第132話 【ハートの女王】のお茶会②

「ああ、自己紹介がまだだったね。わたしはリリアーヌ・シャーロット、一級魔導犯罪組織『サングラン・ドルチェ』のボスよ。ここにいる連中はわたしの子供達よ。お前達、自己紹介しなさい」

「はーい、ママ」


 リリアーヌの催促に最初に乗ったのは、セピア色の髪に紅色の瞳をした青年だ。

 赤を基調としたコートをかっちり着て、腰には立派な剣が帯刀している。


「俺は【ハートの騎士】レオポルド・シャーロットだ。ま、この通り騎士みたいな恰好してるから分かりやすいっか! あははっ」


 爽やかに笑うレオポルドに日向が反応に困っていると、隣にいるカメリア色の髪とリーフグリーン色をした男性がシニカルな笑みを浮かべながら笑う。


「にゃははっ、レオポルドは相変わらずだな。ああ、おれの名前は【チェシャ猫】セルジュ・シャーロット。ま、名前だけ覚えてくれていいから。で、そっちが……って、寝てんのかよ?」

「くー……むにゃ……」


 自己紹介をしたセルジュが自分の向かいの席に座っている女性の方に顔を向けるが、可愛らしい寝息を聞いて呆れた表情を浮かべる。

 鼠色のセミロングが綺麗な女性は机に突っ伏しながら眠っており、口の端から垂れる涎がテーブルクロスにシミを作る。

 その様子はすでに慣れっこなのか、セルジュがどこからか棒を取り出すとそのまま女性の頭をコツコツと叩いた。


「おーい、次お前の番だぞー。起きろー」

「んん……あれ? もう私の番……? ふぁあああっ」


 叩かれてようやく意識が覚醒した女性は豪快な欠伸をして、起き上がりながらへにゃりと笑う。


「んっと……わたしは【眠りネズミ】ジャクリーヌ・シャーロット。よろ、しく…………ぐぅ……」

「あ、また寝た」


 力尽きたかのように再びテーブルに突っ伏したジャクリーヌに、セルジュは呆れた顔でため息を吐いた。


「そいつのことはほっとけよ♪ 魔法の影響で一日の大半を寝なきゃいけねーんだからよ♪」


 セルジュの横でバイオリンを持って軽く弦を引く男性がカラカラと笑った。

 ランプブラック色の髪とゴールデンイエロー色の瞳をした彼は、音楽家を意識した格好をしていた。


「俺は【ドードー鳥】ヴィクトル・シャーロットだ。俺の隣にいる長時間厳守主義者のモーリスだ」

「ちょっと、勝手に人の名前を明かさないでください」


 金色に輝く懐中時計を見ていた男性が苛立たしげに舌打ちをした。

 ミルキーホワイトの髪とバーミリオン色の瞳をした男性は、懐中時計を上着の内ポケットにしまうと丸眼鏡のつるを指先でくいっと戻す。


「【白ウサギ】モーリス・シャーロットです。僕のことはどうかお気になさらないでください、別にあなたと仲良くしようと思ってませんから」

「は、はぁ……」


 自己紹介の後に辛辣な言葉を投げられ、思わず反射で返事を返した。

 モーリスはふんっと鼻を鳴らして紅茶に口付けていると、隣――日向を気絶させた張本人が口を開いた。


「【帽子屋】フェリクス・シャーロット」

「……【三月ウサギ】マドレーヌ・シャーロットよ」


 自分の名前を告げてそのまま黙り込むフェリクスと、不機嫌な顔で名前を言ってお菓子を食べ始めるマドレーヌに、さすがの日向も苦笑いを浮かべた。

 今まで出会ってきた人達は個性が強かったが、ここまで濃い人と出会うのは初めてだ。


(なんというか……コミュニケーションが難しい人ばかりだなぁ……)


