第117話 小さな騒動とパーティーの誘い
二年生に進級したからといって、別段大きな変化はない。
クラスはそのまま三年間継続で、教室は二階から三階に変わるだけ。変化があるとすれば、個人で好きな専門科目を選べるということだろう。
魔導医療や魔導具などの専門分野を学ぶとなると、専用の教室があるため一つの教室に留まることはできないのが難点だ。
メンバーの中で心菜は魔導医療学、樹は魔導具を学べる魔導工学を選んだ。これは前々から言っていたから想定通りだ。
その中で残りのメンバーである日向、悠護、ギルベルトが選んだ専門科目は――。
「――それで、日向は現代魔法学にしたの?」
「うん。悠護もギルもね」
心菜が疑問形で発した言葉に、日向はこくりと頷いた。
現代魔法学というのは、これまで存在する魔法をより使いやすく、そして生徒本人が得意とする魔法の腕を磨くための専門学だ。
悠護やギルベルトのように得意とする魔法をさらに極めたいという生徒にはぴったりな分野で、日向も一〇もある専門科目の中で真っ先選んだ。
日向は、九系統魔法の中でブラックボックスだった無魔法を使える唯一の魔導士だ。
第二次性徴期を超えて覚醒率がほぼ〇パーセントだったはずの彼女が、中学最後の冬に魔導士として覚醒し、さらに無魔法が使えるという特異体質を国際魔導士連盟に目を付けられ、強制的に聖天学園に入学させられた経緯も持つ。
そこから日本最強の魔導士集団『七色家』の一つである黒宮家出身である悠護とパートナーになって玉の輿狙いの女子から嫉妬や敵愾心を抱かれたり、聖天学園に入学出来ず様々な理由で犯罪者になった『魔導士崩れ』と呼ばれる者達が結成した魔導犯罪組織に襲われたり、さらには特一級魔導犯罪組織『レベリス』に現在進行形で絶賛狙われ中という一〇代女子ならありえない事態に見舞われている。
この一年でかなり濃い事件巻き込まれ、解決している影響なのか、以前と比べてハプニングに対する冷静さが手に入りつつある。
(まあ、もしIMFで働くならそういうのは必要だと思うけど……素直に喜んでいいのかは別だよね)
自分が騒動への耐性力が身についていることに地味に衝撃を受けていると、後頭部を軽くぱこんと叩かれた。
「いたっ」
「こーら、おしゃべりはその辺で。そろそろ入学式の受付が始まるでー」
「はーい」
後頭部を叩いた犯人は、日向の実兄であり担任教師の豊崎陽だ。
かつて魔導士武闘大会『
「やっぱり入学式になるとそれなりに混むねぇ。テレビ局の人もいっぱいだし」
「まあな。聖天学園の入学式はどの国にとってもめでたいこと、テレビ局が来るのも自然や。入学式の様子を生で見られへん保護者にとっては大助かりやけどな」
確かに聖天学園は学園祭以外の行事では原則立ち入り禁止だが、入学式と卒業式は特例として、テレビ局の立ち入りを許可している。
これは未来を担う魔導士の卵達の晴れ舞台を全世界に知らせるためのものだが、新入生の中には日本の最北端と最南端の地域出身者もいれば、それこそ海外からの留学生もいる。校則で学園に入れない保護者がその様子をテレビや動画サイトで見られることが評判を呼んでいるらしい。
「というか陽兄、受付は大丈夫なの?」
「ああ、心配ないで。他のクラスの子らも先生らと一緒に頑張っとるしな」
「へぇ……ところで、
ピシリ、と陽の体が固まった。
目を必死に泳がせ、全身から汗を流す兄の姿は、何度見ても貴重だと思える。
「…………日向、なんでその話持ち出すん?」
「いや、妹として兄が早く結婚して欲しいって願うのは当然でしょ」
「本音は?」
「陽兄が断る度に文句と愚痴の電話があたしに来るから早くして」
「お前ほんとはそれが目的やろ!?」
素直に白状した妹に、兄は怒り交じりの悲鳴を上げた。
日向が言った『
元々二人はパートナーとして一緒にいたが、学園在籍中に起きたとある事件で恋人関係になった。
だが卒業後、それぞれの事情で会う機会が減り、去年の冬にはやっと長い時間取れるようになり、その間に愛莉亜と日向はそれなりに親しい関係を築いた。
その時に結婚話が持ち上がり、以来愛莉亜が陽に結婚話を持ち掛けるようになった。これに対し兄ははっきりしない返事を返すばかりで、その度に文句と愚痴の電話を妹に聞かせているのだ。
妹しては陽には早く結婚して幸せになって欲しいという気持ちは嘘ではない。
だが、断るごとに苦情電話を聞かされる身としては早く解放されて欲しいところだ。
(電話の内容は言わない方がいいよね……)
やれヘタレだの、やれ優柔不断だの、時には出版禁止用語が飛び交う罵声を兄に対してかけたことを思い出していると、受付から離れた場所で人だかりが出来ていることに気づいた。
「あれ、なんだろ」
「トラブルかな?」
「あー……起きたか。去年はなかったから失念しとったわ。日向、神藤、すまんが一緒に来てくれへんか?」
「はい」「いいよー」
陽の指示に素直に従った二人は、すぐさま人だかりがある方へ歩き出した。
薄紅色の花弁が舞い、春の陽気が燦々と照らす。春というのは四季の中で一番温かく過ごしやすいなのに……。
「――なんでここだけ氷河期みたいに寒いんだよ……」
目の前で猛吹雪が吹いているのではないかと思うくらい睨み合う新入生二人を前に、悠護はげんなりした表情で呟く。
