第179話 加速する事態
サンデス・アルマンディン。
かつてイングランド王国の第二王子として生を受けるも、度重なる不運によって『裏切りの王子』という汚名を着せられ、そしてジークによって『レベリス』の仲間として生きる道を歩まされた哀れな男。
その男が、自分に呪われた人生を縛りつけた叛逆者を刺し貫いた。だがすぐに刃が抜かれ、少なくも多くもない血液が橋のシミの一つとなる。
「裏切り者……? 裏切り者は、お前だろ……?」
数歩後ろへ下がったサンデスが青ざめた表情を向ける。穂先から伝った血が彼の手を真っ赤に染め、カタカタと震え、目の縁に涙を浮かべても、彼は仕えるべき主を睨みつける。
左胸ではなく胸のど真ん中を貫いたおかげなのか、ジークの命を奪うまではいかなかった。治癒魔法で傷を治すジークを見て、サンデスは再び槍を構える。
「お前が……お前が悪いんだろ……? あの日、俺を攫って……呪いまでかけやがって……! ああ、お前の――いや、お前達のせいで俺の人生がパァだ!! ずっとずっと利用しておいて、自分達だけが救われようとかふざけるなっ!?」
サンデスの絶叫に、ジークだけでなく日向も悠護も苦しげに顔を歪めた。
確かに、彼の人生を滅茶苦茶にしたのはジークだけでなくアリナ達も原因がある。それは覆せない事実だ。
前世で魔法を見つけなれば、カロンがアリナを見初めさえしなければ、サンデスの人生はもっとマシだったかもしれない。
肉親に裏切られ、いい様に利用され、数百年も奴隷のような人生を送った
だが。
「――そんなの、君の弱さが原因でしょ」
悲惨な人生を強要された元第二王子に反論したのは、何一つ知らない
猫のような目つきで睨み、アイスブルー色の瞳に彼を映しながら、怜哉はいつもの冷淡な口調で言った。
「君の人生を台無しにしたのはその人にあると思うよ。でもさ、死ぬ気で……それこそ死ぬ覚悟で反抗していれば、少しはマシになると思わなかったわけ? 呪いがどうとか、捨てられたがどうとか、そんなのは
原因と要因。
この二つは似たような意味を持つが、実際は違う。
原因は何かを引き起こすもとになるもとだが、要因は物事がそうなった主要の原因だ。
サンデスの人生を壊したのは魔法とアリナ、そしてジークだ。だけど、それが要因と問われれば答えは否だ。
「君の人生がダメになった要因は、四大魔導士でも魔法のせいでもない。自分を利用とする者に反抗もしないでただ流されるまま従った君の弱さだよ」
あまりにもあっさりと、ばっさりと、そして冷徹に怜哉は切り捨てた。
サンデスの人生が壊れたのは、兄でも、魔法でも、四大魔導士でも、ジークでもない。全ては己の弱さが招いた結果なのだと。
容赦のない言葉の刃は、言われたサンデスではなく日向達ですら絶句させるほどの威力だった。
……いや、むしろこれは予想よりも効果が覿面だった。
ここで彼の過去を知る日向達が何を言っても同情だと思われ、サンデスの性格を考えると逆上してくる可能性が高い。だからこそ、前世のことも彼のことも何も知らない怜哉だからこそ、彼の言葉が痛いほど胸に刺さる。
「うるさい、うるさい、うるさい!! お前みたいな奴に、人生を壊された俺の気持ちが分かるものかっ!!」
「は? 分かるわけないじゃん。甘えないでよ」
駄々っ子のように喚くサンデスを、怜哉はまたばっさりと切り捨てた。
その切り捨てっぷりがあまりにも清々しく、否定されたサンデスははくはくと声を出さないまま口を動かすだけ。
今にも《白鷹》を抜こうとする怜哉の殺気を感じた時だった。
パンッ、パンッ、パンッと拍手の音が響く。
この場にはあまりにも場違いなそれは、日向達の背筋を徐々に凍らせる。
北塔の方から近づいてくる足音は、まるで徐々に押し寄せてくる絶望のようで。この場にいる者達は例外なく……それこそ誰よりも殺気に慣れている怜哉でさえ全身の毛穴から冷や汗を流す。
その中でも顕著な反応を見せたのは、サンデスだった。
ここにいる誰よりも体を震わせ、冷や汗だけでなく涙も流す彼の様子は最早異常だ。
砂塵と共に立ち込め始めた霧の向こうで、ゆっくりと人影が現れる。
薄い
烏羽色の艶やかな髪と神秘的な青藍色の瞳をしており、物腰や雰囲気からも知的かつ高貴なオーラが伝わってくる。だけど、そのオーラさえ霞んでしまうほどのおぞましい『何か』が全てを台無しにする。
「ああ……こうして再び巡り合うとは、やはり私は運がいいな」
小さく独り言を呟いた男の姿が、周囲の霧を纏わりながら変化する。
映画で見る無害な生き物がキメラに変わる劇的なものではないけど、今の姿が幻だと突きつけるように変わっていく。
まるで濁った泥水が透明な水に変わる
――ああ、恐ろしい。
目の前の男を見ているだけで、冷や汗が止まらない。
恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくて吐き気が止まらない。
恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくて呼吸が定まらない。
恐怖という恐怖が全身を支配する。
絶望という絶望が思考を停止する。
否定という否定が現実を拒絶する。
だって……だって、だって、だって!
