第151話 『継承の儀』
あれからもう数日が過ぎた。
宮殿での生活はヴィルヘルムの決闘以降、例の『継承の儀』が近づいているのか時々メイドや侍従達がばたばたと慌ただしい様子で、最初の頃のような視線を向ける数は日に日に減った。
日向達も『継承の儀』に参加するよう命令されたため、儀式の参加に礼服をわざわざ仕立てるためにソーイングルームに連行された。
今回の『継承の儀』では、アイリスと王族だけでなく『時計塔の聖翼』の上層部も参加するほどの仰々しい式典になる予定で、制服でも正式な礼服だが周りからみずぼらしいという認識していた様子だ。
学校の制服なのだから仕方ないと色々と文句は言いたいが、『郷に入っては郷に従え』を思い出して気持ちを落ち着かせた。
仕立て屋から渡されたデザイン画は、絵心があまりない日向でも見惚れるものだった。
ダブルブレストの白いコートには金の肩章がついている。襟とあわせの部分は真紅色で、縁取りも金色だ。コートは前側が短く、後ろは長いタイプでスカートとズボンが見えるデザインになっている。
ブーツも個人のサイズに合わせており、綺麗に磨かれている。それだけ『継承の儀』は大事な式典なのだと思い知らされる。
「うーん、ついに明日なのか……でもその前にこの手紙を渡したいな」
部屋に戻ってベッドに寝転んで、片手には手紙、もう片方にはスマホを持ちながらカレンダーを確認する。
今日は七月三一日、悠護の誕生日。ちゃんと彼の約束通り、手紙を書いたのだが内容が去年と似ている。渡そうにも向こうも礼服の仕立てで忙しい様子だった。
時間も深夜に近いし、今押しかけたら迷惑だ。
最初に街に抜け出した時に買ったレターセットにはブーゲンビリアの絵が印刷されていて、店員に訊くと男性にも好評があると聞いたので思い切って買ってみた。
最初は嬉しいと愛しい気持ちと共にペンを走らせたが、読み返すと同じようの繰り返しだと気づいた。でも何度も書き直したせいで便箋はもうないし、買い直すにも今日は警備が厳しいため行けない。
「!」
うんうん悩んでいると、ドアがノックされた。コンコンと一拍を入れたノックをする相手は一人しかない。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、ゆっくりドアを開ける。ノックの相手は日向が想像していた通り、悠護だった。
「どうしたの? 何か用事?」
「あー……いや、その大丈夫かなって思って……」
「大丈夫だよ。明日のおかげで誰も何もしてこないから」
今までの経緯があるせいか、ここ最近は一緒に行動している。その辺りはいつも通りなので特に気にしていないのだが、あの暴露があったせいで少し気恥ずかしい。
悠護の方は平然としているが、今はその態度すら悔しく感じる。
「でもちょうどよかった、渡したいものがあったの」
「渡したいもの?」
「はい、ハッピーバースデー」
「あ……」
渡された封筒を見て、悠護は思い出したかのように声を出す。
本人もすっかり忘れていた様子で、手紙を受け取ると嬉しそうに顔を緩める。
「ありがとな。今年はさすがにもらえないって思ってた」
「でも内容は去年と似てるよ? 次はもうちょっといいもの贈るね」
「……前にも言ったろ? 俺はこの手紙だけでも充分なんだよ。だからそこまで深く考えなくていいって」
「うーん、でもこっちが色々もらってる分、やっぱりそう考えちゃうんだよね……」
白椿の髪ゴムにびらびら簪、写真立てと色んなものをもらっている。自分だけたった一通の手紙というのはあまりにも釣り合わない。
そんな考えさえ見通しているのか、困ったように頬を掻いた。
「あー、じゃあさ、日本に帰ったら何か贈ってくれよ。それでチャラにしよう」
「うん……わかった、帰ったら探すね」