その理由がこの二人の関係性を考えれば理解できるため、深いため息を吐いた。
一人は、同じ七色家が一つ黄倉家の次期当主候補の黄倉香音。今年エスカレーター式名門女子校を卒業した彼女は、見事聖天学園に入学を果たした。そのことは彼の父である現当主の黄倉迅からのメールで知っているし、次期当主として祝電の一本も入れてやった。
彼女がここにいるのは当然だが、問題はもう一人にある。
そのもう一人は少年で、鉄黒色の髪をウルフカットにし、山吹色の瞳は神経質そうな目つきをして香音を睨んでいる。
彼の名前は
東京都内に住居のある分家で、悠護も数えるほどしかないがそれなりに親交がある。ただ、彼は決まって自分を――というより本家連中を睨んでくることがある。
もちろん悠護はその理由についてはなんとなくだが察しているが、とりあえずこの険悪な空気を漂わせる二人をどうにかするのが先決だ。
「はいはい、お前らそれくらいでいい加減しとけよ」
声を出しながら二人の間に割り込むと、琢磨は忌々しいそうに舌打ちをし、香音はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
年上である自分に年下らしい反応どころかクソ生意気な態度を取る二人に、悠護のこめかみがピクピクと動いたがそれを理性で抑え込んだ。
「…………とにかくお前ら、さっさと自分のクラス確認してこい。ここじゃ悪目立ちする」
「分かってる。こんな性悪男と一緒にいるのはごめんだからね」
「はぁ!? それはこっちの台詞だ!」
「ああもういいからとっとどっか行けよお前らっ!!」
再び険悪の空気を漂いそうになった二人を虫みたいに追い払った後、わらわらと寄ってきた野次馬を散らばせる。
蜘蛛の子を散らすように野次馬だった生徒達が去ったのと同時にため息を吐くと、すぐに陽が日向と心菜を連れてやってきた。
「あれ、もう収まったんか? 出遅れてすまんなぁ」
「いや、別にいいっす。俺の関係者だったんで」
「関係者?」
日向が首を傾げると、悠護が「ん」と言いながら件の二人へ指さす。
電子掲示板の前でクラスを確認する香音と琢磨を見て、日向はなんとなくだが察した様子を見せる。
「もしかして七色家の?」
「そう、黄倉香音と山吹琢磨。二人とも今年の新入生組だったらしい」
悠護の説明に女子達が納得していると、向こうで受付の手伝いをしていた樹とギルもやってきた。
「おい、そっち終わったかー?」
「ああ、なんとかな」
「今年もイギリスから来た者もいたようだぞ。国を治める者としては嬉しいことだ」
「だなー。まあ、お前を見た直後跪いて感涙してたのはちょっとドン引いたけど」
どうやらあっちもちょっとした騒ぎがあったらしいが、ギルベルトの王子と言った立場上仕方ないだろう。
それからも手伝いをしていったが特に騒ぎは起きず、怪我もなく終了した。
その帰り道、ローファーから上履きに履き替えた日向がふと訊いてきた。
「ところで、なんで同じ七色家の子達が騒いでたの?」
「あー、それな」
パートナーの質問に悠護が頭を掻きながら、きっぱりと言った。
「琢磨の奴、本家の座を狙ってんだよ」
☆★☆★☆
七色家。
日本最強の魔導士集団で、七つの家がそれぞれ与えられた役割を果たすことで日本の魔導士界の秩序と一般社会の調和を保っている。
その家々には分家が存在し、日本各地の土地で暮らしている。中でも東京都内にいる分家は本家に最も近い家として注目を集め、出世への近道になりえることもある。
琢磨もその東京都内に居を構える分家の一つで、橙田家の次に本家との血の繋がりが濃い。
だが、琢磨にとってその血の繋がりはもはや己の怒りを増幅させるものでしかない。
学園側に決められたクラスに入り、教室の隅にある金髪を見て苛立たしく視線を逸らす。
そのまま電子黒板に表示されている自分の席に座り、頬杖を突く。
(最悪だ。よりによって黄倉と同じクラスなんて)
幸いパートナーは中流階級の魔導士家系の子女になったが、それでも本家の人間がクラスメイトなんて最早嫌がらせだ。
チラリと目だけやると、香音は持参してきた文庫本を読んでおり、誰も彼女に話しかけてこない。
「ねぇ、あの子……」
「知ってる、【ガラクタ姫】でしょ?」
「出来損ないのくせに入学するなんて恥ずかしくないのかな?」
クスクスと笑う女子達の陰口が聞こえよがしに耳に入っており、同じく耳に入った香音も文庫本を握る手を強めた。
それを見て琢磨はふんっと鼻を鳴らす。
(当然の反応だ。あんなの、七色家の面汚しじゃないか)
香音が過去に起こした事件は琢磨の耳にも入っており、蔑称として【ガラクタ姫】と呼ばれていることは当たり前だと思う。
己が作った魔導具で怪我人を出したのだから、これくらいの批評くらい耐えるのは当然だと信じて疑わない。
(……やはり、あんなのがいる黄倉家が七色家本家のままにいるのは間違っている)
大戦時に日本に貢献したという理由で七色家の本家の座を手に入れた彼らは、琢磨から言わせてみればただ運で手に入れただけに過ぎない。
本当に本家の座に相応しいのは、血の滲む努力をし、本家にも引けを取らない力を持つ者のみだ。
(見てろよ。俺はここを首席で卒業して、本家の座をこの手に入れてやる)
――それが、俺の革命だ!!
