第167話 英雄達の〝原典〟13

 王国郊外にある古びた洋館、そこが反魔法勢力達のアジトだ。

 この洋館は何代か前の貴族の別荘だったらしいが、その貴族はすっかり没落し別荘はこうして一切手つかずのまま放置された。

 だが、王都での反魔法勢力による弾圧が強まるせいで、王都だけでなく貧民街にさえ自分達の居場所はない。


 反魔法勢力と銘打っているが、この中にはいつあの事件の被害者達のように、実験体として扱われることを恐れる魔導士もおり、国の魔導士との抗争は彼らの力頼りなのが現状だ。

 ロクな武器も戦力もなく、このまま見せしめとして処刑された仲間の元へ行く道しかない。


 そんな時だった、乱暴に玄関の扉が開かれたのは。

 バゴンッ!! と扉の金具ごと蹴飛ばしたその男は、暗闇でも分かるほどの紅いローブを羽織り、目深く被ったフードから覗くのは雪のような純白。

 その後をついていくのは、平々凡々な出で立ちをした男。顔を青ざめてすっかり怯えた様子の彼は、純白の男の方へ視線をやるとビクリと震えて一層深くフードを被った。


「な、なんだお前ら!? 国の犬か!?」

「……いいや、違う。むしろお前達の力になりたい者だ」


 男がフードを外すと、人形の如く整った髪と夜明けの空の瞳が露わになった。

 男でさえ息を呑むほどの美丈夫の登場に、誰もが時が止まったのを感じた。構えていた農具を無意識に下ろしていると、男――ジークは階段の踊り場まで上がると佇まいを直す。


「反魔法勢力の諸君、私の名はジーク・ヴェスペルム。数ヶ月前、人体実験の事件の首謀者として無実の罪で捕縛された者だ」

「無実の罪……? それは一体どういうことだ!?」


 反魔法勢力の一人がジークの言葉に声を荒げる。

 そもそもこの集団は例の事件をきっかけに生み出されたもので、首謀者が捕まったという話は聞いていたがその首謀者が無実の罪で捕まったという事実は初耳だ。


「信じられないのは無理もない。だが、それをこの者が証言した」

「ひぃ……!?」


 ジークが乱暴にもう一人の男のフードを外すと、そこから出た顔は式典で見たことのある顔だ。

 その場にいた誰かが「まさか……サンデス様……!?」と声を上げると、再びざわめきが起こる。王族の一人が現れたことで、ジークの発言に対する信憑性が一気に増した。


 国王とローゼンと違い平凡で冴えない王子でも、彼が証言者ならば国民は高確率で信じ込む。

 徐々に反魔法勢力の瞳に国王に対する怒りと憎しみが強まるのを感じながら、ジークは高らかに声を張る。


「――諸君! これ以上我らが敬愛すべき四大魔導士を、あの悪魔の如き国王に好き勝手されてはいけない! お前達なら分かっているはずだ、今まで四大魔導士があんな非人道的な行為をしないことを! それは全て、国王の私利私欲で生んだ謀略。この連鎖を断ち切るには、お前達の力が必要だ。

 武器を取れ! 雄叫びを上げろ! これまで共に戦い、命を天へ召し上げられた者達の無念を晴らす時が遂に来たのだッ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」」」


 ジークの言葉に呼応して、誰もが洋館を震わす雄叫びを上げる。

 拳を掲げ、目を血走らせるその様は一種の狂気に近いが、それでも倒すべき標的ができたことで戦うための意思が強まった。

 国民の雄叫びを直に味わったサンデスが息を呑んで震えているが、自身の兄の所業がここまでの怒りを生んだのと痛感していた。


 小さく笑みを浮かべると、黒いローブを羽織った一人の少女が階段に足をかけた。

 年はアリナとそう変わらない。濃い茶色い髪と海碧かいへき色の瞳をしているが、右目周辺には砂埃が付着した薄汚い包帯を巻いている。


「お前は……?」

「私は……ヘレン・グレイス。ご存知でしょう?」

「!」


 少女――ヘレンの名を聞いて、ジークは目を瞠った。

 ヘレン・グレイスは召喚魔法の人体実験で唯一成功した実験体の名前だ。同姓同名かと思ったが、ヘレンが震えた手つきで包帯を外して露わになった右目を見てその疑念が払拭された。


