Epilogue 死と静寂の屋敷

「なん、ですか……これは……?」


 金沢について、駅近くのレンタルカーで烏羽家に来た紺野と橙田は目の前の光景に絶句した。

 烏羽家は金沢市から車で片道一時間弱もかかる場所におり、昔赴いた時は庭が綺麗に整えられた純和風の家屋だった。椿の花が美しく、曾祖父の代に植えられた桜の木は満開になると感嘆の息を漏らすほど立派なものだと記憶している。


 ――だけど、目の前のこの惨状はどういうことだ?


 門は長年放置していたのか一部が腐り、白砂利が敷かれた道は雑草が膝の高さまで伸びている。壁も柱のボロボロで、屋根も瓦が剥げていて、縁側のガラス戸にはヒビが入っていたり割れているものもある。

 庭の椿は相変わらず緑の葉を茂らせているが、あの立派な桜の木が黒く焦げている様子を見ると余計にこの屋敷の異常さを教える。


「ここ……烏羽家ですよね? なんでこんなに荒れて……」

「とにかく進みましょう」


 困惑する橙田を余所に、紺野は僅かに汗を滲ませながらも敷地内に入る。

 屋敷の中は足跡が残るほど埃が溜まっていて、歩くだけで簡単に舞う。腐った木材の匂いのせいで嗅覚がおかしくなりそうだ。

 橙田は服の裾で、紺野はハンカチで口元を押さえながら先に進む。


「……止まってください」

「紺野さん?」


 ふと居間のある廊下を歩くと、紺野が立ち止まる。

 ちょうど黒焦げの桜の木が植えられており、廊下も他と比べて黒ずんでいる。だけど紺野はその黒ずんだところに指先を触れた。


「……これ、血ですね」

「血……? まさか……!」


 紺野の言葉に嫌な予感がして、橙田は両手で襖を開いた。

 直後、彼の顔色が真っ青にある。暗がりでも分かるほどのおびただしい量の血痕。畳だけでなく天井にさえ飛び散り、人間の脂の匂いも混じって吐き気を催す。この血の量を考えると、一人や二人という計算ではない。居間の血痕は紺野が触れた場所に続き、目が自然と桜の木へと動く。


 顔を青ざめながら、桜の木に近づく。

 黒く炭化してもなんとか形が保っているそれの根本には、指先程度の大きさの白っぽい塊と黒くなった藁の欠片があちこちに散らばっている。


 ――それが骨だというくらい、橙田の頭は幼くない。


「クッソが……!」


 ガンッ! と桜の幹を殴る。思わず魔法を使ったせいで、内側まで黒くなっている桜の木は耳障りな音を立てて倒れた。

 烏羽家の者はみんな殺された事実に苦渋の表情を浮かべながら、紺野は必死に頭を動かす。


(烏羽家の者は全員死亡している。烏羽志紀が犯人なのは分かりますが、わざわざ家の者を殺さなければいけないかった? 一体何が目的で……)


 思考を巡らせる紺野のスーツのポケットが震える。

 ポケットからスマホを取り出すと、画面には『竜山くん』と表示されている。


「はい、紺野。……はい。はい……なんですって? イギリスで暴動が?」

「!?」


 部下からの電話を取った紺野からの言葉に、橙田も目を見開く。

 慌ててスマホを取り出してニュースを確認すると『ロンドンで『始祖信仰』非信仰派による暴動発生 死傷者は不明』と現在進行形でピックアップされている。


「……分かりました。今すぐ戻ります。それと、烏羽志紀を烏羽家一家殺害の犯人として指名手配にして下さい。ええ……では」


 部下の戸惑う声を聞きながら電話を切り、紺野は未だに困惑する橙田に言った。


「灯くん、戻りますよ」

「はい……」


 沈痛な表情を浮かべながら、二人は屋敷を後にして急いでレンタルカーに乗り込んだ。

 エンジン音を鳴らしながら遠ざかる車を、屋根に止まっていた数羽のカラスが鳴き声を上げながら翼を羽ばたかせる。

 黒い羽が死と静寂に満ちた屋敷に落ちて、不吉な声が空しく響いた。

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