第11章 交錯する絆と記憶

Prologue 前世との邂逅

 緑の葉が生い茂る森を走る。

 川のせせらぎと鳥の鳴き声を聴きながら、少女は走る。

 お屋敷で着た堅苦しいドレスを脱いで、メイドの見習いとして働く同い年の子のお古の服を着て、特徴的な髪を隠すためのケープを被れば準備は万端。


 行く先は馬車で往復すると夕食の時間になるけれど、少女には秘密の力がある。

 その力さえ使えばあっという間、目的地にたどり着いてしまった。

 古いレンガ造りの小屋。水車がガタガタと動いていて、その近くの茂みにいるリス二匹は互いの鼻を擦り合わせている。


 仲睦まじい姿を見てくすりと笑いながら、コンコンとドアを叩く。

 だけど返事がない。でもこれは当たり前、この小屋の持ち主である〝彼〟は少女以外の人の前には出たくない方だから。


「……合言葉は」

「『美しいあなたに星の祝福を』」


 ドア越しから聞こえた声は、ごく稀に領地を訪れる吟遊詩人のような心地よい。だけど若干の怯えも入っている。

 それもすぐに変わる。ドアが開かれると、少女が会いたい人が姿を現す。


 他の人とは違って色濃い銀色の髪と瞳、お人形みたいに整った容姿。腕や首、腰に綺麗な石を埋め込んだアクセサリーを身に付けていて、なんだか神秘な雰囲気がある。

 こんなに綺麗な人、今まで見たことがない。きっと誰もが振り返ってしまうほどの美人なのに、〝彼〟は滅多に人前に出ない。

 理由は分からないけれど、昔色々とあって人と会うことが怖いみたい。


 でも、少女は嬉しかった。

 こんなに綺麗な人と会って、お話をして、木の実を食べ合いっこできるのは自分だけ。

 きっと自分は、世界で一番の贅沢者だ。


「こんにちは、今日も勉強しようね」

「はい! 今日もよろしくお願いします!」


 これが最近の少女の日課。

 秘密の力を教えてくれる〝彼〟とこうして勉強する日々。

 たまにお昼寝をして、息抜きとして川遊びをして、摘んだお花で花冠を編んで、秘密の力以外の知識を教わる。

 時には海まで行って貝殻や流木を拾って、それをあの小屋に綺麗に飾ったりもした。


 楽しかった。

 幸せだった。

 愛しかった。


 ずっと、ずっとこんな時間が続けばいいと思った。

 だけど、〝彼〟は泣きじゃくる少女を置いてどこかへ消えてしまった。

 困ったように微笑みながら、「ごめんね」と言って髪を梳いた、あの優しい手の感触を忘れない。


 それからすぐだった。

 少女の人生が激変してしまったのは――。



「―――はっ!?」


 豊崎日向は目を開けた。

 今まで自分は眠っていたのだと気づくも、さっきまで見ていた光景は現実味があった。


(あれ……追憶夢ついおくむだ。久々だけど、あれは一体誰の記憶なの……?)


 激しく鼓動を打つ心臓を押さえながら起き上がるが、視界がクリアにあると同時に思わず口を開いた。

 四方を色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園。中央には白大理石でできた東屋。どこかで見たことのある光景に呆然としていると、コツリと靴音が鳴る。


 音がした方を見ると、そこにいたのは一人の少女。

 白い騎士服を着て、頭にヘッドドレスの形をした銀冠を被り、額の中央に六芒星に削られた琥珀が嵌め込まれたそれが日の光を浴びて輝いている。

 細い腰には『灰雪の聖夜』で使ったあの剣が鞘に収められていて、白革の剣帯にかけられていた。


 だけど、日向が驚いたのはそこではない。

 目の前の少女が、自分とそっくりだった。瓜二つと言われてもおかしくないほど、顔立ちがよく似ている。

 同じ琥珀色の髪をなびかせながら、少女は日向に向けて微笑んだ。


「あなたは……?」


 口の中が渇いていくのを感じながら、震える声で問いかける。

 その問いに、少女は微笑みながら答えた。


『――初めまして、豊崎日向。私は【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルム……あなたの前世というべき存在です』

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