 彼女の右目は白目だけでなく黒目部分も真っ白になっており、虹彩の中心は血よりも禍々しい赤い光を宿す六芒星の形をしている。

 あの洋館で見つかった〝楔〟の特徴と一致している。


「お前が……よく今日まで生きていたな」

「……別に。私はこんな風に連中を殺すために生きていただけよ」

「……そうか。なら、私と共に復讐の道を歩んでもらうぞ」

「もちろん。そのつもりよ」


 ヘレンが肯定した瞬間、彼女の周囲が紅蓮の炎に包まれて人の形を作る。

 真紅の甲冑を身に纏う鬼女騎士。異形の姿をしているというのに、思わず見とれてしまう美しさがある。

 サンデスは突然現れた魔物を見て完全に腰を抜かしているが、ジークは間近で感じる炎の熱さを味わいながら言った。


「こいつの名は?」

「……インフェルノ」

「『業火』を冠する魔物か。名は体を表すというが……なるほど、その名に相応しいな」


 名を褒められて驚いたのか、ヘレンはきょとんと眼を瞬かせている横でインフェルノは静かに姿を消していた。

 固まる少女の頭を優しく撫でながら、ジークは告げる。


「――さあ、叛逆と復讐の旗を掲げろ。私と共に悪魔を地獄に落とそうではないか」



 反魔法勢力――『レベリス』と名を改めた組織は、その活動を今まで以上に激しさを増した。

 サンデスの情報を元に各地で行われている非人道的実験の場所を制圧し、魔法に関する書物を全てジークの手元に置いた。

 どの魔法も四大魔導士が管理するべきものばかりで、横流しをしていたフィリエには怒りを覚えながらも全ての内容を頭の中に叩き込み、誰かが目を通さないように魔法で焼却した。


 ジークが紅いローブを羽織ったこともあって、他の者達も『レベリス』の証として紅いローブを羽織るようになった。

 その長であるジークには保護した女達によって白いレースを勝手にあしらわれたが、本人も精緻かつ美麗なそれには大層気に入ったので特に気にしない。


 魔導士としての素質ある者には魔法を教えた甲斐もあり、国の魔導士と引けに取らないほどの戦力が手に入り、誰もが大いに喜んだ。

 ジークも国王が秘密裏に進めていた計画がいくつも潰れていくのを見て、清々しい気分になるもやはり彼に対する憎しみは一向に消えないままだった。


「――サンデス、どうやらカロンはお前が完璧に裏切り者として見限ったぞ」

「え、ええっ!? 嘘でしょ!?」

「事実だ。ほら」


 王国の騎士団を潰し終えてアジトの一つに戻った後、伝令役と思しき男性が持っていた丸めた羊皮紙の中身を見せると、サンデスは血相を変えて奪い取った。

 内容は『元第二王子サンデス・アルマンディンは捕縛した後に拷問、その後死刑に処す』と簡潔に綴られており、羊皮紙に右端には国王しか持つことが許されない玉璽の印が捺されている。

「そんな……兄上が俺を捨てた……」と絶望しきった顔をしており、国だけでなく敬愛していた兄にさえ見捨てられた哀れな男を横目に、ジークは治療や食料を提供する仲間達に指示を出した後、自身の部屋に戻った。


