第114話 仲直りと新たな分家
「えっと……本当にそれだけですか?」
「はい」
魔力値を測らせて欲しい、と頼まれたことに日向が困惑するも、紺野は依然と変わらない笑みで答える。
橙田も特に反応しないのに対し、悠護はさらに訝しげに眉を顰める。
「なんでわざわざこんな真似をしてまで魔力値を測る必要があんだよ。そもそも、こいつの魔力値測定なら去年に済ませたしたはずだろ?」
魔力値測定は、魔導士に目覚めてから体に
日向も他の魔導士より時間がかかったが、義務通りきちんと魔力値を測定しているはずだ。
「ええ、日向さんはすでに魔力値測定は済ませております。ですが、魔導士の中には今回のような似た事件の影響で突然魔力を変質してしまう方もいます。彼女はあの事件の渦中にいたので、念のためもう一度測らせてもらいたいのです」
「まあ、そういうことでしたら……」
言ったが早いが、日向は自然の流れで測定盤の近くにあった針で右手の親指を刺した。
魔力値を測定するためには魔力の影響を一番受けている血が必要なため、こうして針などで血を出すのだ。
親指にぷくりと小さい赤い粒が生まれると、何故か橙田があわあわしだした。
「だ、大丈夫か? 救急箱取ってきてやろうか?」
「なんでそっちが慌ててるんですか?」
「ああ、すみません。灯くんは女性が怪我をするところを見るのが苦手でして」
「ち、ちがっ! 俺はただ、怪我したのに後でギャーギャー言われるのが嫌なだけで……!」
紺野の言葉に顔を真っ赤にして反論するも、それが嘘であることは一目見れば分かる。
ここに来る際に高圧的な態度を見たせいで怖い人かと思ったが、今の光景を見るとそれはただの勘違いだと思い知らされる。
未だ騒ぐ前方を無視し、血が出る親指に水晶玉を押し付けた。
日向の血を吸った水晶玉は赤く濁り、測定盤に刻まれた文字も金色に輝きだす。光る文字は測定盤から離れて宙に浮き、紙飛行機のように日向の腕や体にぺたぺたと貼りついた。
(あれ……? こんなの、前にはなかったような……)
旧型と呼ばれた測定盤にはこんな大層な仕掛けはなく、ただ水晶玉の上で無機質な数字が宙に浮かび上がっていただけだ。
新しく追加された新機能かな? と呑気に考えていた直後にそれは起きた。
「―――!?」
頭の中でザザッと白黒の砂嵐が起きる。その砂嵐の向こうにいるのは、華やかなドレスを着た少女。顔も隠れて見えなかったが、少なくともこれは日向さえ知らないモノだ。
砂嵐が何度も頭の中で起きて、中身を取り出そうとぐちゃぐちゃと掻き回す。
頭の中が勝手に荒らされていく感覚に背筋に悪寒が走り、水晶玉から親指を離そうとするもピクリとも動かない。
(これ、もしかして記憶を探ってる……? 魔力値を測るのはそのための口実だったってわけ!?)
