第102話 戦場は今も火花を散らす

 台場地区で発生した魔導犯罪は、一向に収拾の目途が立っていない。

 本来ならば一時間もしない内に鎮圧するのだが、それは魔導士崩れ達を相手にした場合だ。魔導人形という疲労と魔力切れを知らないモノ達は、こちらの都合を考えないままバカスカと魔法を撃ちマークる。


 そもそも、魔導人形は通常のAI搭載のヒューマノイドロボットとは違い、家庭や公共施設で運用されるモノではない。

 魔導人形は災害時の救出活動や魔導犯罪での鎮圧活動など、危険性の高い仕事などに運用している。もちろん人件費や人手不足を補うという目的もあるのだが、先も述べたように疲労も魔力切れのない魔導人形らは、こういった長期戦においては有利になる。


 それに比べ、魔導士には疲労も魔力切れもある。ある程度休んだら回復するが、そんなのはただのその場しのぎだ。

 再生魔法と攻撃魔法、そして動力源である雷魔法の魔石ラピスが埋め込まれた魔導人形は次々と攻撃を繰り返し、周囲の被害を拡大させていく。

 シェルターにいる者達はいつまで経っても終わらないことに不安を抱き、二次災害を防ぐために消火活動にあたる消防士達や復興部隊の顔にも疲労が見えてくる。



 未だ黒い煙が立ち上る街の外れ。

 レインボーブリッジ付近の場所では、叛逆者達とそれを阻む者達の戦いが繰り広げられていた。


「アハハハハハッ!」


 レトゥスが凶刃を振るう。レトゥスの持つ武器は槍の穂先に鎌の刃がついたハルバードの亜種のようなものを扱っている。

 だが小柄な体躯よりも長い得物を操る彼の動きは、まるで武器を相手にしたダンスを踊っているように軽やかだ。


 見た目からでは想像できない膂力と敏捷性は目を瞠るもので、たとえ数多くの現場を出動した魔導犯罪課の職員では一〇分足らずで殺されるだろう。

 だが、怜哉は違った。日本刀型専用魔導具白鷹で刃をさばき、彼と互角の膂力で吹き飛ばす。すぐさま地面を蹴り、急接近すると今度は怜哉が《白鷹》を振り下ろす。


 同じ力量に戦闘能力、それから駆け引きと技による騙し合い。

 ここまで手応えのある相手を前に、怜哉だけでなくレトゥスも好戦的な笑みを浮かべる。

 その顔が目の前の強敵を倒したいという、戦士としての本能が現れていた。


 白石家は、元々公儀隠密の家系であった。

 鎌倉時代から幕府に仕えて、幕府に仇なす者達の情報を入手し、必要な時はその手を血で染め続けた。

 だが大政奉還を機にその役目を終えた白石だったが、隠密のために培った剣術を後世にも繋げるために道場を開いた。もちろん他の道場とは違い、完全に人殺しを前提とした剣術のせいで多くの道場の師範からは「伝統を汚す技」だと批判した。


 幼少期に家の成り立ちを聞いた怜哉からしてみれば、その伝統から伝授された技で人を殺せば一緒だろと思った。

 ともかく、そんな非難轟々の嵐を浴びながらも、白石家は頑なに道場を畳まなかった。

 何故畳まなかったのか疑問に思ったが、恐らく当時の当主には当主なりの予感があったのだろうと漠然と察した。

 その予感が現実になったのは、第一次世界大戦だ。


 当時は魔導士を管理する機関はなく、十分な教養を身につけていない魔導士しかなかったため、当時は魔導士の数が現代よりも少なかった日本は辛くも勝戦国の座を手にした。

 第一次世界大戦を経験して、日本政府が魔導士の力が戦況を左右する可能性があると目につけ、魔導士の素養がある者は政府の監視下で教育を始めた。

 その中には当時の次期当主であった白石も入っており、とある異人から魔法に関する知識を与えられた同じ次期当主であった緑山を筆頭に魔法を学んだ。


 その時、白石は強化魔法を付与した武器による戦闘術を生み出した。

 身体能力だけでなく武器の威力も向上させる強化魔法は、人殺しや暗殺術を極めた白石家にとってはこれ以上ないほど適した魔法はなく、第二次世界大戦時では少数精鋭の遊撃隊の隊長として多くの敵を屠った。