 寝るだけの部屋ということで、寝台と水差しが置かれた円卓しかない。

 ローブを床に放り、身を清めないままぎしりと埃臭い寝台に寝転ぶ。寝台に寝転ぶと疲労が一気に全身を襲い、深いため息が自然と口から吐き出た。


「……一体、どれほど戦えば目的が果たせるんだ」


 どれほど国王の計画を潰しても、一向に国王の首にこの刃が届かない。

 今でもあの悪魔の首を斬り、胴体を何度も何度も剣で突き刺して、肉塊になるまで足で踏み潰したい。

 だが、国王もバカではない。どの計画にも自分の尻尾を見せず、狡猾かつ非道な行為を行う。


 裏の顔は残虐非道な悪魔だが、表の顔は国と民を愛する善良な国王そのものだ。

 権謀術数が渦巻く宮殿の第一王子として生を受け、彼を殺しその地位を奪う者など山ほどいた。そんな中を生き抜いた猛者の頭脳など自分より上を行くのは自然だ。

 けれど、『レベリス』も度重なる戦いによって、前衛を任された者のも後衛支援を任されら者も疲弊している。


 決着をつけるならば、短期決戦が望ましい。


「――そろそろ王都に進出するか」



☆★☆★☆



「こちらの被害は?」

「現時点では負傷者は三〇〇人超、死者は約九〇万。魔導具の生産量もここ一週間で四割ほど減少されております」

「捕縛した叛逆者達はどうなっている? 吐いたか?」

「それが……捕縛した者は全て魔法を使って自害しておりまして……」

「あれほど捕まえといてめぼしい情報を得ていないのか!?」


 カロンの怒声に拷問を任された兵士が「も、申し訳ありません!」と頭を下げた。

 魔法というのはこういう時が一番厄介だ。以前の拷問として捕まった者達は奥歯に仕込んだ毒だったり、舌を噛み切ったりして命を絶った。

 だが、魔法は詠唱するだけで自他問わず死をもたらす。こういった点を見ると、魔法というのは厄介だと感じてしまう。


(ジークめ、脱獄だけでなく私に牙を向くとはな……。やはり捕まえた時にすぐ処刑しておけばよかった)


 ジークの処刑は本当なら予定より早めるつもりだったが、ローゼンを含む四大魔導士が彼を擁護したのと調査を何度も行って彼の無実を証明する証拠を指の数ほど見つかったせいで、処刑の日が何度も見合わせることになった。

 その間に愚弟を人質に取り、『レベリス』という組織を率いていると知った時、はらわたが煮えくり返って寝室の調度品をいくつも壊した。


 あの愚弟はカロンにとってはもう使えない駒と成り下がった以上、わざわざ生かして捕らえる意味がないということで排除対象に入れたが、このまま安心してはいられない。

 一刻も早くあの男を殺し、アリナを手に入れる。昏い感情を隠しながら、カロンは状況報告をする兵士達の話に耳を傾けた。



 王都からさほど離れてない場所には、数十を超える天幕が設置されている。

『レベリス』による侵攻によって、国内では王都から比較的に近い領地や村が侵略されている。毎日のように怪我人が担ぎ込まれ。中には命の灯を消す者もいた。

 誰もが日々の諍いに疲弊し、充満する血や土の臭いに鼻がやられそうになる。


 その中でも一番大きな天幕には、アリナ達を含める四大魔導士が揃っていた。

 装いも普段着ているものでなく、アリナ達に合わせて用意されたものを着用している。


 アリナは社交界デビューで国王から贈呈されたティアラを身に付けた白い騎士服、クロウは表地が黒で裏地が赤のマントを纏った黒い騎士服。

 ローゼンは赤い天鵞絨の詰襟の上着の上に黒いマントを纏った豪華な装い。対してベネディクは赤いマントの下に少し長めのシャツと黒いズボン、腰には幅広な茶革のベルトを付けている簡素なものだ。