「……? 日向?」
内心で己の迂闊さを呪う横でパートナーの異変に目敏く気づいた悠護が声をかけてくるも、日向にはそれに答える余裕がない。
だが、これ以上勝手に記憶を探らされるのは不愉快極まりない。
「ち……っ」
ならば、強硬手段に出るまでだ。
「中止中止中止ぃ!! ええい、無魔法アタ―――ック!!」
「「「!?」」」
瞬時に無魔法を
無魔法で強制停止された測定盤の惨状に全員が唖然とする中、いち早く我に返ったのは意外にも橙田だった。
「なっ……なっ……何してやがんだテメェェェェェ!? それいくらしたと思ってる!? 一つ一〇〇万もするんだぞ!? それをこうもぶち壊しやがって……弁償しやがれ―――――――――ッ!!」
橙田のその怒声は、魔導犯罪課のフロアだけでなく、防音性が優れているはずの他の階からも聞こえてきたのだと、徹夜明けの情報課の職員が語ったのは後の話である。
「ったく……お前ってほんとたまにとんでもないことしでかすよな」
「あはは……」
帰り道、あの騒ぎがなんとかひと段落し帰宅許可の出た二人は学園へ向かう駅がある道を歩いていた。
あの破壊した測定盤は調子が悪かったと言って弁償はなしにしてくれたが、あれが完全に嘘であることは日向には分かっている。
(あ……そういえばあたし、悠護と一緒に帰ってる……)
つい自然の流れで一緒に支部を出たが、ここ最近ではこうして二人きりでいる時間があまりなく、どう話を続ければいいかさえ忘れている。
それは向こうも同じなのか、気まずそうに顔を逸らしている。
いつの間にか無言で歩き続けていると、ふと近くで子供達の賑わう声が聞こえてきた。
日向達が通ろうとした道の隣に、ここ最近新しく作り直した公園があった。
魔導士効果で少子高齢化が解消され、これまで閉鎖していた学校も内装をリフォームして新設校として利用し始める。その影響で人の出入りが少なった公園を工事し、リニューアルオープンしているところが多い。
寒い中、子供達が楽しそうに駆け回る姿を見つめながら、日向は悠護のコートの裾を引っ張った。
「ねぇ悠護、あっちでちょっと話さない?」
裾を引っ張られた悠護は日向の提案に目を瞬かせるが、しばらくしてこくりと頷いた。
公園は花壇にはハボタンが植えられ、遊具は元々あったものを塗装し直したおかげでサビや剥がれの跡がない。公衆トイレもバリアフリーが完備されていて、外観も明るい雰囲気になっている。
公園の近くの自販機で飲み物を買い、園内に入った二人はちょうど空いていたベンチに座る。
日向の手にはココア、悠護の手には微糖コーヒーの缶が握られており、プルタブを捻って一口飲む。
ほっと息をついたあと、日向は手の中にある缶を見てくすりと笑う。
「? どうした」
「いや……ちょっと入学したての頃を思い出して。あの時のあたし達、同じの飲んでたなーって」
「ああ、そういえばそうだな」
悠護も自身の持つ缶を見て納得の表情を浮かべる。
入学した日、少しでも遅れないように夜遅くまで予習していた日向は、ちょうど寝付けなかった悠護に誘われて寮の外で一服を共にしていた。
あの時の思い出が蘇った二人は小さく笑い合う。だがその笑みを消した悠護は、ぎゅっと缶を握りしめた。
「…………あの時はごめん、勝手なことをして。自分のしたことなのに忘れて欲しいとか、俺勝手すぎたよな……」
「……」
悠護の言った『あの時』が、あの日のことであることは日向もすぐに察した。
日向がずっと気にしていたのと同じように、彼自身もあのことを引け目に感じているのは当然だ。
ならば、ちゃんと伝えなければならない。
「……そうだね。あの時はすごく驚いたし、忘れろって言われても忘れるはずがない」
日向の言葉に悠護がぐっと息を呑む。
だが、いつの間にか自身の手を重ねてきたのを見て、悠護は目を軽く見開いた。
「でも……それ以上に、あたしは悠護に避けられるのが嫌なの。いつもみたいに一緒にいて、笑いあって、悩み合って……今まで築いてきた関係が全部なくなった感じがして……怖かった」
「日向……」
「だからさ、また一緒にいてよ。どんなことがあっても一緒に乗り越えて行こう。あたし達は……パートナーなんだから」
