第7.5章 束の間のひととき
第109話 秘密の女子会【前編】
(――どうして、こうなったんだろう?)
自宅のリビング。その目の前で見に覚えがあるのといないのがごちゃ混ぜになっている女集団を見つめながら、日向は首を捻る。
好き勝手に食器を用意し、持参してきた菓子箱を開封する様子を見ながら、何故この女性達が自分のリビングにいる理由を必死に探すも、一個も思い当たるところがなく首をさらに傾げた。
(いやほんと、どうしてこうなったの??)
一月七日。
『
重傷と呼べるレベルの傷は在籍している世界唯一の魔導士育成学校・聖天学園内にある病院や、国防陸海空独立魔導師団『クストス』の職員が利用している高度医療機関の魔導医療によって完治。
退院直後、しばらくは味の濃いものや胃が重たくなるほどの高カロリーものは受け付けなかったが、今では以前の日常と同じ食事量を摂れるほど元気になった。
だが冬というのは、外に出る気力を失わせる。
家で自主的な自宅療養をしていると、同じく家いてコタツムリ状態だった兄の豊崎陽が突然鳴り響い達ャイムに驚いて玄関に出ると、玄関でギャーギャーと騒がれて、いつの間にかコートと必需品を手に外に追い出されていた。
そして兄に入れ替わるように入ってきたのは、五人の女。
一人目は、日向のルームメイトであり親友の心菜。
二人目は、『クストス』の陸軍第一部隊隊長を務める七色家が一つ『赤城家』の次期当主のアリス。
三人目は、アリスと同じ七色家が一つ『青島家』の次期当主で務省欧州局の局長の青島紗香。
四人目は、同じく七色家が一つ『黄倉家』の次期当主候補の黄倉香音。
そして五人目は、兄と同じく
最初の二人は知っているが、残りの三人はまったく知らない初対面だ。
だからこそ、彼女達が自分の家のリビングにあるテーブルの上に色鮮やかお菓子を広げたり、飲み物を用意する状況が理解できない。
「…………えっと、これは……どういう……?」
「女子会よ」
軽く眩暈を覚えた日向の呟きに反応したのは、愛莉亜だ。
幼い見た目なのに兄と同い年である彼女は、ブラウン色の包装紙に包まれ、金色のリボンで結ばれた長方形の箱をテーブルの上に置いた。
「せっかくの冬休みなのに自宅に篭りっぱなしはもったいないでしょ? だから女子会しないかってアリスに声をかけたのよ。そしたらこの子、こっちも目を瞠るほどの行動力でメンバーを集めてたわ」
「いやぁ~、ボクも女子会ってしばらくご無沙汰だったし。それにこういうのって中々言い出すタイミングがなかったらちょうどいいかなぁ~って」
「だからって、いきなり家に押しかけてきて誘拐紛いなことしないでちょうだい」
「全くだよ……」
アリスが屈託なく笑う横で、紗香と香音は誘拐に近い状態で連れ出されたことを根に持っているのかぶつぶつとぼやく。
「わ、私は日向の様子を見に行こうと思ってて……そしたら途中で、アリスさん達に会ったの」
「なるほど……。で、なんで陽兄は無理矢理追い出されたの?」
「あら、女子会に男がいるのはおかしいでしょ?」
あっけらかんと言い放つ愛莉亜を見て、これには日向も頭を抱える。
確かに女子会に男がいるのはおかしいけど、もっと穏便な追い出し方というのがあるだろう。
(あの時、声に交じってなんか蹴られる音とか聞こえたような……?)
