第103話 殻を破る者、真実を追う者

「あーもうっ、ウザいっての!!」


 ガシャガシャと耳障りな音を立てながら接近してくる魔導人形達に、魔力を温存させるために逃走していた香音もさすがに我慢の限界だった。

 どれだけ倒しても蟻のように湧いてくる。あまり倒し過ぎると、先ほどのようにパーツ同士をくっつけて巨人になる。

 倒さなければ増えて、倒し過ぎると巨大化する。実に厄介な駒だ。


(このまま一箇所に集めて潰す? いや、私の魔法じゃ全部集めるのは無理……どうすれば……!)

「――あら、何か名案が浮かんだのかしら?」


 思考を巡らせていた香音の横を、誰かが問いかけると同時にそのまま通り過ぎる。

 耳朶でかけられた声で我に返ると、愛莉亜が香音の後ろを追っていた魔導人形達を半回転蹴りで胴体ごと真っ二つにした。

 だが他の魔導人形に隠れていた一体の魔導人形が魔法を向けようとした瞬間、その胴体が彼女の銀のブーツで包まれた足によって串刺しされる。


 胴体を貫いた銀のブーツからはジュワァァァァ、と嫌な音が聴こえてきた。

 鉄とコードがドロドロに融けた魔導人形を捨てると、建物の陰から出て来た五体の魔導人形が魔法や本物のサブマシンガンを使って攻撃してくる。

 だが、その攻撃も彼女の前では無意味だった。


 愛莉亜に向かってくる攻撃は、全て傷一つなく通り過ぎて行く。

 彼女が卓越した回避を見せているというレベルではない、

 攻撃が通った場所は体の部分に窪みが出来、水と変化した場所からチャプリと音を立てた。


 愛莉亜が得意とする魔法は『融解毒水フシオン・ヴェネノ』は、全てを融かす毒の水を操る上級自然魔法だ。過去の強化実験の影響で、彼女はその魔法のみ完全発動できるほど特化している。

 水魔法を使う魔導士の中には、この地上にある水だけでなく自身の水分を最大限にまで液体化させ、物理攻撃を回避することもできる。

 だが人体を液体化するのは非常に危険で、中には二度と人に戻れなくなった魔導士もいるほどだ。


 愛莉亜はそれを平然とやり遂げ、液体化した部分は元の肉に戻す。

 笑みを絶やさないまま毒の水を操り、バレリーナの如く美しい蹴り技を繰り出した。

 これまで王星祭レクスに出場した選手の中で、初出場した日にトップ10に君臨した魔導士。【五星】豊崎陽より上の強さは持たないが、一部のファンからは熱狂的な支持を得て、ステージで踊り戦う彼女の姿は全ての観客を魅了する。


 幼い見た目に似合わない蠱惑的な魅了と高い魔法操作を持ち、初出場から三年連続優勝を成しとけた彼女に与えられた二つ名こそが、【毒水の舞姫】。

 毒の水と分かっていてもその美しさに魅了され、一度でもいいから触れてみたいと思えるほどの倒錯感を相手に持たせる美貌。踊り戦う様は幼い顔立ちからでは想像できないほどの妖艶なもので、生物学上女である香音ですら目の前の愛莉亜の姿には目を惹かれてしまう。


 毒の水で魔導人形が再起不能までぐちゃぐちゃに融かした愛莉亜は、パープル色の髪を掻き上げながらぼーっとしている香音の側まで近寄る。


「ふぅ……これでしばらくは大丈夫ね。ところで、あなたはさっき何か案を思いついた様子だったけど、何かあるのかしら?」


 先ほどの香音の表情から何かを察したらしい愛莉亜の言葉に、我に返った香音はメイス型専用魔導具《レギナ》を握りしめながら言った。


「私の魔導具は広域範囲防御壁がいつでも発動できるようになってるんだけど……他の連中の魔法があれば、もしかしたら一網打尽にできるかもって……」

「なるほどね。で、その広域範囲ってどのくらい?」

「今の私の魔力だと……半径五キロが限界」


 黄倉家は装飾品や家具を製作し、それを各質屋に卸す家系だった。

 一から物を作る才能に秀でた彼らは、魔導具製作の才能を伸ばし、各国にも劣らない魔導具を作り上げた。

 香音の持つ《レギナ》は小学校を入学してから一から自分の手で作りあげた魔導具で、広域範囲防御壁もだが、対遠中近距離防御壁も展開できるよう設定されている。


 ただ専用魔導具の場合、通常の魔導具と違い自身の魔力の強弱で効果や範囲が左右される。

 今の香音の実力で可能な魔法の範囲を伝えると、愛莉亜は顎に指を当てながら考え込む。

 その仕草を見て、香音の顔に陰りを帯びた。


(……この女も、どうせあいつらと同じことを思ってる。『出来損ない』って)


