Epilogue 【紅天使】

 聖天学園セキュリティルーム。

 冬休み期間でも敷地内にいること許されている管理者は、巨大なモニターに映る美女と対峙していた。


 黄金色に輝く髪の毛先を緩やかに巻き、頭には黒薔薇のコサージュと白いリボンがついた赤いベレー帽を左側頭部に斜めに被っている。

 裾に黒いレースがあしらわれた赤いドレスの上から金の縁取りがされた長袖の白いボレロ。背後には豪奢な内装と調度品が贅沢に使われ、白い手袋を嵌めた手には素人目でも分かるほど高価なティーカップを持っている。


 通話の相手は、ティレーネ・アンジュ・クリスティア。

 イギリスを守護する魔導士集団『時計塔の聖翼せいよく』をまとめる魔導士であり、【紅天使くれないてんし】という二つ名を与えられている女傑だ。

 彼女は画面越しでも目視できる白い湯気が立つティーカップを傾け、一口紅茶を飲みながら萌黄色の瞳を管理者に向ける。


『……それで、ギルベルト陛下はご息災ですか?』

「そうだね。相変わらず元気みたいだよ。ま、もし彼が日本ここで死んだらそれこそ国際問題だからね。たとえどんなことをしてもIMFは彼の身を守るだろうね」

『まあ、あの方のことですから、それさえも『余計な世話だ』と言いそうですけどね』


 イギリスにいた頃のギルベルトを思い出しているのか、くすくすと笑うティレーネ。

 管理者のように自身が領域と定めた場所から出れないという制約はないが、彼女は自主的に国から――正確にはイギリス王室が用意した彼女の住居である『白翼の塔アルバ・ウィング』から有事以外では滅多に外に出ない。


 だが国際魔導士連盟だけでなくイギリス王室さえにも口出しできる彼女は、彼女自身の経歴によるものだ。

 彼女は数百年前、【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムの一番弟子としてそばにおり、あの『落陽の血戦』を経験した唯一の生き証人。

 今は魔法で不老不死に近い状態にしており、彼女の現在の姿は当時のまま。

 誰よりも気高い彼女をそうさせているのは、恐らく師匠が関係しているだろう。


(自分の意思で不老不死になるなんて、どれだけ忠誠心高いのさ)


 慇懃無礼な態度が目立つのに、師匠に対する忠誠心は計り知れない。

 たとえどんな逆境に立たされても、彼女の中で今も生き続ける師匠の存在がある限り、ティレーネは何度だって困難に立ち向かうだろう。


『……ところで、例の無魔法の使い手についてですが。今回の事件で調べ上げたこの調書内容は真実ですか?』


 カメラ越しで見えないが、ティーセットが置かれたテーブルの上には日本支部でまとめた日向の調書があるだろう。

 内容は彼女の記憶を読み取ったものから記されているが、本来ならそれは日本支部が厳重に保管しているはずだ。


(こいつ、いつ盗みやがった)


 無駄に長生きしている分、影響力が国内外問わず浸透しているだろう。たとえ国家に関わる機密情報でさえ、彼女ならスーパーで買い物をする手軽さで手に入ることができる。

 管理者は彼女の影響力の強さに内心舌打ちしながら、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。


「そうだね。がしでかしたことも書いてあるそれは、九割くらい真実だよ」

『不愉快な発言をしないでください』


 管理者の言葉に涼しい顔をしてい達レーネの顔が嫌悪感で歪む。

 今は『レベリス』にいる魔女を思い出しているのだろう、その顔を見るだけで幾分か溜飲が下がる。


「ま、君が何を考えてるか知らないけど、あんまりやり過ぎないようね。彼女の兄はたとえ誰であろうと牙を向けるから」

『あら、それは調教のし甲斐がありますね』


 脳裏に【五星】の二つ名を持つ魔導士を思い浮かべながら、ティレーネはくすくす笑う。

 すると、彼女の背後にある柱時計がボーン、ボーンと鳴る。


『ああ、そろそろお暇しますわ。聖天学園そちらに入学する予定の魔導士候補生達の情報を確認しないといけませんから』

「……あっそ、じゃあまた電話しようね。その時まで生きといてよね、【紅天使】」

『それはこちらの台詞ですよ、【時間の支配者テムプス・プリンケプス】』


 互いの二つ名を呼びながら、両者は通話を切った。

 彼女と話すだけでも毎度気力がシャベルカーのようにゴリゴリと削られる。どれだけ長く生きても未だに慣れない感覚を味わいながら、管理者は深く深く息を吐いた。 



 一方、優雅な仕草でノートパソコンを畳んだティレーネは、目の前にある巨大な絵画とテーブルの上にある日向の写真を交互に見つめる。


「……本当に、あなた様は相変わらずわたくしの予想を上回ることをするのがお好きですわね」


 懐かしそうに微笑みながら、ティレーネは目の前の絵画を見つめる。

 絵画に描かれているのは、騎士服を模した白い衣装を身に包み、頭に銀冠をかけている一人の少女。

 この国を守って欲しい、とティレーネにとって最後となった微笑みを浮かべながら。


 だがその顔は目の前の絵画の少女……いや、【起源の魔導士】アリナ・エレクトゥルムと、テーブルの上にある写真の中の日向。

 どちらの顔もまるで生き写しと言えるくらい瓜二つだった――。

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