切実に、泣きそうな声で懇願するパートナーの姿に、今までうだうだと悩んでいた自分がバカらしく感じてくる。
自分勝手のキスのせいでもう向こうは関わりたくないと思っていたからこそ、次期当主を理由に避け続けていた。このままではいけないのだと分かっていたのに。
(ほんと……肝心な時に逃げ腰になるよな、俺)
情けないことは自分でも理解している。でも、嫌われたくなくてずっと逃げていた。
……だが、好きな女にここまで言われて逃げることなんて、悠護にはできない。
「……そうだな」
小さく呟くと、こつんと自身の額を日向の額に当てる。
一気に距離が縮まってどぎまぎしている日向の顔を見つめながら、悠護は優しく微笑む。
「今まで避けてごめんな。明日からまたよろしく頼む」
「……うん、こちらこそ」
たったそれだけの会話を交わしただけで心の中にあるわだかまりが消えていくのを感じながら、二人は小さく笑いあう。
直後、こちらをじーっと興味深そうに見つめる子供達がいたことに気づいた。
「ラブラブだー」
「ラブラブー」
「「!?」」
子供の純粋な言葉に二人は真っ赤にして離れる。
遠くで「すみませーん!」と言いながら親が平謝りするが、子供達の方は「もっとラブラブしてー」と無茶振りをかけてくる。
「ねーえーラーブーラーブーしーてーッ!」
「んなことできるかぁ! というかどっか行けクソガキ共!」
「おこったー! にげろぉー!」
真っ赤な顔で怒鳴る悠護を見て面白かったのか、一人の子供の声に反応して他の子供達も逃げ回り始めた。
悠護も突然逃げ出した子供達に「コラ待て!」と言いながら追いかけ始める。
だが表情は楽しそうで、他の子供達も大きな鬼の登場にきゃっきゃっと笑いながら逃げ回る。
悠護が未だ「ラブラブー」と言い続ける子供達を追い続けるのを見ながら、日向は笑ながらその様子を見守った。
☆★☆★☆
魔導犯罪課第一課の応接室を掃除していた橙田は、自在箒にもたれかかりながら深いため息を吐いた。
「はぁあああ~~~~」
「お疲れ様です、灯くん。ずっと気を張ってましたね」
「そりゃ……世界唯一の無魔法使いの上に【五星】の妹ですから。もしなんかあってあの人の耳に伝わったらと考えただけで胃が痛くなりますよ……」
「そうですねぇ。彼の場合、妹のことになると本気のパラメーター突き破るくらいの力を発揮しますから。もしかしたら我ら第一課だけでなく、『クストス』全部隊動かしても勝ち目がないでしょう」
さらりと言った紺野の冗談には、さすがの橙田も笑えなかった。
陽は在学時、当時の魔導犯罪課でさえ発見することができなかった魔導犯罪組織を管理者の力を借りたとはいえ拠点を見つけ出し、そのまま壊滅させた経歴もある。
その彼が大事にしている妹のためならば、たとえ世界指名手配犯になっても本気で潰しにかかるだろう。
「にしても、無魔法の効果はすごいですね。この測定盤に仕掛けていた魔法が消えてますよ」
「ええ、これでは彼女の過去を探ることは出来なくなりました。どうやらあの魔法は豊崎さんにとって『害意』と見做されたのでしょう」
修復されたばかりの測定盤を見て紺野は苦笑する。
この測定盤には魔力値を測る魔法の他に、相手の記憶を探りそれを保存する魔法もかけていた。
そもそも紺野が日向に魔力値測定を条件に出したのは、ひとえに彼女の過去を暴き、『レベリス』との関係を調べようとしたためだ。そのために記憶を探る魔法をかけておいたのだが、ものの見事に察知されて無効にされてしまった。
だが日向が『害意』と認定した魔法はそれだけで、測定魔法が生きているのは不幸中の幸いだろう。
紺野は落ち込んだ様子を見せないまま、測定盤の上に複雑な模様や文字が描かれた札を乗せ、印を結ぶ。
「『
魔力値を測る際に用いられる詠唱を唱えると、水晶玉から無機質な数字が現れる。
ピピピと音を立てて宙に浮く数字が慌ただしく蠢き、一際大きな音を鳴らしながら動いていた数字が静止する。
「は……!?」
直後、表示された数字を見て橙田は信じられないといわんばかりに声を上げ、紺野は言葉を失う。
「あー……これはこれは、どうしたらいいものやら……」
普段冷静な紺野が困惑するのは仕方ない。それだけ目の前で表示された数字が異常だったのだ。