 七色家入りしてから、黄倉家は独自の魔導具製作方法を編み出した。

 通常の魔導具とは違い、黄倉家の魔導具は威力も性能も上おいき、少しでも多くの人の手に渡るように月に一度、己が作った魔導具さくひんをオークションで売っている。

 時には数千万、億という高値で買われた魔導具は大抵が観賞用目的だ。中には実用品として買う客もおり、黄倉家本家も多くの魔導具を出品している。


 香音も次期当主候補として魔導具を製作し続けた。不眠症に効果がある香壺や冷却効果のある水筒、ネジを回すと中に入っている水が弦に当たって音楽を奏でるオルゴールなど数知れず。

 最初は本家の一人娘が作った作品ということで、高値で買ってくれた客はたくさんいたが、その作品の一つが誤作動を起こし、客だけでなくその子供にも重傷を負わせてしまった。


 オークションにために作り出品したのは、瀟洒な外観をしたランプ。ガラスの表面には星座が描かれており、魔力を注ぐだけで常夜灯だけでなくプラネタリウムの役割もできる代物だった。

 誤作動の原因は、ランプに注ぐ魔力の容量設定ミス。客の魔力だけでなく子供の魔力も注がれたことで、オーバーヒートを起こしたのだ。もちろんこれは客側の不注意もあったが、設定ミスをした香音にも責任があった。


 幸い、迅が多額の賠償金を払ったおかげで事なきを得たが、その醜聞は一気に広まった。

 曰く、黄倉家の一人娘はまともな魔導具が作れない『出来損ない』だと。

 曰く、人に害をもたらす魔導具を作る『人害の作り手』だと。

 どれも根も葉もない噂。だが、それがまだ世間を知らなかった香音の心を深く傷つけた。


 それ以来、香音は防御魔法の効果がある魔導具しか作らなくなった。

 誰も傷つけず、守れる力ならば害意なんてないと信じた。けれど、周囲はそれしか作らなくなった香音をますます『出来損ない』と批判した。

 今度は誰も傷つけていないのに批判する周囲に反発するように、香音は防御魔法を極めるようになった。


 防御魔法は自身や相手を守るだけでなく、盾を飛ばして大型トラックと衝突したような万有引力を攻撃として与えることも可能。

 それを生かした戦術を編み出したが、どれほど血の滲む特訓を重ねても、香音は本家の人間としてはギリギリ及第点の実力しか得られなかった。


 魔導具製作の腕も魔法の腕も駄目駄目の黄倉家の『出来損ない』。

 分家だけでなく関係ない家も、香音のことを陰で【ガラクタ姫】と蔑んだ。

 過去の失態と今の己の評価、二つの要因のせいで香音は自身の家が七色家であることを人一倍憎んだ。


 家の力のせいで正しさを歪め魔導士嫌いとなった悠護とは違い、香音は「黄倉家の人間ならこれくらい出来て当たり前」だと断言する周囲と家のあり方を嫌悪している。

 だからこそ、次期当主候補でありながら押し付けられた家の役割を果たすことを嫌った。

 こうして渋々従っているのは、香音にとってはただ周囲がやると言ったから流されるようにやっているだけ。


【毒水の舞姫】なんて大層な二つ名を持つ彼女も、今の香音の言葉を訊いて周りと同じことを言ったのだと、心の中で断言していたが。


「――なら、ちょうどいい作戦を思いついたわ。ついてきなさい」

「…………はっ? ちょ、ちょっと待ってよ!」


 そう言ったと愛莉亜はカツカツと靴音を鳴らしながら先に進むのを見て、香音は慌てて制止の声をかける。

 声をかけられた愛莉亜は訝しげな顔で振り返ると、信じられないと言わんばかりに困惑する香音は彼女の顔を見て息を呑むと、ぐっと顎を引いて言った。


「あんた……正気なの? 二つ名付きの魔導士なら、私の噂くらい知ってるでしょ?」


 魔導士界において、二つ名は名誉ある勲章であり、それを持つ魔導士はIMFにおいても発言力のある実力者として認定されている。

 魔導犯罪課では手に負えない事件や任務を任されることはあるが、緊急事態ではある程度の人員を動かせることも、魔導士免許証に表示されているランクに応じた情報を閲覧することもできる。