 終戦後、七色家として頭数に入れられた白石は、戦闘術とかつて家が積み上げてきた功績によって、今度は秩序を乱す犯罪者を裁く執行者の役割を担うようになった。

 再び汚れ仕事をする羽目になったが、怜哉はそれでよかったと思う。

 家が培ってきた戦闘術は、明らかに人を殺す技。あの役割を与えられていなければ、白石は今の時代でも居場所がないまま、無意味にその血脈を延ばしていただろう。


 レトゥスが槍の穂先を向けてくるが、それを躱し、そのまま踵落としの要領で地面に叩きつける。

 鎌の刃が地面に深々と刺さり、引き抜くのは簡単ではない。鎌槍の上に足をつけると、《白鷹》を右斜めから振り下ろす。

 だが少年は右手を前に突き出して炎球を生み出したのを見て、足のバネを存分に生かしてからの左へ跳躍。


 放たれた炎球が数キロ先で爆発する音を聴きながら、目の前で銀色の瞳をキラキラと輝かせるレトゥスと向かい合う。


「すごいすごい! ここまでやれた人間なんて初めてだ!」

「僕は二回目だけどね。けど、まだまだ戦いたいな」

「お兄さん、気が合うね。ぼくもまだ戦いたいよ」


 にこにこ笑う黒髪の少年と、小さく笑う銀髪の少年。

 互いの得物を向き合い牽制し合い、まったく同じタイミングで地面を蹴り上げた。



 灼熱を纏わせた剣が何度も振り下ろされる。我武者羅に振り回しているかと思えば、途端に軌道を変えて樹の鼻先を掠る。


「あっぶね!?」


 すぐさま距離を取ると、白百合の修道女が炎の女鬼騎士と刃を交じり、せめぎ合う。

 美しい魔物達が戦い合っていると、地面から大人数人が手を繋いで円を作れるほど太い蔓が襲いかかる。

 だが、心菜が樹の前に出ると炎魔法で蔓を燃やす。黒く炭化させていく蔓の横でまた新しい蔓の一本が心菜の横を通り過ぎ、樹を狙う。


「樹くん!」

「大丈夫だ! ――『向上メリウス』!」


 焦りを一つも見せずに魔法名を唱えると、樹が嵌めている黒い手袋|鴉丸《からすまる》――「名前がないと不便だろう」という理由でギルベルトにつけられた――にサファイアブルー色の魔力が纏う。

 目の前まで迫ってくる蔓を、樹は真正面から拳を叩きこむ。強化魔法によって通常の倍まで引き上げられた腕力によって、蔓は大きな窪みを作りながら地面に叩き倒される。


「ぜーはー……くそっ、だから現場出動の戦闘は嫌いなんだ……ッ!」

「文句を言わないでください、先生。それとたまには外に出て運動した方がいいですよ」


 唐突に姿を見せなかった二人の声がしたと思うと、インフェルノが距離を取る。

 そのまま主である少女のそばに近寄り、いつ攻撃命令が出てもいいように臨戦態勢状態で空中待機する。


「中々やるじゃない。私はてっきり、あの時と同じ自爆攻撃をするのかと思ったわ」

「それやったらガチで雷落とすヤツがいるからしねーって決めたんだ」


 軽口を叩き合いながらも、ルキアと樹の目からは警戒心は消えない。

 アングイスはゼーゼーと息を切らしており、こちらの会話を気にする様子はない。だが、心菜は頬から汗を流しながら彼から視線を一つも逸らさなかった。


(あのアングイスって人……本当に疲れてる様子だけど、戦意が全然消えてない……)


 本人の口からは嘘特有の口調が出ていないため本心だろう。

 それでも、『蛇』の名を冠するだけであって、一度目を離すことができないほどの雰囲気がある。


 誰よりも警戒心を露わにする心菜を、アングイスは興味深そうにスプリンググリーンの瞳を向けていた。



☆★☆★☆



「起きろ、起きろ、彷徨える悪しきモノよ」


 詠唱が響く。耳元で囁かれたら、心地よい眠りにつきそうな声で。

 鼻だけでなく肺にまでねっとり纏わりつきそうな甘い匂いで充満させて、優雅に扇を手に持ち、分厚い下駄を履いた足で着物の裾をさばきながら踊るその姿は、花魁道中のように艶やかで、美しい。

 だが、その美しさと反して、辺りが黒紫色の瘴気で包まれる。


「甘き匂いに誘われた、この世を生き抜いた生命達よ。どうか私に力を貸しておくれ。――『幽玄悪鬼ミュステリオ・ディアボリ』」


 カラン、と下駄が地面を叩く音が響いた直後、地面からおどろおどろしい悪鬼が現れる。

 上半身が男性、下半身が蜘蛛のもいれば、顔は鬼だが胴体は虎、足は馬をしたものもいる。それ以外にもどろどろとした形すら保っていない悪鬼もおり、さながら百鬼夜行そのもの。