玄関でのやりとりを思い出していると、いつの間にかテーブルの上が華やかになっていて、日向はアリスの手によってそのままテーブルの前に座らされる。
色とりどりのマカロンにパトー・ド・フリュイ(フルーツのピューレをペクチンで固めたゼリーのことだ)、定番のチョコレートの他に数種類のフルール風味のフォンダンをかけたエクレア、深みのある青をしたレトロな缶に詰められたクッキー、赤と白のストライプのバケツタイプのバスケットに入った塩キャラメル味のポップコーン、そして砂糖漬けされた本物の花びらを飾り付けられた花の形を模した可憐なチョコレート。
飲み物は持参してだろうジュースや紅茶、さらに……。
「これ……ワインですか?」
二本の深緑色のボトルがどんとテーブルの中央に置かれており、他の飲み物を圧倒するような気配を感じる。違いがあるとすれば、二本のうちの一本に赤いリボンが結ばれていることだ。
心菜の訝しげな目線に気づいた愛莉亜がくすりと小さく笑う。
「私がよく通うショップじゃチョコレートセットはワインがセットになっているのが売りなの。最も、未成年でも楽しめるように中身はノンアルコールだけどね。ああ、リボンがしてある方は本物だから」
ノンアルコールだと聞いて未成年組がほっと胸を撫で下ろすと、愛莉亜は食器棚からワイングラスを拝借して両方のボトルの中身を注ぐ。
どっちがノンアルコールなのか分からないほど同じ色をしているが、愛莉亜はノンアルコールワインが入ったグラスを日向達に渡し、本物は愛莉亜を含む成人組に渡す。
「――では、第一回女子会を始めるわ。今日はこれまでの労を労うため、無礼講でいくつもりよ。それじゃあ、乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
愛莉亜の言葉と共にチンとグラス同士がぶつかり合う音がリビングに響いた。
何はともあれ、始まったものに文句を言ってもしょうがない。
女子会が開かれた理由を聞くのを諦めた日向は、目の前のチョコを口の中に入れた。舌の上で溶けていく甘みとかすかな苦み、それから砂糖漬けされた花びらが断層的に広がっていく。そのままノンアルコールワインを飲むと、今度はとろりとした甘みと葡萄特有の清涼な風味がよりチョコと調和していく。
初めて感じる味わいに目を丸くしていると、愛莉亜は微笑ましそうに日向を見つめていた。
「美味しいでしょ?」
「……はい、言葉に出すのも忘れるくらい」
「もっとあるから食べなさい。もちろん他のも手に付けても構わないわ」
勧めてくる愛莉亜の言葉に甘え、今度は白百合を模したチョコを選ぶ。苦さ控えめだが上品な甘さが口の中に優しく広がっていく。
愛莉亜もチョコをぽんぽんと口の中に入れると、ワインを数口飲む。
「ん……今月はビターでまとめたようね。さすがに普通のワインと一緒だと少し苦いわ」
「あ、じゃあマカロン食べなよ。こっちは結構甘いから」
口直しなのか塩キャラメル味のポップコーンを食べているアリスが、数個ほど消えたマカロンが入った箱を差し出してくる。
愛莉亜が薄水色のマカロンを口に入れると予想以上の甘さにわずかに顔を顰めると、すぐにワインで口直し。
まあ、成分の半分以上が砂糖で出来ている菓子なのだ。その反応は当然と言えるだろう。
反対に紗香はパトー・ド・フリュイを噛みしめるように食べており、香音はエクレアを無心で食べていた。
隣で心菜が紅茶を人数分淹れてカップを渡すと、何も入れないままストレートで飲む。
「……ところで、高城さん陽先生とどういったご関係なんですか? 玄関でのやり取りを見た限り、親しそうでしたけど……」
「あら、親しくて当たり前よ。私は陽のパートナー兼恋人だもの」
心菜の質問にあっさりと答えた愛莉亜。
だがその答えは、チョコを食べていた日向の喉を詰まらせ、クッキーを食べていたアリスの手を止め、ミルクを入れた紅茶をかき混ぜていたスプーンを紗香の手からテーブルの上に落とさせ、ジュースを飲んでいた香音を激しく噎せさせ、心菜を目が見開いたまま硬直させるほどの効果があった。
「「「「「えええええええええええええええええええええっっ!!?」」」」」
一瞬だけ止まっていた時間が動き出すのと同時に驚きの悲鳴を上げる日向達に、愛莉亜は眉根を寄せながら両手で耳を塞いだ。
「ちょっと、声が大きいわよ。そんなに驚くこと?」
「お、驚きますよ! あたし、陽兄からそんな話一度も聞いたことないですもん!!」
