第123話 衝突
「――お前の気遣いぶりは本当に呆れるばかりだ」
「出てきた瞬間まさかの暴言?」
夢と現実の狭間で、完璧なお茶会セットを用意していた主は開口一番にそう言った。
「事実だろ? 現にお前は私のことを話していない。これが呆れないでどうする」
「うぐっ……というか、本当にどうやってあたしの行動知ってるのさ!? そろそろ教えてよ!」
「却下だ」
日向の質問に、主はいけしゃあしゃあとした態度で紅茶を一口飲んだ。
恐らく彼が持つ独自の方法で日向の行動を知ったのだろうが、当の本人にとっては背筋が凍る話だ。
いい加減やめて欲しいのだが、主が即答で断るため取り付く島もない。
ため息を吐きながら見慣れてしまった真っ白な円テーブルの上を見ると、いつも通り香しい香りをした紅茶、それに合うお菓子が用意されている。
今回のお菓子はベリータルトで、イチゴ、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー、赤スグリがふんだんに使われている。
サクッと小気味いい音を立てて割ったタルトを一口食べると、カスタードクリームの甘すぎず、卵本来の味がしっかりとしており、それが甘酸っぱいベリーが上手く調和している。
しっかり咀嚼して呑み込み、続けて紅茶を飲んでほっと一息をついた。
本当なら敵であるはずの彼にこんな姿を見せるのはいけないのだが、ここでは主は何もしないしこうしてお茶会をするだけで今のところ問題はない。
(でも、いつ襲ってくる可能性も否定できないよね……)
こうしてのんびりとお茶をして過ごしているが、向こうが何か仕掛ける可能性がないとは否定しきれない。
そうして警戒しているのが顔に出ていたのか、主は「はぁ……」とため息を吐くとティーカップをソーサーの上に置いた。
「そんな顔をしなくてもここでは何もする気はない。いくら夢と現実の狭間とはいえ、お前の無魔法を喰らったら痛い目に遭うのはこっちの方だ。だからここではそう構えなくていい」
「そ、そう……なんだ……」
本当なら信じてはいけない言葉。なのに、彼の言葉は何故か信じてしまう。
警戒する意味がないと分かった途端に安堵の表情を見せた日向を見て、主は呆然としながら深いため息を吐いて、「お前のそういうところが私の頭痛の種なんだ……」とぶつぶつ言っていた。
「あ、そういえば」
「なんだ?」
「去年の誕生日でもらったやつ、全然中身見てないんだけどあれって結局なんなの?」
「ああ、あれか……ただのお守りだ。もしもの時になったら役に立つタイプのな。肌身離さず持っておけよ」
そう言って席を立つ主に、日向は口の端についたカスタードクリームを舌でぺろりと舐めとりながら首を傾げた。
「あれ、今日は早いね?」
「これ以上お前といると、私の頭痛がひどくなるのでな。それに早いというが、そろそろ現実世界の時間はお前の起床時間五分前。いつも通りだ」
そう言って主が指を鳴らした直後、ぱちっと日向の目が開いた。
薄暗い部屋と外から聞こえるスズメの鳴き声。スマホを確認すると、いつも起きる時間の五分前。
いつもこの時間になると彼は現実世界の日向の意識を覚醒させる。本当に敵かと思うくらいの気遣いだ。
「……あの人、本当に何がしたいんだろ?」
夢と現実の狭間で起きる不思議なお茶会は、週に一回から二回ほどやっている。
話す内容は今日みたいな内容だったり、他愛のないものばかり。でも話すのは自分ばかりで、向こうからは何も話してこない。
いつも話す内容は警告じみたものばかりだ。
(変なの……あの人は敵だって分かってるのに、知りたいって思ってる)
何故、彼は自分を狙うのだろうか。
何故、彼はあの場所で自分と会うのだろうか。
何故、自分は彼のことを気にしているのだろうか。
自分自身でさえ解けることができない疑問は、胸の中で雪のように積もるばかりだ。
だが、本人がいない今ではどう考えても無駄だ。そう考えながら半分諦め交じりのため息を吐く。
アラームが鳴る前に音を止め、首にかけてある例のプレゼントの感触を確認しながら、ベッドから降りた日向はいつも通り制服に着替え朝の支度を始めた。
あの場所で食べたベリータルトと紅茶の味を、口の中で感じながら。