 ランクは下位から『一階位ウーヌス』、『二階位ドゥオ』、『三階位トレース』、『四階位クァットゥオル』、『五階位クィーンクェ』、『六階位セクス』、『七階位セプテム』となっており、特に『七階位セプテム』は四大魔導士しか与えられておらず、事実上最高位は『六階位セクス』になっている。

 魔導士候補生である聖天学園生とそれ以外にはこのランクは与えられない。


 陽と愛莉亜のように王星祭レクスで一回以上優勝した魔導士は『五階位クィーンクェ』、七色家の現当主達は『六階位セクス』のランクが与えられている。

 高ランクの魔導士ならば香音の噂くらい知っているはずだ。

 愛莉亜は香音の顔を見て思い出したのか、呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ……あのね、確かに私はあなたに関する噂は何度も耳にしたわ。でもね、所詮は噂よ。私は『黄倉香音』という噂ではない本物の人間の実力を知らない。評価っていうのはね、時間が経てば簡単に覆せるものよ」

「簡単に……?」

「そうよ。そんな小さいことを気にしているなら、別に構わないわ。でも、今は自分のできることをしなさい。あなたにはそれができるのだから」


 愛莉亜の嘘偽りない真摯な瞳を見て、無意識に《レギナ》を握る手を強める。

 評価なんてものは、そう簡単に変わるものではないと思い込んでいた。少なくとも、香音がどれほど努力しても誰も評価を変えてくれなかった。

 だけど。

 もしも、赤の他人がつけた評価もレッテルも変えられるというならば。


(――変えてやる)


