Epilogue 今世は新たな道を歩む

『――これが、アリナ達が歩んだ歴史。あなたの前世よ、日向』

「………………」


【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムの姿をした『鍵』の言葉に、日向は始終無言だった。

 だけど彼女の琥珀色の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 きゅっと口を引き結び、さっきまで見た前世の記憶を噛み締めるように享受する。


 誰もが知っている歴史に隠された本当のお伽噺。

 全ての始まりが詰まった〝原典〟が、報われない恋と永遠に切れない絆で作られた物語なんて知らなかった。

 そして、今まで疑問だったものが全て繋がった。


 ――何故、日向が無魔法を使えたのか?

 ――日向が【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムの魂を受け継いだ生まれ変わりだから。


 ――何故、無魔法はアリナしか使えなかったか?

 ――『蒼球記憶装置アカシックレコード』の力で、『理の情報』とアリナの『魂の情報』を書き換えられたから。


 ――『レベリス』の目的は何か?

 ――いずれ脅威として訪れるカロンと立ち向かい、日向を今度こそ守るため。


 無数に散らばった点と点が繋がり、全部納得した。

 この物語は、今も続いている。

 時を超え、歴史を何度も築き、そして今日という日に辿り着いた。


 でも、それだけだ。

 数百年も続くこの物語は、まだ終わっていない。

 むしろ、物語の結末は日向達が作らなければならない。


『……それで、あなたはどうするの? あなたがここに居続けることを望めば、ジークもカロンも目的を果たせない。逆にここを出れば、あなたは再び多くの傷を背負うことになる。……私としては、本当はずっとここにいて欲しい。でも……あなたはそうじゃないでしょ?』

「…………そうだね。やっぱり、あなたは『あたし』なんだね」


 苦笑する『鍵』につられて、日向も同じ顔をする。

 やはり『鍵』の姿が前世の自分ということもあって、やはり笑い方がそっくりだ。

『鍵』に問いかけられる前から、日向の心はすでに決まっている。


「あたしは、ここを出るよ。向こうには大切な人達も待ってるし……それに、今度こそ幸せになりたいから」


 前世では、アリナとクロウは夫婦になることは叶わなかった。

 でも、今世では前世と同じ結末を辿るとは限らない。

 可能性がある以上、日向は大好きな彼と結ばれる未来を選びたい。


 日向の気持ちが伝わったのか、『鍵』は優しく微笑むと彼女の右手を取る。

 手を取っているとは別のもう片方の手を右手首にかざすと、手首の周りが琥珀色の光に包まれる。

 光は徐々に形を変え、やがて日向の右手首に華奢なデザインをした白銀の腕輪が付けられていた。腕輪の中央を飾る琥珀を見て、日向ははっと息を呑んだ。


「これ、もしかして……!」

『そうです。この腕輪は《スペラレ》……アリナが愛用していたあの剣です。持ちやすいように腕輪にしました』

「でも、どうしてここに……」

『これはアリナの棺の中に納められるものでしたが、聖遺物として扱われて別の場所で納めらましたけど……持ち主がいるならちゃんと返さないといけませんよね?』

「それはつまり……その保管場所から無理矢理奪ってきた、と……?」

『人聞きが悪いですね。あくまで合法的な返却ですよ♪』


 意外とアグレッシブな行動を取った『鍵』の悪びれない笑みを見て、日向は複雑な表情を浮かべる。

 これはアリナの性格の一部が反映されているのか、あるいは『鍵』が持つ独自の性格なのか。日向自身はできれば後者であって欲しいと願った。


 だが、これで必要なものは揃った。

 後はここを出るだけだ。そう思った直後、周りの光景が白い泡に変わっていく。

 鮮やかな色合いをした薔薇も、白大理石の東屋も、青い空も、全て白い泡になって消えていく。


「これって……!」

『ここでの役割は果たしました。ならば、消えるのは当然です』


『鍵』が微笑む。自分も彼女も泡となって消えそうなのに、優しい笑みを浮かべる。

 だけど、ここでの役割を終えてしまった今、『鍵』の存在理由はない。むしろ数百年もかけた役割を終えられることこそが、彼女にとっては本意なのだろう。

 それを止める権利は、日向にはない。


「……そっか。ここでお別れなんだね」

『はい、お別れです』


 優しく微笑む、前世の自分の姿をした『鍵』。

 これが永遠の別れだと思い知り、胸の中から湧き上がる寂寥を呑み込んで、精一杯の笑顔を向けた。 


「――ありがとう、ずっとこの記憶を守ってくれて。今度はあたしが大切なものを守るから」


 日向の言葉に、『鍵』が目を見張る。

 仮面のように浮かべていた笑みがくしゃりと歪んで、目が潤み始めた。でも彼女の意地がそうしたのか、涙を一滴も零さない。

 だけど、泣きそうな笑みを浮かべた。とても綺麗な、最後の笑顔を。


『はい……さようなら、日向

「さようなら、アリナあたし


 同じ笑顔を浮かべながら、二人は消えた。

 大事な思い出が詰まった場所は泡沫と変わり、役割を終えた『鍵』は最後まで笑顔を浮かべ続けた。

 今世では幸せの道を選ぶと言った自分の言葉を信じて。



(なんで俺、こんなことになってるんだ?)


