Epilogue 悪巧み

「今日は気分がいいな」


 突然姿を消した主が気分よく紅茶を飲む様子を見て、アングイスは愛用の医療道具が入った鞄の蓋を閉じた。

 三段のティースタンドには彼の好物が揃った軽食やスコーン、一口サイズのケーキが置かれており、紅茶も主が愛飲しているものだ。

 これが揃っている時の彼は大抵気分がいい時で、長い付き合いであるアングイスはどこか嬉しげな様子で主を見る。


「ああ、やっとこれで〝計画〟が果たせる」


 主人の言葉にアングイスはぴくりと反応すると同時に、遂に来たのかと思った。

 これまで『レベリス』が表舞台に出ずにずっと隠れていたのは、〝計画〟に必要なピースがなかったからだ。


 だが、やっと『レベリス』の〝計画〟に必要な少女が現れた。

 そのための下準備も終わった。

 次にやるべきことは、実行だけだ。


 ――だが、その前に現れた不安要素を話すべきだ。


 主が不在の間に得た情報を思い出し、アングイスは相変わらずの無表情で言った。


「……そういえば、あり得ない情報が入った。イギリスで【起源の魔導士】の生まれ変わりが現れた、と」


 アングイスの口から告げられる情報に、カップに口づけようとしていた主の動きが止まる。

 主はしばしその情報を頭の中で吟味すると、「なるほどな」と言ってカップをソーサーの上に置いた。


「【月の姫巫女】の予言か?」

「ああ。二ヶ月前に【起源の魔導士】の末裔らしき少女が見つかったらしくてな、その予言のせいでその娘が【起源の魔導士】の生まれ変わりだと結びついたらしい」

「だとしたら随分と安直だな。その例の娘の写真は?」

「これだ」


 アングイスが長い袖から手を出すと、隠していたのか一枚の紙を持っていた。

 その紙を受け取り、裏返す。白い紙の裏には色がついた少女の姿が映し出されている。

 水色の花飾りをつけた少女は栗色のショートボブと同色の瞳をしており、男の庇護欲をそそられる可愛らしい顔立ちをしている。


 美少女の部類に入る少女の写真を見て、主ははっと鼻で笑う。



 はっきりとした主の言葉にアングイスはやっぱりと言わんばかりに肩を竦める。

 あの栗色の髪と瞳を見る限り、【起源の魔導士】の血を引いているのは確かだ。だが、【起源の魔導士】の生まれ変わりとなれば話が違う。


 予言と血筋だけで【起源の魔導士】の生まれ変わりと繋げた王族連中の考えに呆れていると、主は写真を燃やしながらくつくつと笑う。


「だが、ちょうどいい。この偽者を有効活用してやろうじゃないか」


 偽者の登場は予想外だが、この少女は自分達の企み次第ではいい具合に利用できる。

 頭の中で悪巧みを考え始める主を見て、アングイスは黒い煤になって写真の残骸を見下ろした。

 その目は、これからこの男の操り人形になる少女への同情が含まれていた。

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