 そんな中、フォクスは自分のほうへすり寄って来た、硬い黒の殻を持った八つ目の百足に腰かけた。


幽玄悪鬼ミュステリオ・ディアボリ』は召喚魔法の一種で、その場にいる怨霊や生き物の生命の残滓を契約なしで召喚するものだ。

 契約という確固たる〝楔〟がないため、一度操作を誤れば術者もろとも襲われる危険性もある。

 だが、目の前にいる女はその危険性すらも気にせずやってのけた。むしろ悪鬼達も、彼女に心酔しているのか、彼女の傍から一定の距離を離れない。


 悪鬼を従える冥府の女王を見て、陽は嫌悪感を滲ませた顔で睨む。


「趣味の悪い魔法が得意のは相変わらずか」

「ふふっ。その口調、その顔、その目……やはりだったのね。まあ、彼女がいるから当然よね」


 くすくす、と妖艶に笑うフォクス。萌黄色の瞳が愉悦を滲ませるのを見て、ぎりっと歯軋りする。

 くるりと《銀翼》を右手で一回転させ、両手で構える。鋭い目つきになった赤紫色の瞳からは敵意と殺意しかなく、その瞳を見てフォクスは口角を吊り上げる。


「ふふっ、ふふふふっ。その目に宿る炎はいつ見ても美しいわねえ!」


 歓喜を滲ませた声を上げると、フォクスが侍らせていた悪鬼達は、聞くに堪えない雄叫びを上げながら陽に襲い掛かった。



《ノクティス》を左右それぞれの剣で無造作に振るう。赤い剣とせめぎ合うも、重量はこちらが上なのか、剣を持つ腕が少しずつ下にいっていた。

 二刀流というのは一見簡単そうに見えるが、片手だけで剣を持つとそれなりの腕力と握力が必要となる。いくら魔法で生み出したものだからといって、重量は普通の剣と変わりない。