 敵なのだから難しいのは当然なのだが、そんな感想を抱かざるを得なかった。



 場所が変わり、都内のセンター街。

 悠護達は襲撃があったショーウィンドウがある通りまで来ていた。ガラスも建物も修復部隊によって全て元に戻っており、数時間前まで事件があったことが嘘に思えてしまう。

 時刻が終電が過ぎた深夜ということもあり、人はあまりいない。


「しっかし、こうも静かだと逆に不気味だな」

「そうかな? 僕はこれくらい静かだといいな。仕事の時はいつもこの時間帯だったから」

「そんなことはどうでもいい。本当にここなのか? 奴らの拠点の入り口は」

「ああ、間違いないで。ほら見てみぃ」


 ギルベルトの独り言に近い問いに、陽は手に持つ鍵を見せた。

 ドキツいピンク色をしたハートの鍵は街灯、自動車やバイクのライト、深夜営業している店やコンビニなどの光源しかない中で、その鍵は禍々しいほど輝いている。


「『異界アリア・テッルレ』は所有者の設定次第で鍵をかけることができるんや。で、そういった場所を入る『扉』は実は世界中どこにも存在しとる」

「? なんでだ? やましいことがある連中からすれば、『扉』があった方がマズいんじゃね?」

「そうやな。真村の言うことは正しい。けどな、考えとみぃ? IMFに顔が割れとる犯罪者がドアがない遠方に行ってしもうて、その時に捕まって『扉』を開ける手段として利用されへんか?」

「あ、そっか。つまりあえて『扉』を多く作っとくことで、捕まるリスクを減らしてるってわけか!」

「正解や。もちろんその『扉』に鍵がある場合、所有者が設定した利用許可をあげたもんかこの即席鍵インスタントキーを持っとるもんしか入れん」


 そう言った直後、陽が持っていた鍵がさらに輝き出した。

 鍵の輝きが強まったと同時に、陽達の目の前に鍵と同じド派手なピンク色の『扉』が現れた。

 女の子向けの可愛らしいデザインをしたそれは、ドアノブや鍵穴に至るまでピンク一色に染まっている。これが普通の女の子なら微笑ましいと思えたが、悲しいかな相手は実年齢七〇歳を超えた若作りババアだ。


「……趣味悪いデザインやなぁ」

「そこは文句言ってもしょうがねぇだろ」

「わぁっとるわ。ワイらの目的はデザインの苦情やのうて、日向の奪還やからな」


 嫌そうに顔を顰めながらもため息を吐く悠護を見て、陽はあからさまに肩を竦めた。

 目視できる範囲では、今の悠護には副作用らしき効果は出ていない。母親譲りの体の弱さのおかげが、ある程度の薬物の耐性はついているのだろう。

 だが、ギルベルトが用意したあの薬は、本来なら副作用なんてものが可愛らしく思えるほどの劇薬だ。


 もし戦闘途中で副作用が起きてしまったら、命の危険に関わる。

 せめて何かしらの手があればよかったのだが、生憎と陽には薬の副作用をどうにかする術を持っていない。


 ――魔法というのは万能の力だが、決して全能ではない。


 かつて、【期限の魔導士】アリナ・エルクトゥルムが残した言葉の一つ。その言葉が脳裏に浮かんだ。

 魔法というのはなんでも願いが叶う奇跡だと思っているが、現実はそうではない。死者を蘇らせることはもちろん、完全な不死にする術はどこにも存在しない。

 それでも太古から抱く人類の夢を捨てきれない者は後を絶たず、非人道的な実験や手段に手を出した魔導士は数えきれないほど現れた。


 陽自身、そういった類のものに憧れを抱いていなかったと言えば嘘になる。

 少なくとも死者蘇生の術を手に入れておけば、両親を生き返らせることはできたのではないかと何億回も考えた。だが、死者は生き返らない。それは神がこの世界を生み出した時に定めた絶対の決まり。

