閑話 二度と戻らない思い出
その日は、足首が埋もれてしまうくらい雪が積もっていた。
東京では中々見れない光景だったが、希美はその雪が嫌いだった。
雨と同じで濡れるし、寒いし、何一ついいことがない。
でも、隣にいた幼馴染み――悠護は違った。
真紅の瞳をキラキラと輝かせて、せっせっと何かを作っていた。
「ゆうちゃん、何作ってるの?」
「雪ウサギだよ。ほら!」
希美の問いに悠護は笑顔で答えると、赤くなった手の上に乗せている雪ウサギを見せる。
笹の葉を耳に、南天の赤い実を目に見立てたそれは、雪で不機嫌になっていた希美を喜ばせた。
「かわいい! ゆうちゃん、これちょうだい!」
「いいよ」
そう言って悠護は希美のその雪ウサギを与えた。
好きな人からの手作りは、幼くとも恋する乙女にとってはどんなものより価値がある宝物だった。
家に帰った希美は雪ウサギが溶けないように冷蔵庫に入れた。でも、それを見つけた父・司は彼女を叱った。
「冷蔵庫にこんなものを入れてはいけない」と言って、希美が止めてと頼んでも問答無用で雪ウサギを玄関先に置いてしまった。
次の日、悠護が作ってくれた雪ウサギは跡形もなく溶けてしまった。
これには希美も大泣きし、原因である司が何度謝っても、お詫びとして山のようなプレゼントを買ってあげても、希美の機嫌は一向に治らなかった。
部屋に閉じこもり、目が真っ赤になるほど涙を流す希美を心配して、様子を見に来た悠護は布団の中で蹲る希美に声をかけた。
「希美、どうしてそんなに泣いてるの?」
「だって……だって……、せっかくゆうちゃんが作ってくれた雪ウサギが……」
「雪は溶けるものなんだからしかたないよ」
「でも……でもぉ……!」
頭では納得していても、彼女の気持ち的には理解することを拒んでいる。
また泣き始める幼馴染みを見て、悠護はうーんと唸るも、すぐにパッと明るい表情になると、彼女の前に出した自身の右手の小指を見せる。
「じゃあ、また雪がふった時に作ってあげる」
「……ほんとう?」
「うん。約束」
「うん……約束……」
ニコッと笑いかける幼馴染みを見て、布団から出てきた希美はゆっくりと自身の小指と彼の小指を絡める。
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」」
誰もが知っている歌を歌い、互いの小指が離れると同時に二人は笑顔で笑い合った。
窓の外では、再び雪が小さくも降り始めていた。
これは、希美と悠護がすれ違う前の記憶。
二度と戻ることができない、宝物のようにキラキラと輝いていた大切な思い出の一ページ。
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