測定盤が表示した日向の魔力値は、三五〇万。普通の魔導士ならばありえない数値だ。
一般の魔導士の魔力値は大体が三〇〇〇から五〇〇〇ほどだ。
一万を超えれば将来有望とされ、一〇万もあればIMFや『クストス』では上官クラスだ。橙田の魔力値は一二万七〇〇〇で、紺野の魔力値は一五万三〇〇〇。この魔力値の高さがあるからこそ、彼らは七色家の分家の力を借りずここまでのし上がることができたと過言ではない。
「規格外っていうのはこのことですねえ。いやはや、彼女は見ていて飽きません」
「いやいやいやおかしいでしょっ! あの女の去年の魔力値は三〇〇〇弱だったんですよ!? それがなんでここまで上がってるんですか!?」
「恐らくですが、その時の彼女の魔力はまだ目覚めていなかったのでしょう。でなければ、あの時の巨大な魔法を使っておいて魔力枯渇になっていないことに説明がつきます」
日向がレインボーブリッジで放った魔法とその光の柱は、当時事件を担当していた紺野達も目撃している。
第一課の職員の証言で裏は取れているし、この規格外な魔力値にも理由がつけられる。
「そういえばあのフォクスっていう『レベリス』にいた女が、『錠』がどうやらって言ってたって話ですけど……もしかしてそれが関係しているのでしょうか?」
「かもしれません。ですが、問題は彼女がいつその『錠』をかけられたかです。記憶を探れば全て丸く収まるのですが……」
肝心の魔法が消えてしまった以上、紺野もこれ以上手を打つことはできない。
紺野は表示された数字を消すと、測定盤を布に包み木箱に入れた。
「とにかく、魔力値については黒宮支部長には報告します。橙田くん、このことは他言無用で」
「分かってますよ」
あんなバカげたものを見せられて、それを流すことはこちらにも多大なデメリットが生じる。
誰にも言ったかと心の中で活き込んでいると、コンコンと応接室のドアがノックされた。
今日は来客の予定がなかったはずなのに、突然されたノックに二人は顔を見合わせながら視線をドアに戻した。
「どうぞ」
「失礼します」
紺野が許可を出した直後にノックをした本人が入ってくる。
入ってきたのは、紺野とそう年が変わらない男性だ。艶やかな烏羽色の髪を背中まで流し、切れ長な眦をしており、瞳は神秘的な青藍色。ダークスーツをきっちり決めたその姿は、まるでどこかの国の貴公子にも思えた。
その姿を見た直後、紺野の背筋に悪寒が走った。内心戸惑う彼の心情を知らないまま、男は微笑みながら頭を下げた。
「初めまして、紺野真幸さん。この度、倫理員会の委員長に就任しました
「これはこれは、話には聞いておりました。わざわざご挨拶して頂き恐縮です。せっかくこちらまでお越し頂いたのです、お茶でもどうですか?」
「いえ結構、まだ挨拶する場所がありますので」
「そうですか」
一拍も置かず断りを入れられ、紺野は表情を変えないままにこやかに対応する。
烏羽も特に顔を変えず「では」と言ってそのまま応接室を出て行く。ドアが完全に締まり足音が遠のいたタイミングで、完全に度外視されていた橙田が大きく舌打ちする。
「チッ、感じ悪ぃヤツだな。いくら配属が違くても同じ職場で働く人間にも挨拶するのが礼儀だろーが」
「まあまあ灯くん」
尊敬する上司を無碍に扱った男に対して悪態をつく橙田を宥めながら、紺野は頭の中で烏羽のことについて思い出す。
烏羽は黒宮家の分家筋で、本来ならば紺野や橙田と同じで分家の中では一番本家に近い血を持っている。だが烏羽家は数代前に起こした不祥事の責任を問われ東京から追い出され、地方で暮らしていた。
黒宮家は墨守、桃瀬が分家一族から除名されたことをきっかけに、他の分家の中でも血が近い烏羽家が選ばれ、再びこの東京に戻ってきたと話は聞いていた。
だがいくら黒宮家が選んだ家の者でも過去の経歴のせいで表立った役職には就けず、墨守米蔵が勤めていた倫理委員会の委員長を就任するのはおかしくない。
(ですが……なんでしょうね、あの嫌な感じは……)
烏羽と対面した時に走った悪寒が未だ感じる紺野は、厳しい顔つきで彼が出て行ったドアを見つめ続けた。
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