 たとえ叶えられたとしても、その時の両親が『両親の姿をした別人』だったら、きっと陽は生き返させるんじゃなかったと後悔したと思う。


 だけど今、陽がするべきことはそんなことではない。

 大事な妹を取り戻す。そのためにここにいる。


「開けるで」


 その言葉に、後ろにいる教え子達は無言で頷く。

 暗闇の中で目が痛むほど発行する『扉』の鍵穴に鍵を差し込み、回す。

 ガチャと鍵が外れると、鍵は粒子となって消えて、『扉』は誰の手にも触れずに開かれていく。

 直後、辺りは『扉』の向こうから溢れ出た真っ白な光に包まれ、光が消えた頃には陽達の姿はなかった。


 その場にあったはずの『扉』は、何一つ痕跡を残さないまま姿を消していた。



☆★☆★☆



【ハートの女王】が用意したお茶会は、絵本に出てくるような現実離れしたものだった。

 普通では見れない小さい塔のようなケーキ、色とりどりのキャンデーやマカロン、三段ケーキスタンドには可愛らしいペイストリーやスコーン、サンドイッチが載せられている。

 他にも目移りしてしまうお菓子もあるが、何より日向の目を引いたのは動くティーセット達だ。食器なのに顔がついている彼らに、日向は若干戸惑いを見せる。


「紅茶♪ 紅茶♪ 紅茶ですよ~♪」

「ダージリン? アッサム? それともアールグレイ?」

「お砂糖はいくつ欲しい?」

「ミルクは何杯入れる?」


 目の前のティーカップが陽気に歌い、三つのティーポットが左右に動き、シュガーポットとミルクピッチャーは期待の眼差しで問いかける。

 他のテーブルでも同じデザインをした食器達が問いかけているのを見るに、ここではそれが当然なのだろう。


「じゃ、じゃあダージリンで……。砂糖一つとミルク一杯お願い」

「やったー♪ ボクが選ばれたー♪」

「お砂糖一つ入れましょう♪」

「ミルクも一杯入れましょう♪」


 日向の答えにダージリンが入ったティーポットが嬉しそうにティーカップに入れ、シュガーポットとミルクピッチャーも陽気に歌いながら砂糖とミルクを入れた。

 嬉しそうな顔をするティーカップに口付けると、程よい甘さをした紅茶が口の中に広がった。


「美味しい? 美味しい?」

「う、うん……美味しいよ、ありがと」


 ティーカップからの質問に答えると、他の食器達と一緒になって「美味しい! 美味しい! 嬉しいなぁ!!」と喝采を上げる。

 これには日向もどんな反応したらいいのかわからず、ただただ苦笑を浮かべた。


「さて……お茶もこの辺にして、本題に入ろうかしら」


 ぞくりと背筋を震わせる甘い声に、日向はそっとティーカップを置いた。

 リリアーヌは唇の端についた生クリームを艶めかしい舌遣いで舐めとり、くすりと妖艶に微笑む。


「豊崎日向、お前がどうして連れてこられたか分かる?」

「……理由として考えるなら、あたしの無魔法狙いでしょ? それくらい予想つく」

「そうね。半分は正解よ」


 半分? とリリアーヌの言葉に首を傾げると、彼女はさらに笑みを深くする。


「――お前をわたしの子の一人、フェリクスと結婚させることよ」

「結婚……!?」


 まさかの単語を耳にした日向は、自身の予想斜めをいったことに困惑して思わず椅子を倒しながら立ち上がった。

 その反応にフェリクスとマドレーヌ以外の子供達は仮面のような貼りついた笑みを浮かべている。日向の一挙手一投足を楽しむような素振りに背筋を走る悪寒がますます強くなる。