 外にいる騎士が身に付けている甲冑と比べて軽装だが、彼らの服はどれも防御魔法が付与されている。そこらの鎧と比べたら一番頑丈で強固な守りが施されている。

 天幕の中には大きな机が中心に置かれており、その四分の二ほどの大きさがある地図が広げられている。


「『レベリス』は着々と王都に侵攻している。このままならば王都が火の海と化すのは時間の問題だ」

「武器も食料もなるべく補充できるよう進んでるが、念のため補強部隊にも何人か護衛の魔導士を付けることにした。あくまで念のためだけどな」

「分かった。だが、なるべく急いでくれ。国軍側の被害も甚大化の一途を辿っているからな。……それと、カロン兄上はサンデス兄上を完璧に見限った。今後は敵として扱えと仰せつかった」

「そうですか……。では……ジークについて何か情報はありましたか?」


 アリナの言葉に誰もが無言になった。その表情にアリナは深くため息を吐いた。

 ジークが『レベリス』として動く前、アリナ達は必死に彼の無実を証明する証拠品を集めていた。ジークはアリナが拾って以降そばにいるおかげで、彼が事件当時にどこで何をしていたのかいう証言はたくさん出てきた。


 国王が独自で集めた証拠品も主人である自分が何度もチェックし、彼の私物と比べて趣味嗜好が違うことや所持していたものではないと証言したおかげで処刑の日を何度も見送ることはできた。

 確実な証拠を手に入れる直前になってジークがサンデスを人質にとって脱獄したと聞いた時は驚いたし、『レベリス』の長として活動していると判明した時は何故と何度も思った。


 だがこれによってジークは身柄を拘束した次第即処刑という命が下った。

 もちろんアリナ達は抗議をしたが、彼らの活動で兵士が傷ついた事実は変わらない。結局、アリナ達は国王からの命に従い、日夜対立する羽目になった。


 アリナは未だジークが無実であることを信じているし、他の者達だってそうだ。

 ジークが主導となって動いている事実は変わらない。でも、そこには何かしらの理由があるのだと信じている。

 ふと、腰の剣帯に下げている剣――《スペラレ》と名付けられたそれを撫でる。


 自分と対となるあの黒い剣は、武器庫で管理されていたがジークの脱獄と共に消えた。

 十中八九彼が持っているのは間違いないが、それでもあの剣を無辜の民を傷つけているために使っていると信じたくない。


「とにかく、今日はもう休もう。連日鎮圧に追われて疲れただろ」

「そうだな。休息を取ろう。ほら、解散!」


 ローゼンの言葉にベネディクが同意すると、各々は宛がわれた天幕に向かう。

 アリナ達の姿が現れると兵士達は頭を垂れているが、社交界で培われた反射神経で笑みを浮かべて会釈する。

 アリナが自分専用の天幕に入る後ろ姿を見送たクロウは、自身の天幕に入り固い寝台に横たわる。


「アリナの奴……以前まえより痩せたな」


 ジークの一件以来、彼女の明るさは幻だったかのように少しずつ消えていった。

 食事も必要最低限しか摂らず、そのせいで倒れたことは一度や二度ではない。胃に負担をかけない食事を用意して食べさせたが、それでも体重は少しばかり落ちた。

 ただでさえちょっと力が込めただけで折れそうな体をしていたのに、今以上に痩せてしまうと本当に折れてしまう。


 そうなっている原因が反魔法勢力の長になったのだがら、自分ではどう解決したらいいか分からない。

 ……いや、ある。一つだけ。


(ジークに会う、それしかない)


 クロウだってジークが首謀者じゃないのは知っているし、彼が『レベリス』の長になったのには理由がある。

 会って話をしなければ、この問題は解決できない。


「もし会ったら絶対に洗いざらい吐いてもらうからな、ジーク」


 今はここにいない友人に対して恨み言を呟きながら、クロウは眠りについた。



 翌日、『レベリス』が王都への侵攻を本格的に開始。

 王都は戦場と化し、ある者は瓦礫と化した建物の下敷きに、ある者は魔法の攻撃を喰らい、ある者は争いの巻き添えによって多くの命が奪われた。

 誰もが嘆き叫び、怒声と怨嗟の声が響き、黒煙と炎で包まれた一二〇日間。

 それが後の『落陽の血戦』と呼ばれる抗争の始まりであった。

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