「――琢磨、ちょっと来い」
全ての授業が終わった放課後、悠護は琢磨と花音がいるクラスに来ていた。
理由は昨日日向が話した件についてだ。それは琢磨自身も分かっているのか、いつもと変わらない様子で悠護の呼び出しに応じた。
(……随分デカくなったな、コイツ)
ここ数年会っていなかったが、今の琢磨は昔と比べると背丈が伸びている。
目つきと態度は昔より悪くなっているし、時期的に考えて反抗期真っ盛りなのだろうが、理由はそれだけではないだろう。
屋上に繋がる階段の踊り場まで来ると、自分を睨みつける琢磨を見ながら話を切り出した。
「――琢磨、これ以上日向に関わるな」
「断る」
自分の言葉を一蹴した琢磨を見て、悠護は心の中でやっぱりと思う。
彼のしようとしていることを考えると、日向の力は利用価値がある。だが、『レベリス』に狙われている彼女の事情を考えると、無関係である琢磨を関わらせるのは得策ではない。
できるだけ穏便に済ませようと考えながら、もう一度琢磨に問う。
「なんでそこまで日向に固執するんだよ。お前の目的を考えると、あいつの力は絶対に必要じゃないんだろ?」
「お前にとってはそうかもしれない。だが、俺にとってはあれ以上のものは存在しないと思ってる。そもそも無魔法をお前ら黒宮家が独占すること自体おかしいんだ。魔導士は世界の宝、ならその宝を平等に使うのは当然だろ?」
「平等だぁ? 嘘つけ、本当はお前が本家入りするためにあいつが必要なんだろ。もっともらしいことを言って俺を説得するなんざ百年早ぇよ」
悠護の発言が図星だったのか、ぐっと押し黙る琢磨を見ながらさらに畳みかける。
「確かにあいつの周りにはとんでもない人物揃いだ。【五星】にイギリス第一王子、それに黒宮家。魔導士界でのし上がろうとする連中から見たら、あいつは喉から手が出るほどの存在なのは否定しねぇ。そして、あいつが出世とかを望むってんなら俺にそれを止める権利はない」
「なら――」
「だけどッ!!」
強めに遮りながら、悠護は真紅色の瞳を鋭くさせながら琢磨を睨みつける。
琢磨は彼のその目を見て、びくっと恐怖で身体を震わせる。悠護は琢磨の胸倉を掴み上げると、彼と自分の顔を近づけさせた。
「あいつのパートナーは俺だ! 日向が出世も権力もこれっぽっちも興味ないのを知っているの以上、あいつを困らせる真似をするならもう容赦はしねぇ。『決闘』でもなんでも使ってあいつを奪いに来やがれ! その時は俺も全力でお前を叩きのめす!!」
「ひっ……!?」
悠護の剣幕を目の当たりにして恐怖の数値が急上昇したのか、琢磨は顔色を真っ青にしながら小さく悲鳴を上げる。
ゆっくりと琢磨の胸倉を外すと、彼は足をもつれさせながら階段を下りて行くその後姿を見つめながら息を吐くと、パチパチと乾いた拍手が響く。
「随分と勇ましい啖呵だったな。素直に賞賛しよう」
「うっせ。つか、なんでここにいるんだよ。ギル」
拍手の相手――ギルベルトはイチゴ牛乳のパック片手に上の階段から悠護を見下ろしていた。
「たまにはオレも人のいない場所でゆっくりしたいこともある。それがたまたまここだっただけだ」
「そうかよ」
「それにしても、あの琢磨の発言は実に不愉快だったな。オレに媚びへつらう連中と同レベルだ」
「あいつは生粋の魔導士選民主義者じゃねぇけど、自分は特別だって思ってるのは確かだ。これくらいのお灸で少しはマシになればいいけどな……」
頭をガシガシと掻く悠護を嘲笑うかのように、ギルベルトは鼻を鳴らした。
「ハッ、あの類の人種がそれだけでそう変わるものか。それは貴様も理解しているだろ?」
「……まあな」
認めたくないけど認めざるを得なくなり複雑そうに顔を歪める悠護を見つめながら、ギルベルトは不敵な笑みを浮かべた。
「ああいう調子者を変えるのは、昔も今も変わらん。――力で屈服させる、それだけだ」
そういってギルベルトはイチゴ牛乳を飲み干し、空になったパックをぐしゃりと握りつぶす。
ギルベルトの握力でぐしゃぐしゃに歪んだパックが、もうじき訪れるだろう敗北した琢磨の姿と重なってしまい背筋が凍える感覚を味わった。
☆★☆★☆
(クソ、クソ、クソッ!!)