「じょ、冗談じゃない! 誰が好き好んであなた達の血縁になると思う!?」

「あら、おかしなことを言うね。魔導士界でも政略結婚というのはあるのよ? それが生まれた時から決めたか、すぐに決められたかなんて些細な問題よ」

「……だとしても、あたしは絶対に結婚なんてしないから」

「そう……」


 強い眼差しで拒絶する日向を見て、リリアーヌは思案する顔で見つめる。

 写真越しとは違う瞳の輝きは、これまで集め、時に男達に貢がされた宝石やアクセサリーよりも美しい。

 美しいものを愛でたい気持ちと、その輝きを絶望と恥辱で滅茶苦茶にしたい嗜虐心がリリアーヌの体をぞくぞくと震わせる。


「悪いけど、部屋に戻らせてもらう。ここにいるだけで気分が悪い」

「ええ、構わないわよ。部屋までメイドに案内させてあげるわ」

「ご親切にどうも」


 律儀に一言断りを入れてから退室する日向がメイドを一人連れていくのを見送ると、パーティールームの扉が自動で閉まる。

 こうなることは良そうしていたのか、リリアーヌは平然とした顔でスコーンにたっぷりのラズベリージャムを塗りたくった。


「やっぱりそう簡単にいかないよなー。どうするんだ? ママ」

「どうもないわ。結婚なんて、所詮は世間が決めた定義付け。しなくても夫婦と呼ぶ人間は山ほどいるわ」


 これまで現代の魔導士に負けない子供を産むためだけに、選りすぐりの男達を数えきれないほどの夜を過ごしたリリアーヌにとって、むしろ『結婚』は必要のない無駄な物という認識でしかない。

 婚姻届けにサインと判子を押し、役所に提出するのは一種の報告。それを律儀に果たす意味はない。


 そうは考えていても、やはり豊崎日向と自分の息子の血がつながった孫が欲しいのは事実だ。

 無魔法を使える魔導士は【起源の魔導士】アリナ・エルクトゥルムを除き、日向しか確認されていない。世界各国でも日向が何故無魔法を使えるのか秘密裏に調査している。中には彼女のDNAを採取しようと目論む連中もいるが、全て学園側の教師の手によって拿捕されている。


「あの様子じゃ結婚まで漕ぎつけるのは難しいようね。フェリクス」

「なんだ、ママ」

「予定通り、


 瞬間。マドレーヌはひゅっと息を呑んだ。

 力づくで奪う――その意味が『日向を強姦しろ』であることくらい、ここいる全員はそこまで初心ではない。

 子供にそんなことを頼む母親なんて、世界広しといえどリリアーヌくらい。だが、ここにいる子供達は全員がママのことが好きなのだ。


 ママの命令が絶対で、ママの存在こそが存在理由。

 数多の男と交り合ってこの世に生まれた七つ子と、目的のためならば手段すら選ばないママ。

 なんとも歪で狂った家族なんだろうか。だからこそ、自分達はこうして生きているのだと思うと笑ってしまう。


「……了解した」


 長男の答えに、ママが満足そうな笑みを浮かべる。

 なんの感情も察しさせない無表情のまま、フェリクスがパーティールームを出て行くのを見送りながら、家族は笑顔で笑い合う。

 ただ一人、マドレーヌはなんとも言えない表情を浮かべながら乾いた喉を紅茶で潤していると、ふと哄笑を上げていたママがピタリと止まった。


「ママ? どうしたんですか?」

「……いいえ、どうやらお客様が来たようね」


 モーリスの言葉にリリアーヌがくすりと笑うと、パチンと指を鳴らした。

 するとテーブルの上に巨大な水晶玉が現れ、そこから城下町の様子が映し出される。お菓子でできた街を歩くのは、身に覚えのある若者達。

 その映像を見て、いち早く察したマドレーヌが言った。


「ママ、彼ら彼女の仲間よ。どうやら豊崎日向を奪い返しに来たみたい」

「ふぅん? ま、あの『レベリス』とやり合っているくらいだから、のこのこ敵のアジトに潜り込む度胸があってもおかしくない、か」


 娘の言葉にリリアーヌがしばし水晶玉を見つめると、ふとパンパンッと鳴らしながら両手を叩いた。


「お前達、お茶会の後の運動時間よ。――彼らと少し遊んできなさい」


 ママの命令を下された子供達は、多種多様な反応を見せる。

 無表情、喜色、眠気眼。だがどの口元には笑みが浮かんでいた。


「「「「「「――ウイ、ママ」」」」」」」


 子供達は紡ぐ。共通の了解の言葉を。

 各々が持つ得物を手に、パーティールームへと出て行く。

 扉が閉まり、一人残ったママは優雅な仕草で紅茶を飲み干しながら微笑んだ。


「――さぁて、お手並み拝見といこうじゃない。忌々しいけど『レベリス』が認めた実力者なのだから、少しはわたしを楽しませなさいね?」

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