去年まで軽く兄の恋愛事情に不安を抱いていただけに、この話は妹としてはかなり衝撃的だ。
ゲホゴホと咳き込む香音は、心菜から渡されたティッシュで濡れた口元を拭きながら言った。
「じゃ、じゃあ、もしかして……恋人同士なら定番なあんなこととかこんなこととかしてるわけ……?」
恐る恐る、けれど興味本位で訊いてきた香音を見て、愛莉亜はくすりと笑う。
「……あら、気になるの? 私と彼の甘く激しい夜の営みが」
ワイングラス片手に妖艶に微笑む愛莉亜は、幼い見た目とはアンバラスな色気が溢れ出ている。
無意識に頬が熱くなるのを感じて、日向だけでなく心菜も話を振った本人である香音も目を逸らす。
「い、いいえ結構です! というか、身内の恋愛事情なんて聞きたくないですッ!!」
「あらそう、残念ね。でも安心しなさい、私もプライバシーを他人に軽々しく言った真似は嫌いなの。まあ、学生の頃から付き合っているから結構長いとだけ言っておくわ」
「へぇ~、いいなぁラブラブで~。ボクも最近、仕事が忙しくてダーリンと一緒にいる時間が減っちゃってさ~。さみしいよぉぉぉぉ~~~、会いたいよぉぉぉぉ~~~~」
「ちょっと、あなたもう酔っ払ってるの?」
「えぇ~? 酔っ払ってないよ~?」
そう言ったが机の上に倒れるアリスの頬か紅潮している。泥酔までとはいかないが、軽く酔っているのは間違いない。
「え、アリスさんって結婚してるんですか!?」
「そうだよ~、紗香も一昨年結婚したしね~♪ いやぁ~結婚式の時の紗香、すっごく綺麗だったよー! 特に旦那さんとケーキ入刀しいていた時はもっと綺麗だった!」
「あら、そうなの? 私はまだしてないと思ってたわ。あんまり男っ気がないせいで」
「ふん」
愛莉亜の意外そうな反応を見て、紗香はぷいっと顔を背ける。
だがその頬が若干赤く色づいており、どうやら恥ずかしがっているようだ。初対面だが見た目からクールな印象を受けたせいで、その反応はちょっと胸にくるものがある。
「……他人事だと思っているみたいけど、そういうあなた達は? 香音はまだだけど、そっちの二人にはパートナーがいるでしょ? 仲はどんな感じなのかしら?」
「あ、それボクも気になる!」
あからさまな話題の振り方が、その話はアリスだけでなく愛莉亜も香音も興味があったらしく、三人の視線がこっちに向いた。
話を振られた二人はどう話せばいいのか困惑しており、ロクに言葉を紡げず目を泳がせマークっている。
「え、えっと……どんなとは……?」
「色々あるでしょ、普通の友達なのか恋人なのかって」
「こっ……!? い、いいいいえそんなことは……!」
「え~、ウッソだー! 案外キスくらいはしてるんじゃな~い?」
ケラケラと笑いながらほぼ冗談で言った直後、
「………………………………………………………………………………………………………………………………………」
めっちゃ思いっきり顔を逸らした人がいた。目視でも分かるほどの汗を流しながら。
その人物は言わずもがな、日向である。
「「「「「…………………………………………………………………………………………………………………」」」」」
これには他のみんなも無言になる。
気まずい沈黙が流れたのも束の間、獲物を狩る狩人の顔をしたアリスが右の、あくどい笑みを浮かべた愛莉亜が左の肩を掴んだ。
「ねーねー日向ちゃん! その反応何? ボクもっと知りたいな~?」
「ええ、私もとっても興味があるわ。聞かせてくれるわね?」
「えっ!? あの、そのっ、これには深いわけがあって。別にそんな色っぽい話じゃないんですけど……ッ!! ……あ、あれ? 体が全然動かない!?」
逃亡しようとどれだけ体を動かしても、さっきから日向の体はピクリとも動かない。
肩にかかる重力からは魔力の反応を感じれらないのを考えると、これは純然な二人の腕力によるものだろう。
(いやいやいや、ただの腕力だけでそれなりに鍛えられたあたしを抑え込むこと自体おかしいって!! 経験の差とかそういうのが関係あるの?)
とにかく、このままじゃ確実に『恋バナ』という名の格好の餌食にさせられる。それだけはなんとしても避けたい。
助けを求めるために心菜に視線を向けるも、彼女は顔を真っ赤にしており、だけどペリドット色の瞳が好奇心で輝いていることに気づく。ちなみに香音も紗香も同じ反応だ。
(み、味方がいないッ!?)