 こっちの事情なんて知らない他人の言葉なんて気にしない。

 好き勝手に噂するバカ共の嘲笑なんてクソ喰らえ。

 お前達がバカにし続けた【ガラクタ姫】の真の実力を、ここで証明してやろう。


 香音のマゼンダ色の瞳が強く輝き出したのを見て、愛莉亜は不敵に笑いながら髪を掻き上げる。


「さあ、行くわよ。今こそ殻を破り、自由な大空へ羽ばたく時よ」



☆★☆★☆



 愛莉亜の立てた作戦はこうだ。

 台場地区に集まる魔導人形を交差点の中央に一緒に集める。そこで香音の防御魔法を張り、暮葉の魔法で一網打尽にする、というシンプルな内容だ。

 いやむしろ、シンプルであるからこそ、全員だけでなく鎮圧活動していた魔導犯罪課もこの作戦に乗ったのだろう。

 これ以上、被害を拡大させるよりはマシだと。


 囮役は愛莉亜、アリス、紗香、霧彦だ。

 愛莉亜は水を操りながら、アリスは盾形魔導具をスケートボードの代わりにしながら滑り、紗香と霧彦は強化魔法で脚力を上げて魔導人形をひきつけている。

 目的地である交差点の歩道橋にいる香音は、ズーム機能のある望遠鏡越しで彼女達の後ろを走る紅い集団を見つめる。


『緊張してんのか?』


 作戦を訊いて狙撃場所をすぐ近くにある高層ビルで構える暮葉の質問に、香音は精一杯強がりながら言った。


「べっつに? ただこれで失敗したら紺野と橙田がうるさいだろうなぁって思っただけ」


 自分達とは別の現場に出向いていた橙田灯がスマホ越しでギャーギャーと騒いでいたらしいが、紺野真幸がそれを宥めながら了承したのを思い出しながら言った。

 だがこの生徒会長は、そんな香音の強がりも気づきながらも苦笑する。


『そうかよ。……ま、この作戦が成功したらいい加減自信つけろよ。いつまでも腐ってるお前は見たくねぇし』

「……ふんっ、そんなの言われなくても当たり前だし」


 意外と周りを見ている隠れ兄貴肌の言葉に、不服そうな顔をしながらも鼻を鳴らす。

 ツンデレ特有の態度を見せる香音に暮葉が苦笑していると、二人のインカムがジジッと音を立てる。


『スケープ1、所定の位置に着いたわよ』

『スケープ2、同じくー!』

『スケープ3、同じく』

『スケープ4、こちらもだ』


 四人の報告を聞きながら、こちらに迫ってくる魔導人形の数を見て眉を寄せる。

 魔導人形は囮役一人の後ろに百を超える個体が後を追っており、むしろこの場所で収まりきるのか分からない。

 それでも、作戦を立てた以上、やるしかないのだ。《レギナ》を握りしめながら、タイミングを待つ。


『カウントダウンだ。5!』

『4!』

『3!』

『2』

『1』

「――0!!」


 香音が数字を数え終えた瞬間、交差点の中央に集まった愛莉亜達がその場で跳んだ。

 地上数十メートルまで跳躍した彼らを魔導人形達が反射で頭上を見上げると同時に、香音は詠唱を唱える。


「『囚われの箱ヴィンクルム・ボクス』!!」


 防御魔法の中で広範囲展開できる魔法を唱えると、魔導人形達の周囲をビルの半分近くの高さもある黄色い六角形の盾が包み込む。

 魔導人形達も自分達が閉じ込められたと反応すると、盾を壊すべく魔法をかける。爆風や反動で他の魔導人形が破壊されるのもお構いなしで。


「ぐぅううう……!?」


 防御魔法を展開する香音は、《レギナ》から伝わる衝撃に耐えながらも苦痛な声を上げる。

 幼少期から魔法の特訓を受けても、実力は本家の人間として認められるギリギリしかない。脳裏で自分を嘲笑う声を思い出しながらも、香音は歯を食いしばりながら魔力の生成を繰り返す。


 普段あまり使わない魔力さえも使っているせいで、急いで魔力を生成している香音の魔核マギアはオーバーヒートを起こしたエンジンのように触れるだけで火傷するほどの熱を持ち始める。

 心なしか左胸周辺が熱くなる感覚を味わい、《レギナ》を持つ手の甲からは浮き上がった血管が一つ切れ、血が溢れ出る。


 魔導人形達の反抗が大きくなりたびに全身を走る疼痛と熱。

 少し前の香音なら、こんな目に遭う前に全て投げ捨てていただろう。

 周囲からの『出来損ない』と【ガラクタ姫】の名を言い訳にして。


(――でも!!)


 これ以上、惨めな自分でいたくなかった。

 これ以上、不名誉な名前は消したかった。

 これ以上、弱いままではいたくなかった。


(ええ、やってる。やってやるわよ! 今までバカにしてきた奴らを全員嘲笑い返して、堂々と日の当たる道を歩んでやる! これは――その最初の一歩だッ!!)