恐怖と怯えで青くなっていた顔を羞恥と怒りで赤くしながら、琢磨は大股で校舎の中を歩く。
悠護が介入してくる事態なんて予想していた。でもイメージの中での自分はもっと勇ましく、凛々しく相手を言葉で言い負かせるはずだった。
だが実際はどうだろうか。相手の剣幕と恫喝に怯えて逃げ、時間が経った後にこうして頭に血を上らせている。
屈辱だった。
相手に怯えて逃げる自分が情けなさ過ぎて、どうしようもない怒りが湧いてくる。
気分転換に校舎に出てみると、校庭で遊ぶ生徒や図書館へ向かう生徒がちらほらと見えた。だが、目の前に自分の怒りをさらに上げさせる存在が現れた。
黄倉香音。
自身の専用魔導具と通学鞄を持っているのを見るに、これから寮に帰って魔導具の調整をするのだろう。専用魔導具の最低限の調整は魔導士にとっては基本スキルで、専用魔導具を持つ彼女がそうするのは自然だ。
それでも、今の彼女の姿を見るだけで行き場のない怒りが湧きあがった。
「黄倉、今から帰宅か。お前は随分と余裕なんだな」
だからだろう。普段なら無視するはずなのに、こんな安っぽい挑発をしたのは。
向こうも自分を無視すると思ったら話しかけたことに訝しげに視線を向けてくる。
「琢磨……いきなりなんなの?」
「何って、聞いても分からないのか? 【ガラクタ姫】様が呑気に学校生活を送っていて不思議じゃないって言ってるんだよ」
「……………」
厭味ったらしく言ってみるが、香音はなんの反応を返さない。
ただ黄倉家特融のあのマゼンタ色の瞳が、自分の姿を無機質に映している。まるでただの大きなマネキンを見ているような、そんな感覚を味わう。
「……あんたが私のこと気に食わないなら別にいいよ。でも、私はあんたのことなんてこれっぽっちも興味ないし、何言ってきても気にしないから」
その瞬間、琢磨の中で何かがブツリと切れた。
なんで切れたのか分からない。ただ、今の香音の言葉が今まで努力してきた自分の全てを無駄だったのだと言外に言われたような気がした。
そのままため息を吐いて帰ろうとする香音の後ろ姿を見て、目の前が真っ赤になった琢磨は左手首に隠された己の専用魔導具を取り出す。
琢磨の専用魔導具はスタンダードな腕輪型。プラスチックのようにつるつるとした感触をした白い腕輪は、山吹家お抱えの魔導具技師が作り上げた作品だ。
琢磨の血を混ぜて作り上げたそれは、本人の潜在能力を飛躍させてくれる作用がある。たとえ詠唱のいらない魔法名だけで発動できる初級魔法でも、この腕輪の力があれば中級魔法相当の威力に底上げすることができる。
「『
山吹色の魔力を纏わせた左腕をかざすと、手の平から
琢磨の炎球が香音に向けて発射されると同時にメイス型専用魔導具《レギナ》を構えた香音の目の前で、赤いものが霞のように現れた。
「「――!?」」
赤いものの正体は、怜哉だった。彼は
鋼色の線が炎球を一刀両断すると、再び怜哉の姿がぶれた。琢磨が一度瞬きをしたと同時に怜哉の顔が目の前まで迫り、《白鷹》の持ち方を変えるとそのまま柄頭を琢磨の鳩尾へ遠慮なく打ち込んだ。
「ぐあ……っ!?」
呻き声を上げて前のめりで倒れる琢磨を無感情で見つめた怜哉は、《白鷹》を鞘に納めると呆然としていた香音に視線を向ける。
すると校舎から風紀委員と生徒会委員の慌てた様子で駆け寄る足音を聞きながら、ため息を吐いた怜哉が気絶したままの琢磨を指さしながら言った。
「……これ、説明してくれるよね?」
「分かってるよ……」
このはた迷惑野郎のせいでとんだ巻き沿いを喰らった香音は、深いため息を吐きながら了承させた。