あの姿は、あの顔は、あの双眸は、あの声は!
「――久しぶりだな、アリナ。いや……ここでは豊崎日向か。賢いお前は、私のことを覚えているだろう?」
烏羽色の髪が黄金に、青藍色がガーネット色に。
黄色人種特有の黄色い肌が、白色人種特有の白い肌に。
背丈と服装は変わっていないのに、容姿が変わった途端に目の前の男の名が口から漏れ出した。
「――カロン……!」
『落陽の血戦』の真の黒幕。
アリナから大切な者を奪い、初めてこの手で殺し、彼の魂に『永遠の短命』を刻みつけた邪知暴虐の国王。
日向達にとっての宿敵が、今世の邂逅を果たした。
「もぉ~、ヴィルってばどこに行ったのさ~!」
傷ついた街並みを、アレックスが走る。
彼も同じく宮殿で保護されるべき存在だが、双子の兄が外に行ってしまったと聞きつけ自分もいつも使っている宮殿の隠し通路を使って、外に出たのだ。
お忍びで出かける街並みは荒廃し、魔導人形の残骸が散らばっている。時折銃の連続音と爆音が聞こえ、今まで大切にしてきた思い出が壊れていく様に胸が痛んだ。
アレックス・フォン・アルマンディンという王子は、三人の王子の中で……いや、これまで生まれてきた王族の中では一番特殊な存在だ。
ギルベルトのようにローゼンの魔法を使えるのも特殊だが、アレックスの場合、彼は魔法の解体・破壊を得意とする魔導士だった。
彼の目も樹と同じ精霊眼で、魔法に関する全てに流れる魔力の流れや構造が一目で分かる。
その特異性を生かして、アレックスが生み出す魔法はどれもが奇抜で簡易、それでいて高火力の高性能と四大魔導士に喧嘩を売っているような代物ばかりだ。
だが、彼のその力は無魔法の次に厄介な代物とされ、幼少期からギルベルトの次に命を狙われた。
彼の頭脳はあらゆる知識を水の如く吸収する土そのものだ。吸収した知識を自身の血肉とし、それを生かし魔法を生み出す彼を、一部の魔導士家系が危惧したのだ。
何度か暗殺と毒殺をされかけるも、本人の野生の勘によって回避しなおかつ実験という名の反撃をしたせいで、
周囲からお調子者と呼ばれていても、彼だって一人の人間だ。
気息苦しい宮殿を抜け出し、街で買い食いをしたり子供達と混じって一緒に遊んだり、はたまた厄介事に首を突っ込んだりと自分なりの気分転換をして鬱屈な気分を発散させた。
ベロニカと会ったのもその時だ。
行きつけ店で優しそうな女性と話す彼女の姿は可愛らしく、マルム症候群を患っていても魔導士としての知識があるおかげで自分が考えた魔法や理論について熱心に聞いてくれて、魔法とは関係ない園芸を手伝ったりピアノを聴いたりして、二人の仲は徐々に深まった。
そこからベロニカの母が病死し、ヴァレンティア家に引き取られ、そのまま難なく婚約者になったのは運がよかった。
二人の関係が良好なのと、ヴァレンティア家にとっては面倒で役立たずであるはずのベロニカがアレックスに見初められていたことが予想外で、家側が何かを仕掛ける前に前もって牽制していたのが要因だ。
そんなアレックスが魔法と婚約者に夢中だからといって、家族に対する愛情を捨てたわけではない。
両親はもちろんギルベルトは尊敬できる兄だし、ヴィルヘルムは生まれた時から一緒にいる大事な片割れ。非魔導士として生まれて色々と面倒事に巻き込まれた彼を、アレックスが一番見てきた。
そんな大事な兄であり片割れを見捨てる理由など、アレックスにはこれっぽっちもない。
だからこそ、こうして外に出て探しに来たのはいいが、肝心に相手に会えていない。
「うーん」と言いながら首を傾げていると、金属同士がぶつかり合う音が耳に入る。
「あ、今のって剣戟の音? もしかしたらあっちにいるかも」
魔法が使えない代わりに剣の腕を磨いた片割れが、外に出て行く時に愛剣を持って行ったことはすでに確認済みだ。
音をした方に行けばいるかもしれないと足を運ぶも、残念なことにアレックスの予想は外れた。
剣戟の音は紅いローブを着た赤髪の青年で、同じ赤髪の少年が手袋をはめた拳で相手の剣の攻撃を弾いていた。白百合の修道女と炎の鬼女騎士も同じように刃を交え、キャラメル色の髪の女性がリボルバー式拳銃から魔力弾を放ち、亜麻色の髪の少女が防御魔法で防ぐ。
どちらも一歩も譲らない戦いを繰り広げるも、二人の少年少女の顔がアレックスの友達であり日本から賓客として来た子達で、紅いローブを着た二人組の男女が『レベリス』の魔導士だとすぐに理解した。