「チィ!」


 左の剣で防御、右の剣で攻撃。逆のパターンで攻撃と防御を繰り出したり、二刀同時で振るったり。

 我流を地で行く剣技の数々を披露していく悠護に、ラルムは大きく舌打ちした。


 七色家になる前の黒宮家は、ただの鍛冶の家系だった。

 多くの武士や侍から刀や鎧を作り、時には農具や包丁など日常に必要なものを作ったりするどこにでもいる鍛冶屋。

 どの時代でもさほど注目されず、いつか遠くない未来で血を絶やすはずだった家。

 その家が七色家の暫定一位になったのは、この金属干渉魔法のおかげだ。


 金属というのは、近代においてはどこでも使われるようになった代物。

 それを操る魔法というのは、ひとえにいつでも相手を殺す術を生み出すのと同義だ。

 金属干渉魔法の適性があった当時の黒宮は、金属が豊富で鉄砲や大砲を作る敵軍から奪い、逆に自身の武器として利用した。


 白石の強化魔法付与の剣術、赤城の物理干渉、青島の二種魔法発動、黄倉の魔導具製作、緑山の時間干渉と遠距離魔法、紫原の精神魔法、そして黒宮の金属干渉魔法。

 イギリスを含む連合国軍を押しのけるほどの力を持った七つの家は、やがてイギリスと引き分けるほどの戦力を見せつけた。

 結局イギリス軍とは決着をつけられなかったが、日本は勝戦国の座をなんとかもぎとってみせた。


 日本を二度も勝戦国に導いた偉業を果たした黒宮達は、天皇陛下から勲章を授与され、自分達を日本最強の魔導士集団『七色家』として日本に尽くすことを決定した。

 もちろん黒宮を含む各々の家は天皇陛下の宣言に驚くも、同じく戦争を共にした同士達からの熱い応援と国民からの支持を無視することは出来ず、その名を頂戴した。

 それが、『七色家』誕生の瞬間だった。


 終戦後、平和条約締結するとすぐさまイギリスから国際魔導士連盟の設立する案を各国に提示した。

 それは世界中にいる魔導士達を管理し、将来生まれてくる魔導士達が兵器としてではなく普通の人間として暮らしていくためにというものだった。

 核兵器よりも強大な力を持つ魔導士は同じ人間の腹か生まれた人の子であることは変わりなく、故に彼らの人権を脅かす真似はどの国もいい顔はしなかった。


 イギリスの案はさほど時間をかけず決定し、世界各国に支部を作った。

 そこからは、悠護達が授業で学んだ通りだ。

 二〇三条約の締結、魔導士の免許証発行、聖天学園の設立……魔導士がどの時代でも普通の人として生きてこれたのは、ひとえに過去の人達が未来に繋げてくれたからだ。


 かつての悠護なら、黒宮家で生まれたことも七色家入りするような偉業を成し遂げた家も憎んでいた。

 家は、自分という存在を歪ませた憎いモノ。それがこうして剣を振るい、守るために戦っている。

 もし昔の自分が今の悠護を見たら、目玉が飛び出すほど驚いただろう。


 自分をここまで変えてくれたのは、全て日向のおかげだ。

 大切なパートナーで、守ると誓った愛しい少女ひと

 同じくらい大切だった幼馴染みの暴走は、元凶である自分のせいだ。

 もっとちゃんと、自分の気持ちを伝えていれば、彼女はあそこまで狂うことがなかった。


 そして、その原因である組織の人間の一人が目の前にいる。

 この怒りがただの八つ当たりだと理解していても、自分の行く手を阻み、大切な人を狙う彼らに、一切手加減などしない。

《ノクティス》を力任せで薙ぎ払うと、ラルムの体は反動で後ろへ下がる。

 靴底を擦り減らすように停止させたラルムは、目の前にいる悠護を睨みつけた。


「はっ、相変わらず滅茶苦茶だな! そんなところまで似やがって、どこまで俺を苛立たせば気が済むんだよ!」

「俺はお前のことなんか知らねぇよ、わけ分かんねぇこと言ってんな」

「……ああ、そうか。


 悠護の言葉に一瞬訝しげに眉を寄せるも、すぐに察したのか苦々しい顔を浮かべた。

 時々「くそ、メンド臭ぇな」と呟く青年を見て、さらに目を鋭くさせた。


「お前、なんか知ってんのか? この際だ、全部吐け」

「ああ? 吐けって言われて吐くバカがいるかっつーの。他人の力じゃなくて自分テメェの力で探せ」


 敵からごもっともな正論を言われて顔を歪ませていると、ラルムは剣を肩に担ぎながら言った。


「そもそも、お前は不思議に思わねぇのか?」

「何がだ」

「この世界のことだ」


 突然スケールの大きな話をぶっ込んできたラルムに、悠護は思わず首を傾げる。

 その動作だけで質問の意味を理解していないと知ると、ラルムはやれやれを首を横に振る。


「数百年前、アリナ・エレクトゥルムが神の声を聞いたがために、この世界に魔法という神秘が広まった。……だが、それは本当に正しかったのか? もし彼女が神の声を聞かなかったら、この世界はこんなにも理不尽に溢れていなかったんじゃないかってよ」


 その質問を訊いて、悠護はぴくりと肩を震わせた。

 ラルムの口から聞かされたそれは、かつて悠護がずっと疑問に思っていたことだった。

 何度も何度も自問しても、結局答えが辿り着くかなかった。それは、すでに悠護自身が魔導士のいるこの世界をすでに当たり前のものだと認識していたからだ。


 それこそ、馬の耳に念仏するくらい無意味なものだ。

 だけど、今ならば。昔と違う今の自分ならば、その質問に答えられそうな気がした。


「……たとえ魔導士がいてもいなくても、この世界が理不尽なのは変わらないと思う。そもそも俺は、魔導士も魔法もない時代に生まれたことがないから、その違いが全然分からない」


 だけど、と言葉を切って、真っ直ぐな眼差しで告げる。


「この世界がこうなったから、俺はこうして大切な友達と好きな女に出会えた。それだけは絶対に覆せない事実だ」


 己の口から出した質問の答えを訊いて、ラルムは目を見開いたまま固まる。

 だがすぐに小さく笑うと、再び剣を構えた。


「……そっか、その点だけは俺も同感だ。ムカつくけどな」

「そうかよ。つか、なんでその質問を俺にしたんだよ?」

「別に。ただ、お前に訊きたかっただけだ」


 どこかすっきりした様子で笑うラルムに首を傾げるが、溢れ出す赤色の魔力と殺気を感じ、すぐさま真紅色の魔力を出す。

 濃さが少し違う魔力がぶつかり合う感覚を味わいながら、二人は剣を構える。

 遠くから聞こえる波の音が一際高くなった瞬間、同時に地面を蹴り上げる。


 金属、爆発、怨嗟の声。

 様々な音が響く戦場は、未だに火花を散らし合っていた。

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