「おう。そうしてくれ、んじゃおやすみ」
悠護が笑いながらぽんぽんと頭を叩き、去っていく。その後ろ姿を見送ると寂しい気持ちが出てくる。
でも、こんなのは自分の我儘だ。彼だって自分の時間がある。
……それでも。
(それでも一緒にいたいのは……本心なんだ)
「はぁ……まさかあんなに気にしてるとはな」
部屋に戻った悠護は三つに折られた手紙を読み終えるとため息を吐いた。綺麗で可愛らしい文字で綴られた手紙は、自分にとって宝物と同然だ。
だけど改めて思い返してみると、自分は彼女に対して色々と与えている。それに対して変に気にかかるのは自然だ。
「……ま、そう考えるとタイミングよかったかもな」
食事でよく使う円卓の上に置かれている、白と黒に輝くネックレス。
二つのトップは十字架を象り、その中心には二人の瞳の色である琥珀とルビーがはめ込まれている。
黒宮家は金属干渉魔法を得意としているが、物理干渉魔法の大半は使えるため、金属だけでなく材料さえあれば鉱石を作れる。
このネックレスは明日を無事終えたら、想いと共に贈るつもりだ。
あの時にタイミングよく話題に出たのは運がいい。
「これ贈ったら喜ぶよな」
すでに出来上がっているそれを見て、悠護は優しい微笑を浮かべた。
贈られた時に見せるだろう日向の顔を思い浮かべながら、そっとネックレスを指先で撫でた。
☆★☆★☆
『継承の儀』当日、その日は清々しいほどの青がイギリスの空に広がっていた。
会場になる場所は有名なセント・ポール大聖堂の地下深く、偉人達のお墓と納骨堂がある階より下だった。大聖堂は今回の式典にために貸し切り状態になっており、日向達を含む招待客と警備の者しかいない。
『継承の儀』を行う階は地下という暗いイメージとは真逆で、壁と柱には花と蔓草を象った金のレリーフで彩られている。
天井には中央に連なるようにシャンデリアが吊られていて、カットされた水晶が煌めきながら光を発している。扉から祭壇に続く絨毯は赤く、銀糸の模様が美しい。
絨毯を挟む両側には王族専属として選ばれた魔導士、『時計塔の聖翼』の幹部である『一二の天使』、さらにIMFおよびイギリス政府関係者、王族一家と日向達を含めても広さ的にまだ余裕がある。
祭壇の前には金糸の刺繍が豪華に縫われた白い祭服姿の老年の男性が立っており、祭壇の上には金房がついた赤い布がある。変に膨らんでいるのを見るに、『継承の儀』に必要なものがあるのだろう。
王族の男性三人は赤いビロードの上着を着ていて、国王陛下には勲章を付けて白いサッシュが目立つ。『時計塔の聖翼』の方は鮮やかな色合いの甲冑を身に付けているが、その中でも彼らの前にいる長い金髪の麗人が一番目を惹いた。
袖口が膨らんだ長袖の白いボレロを羽織り、真紅色のドレスは腰のあたりに大ぶりな薔薇のコサージュがついている。胸元が大胆に開いているせいで胸の膨らみが強調され、そこを彩る黒いフリルが白い肌に合ってより艶めかしい雰囲気を醸し出す。
左こめかみの方にレースがあしらわれた黒い帽子を被っているその人を見て、陽は軽く口笛を吹く。
「まさか【紅天使】まで出向くとは、恐れ入ったわ」
「【紅天使】?」
「そ、【紅天使】ティレーネ・アンジュ・クリスティア。『時計塔の聖翼』の長で、【起源の魔導士】の弟子の一人なんや。今は魔法で疑似的に不老不死になっとるけど、実年齢は管理者より上や」
学園祭で出会った管理者より年上という事実もそうだが、【魔導士黎明期】を経験した生き証人がここにいる事実に日向は素直に驚いた。
【魔導士黎明期】はどの時代において一番大変だった時代と記憶している。その時代からずっと生きていると考えると、一体どれだけの時間を過ごしたのかと考える。
そう思った直後、ティレーネの萌黄色の瞳が日向の琥珀色の瞳を凝視する。