山吹色の瞳をぎらつかせながら、琢磨は闘志の炎を胸の中で燃やす。
その決意が自分にとって分不相応であると理解しないまま。
「本家の座って、そう簡単に手に入るの?」
時を同じくして、二年A組の教室の隅に集まった日向達は、悠護の発言が気になってしまい話が続行されている。
「簡単にじゃねぇが、分家が本家になるのは七色会議で本家当主から半数以上の賛成がなくちゃいけない。まあこれは最終判決だけど、それ以前に分家のこれまでの功績、本家に対する責任感、魔法の腕……それら全部込みしてじゃないと無理だな」
「あー……つまり、本家を名乗るに相応しい素質がなきゃ無理ってことか?」
「だが、遠目で見たがあの山吹琢磨という男はその素質を持っているように見えなかったぞ」
ギルベルトの言葉に日向は驚きで目を見開く。
魔導大国イギリスの王子として生まれた彼は、権謀術数渦巻く宮殿で育ってきた影響なのか人を見る目はここにいるメンバーの中では一番高い。
そんな彼がそこまで断言するということは、山吹琢磨が本家になる可能性がないと同義だ。
「まあその辺は色々と複雑なんだよ。とにかく、あいつのことは気にしなくていい。……騒ぎ起こしそうなったら止めてくれると助かるけどな」
あははと苦笑いする悠護とさっきの騒動を思い出して、その場にいる全員は了承の意を込めて頷く。
すると心菜はふと何かを思い出した顔をになると、パンッと音を鳴らしながら両手を合わせた。
「そうだ! みんな、今度のお休みって空いてる?」
「特に用事はないけどどうして?」
「実は今度、お祖父様の誕生日があるだけど、せっかくだからみんなもおいでって誘ってくれたの」
魔導医療シェア世界第三位を誇る神藤メディカルコーポレーションの会長であり心菜の祖父である
前より参加する人が増えるということで、心菜の祖父は孫娘に気を遣って友人らを招いてもいいと許可してくれたようだ。
「そういうことならあたし行くよ」
「俺も。別に断る理由ねーし」
「オレもだ。神藤会長とは一度会ってみたいと思っていたところだ」
特に断る理由のない日向と悠護とギルベルトはすぐに了承するが、樹は渋い反応を見せた。
無言のまま顔をしかめるだけの樹の反応に、心菜は困惑と落胆の表情を浮かべる。
「……もしかして、樹くんは無理そう? なら別にいいんだけど……」
「えっ……ああ、いや違う。無理じゃない、行ける行ける」
「……ほんと?」
「ほんとだって。ちょっと考え事してて」
苦笑しながら申しわけなさそうな顔をする樹を見て、今の言葉が嘘であることは心菜を含め誰もが勘付いていた。
樹らしくない反応だが、それをわざわざ言及する者はいなかったが、日向は今は見逃し後日問い詰めようと心の中で決める。
そこでふと、自分がドレスを一着も持ってないことに気づいた。
「あたし、ドレス持ってないんだけど……」
「そいつについては心配するな。ツテがある」
悠護の言葉に、そのツテが彼の義母である黒宮朱美であることに気づいた。
去年の夏休みの一件で黒宮家と友好的な関係を築いた日向は、朱美と彼女の娘で悠護の異母妹である鈴花とも仲がいい。
彼女ならおさがりのドレスを何着もタダでくれるだろう。それも、去年計った採寸に直した状態で。
(採寸は別に変化ないからいいけどね)
春休みの間にやった身体検査で身長も体重もさほど変化はなく、去年の採寸のままでも充分着られるはずだ。
琢磨のことが少し気がかりだが、今は今度のパーティーを楽しみにしようと決めた日向は、早速朱美にドレスを貸してもらう頼むために電話を入れた。
翌日、日向と心菜の部屋にアクセサリーも靴も一式揃ったドレスが届けられた。
朱美のあまりの行動の速さに日向が感心するのは、言うまでもないだろう。
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