「うわぁ、どうしようどうしよう。あの二人もそうだけど、『レベリス』の方も結構強そうだよ。あのままじゃ押されるよ」
互いの力量は互角だが、やはり戦闘経験だけ見ると『レベリス』の方が上だ。
もちろん向こうもそれなりに健闘しているが、このままでは『レベリス』に攻勢を奪われる。
魔法の戦闘において、一番重要視されるのは才能でも知識量でもなく経験値だ。王室の帝王学としてそれを直に学んだアレックスにとって、この状況は一国の王子としても一人の魔導士としても見過ごせない。
「ここは俺達が守る大事な国、そしてあの二人は俺にとって大事な友達。悪いけど返してもらうよ!」
☆★☆★☆
異変は突然やってきた。
交戦中、ラルムとルキアの身――より正確にいえば体内の魔力の流れが阻害され、一瞬だが二人の動きが錆びついたブリキ人形のように鈍くなる。
その隙を逃さず、樹がラルムの顔に一発拳を入れ、リリウムがインフェルノの左腕を切断した。
「ちっ!」
「……!」
舌打ちと息を呑む音を聴きながら、樹の精霊眼が目の前の二人に繋がれた細い『糸』を見つけた。
半透明のそれは路地の方に続いており、目線だけ動かして後を追うと、アレックスが両膝を地面につき、地面に置かれた両手の指先はまるでピアノ奏者の如く動いている。
一〇本の指がタタタンッと音を出しながら打つと、波のようにうねっていた『糸』が細かいジグザクに変わる。『糸』の形が変わると、再び『レベリス』の二人の魔力の流れがおかしくなり、可視化されている魔力の流れが弱まっていった。
(もしかして、あの『糸』が魔力を阻害させる役割があるのか? でも、あんな魔法みたことないし……まさか自作か!?)
現代で使われている魔法は、これまで四大魔導士が見つけた魔法だけでなく近代で新たに生み出した魔法も含まれている。
一から魔法を作ることは難しいが、元からあった魔法から派生すれば別の魔法を生み出すことができる。
だがこの魔法を生み出すには技術ではなく研究者以上の知識と柔軟な思考がなければできず、学会で発表されるのは比較的生産性の高い魔導具ばかりだ。
アレックスは第三王子でもあると同時に、魔法について誰よりも貪欲に調べ上げている研究者気質の魔導士だ。
帝王学として魔法を当たり前に習っているが、他の兄と比べれば知識量は群を抜いている。しかも無詠唱かつあんな適当な動作で魔法を使えるのを見るに、かなり高度だと思った。
けど、
(はあ!? ウッソだろ、魔法の術式構造複雑つーかめっちゃ簡潔にまとまってやがる! それでこんな高性能とかなんの冗談だッ!?)
普通の魔法の術式は、効果や魔力の出力を計算にいれると構造が複雑化する。それに比べてアレックスの魔法はどれもが簡潔にまとめられ、それでいて効果も出力も他と中級魔法と大差ないという代物。
正直に言って、もしこの魔法が世間に知れたら研究者達から反感を買うのは必須だ。
アレックスが再び指を動かす。
今度は軽快なリズムで打つと、『糸』は上下ではなく左右にも動きながら複雑な形を作り出した。『糸』の形によって三度目の魔力不調を起こすも、さすがに同じ目には遭わなかった。
「そこかっ!」
「うわっと!」
ラルムが斬撃を放つと、居場所を特定されたアレックスが慌てて防御魔法をかける。
ようやく姿を見せた第三者を見て、ルキアは不調の元凶がアレックスであると気づくとギリッと歯ぎしりをした。
『レベリス』の二人に見つかったアレックスが、冷や汗をかきながら「あはは……」と苦笑いを浮かべる。
この状況を打破しようと樹と心菜が動こうとした時だった。
「――ラルム! ルキア!」
突如、鋭い声が飛んできた。
四人の背後から聞こえたその声がした方へ振り返ると、建物の屋根の上にいるアングイスが切羽詰まった表情を浮かべていた。
「アングイス、どうした?」
「二人とも、フォクスを見ていないか!?」
「あの女狐なら、やることがあるって言って居城に戻ったけど……それがどうしたのよ?」
いつもの冷静沈着な表情を崩した医師の姿に戸惑いながらも答えると、アングイス――ノエルは普段あまり出さない大声で言った。
「今すぐジークのところに行くぞ!
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