羽の付いた扇子で口元を隠していても、その目は射殺さんとばかりの眼力だ。思わず視線を逸らすと、彼女の目が柔らかく緩んだことに気づかなかった。
なんとなく居心地が悪くリボンの先を弄ると、扉の前で整列していた近衛兵が手にしたラッパを吹き鳴らした。
地下に響く高らかな音と共に扉が開き、そこから水色のドレス姿のアイリスが現れる。
スカートの部分はレースを何層も重ねていて、腰には濃い青のレースリボンが結んでいる。首の濃い青のレースチョーカーとオフショルダーには髪飾りと同じ形をした白い花のコサージュが縫われている。
髪飾りも清楚ながらも華々しく、本当にお伽噺に出てくるお姫様のようだ。
赤と反する色を身に纏う少女が一歩、また一歩と歩くと誰もが頭を垂れる。
日向も周りと同じ動きで頭を垂れると、絨毯を歩く布が視界に入るもすぐに通り過ぎる。アイリスが祭壇の前まで歩むと、そこで彼女は深々とお辞儀をする。
司祭が厳かな仕草で片方は聖書、もう片方には錫杖を持ちながら祝詞を紡ぐ。とても滑らかかつ少し早いせいで全部は聞き取れなかったが、耳心地がよかった。
「――これより、『継承の儀』を行う。汝、アイリス・ミールは【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムの記憶と力を受け継ぎ、この国を
「はい、誓います」
「よろしい」
司祭が祭壇の方に目を向けると、傍に控えていた神父が慎重な手つきで布を取る。
布の下から現れたのは、一冊の本。茶革張りのそれは古くなっていて、触れただけでページが破れてしまうのではないかという代物だ。
『始祖信仰』なんてものに入っていない日向にとっては、その聖遺物をただの古ぼけた本だと認識するのだと思っていた。
――だけど、その予想はひどく裏切られる。
ドクン、ドクン、と心臓が鼓動を鳴らす。
あの本を見ていると動悸が激しくなっていって、呼吸も乱れていく。暑くも寒くもない場所なのに汗が頬を伝って流れる。
「お……おい日向、大丈夫か?」
一目でおかしい様子を見せるパートナーの姿に、悠護が労わるように声をかける。
ぎゅっと服越しから胸元を掴んで安心させるように微笑むも、信用されてないのか彼の不安に拍車をかけさせた。
「アイリス・ミール、聖遺物にお手を触れてください。一度触れただけであなたは【起源の魔導士】の血を引く尊い存在になります」
日向の様子を顧みず、司祭の指示に従ってアイリスは祭壇の本に向かって歩み寄る。
彼女がゆっくりと近づくたびに、頭が警鐘を鳴らす。
――やめろ。
――近づくな。
――触れるな。
――それは
自分ではない者の声が頭に響いた直後、アイリスと祭壇を分断させるかのように純白の壁が現れた。
手を伸ばしたアイリスは壁に触れた瞬間に体ごと後ろへ飛び、慌てて駆けつけたヴィルヘルムが受け止めてくれたおかげで怪我はない。だけど、壁が縦長に裂かれると紅いローブがぞろぞろと現れる。
無地のフードの下は無機質な魔導人形の顔があり、手には剣や銃はもちろん槍も鎌も持っている。
その後ろから白いレースをあしらった紅いフードが姿を見せた。
槍鎌を持った少年、右目に眼帯をした少女、赤い大剣を持つ青年、緑色に輝く槍を持つ青年、白い着物ドレスの女、長い裾をなびかせる男、そしてフードの下から零れる純白の髪をした男。
目の前の男は前髪が隠れた顔で周囲を見渡し、妖艶な笑みを浮かべながら告げる。
「――時は満ちた。我らの〝目的〟のために聖遺物と生まれ変わりを頂く」
「総員、戦闘準備ッ!!」
最初に動いたのは『時計塔の聖翼』だった。年若い騎士の中で一番年上らしき男が号令をかけると、魔導士達が武器を手にする。よく見る両刃剣だけでなく糸のように細い剣、弓矢や翼を模した投擲剣と様々だ。
彼らが武器に魔力を纏わせると、一斉に魔法が炸裂する。