「『聖天学園校則第八項、学内での魔法による乱闘及び無許可の使用を禁ずる』……。ちゃんと校則に書いとったのに、なんで破ったんや自分ら?」
完全に目が座った状態の陽の言葉に、目の前の二人は気まずそうに視線を逸らす。
生徒指導室には陽の他に怜哉と悠護がおり、七色家関係という理由でこの一室に呼ばれたのだ。
「私は何もしてない。向こうが勝手に魔法で攻撃してきた」
「……ふん」
じとっと非難交じりの視線を向けると、琢磨は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
まるで自分は悪くないといわんばかりの態度を取る彼に、さすがの陽も頭が痛くなってきた。
「……先に言っとくで。黄倉はあくまで自衛として魔法を使おうとしたさかい厳重注意ですけど、山吹は完全にアウトや。停学やなくて確実に退学処分になる」
学園の校則に関する罰は厳しいもので、一つでも破ったら学生寮謹慎になる。その中でも処分が重い校則を破ったら停学、もしくは退学になるのだ。
琢磨だってそのことに関しては重々承知しているはずなのに、何故校則を破ったのか。
(理由は……あれだろうな)
ほんの一〇分前に交わした会話、あの出来事が校則を破らせるほどの影響があったのだ。
恐らく香音はそのとばっちりに遭ったのだろう。これにはさすがの悠護も同情した。
「……まあ、今回は初犯やから大目に見たるわ。でもな、こうして仲裁してもまた同じことの繰り返しになると思うんよ。で。ワイから一つある」
「提案?」
陽の言葉に香音が首を傾げると、陽ははっきりと伝えた。
「――二人とも。明日の放課後、『決闘』しぃ」
その発言に、香音と琢磨だけでなく悠護も怜哉も驚きで息を呑んだ。
生徒の動揺を肌で感じながら、陽は話を続ける。
「この際や、ここいらではっきりしたらええ。これ以上校則違反を起こすのが学園側にとっては問題やし、未来の魔導士の卵達をそんな理由で追い出しとうない。なら、これまでの因縁を晴らすには『決闘』が一番ええと思うんやけど……。別に嫌なら断ってええ、それでこの話は仕舞いやからな」
陽の言ったとことは理に適っている。
【ガラクタ姫】と呼ばれている香音と本家入りを目指す琢磨は、本人達の意思も関係なしに生まれた因縁のせいで何度も衝突し合うだろう。
ならば、ここで全て終わらせればいい。『決闘』という、互いの魂と覚悟をぶつけ合う神聖な戦いで。
その提案を聞いて、香音と琢磨は数秒だけ思考を巡らせながらも小さく頷いた。
「……分かりました。私、その『決闘』を引き受けます」
「もちろん俺もだ。ここで全て終わらせてやる」
二人の目に覚悟の炎が灯ったのを見て、陽は小さく頷く。
「分かった、後でワイから訓練場の使用許可を申請しとく。けど、ここで一つ条件出してもらうで」
「条件?」
悠護が訝しげに眉を顰めると、陽ははっきりとした口調で言った。
「この『決闘』の審判役は、日向にやってもらう」
「「「「………………えっ?」」」」
陽のまさかの発言に、ここにいる生徒四人は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「はっくしゅん! ……うーん、風邪でも引いたのかな?」
第三訓練場の個別トレーニングルームで、自分がいない場所でそんな会話をされていたことを露ほども知らない日向は、鼻をすすりながら一時中断した自主練を再開させた。
そして彼女が香音と琢磨の『決闘』の審判役をするという話が聞いたのは、それから数時間後だった。
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