第10章 始まりの国

Prologue 予言された少女

 イギリス・バッキンガム宮殿。

 王族が暮らす公邸に、一人の少女が宮殿自慢の庭園に足を踏み入れた。

 レースを何枚も重ねた水色のドレスを身に包む少女は、年相応の可愛らしい顔立ちをしており、ふんわりとした印象を与える栗色の瞳と同色のショートボブは彼女の可憐さをより引き立たせている。チャームポイントである水色の花髪飾りは太陽の光を浴びてキラッと輝く。


 この宮殿にいる者は王族一家だけでなく選ばれた侍女と使用人、それと兵士として配属された魔導士のみ。侍女とは違う風貌の少女がいるのはおかしい。

 庭園ではイギリスの国花である薔薇が咲き誇り、水やりをやったばかりなのか花弁についている水粒がダイヤモンドのように煌めく。


(まるで絵本の世界に来たみたい)


 目の前の光景にうっとりしながら、少女は少し前までの出来事を思い出す。

 少女は母親と二人暮らしの母子家庭で、父親は知らない。ただ母親は仕事先で出来た恋人に夢中で、娘である自分のことを気にも留めなかった。

 一応魔導士として生まれたため中学は非正規の魔導士育成学校に通うも、男子に人気があったせいで他の女子からいじめられながら無為な三年間を過ごした。


 その後は聖天学園に受験せず、普通の一般人として暮らすために普通の学校へ通い始めた。聖天学園に入学しなかった生徒は国から与えられた魔力抑制具を付けるが、一般家庭である少女には大して不便には感じられなかった。

 特に親しい友人も作らず、周りの女子達にいじめられる日々を送っていたある日、学校の前に王族の紋章が刻まれた馬車が現れた。


 馬車の前で立っていた年老いた執事は少女の前に来ると、その場で跪きながら言った。


『【月の姫巫女】の予言により、本日よりあなた様を【起源の魔導士】の生まれ変わりとして王宮へ案内します』


【月の姫巫女】はこの国の王族に従える魔導士で、月を介して予言を告げる魔法を得意としていた。彼女の予言は百発百中で、王族とIMF本部はその予言を元に数々の事件を食い止めてきた。

 その予言で自分が【起源の魔導士】の生まれ変わりだと言われた時はすごく驚いて、半分放心中の間に少女は馬車に乗せられこの宮殿にやってきた。


【起源の魔導士】は四大魔導士を崇拝する『始祖信仰』にとっては崇め奉る存在で、その生まれ変わりだと言われた少女は宮殿で贅沢な扱いを受けた。

 煌びやかなアクセサリーやドレス、これまで口にしたことのない豪華な料理、そして贅を拵えた部屋。

 その全てが少女にとっては夢みたい出来事だった。


(わたしは特別。みんなわたしに期待してくれている)


 これまで母にも周囲からも無下に扱われてきた少女にとって、この境遇はまさに天が与えてくれたものだった。

 生まれ変わりとして厳しい魔法の授業を受けるようになったが、ここには自分を慕ってくれる者達がいる。その事実だけが少女のぽっかり空いた心の穴を埋めてくれた。


「アイリス!」


 少女――アイリスの名前を呼ぶ声がする。振り返ると、絵本で出てくる王子様のような恰好をした少年が駆け寄ってきた。

 背中まで長さのあるベージュに近い金髪をうなじで一つにまとめ、ルベライト色の瞳をしている少年。彼はここの第二王子ヴィルヘルム・フォン・アルマンディンその人だ。

 第二王子はアイリスを見つけると頬を紅潮させながら、にこやかに笑みを浮かべる。


「アイリス、こんなところにいたのか。探したぞ」

「ごめんなさいヴィル、薔薇が綺麗だったからここに来たの。それで何か用?」

「ああ、そろそろ勉強が始まる時間だから教えに来たんだ」

「え、そうだったのっ? ごめん、すぐ行くね!」

「ああ待てアイリス、そんなに慌てると転んでしまうぞ!」


 慌てて宮殿に戻るアイリスを、ヴィルヘルムが後ろから追いかける。

 これがここ最近見る、アイリスの日常の風景。誰もが羨む幸せな一面だ。



 だからこそ、アイリスはこの時はまだ知らなかった。

 これから訪れる残酷な〝真実〟と〝夢の現実〟の終わりに――。

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