中には『サングラン・ドルチェ』もおり、【ハートの女王】リリアーヌ・シャーロットは自分の領域から持ち出したお菓子の玉座に座り、我が子に囲まれながら静観している。
カロン自ら声がかけた者達が揃っているのを確認しながら、マントを翻しながら告げる。
「――私の呼びかけに応じた者達よ、ようこそ『ノヴァエ・テッラエ』の拠点へ。私が新世界を統べる王となる者、カロンだ。それ以上でも以下でもない。以後お見知りおきを」
「……新世界を統べる王、ねぇ」
仰々しいお辞儀をするカロンを、リリアーヌは鼻白みながら右手でくるくると回していたハートの形をした真っ赤なロリポップを妖艶な舌遣いで舐める。
彼の後ろで控えるフォクスはうっとりとした恍惚な表情でカロンの背中を見つめ、サンデスは必死に目を逸らしながら深いモスグリーンのマントのフートを深く被る。リンジーは包帯姿のままでにやにやと微笑んでいる。
(あの三人、『レベリス』の幹部だったけど……どうやら裏切ったようね)
いくら魔導犯罪組織でも、裏切った者がいる組織に対する信用はゼロに等しい。
面白そうだから呼びかけに応じたが、裏切り者達がいるのを見るにあまり期待しないほうがいいかもしれない、と考えながらリリアーヌはガリッと真っ赤なロリポップを噛んだ。
「私はこの腐った世界を一から改変し、望み通りの世界へと書き換える。そのためには国際魔導士連盟だけでなく、『七色家』や『時計塔の聖翼』などの国お抱えの集団も目障りだ。
……そこでだ。まずは日本の『七色家』の次期当主として選ばれた者と現当主達をこの世から消そうと考えている。あいつらはそこらの害虫よりも実に厄介だからな。ああもちろん、殺した人数によっては多額の報酬も地位も約束しよう! そして、よくよくは我らに反抗する全世界の魔導士を滅ぼし、この世界を手中に入れるのだッ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」」」
カロンの宣言によって、周囲の魔導犯罪者達が歓声を上げる。
目先の欲に集中している人間は扱いやすい。もちろん中には騒がず冷静な視点を持つ組織もいるが、彼らもリリアーヌと同じでカロンを完全に信用していないのだろう。
それ以外の連中は、甘い汁だけを啜ろうとする愚か者ばかり。いくら数が多くても、質が悪ければ望み通りに願いが叶うかどうかは、成功確率でいうと五分五分だろう。
(……まあ、ひとまずは周りがどれだけやれるかお手並み拝見といこうかしら)
半分と溶けきっていないロリポップをガリゴリ噛み砕いたリリアーヌは、我が子達すら背筋を凍った酷薄な笑みを浮かべながら、熱狂する周囲を冷ややかな目で見つめた。
「……そっか。君の物語は、そういう風になったんだね」
仄かに光を放つ白い花畑。水車が動く小屋のそばで流れる川の水面を、〝神〟――ヤハウェは静かに見下ろす。
大切なアリナが死んでひどく嘆き悲しむも、少し眠ったりしている間に時間が流れ、彼女の生まれ代わりである日向が生まれた時は、嬉しさのあまり思わず足を滑らせて下界に降りかけた。
あの日に世界を見捨て、傍観者に徹した自分にはあの地に足を踏み入れることは許されないと思っていた。
どんな罵声を受けても甘んじるつもりだし、ヤハウェ自身もこの選択が正しいとは言えない。
「僕にできることは何もない。せめて、君の結末が幸せなものになるのを願うだけ」
でも。
もし、それだけでも許されるのならば。
願おう。心を込めて。
「日向――僕は、ずっと見守り、願っているよ。君の幸福を、輝かしい未来を」
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