「アハハハハハッ!!」
色鮮やかな魔法が魔導人形を破壊していくも、レトゥスは高笑いしながら魔法を斬っていく。自軍の魔導人形の部品が飛び散らせながら、年若い少年に向けって突撃する。が、その前に《白鷹》を抜いた怜哉によって防がれる。
ガチガチと刃と刃を押し合う音を響かせながらも、二人は挑発的な笑みを浮かべ、武器のぶつかり合いが激しくなっていく。
ルキアが炎の鬼女騎士・インフェルノを出すと、心菜の白百合の修道女・リリウムが現れる。二人の美しい魔物の剣の刃が触れていないにも関わらず衝突し、その間を樹が駆け抜ける。
両手には《鴉丸》を嵌め込み、強化魔法付与済みだ。近づいてくるアングイスは長い裾の中から数枚の札を持った白い手を出す。
手から放たれた札は植物の姿として姿を変え、穂先の如く鋭い蔓が樹に襲い掛かる。樹は蔓の攻撃を躱すも、後ろから来た蔓への反応は少し遅れた。首を横に向けると、見慣れた髪先と血が視界の端で待った。
《銀翼》を構える陽を見て、フォクスは妖艶に微笑みながら背後に一〇を超える萌黄色の魔方陣を展開させる。魔法陣からは魔力弾が雨粒の如く発射され、容赦なく壁や柱を抉る。
魔力弾は陽を避けるように屈折し、距離を縮めた直後に《銀翼》を突き立てるが目の前で展開した魔法陣で防がれた。憎悪を滲ませた目で睨む陽を見て、フォクスはくすくすと不気味に笑うだけ。
悠護は夫婦剣モードの《ノクティス》を手にすると、ラルムの赤い大剣とせめぎ合う。両社とも攻撃を受け流していると、金色の雷が落ちた。
両腕を竜化したギルベルトの攻撃を浴びるアヴェムは、半分涙目で躱している。だけど面倒になっていたのか千切れた魔導人形の腕や足を宙に浮かすと、それを弾丸の代わりにして攻撃する。
それさえも破壊して轟音を響き渡らす中、日向と主だけはただ無言で対峙していた。
日向の手には《アウローラ》、主の手には見覚えのある黒い剣を持ち、二人の周囲は異様に静かだ。
「単刀直入に聞くけど、あなたの目的はなんなの?」
「そんなことを聞いてどうする。お前は今日ここで終わるというのに」
「誤魔化さないで!」
日向が《アウローラ》の引き金を引くと、琥珀色の魔力弾が発射される。主は魔力弾を剣で斬り捨てると、剣先が《アウローラ》の銃口に当たる。瞬間、《アウローラ》が瞬きをする間もなく分解される。
手の中で長い時間付き合ってきた半身が壊れていく様に呆然としていると、主は日向の右手首を掴むとそのまま頭上に持ち上げ、左も手首を掴んで固定した。
「っく……!」
「安心しろ、手荒な真似はしない。お前はただ力を貸せばいいだけだ」
「力……? 一体何をしようと……」
「何、そう難しいことじゃない。……ただ、あの悪魔を消すだけだ」
自身の手首を掴む手の力が強くなる。前髪で隠されているのに、彼の目から憎悪が溢れ出んばかりに滲み出ている。
初めて見るそれに日向の背筋がぞくりと震えた瞬間、「アイリス! 待つんだ!」と叫ぶヴィルヘルムの声に我に返る。
視界の横でアイリスがスカートをたくし上げて走っていて、目の前の祭壇に向かって近づくのを見た主が大声で叫んだ。
「待て! そいつに触れるな!」
「そんなの聞くわけないよ! わたしは【起源の魔導士】の生まれ変わり、今力を取り戻せばあなた達なんてすぐやっつけるんだから!」
主の制止に一瞬疑問を抱くも、アイリスの手は一切の躊躇なく例の聖遺物に触れた。
アイリスが聖遺物に触れたことで儀式が完了したのだと確信した『時計塔の聖翼』や王族側の人間達が歓喜の表情を浮かる中、『レベリス』のメンバーと何故か陽が狼狽した様子を見せた直後、地下は眩い光に包まれた。
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