 同時刻。

 クロウの姿をした『未練』の頭に疑問符を浮かべていた。

 自分の役割を果たした。今世の自分である悠護に伝えられることを全て伝えた。

 ……だけど。


(なんで俺、正座させられてるんだ??)


 何故、悠護が起き上がった直後に正座させられた理由が分からない。

 というか、どうしてこうなったかさえ理解不能だ。

 だけど、今のところ分かっているのは……悠護が滅茶苦茶怒っていることくらいだ。


『あ……あの……?』

「あのよ」

『はい』

「俺が気になっていたこと全部教えてくれたのいいんだよ。……でもよ、さすがに意識ぶっ飛ばすのはなくね? 俺、最初死んだのかって本気で思ったぞ」

『あー……それは……ごめん』

「もうねぇかもしれねーけど、二度とやるなよ?」

『……はい。申し訳ありません』


 ため息を吐きながら立たせてくれた悠護を見て、『未練』は納得した。

 どうやら途中で意識を飛ばしたことに怒っていたらしい。まあ自分もあれはちょっと強引だったかなって思っていたし、文句を言われたらちゃんと謝罪しようと思っていた。

 ただ、起き上がり一番に「正座しろ」とドスの利いた声で言われた時は正直ビクったし、前世の自分相手にも容赦ない今世の自分の度胸には内心感心したが。


「……とにかく、前世の全てを知ったんだ。俺は次に何をすればいい?」

『外に出ればいい。それだけでここはもう用済みだ』


『未練』がそう言った直後、教会が白い泡に変化する。

 これが用済みとなった場所の合図だと思うと、寂寥が胸の中を襲う。

 恐らくこの場所が前世にとって大切な場所だからというのもあるが、何よりここが消えて嬉しくも悲しそうな笑みを浮かべる『未練』の顔を見たせいもある。


「おい」

『なんだ?』


 悠護が声をかけるとすぐに反応する『未練』だが、目の前の少年が腕を軽く挙げていた。

 その動作になんの意味があるのか知らない『未練』が首を傾げるも、悠護はにっと笑いながら言った。


「――じゃあな、クロウ。後のことは任せろ」


 彼の口から出たのは、昔の自分からは出なかった言葉。

 それを今世の自分に言われて奇妙な気持ちになるも、それよりも嬉しさが勝った。


『――ああ。じゃあな、悠護。未来は任せた』


 互いに別れの言葉を言った直後、パァンッ! と強いハイタッチをした。

 まるで己の役目を引き継いだかのような姿は、まるで一枚の絵のように美しい。

 ようやく終えた役目と、再び与えられた役目を持って、悠護とクロウは別れのその時まで笑顔を絶やさなかった。


 二人の笑顔が泡沫となって消える。

 かつて愛しい少女と愛を誓い合った教会も、色鮮やかな光を放つステンドグラスも、全て消えていく。

 全てが白い泡に包まれるのを最後に、悠護の意識はそこで途切れた。



☆★☆★☆



 同時刻。日向と悠護は目を覚ました。

 日向は日記よって連れて行かれたセント・ポール大聖堂の地下、悠護は『白翼の塔アルバ・ウィング』の地下で。

 互いに周囲を見渡し、日向は右手首にしている腕輪を、悠護は左手首にしている腕輪を見つめる。


 この腕輪が、奇しくも前世からの贈り物だったなんて思いもしなかった。

 だけど、あの場所で託された以上、やることは一つだ。

 真剣な面立ちで立ち上がり、気合を入れるように両頬を叩く。別々の場所にいながら全く同じ動作をする二人は、やはり〝運命〟と言っても過言ではないほど息がぴったりだ。


「――行こう」

「――行くか」


 そして、同じ言葉を言いながら日向と悠護は今いる地下から出る。

 前世を知り、役目を与えられ、倒すべき者を知った以上、そこに迷いは一切ない。

 かつての【起源の魔導士】と【創作の魔導士】を思わせる雰囲気を醸し出す二人は、新たな道を歩むための一歩を踏み出した――。

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