改めて周りには敵しかいないことを悟り、若干涙目になる。
その間にも自身の肩を掴むアリスと愛莉亜の顔が、鼻の先同士がぶつかりそうなほど近づいてきた。
「「さあ、早く話して?」」
「は、はいぃぃぃ……ッ!!」
話題のネタに喰いついてきた二人のあまりの迫力に、日向はついに涙目になりながら洗いざらい話すことになった。
☆★☆★☆
「はぁあああああああっ!? 理由も分からないままキスされてただって~~~~っ!?」
暴露して羞恥心で蹲る日向を心菜が慰めている横で、アリスはありえないと言わんばかりに叫ぶ。
その隣で紗香と香音は『マジか』という顔を浮かべており、愛莉亜は「ふぅん、なるほどね……」と何か察したように呟いている。
「なっにそれ!? というか悠護くんは一体何を考えてるの!? 女の子のファーストキス奪うとか!!」
「まさか彼がそんな暴挙に出るとなんて……彼の昔を知っている身としては複雑ね……」
「というか完全に女の敵じゃん。殺した方がいいって」
「いやっ、さすがに殺すのはなしで頼みます……!?」
さらっと物騒な発言をする香音を諫めると、愛莉亜は鮮やかな紫色をしたパトー・ド・フリュイを食べながらグラスにワインを注いでいた。
「……で? その後、彼何か言わなかった?」
「えっと……言われました。『あのキスのことは、俺が勝手にしたことだから。気にしてるんなら忘れてもいい』って……。でも……あたしは……」
その時の悠護の言葉を思い出した日向は、両手で服の裾を握りしめる。
彼女の顔には突然キスされたことに対しての困惑はあるが、嫌悪感はない。無意識に自分に向けられる視線を感じながら、日向はゆっくりと口を開く。
「あたしは……悠護にキスされたことは嫌じゃなかった、むしろ嬉しかった。……初めて愛した人がくれたものだから。だから……忘れたくない、です」
初めて吐露された親友の告白に、心菜は無意識に固唾を呑む。
純粋で真っ直ぐな想いを抱く少女を見つめながら、愛莉亜はグラスを置いて組んだ両手の腕に顎を乗せた。
「そう。ならあなたは、冬休みが明けたらそのパートナーに告白するの?」
「それはっ…………告白は、いつかしたいと思っています。でも、今は……ダメです……」
「えっ、なんで? 好きなら告白しちゃいなよ。早くしないと誰かに盗られちゃうよ?」
顔を俯かせながら言った日向に、アリスは首を傾げた。
アリスの言い分はもっともだ。七色家が一つ『黒宮家』の次期当主である悠護は、魔導士界にいる女性にとっては絶対に欠かせない優良株だ。
学園内でも彼を狙う女子生徒がいることは知っているし、たまに彼の下駄箱にラブレターが入っているところや告白されているところを何度か見たことはある。
本人は家柄目当てだと言っていたが、告白して玉砕された少女が去り際に見せた涙は本物であることも、本気で彼に恋をしている少女がいることはとっくの前から気づいている。
のんびりしていたら横から奪われることも、ちゃんと理解している。
――だけど。
「あたしは、桃瀬さんを死なせてしまった。そんなあたしが自分のした罪を忘れて好きな人と想い合う……なんて真似はできない」
その言葉に、その場にいた全員は口を噤む。日向の口から出て来た人物の名は、ここにいる者にとって無関係ではないからだ。
桃瀬希美。
クリスマス・イヴに起きた事件『灰雪の聖夜』を起こした張本人で、黒宮家の分家の一つである『桃瀬家』の一人娘。
長年悠護を想い続け、日向を殺すためだけに特一級魔導犯罪組織『レベリス』の幹部から力を貸してもらい、最終的に口封じのために殺された悲劇の少女。
『レベリス』の幹部から与えられた氷槍《ブリュンヒルデ》と、突如の変異で化け物染みた容姿に変貌し、暴走する彼女を救うために、日向は自分だけが使える無魔法で魔導士の命である
魔核を消されたことでただの人間に成り下がった彼女は、改心した直後で『レベリス』の幹部によって目の前で殺されたのだと、彼女は語っていた。
もしあの時、彼女の魔核を消していなければ、希美は今も生きていたかもしれない。
可能性は低くても、もしかしたら良き友人になれていたかもしれない。
そんな夢物語のような想像していた未来が呆気なく奪われ、自分の行いが希美を死なせるきっかけになってしまった。
幼少期で両親を亡くし、一人で生活することを強いられたせいで責任感が人一倍強くなっている日向にとって、自分がした過ちを見ないフリをしたままのうのうと幸せになることに負い目を感じていても不思議ではない。
小学校の頃から悠護を知っているアリスや紗香からすれば、彼が日向に好意を抱いているのは確実だ。でなければ、過去の影響で魔導士嫌いになった悠護をあそこまで変えることなんてできない。
(うーん、これは意外と手強いなぁ……)
互いに想い合っているはずなのに、犯した過ちのせいでその一歩を踏み出せない。
なんとも難儀で手強い強敵を前に、アリスは恐らく世界の誰よりも強く気高い〝愛〟を抱いている目の前の少女のために、最適解と言える言葉を必死に考える。
だが、
「――あら。そんなの、別に気にしなくていいんじゃないかしら」
アリスが伝える前に、毒の水を操る舞姫がワインを飲みながらあっけらかんと答えた。
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