 切れて血を流す血管が二つ、三つと増えても、全身からべっとりとした嫌な汗を流しても、足が崩れそうなほど衝撃に襲われ続けていても、香音は笑みを絶やさなかった。

 目に見えない全ての敵に挑戦状を叩きつける獰猛で不敵な笑み。魔法を展開した際に安全地に逃げたアリス達は、その顔を見て心の中で声援を送る。


「暮葉ぁあああああああああああああああっ!!」


 喉から叫ぶ香音の声に、暮葉は《疾風》を構えながらスコープ越しから照準を合わせる。

 チャンスは一瞬、失敗は許されない。


『――今だ、上部を開けろ!』


 暮葉の言葉に、香音は『囚われの箱ヴィンクルム・ボクス』の上部を僅か数センチほど消える。

 頭上まで覆われていた盾が一部消えた直後、《疾風》の銃口が魔導人形に向けられる。


「――『鏖殺の一矢カエデム・サギッタ』」


 光魔法で上級に入る攻撃魔法が、暮葉の《疾風》から放たれる。

千里星矢ミッレ・パッスウム・ステラ』よりの破壊力を誇るその魔法が『囚われの箱ヴィンクルム・ボクス』の中に入ると、すぐに消していた上部を再び展開する。

 緑色の矢が一体の魔導人形に近づいた瞬間、盾越しからも伝わる爆発の衝撃と破壊音が台場地区中に響き渡る。


 できるだけ余波を逃さないようにと魔法を展開し続ける香音の両腕は、度重なる衝撃と反動で両腕のほとんど血管が切れて大量の血を流す。

 それでも意地で《レギナ》を掴み続けていると、やがて破壊音と爆発が収まっていく。

 いつの間にか閉じていた目を開けると、『囚われの箱ヴィンクルム・ボクス』の中は黒く焦げて原形がほとんどない魔導人形が山のように積み重なっていた。


 成功したのだと気を抜いた瞬間、魔法が解けると同時に鉄やプラスチックが焦げる嫌な匂いが辺りを充満する。

 そのまま倒れそうになった香音を、彼女の元に駆けつけていた愛莉亜が抱きとめる。


「お疲れ様。……あなたは、黄倉家の誰よりも気高く強い魔導士よ」


 世界の誰もが強いと認めた魔導士からの褒め言葉を訊いて、香音はふっと小さく笑うと、血だらけの両手で持ち続けていた《レギナ》を歩道橋の上に落とした。



「……そうですか。はい、分かりました」


 スマホで何回か会話を交わす紺野は、着信を切ると待機していた職員に声をかける。


「皆さん、全ての魔導人形は無事破壊されたと報告がありました。ですか、まだ危機が去ったわけではありません。皆さんは周囲に警戒しながら仲間の治療やパトロールをしてください」


 紺野の言葉に周囲が一度安堵するも、すぐに気を引き締めて散り散りとなる。パトロールに向かう者や、重傷を負った仲間の治療に当たる者など行動する中、橙田は建物の壁に凭れながら腕を組んでいた。


「灯くん、どうしましたか?」

「紺野さん……」


 近寄って来た上司にぺこりと頭を下げると、すぐに険しい顔をした。

 その顔を見て、紺野は苦笑する。


「本家に手柄を奪われたのが悔しいですか?」

「あ、いや、違います! ……いや、少し悔しいですけど……別のことを考えていて……」

「別のこと?」


 紺野の言葉に、橙田はこくりと頷く。


「この一年で『レベリス』の活動が活発化してます。そして、その渦中にはあの豊崎日向がいる……もしかしたら、そいつに何か裏があるんじゃないかって――」

「灯くん、推測で物を言わないようにいつも言ってますよね?」


 紺野の制止をかけると、橙田はぐっと言葉を詰まらせる。

 怪しいと思った相手はすぐに疑う癖は相変わらずのようで、紺野は肩を竦めながら言いたげな顔をする橙田を諫める。


「彼らの目的は彼女の無魔法にあるのか、それとも別の要因か……いずれにしても今の私達では確証の無い推測しか立てることしか出来ません。もちろん、彼女には事情を訊いて魔導犯罪課として話を聞くつもりです。ですから灯くん、その時は同席してください。私も君も真実を知る権利があるのですから」

「っ……はい!」


 紺野の言葉に橙田が頷くと、彼は機嫌のいい犬のような様子ですぐにパトロールに向かった。

 その後ろ姿を見送った後、紺野はその場で思考する。


(ですが……灯くんの気持ちも分からなくありません。これまで表舞台に出なかった『レベリス』がこうも派手に動き始めたのは気になります。何より――【五星】は何かを隠している)


 以前、日向が魔導士になった際に彼女の病室に殺到するマスコミや研究者の件で二人だけで話す機会があった。

 その時は事務的な会話を何度も繰り返したが、ふと紺野は陽に訊いてみたのだ。


『あなたの妹が魔導士に目覚めたこと、何が原因か知ってますか?』と。

 もちろん日向がまったくレアなケースだからというのもあるが、単純に紺野個人の興味もあった。

 だがその質問に陽は、言ったのだ。


『そんなん――むしろワイが知りたいくらいですよ』


 真実を受け入れたくない犯人のような悲しそうな、悔しそうな顔で。

 その顔を見て、紺野はずっと違和感を抱いていた。

 だが、今なら分かる。


(恐らく【五星】は、妹が無魔法を使える存在であることを


 そうでなければ、あんな顔なんてできないはずだ。

 紺野はその真実を知りたいと思う反面、真実を知ってはいけないと頭の中で警鐘を鳴らす。

 相反する気持ちを抱きながら、紺野は濃さを増す灰色の空を見上げた。

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